つがいではありませんが

ぎんげつ

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【閑話】ある日の出来事

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 “新居”とやらに強引に連れてこられて数日。
 今日こそ外泊してやり過ごそうと思っているのに、ジィアはなぜか毎日“新居”に帰ってしまう。
 ふらふらと外泊先を探して街中を歩いていたはずなのに、誘蛾灯に引っ張られる虫のように帰ってしまうのだ。

「なんでだよ」と呟きつつドアを開けると、そこには惨状が広がっていた。
 うっすら白く煙る室内に、焦げくさい臭い。そこら中に散らばった何か。それから、バタバタとやたらに歩き回る朱灯だ。

「何してるんですか」
「あ、ジィア、おかえりなさい。大変です、イカが爆発したんですよ」
「は?」
「料理に挑戦してみようと本を読んだのですけど、あまりに暗号ばかりでよくわからなかったんです」
「はあ」

 暗号? と、ジィアは首を傾げる。
 料理の本に、そんなに難しいことなど書いてあっただろうか。

「なので、手っ取り早く“はじめてのおりょうり”という動画を見てみたんですよ」
「はあ……」
「やっぱり意味不明だったんですが、イカに粉をつけて油に入れるだけなら簡単そうに思えたんです。それで、動画のとおりにイカに粉を付けて油に浸して温めていたら、いきなりパーンと爆発を。
 すごいです。イカって爆発物だったんですね。料理じゃなくて、イカ爆弾の作り方だったんでしょうか」

 破裂したイカと油を拭き取るつもりなのか、その割に布巾を片手に持ったまま、朱灯はなおもうろうろと歩き回る。
 よく見ると壁にまで油がこびりついていた。イカのワタらしき残骸も。火事にならなかっただけ儲けものだというほどの惨状である。
 いったいどうしたらここまで派手に、イカが爆発するのか。

「――火傷は?」
「はい?」
「火傷はしなかったんですか」
「ああ、私は赤龍の系統なので、熱には強いんです」

 よく見ると、朱灯の腕には油のかかった形跡があった。しかし、本人の言うとおり、火傷や傷はないようだった。

 それにしても、いつになったら掃除を始めるのか。相変わらず右往左往するだけの朱灯に、ジィアは大きな溜息を吐く。
 もしかして、これでも動揺しているということなのか。放っておいたらいつまで経っても片付かなさそうだ。

「それ、かしてください」
「それ? ですか?」
「その布巾ですよ。俺が片付けるので、あなたは食事……何かそこらで弁当でも買ってきてください」
「弁当ですか?」

 朱灯はぱちくりと目を瞬かせ――一瞬の後にぱあっと輝くような笑顔になった。

「それでは、非常食とかいうのを食べましょう! 食事が用意できない非常時のために買い置く食べ物なのだそうですよ。缶入りのパンとか水を入れるだけで食べられる米とか、そういうものの詰め合わせなんです! 今とかぴったりです!」
「非常時って……別に災害なんて起こってないじゃないですか」
「でも、食事が用意できないのだから非常時ですよ!」

 そういう意味では確かに非常時なのかもしれないが、現在の非常時と非常食を食べるべき非常時は、絶対違う非常時だ。
 呆れるジィアに構わず、朱灯は嬉々として、非常食のパッケージを引っ張り出す。相変わらず人の話を聞いていない。
 そもそも、いつの間にそんなものを買い込んでいたのか。
 やはり通販なのか。
 ジィアは部屋の片隅に積み上がったカタログの山をちらりと一瞥して、また大きな溜息を吐いた。

「もういいや。好きにしてください」
「はい! ちゃんとジィアの分もありますよ!」

 はしゃぐ朱灯の声には応えず、ジィアはこびりついた油と残骸の掃除を始めた。
 この汚れ具合は、絶対、臭くなる。早いうちに専門の清掃業者を頼もう。それから、朱灯には二度と料理などする気など起こさせまい。



 結局、あれこれを片付けて、缶詰のパンやら何やらを食べ終わったのは、もう日付が変わる頃だった。

 意外にイケますね、などともそもそパンを頬張っていた朱灯の顔を思い返しながら、ジィアはふと夜空を見上げる。
 ぼんやりと淡く光るエーテルに照らされた宇宙で、衛星軌道城塞【龍宮】の高貴な龍人たちは、いったいどうやって暮らしているのだろうか。
 家事らしい家事もできず、仕事らしい仕事もまったくやらない朱灯を見ていて、ジィアは少しだけ気になったのだった。
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