真夜中の吸血鬼

ぎんげつ

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4.ミカちゃんとご近所さん

11.同志よ幸せになれー!

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「本日はお日柄もよく……」

 受付でご祝儀を出して、名前を書いて……芳名帳に見たことのない文字のようなものがのたくっているのは、天使カイル側の出席者なんだろう。へえ、これが天国の文字なんだ、とちょっと感心しながら自分の名前を書き終える。

 今日は瑠夏さんと天使カイルの結婚式……というより披露宴だ。
 ごく親しい人間と身内だけだから、ちょっといいレストランを借り切ってやりたいの、と瑠夏さんは言っていた。
 確かに集まった人数は少ない。だがここに集う人間はとにかく濃いと思う。いろんな意味で濃すぎてびっくりだ。
 心なしか、スタッフもとまどっているようだ。

「なんだかバラエティに富んだ出席者ですね」
「そうなの。カイル側の関係者は最低限しか来てないんだけどね」

 ちなみに受付はイリヴァーラさんと瑠夏さんのお兄さんだった。
 これがイリヴァーラさんの彼氏かと、つい観察してしまった。瑠夏さんとほんのり似ていて温和そうな人だなと思う。

「……あっちでの結婚式は、すごかったな」

 お兄さんがちょっと遠い目になった。そりゃ天使の本拠地での結婚式なのだ。きっととんでもない場所でとんでもない出席者ばかりだったんだろう。

 そういえば写真は撮ったんだろうか。あるなら後でぜひ見せてもらいたい。
 可能なら私も覗きに行きたかったけれど、身内を連れてくだけで手いっぱいだって話だったからなあ。

「こちらに来ている方だけでも、かなりの方ではないかと思われますね」

 ミカちゃんの言葉に、イリヴァーラが頷いた。

「そうね。カイルの直接の上司にあたる司教に、教会の代表に、聖騎士団の団長と、カイルの教育を担当してくれていた聖騎士に……これでも穏健どころを狙って相当絞ったのよ。こっちで問題起こされたら冗談じゃないもの。神に睨まれたりしたら、私たちが後々困るしね」
「神が睨むんだ?」

 考えてみれば天使がいるのだ。そりゃ神くらいいるだろう。ミカちゃんだって以前そんなことを言っていた。
 ウェルカムドリンクを手に談笑する彼らをちらっと眺めて、言われてみれば確かに穏やかそうなおじさんたちばかりだなと考える。天使の関係者だからって、ちゃんと招待されて来ているミカちゃん相手に喧嘩を吹っかけられても、困るもんな。

「あれ」

 ふと、その中に見知った顔を見つけて私は目を瞠った。

「カレヴィさん?」
「え?」

 おじさんたちに混じってカレヴィさんが談笑していた。すごいな。
 ミカちゃんも驚いてるようだ。

「ああ、ヘスカンが彼らのガイドを頼んだのよ」
「ガイド?」
「そう、観光ガイド。せっかくこちらに来るんだから視察もしたいって、カイルが言われたらしくて。カイルは主役であまり時間が取れないでしょう? ヘスカンに頼んだら、彼を連れてきたの。現地の者が案内したほうがいいって言ってね」
「……天使様御一行の観光ガイドをする人狼」

 脳裏にすごくシュールな絵が浮かんで、すごく日本らしいなと思う。
 おっさんばかりなのが残念だけど。

「ちなみにどこらへん回ったの?」
「ええと……皇居と秋葉原とスカイツリーと浅草と……?」
「都内のガチな観光コース周りなんだ……」
「一部はとバスを使ったって聞いたわ」
「外国人が喜ぶ観光コース!」

 はとバスに乗って喜ぶ天使のおじさんたちを想像して、ちょっと噴き出しそうになる。ミカちゃんも笑いを堪えているように見えた。

「あとで居酒屋に連れてくとも聞いてるわよ」
「え、居酒屋?」
「新橋の……なんて言ったかしら。立ち飲み? こっちによくあるタイプのお店を何件かまわるらしいわ」

 あのキラキラした偉そうなおっさんたちとリーマン向け飲み屋街ツアーか。カレヴィさん、なかなかやるな。
 じっと見ていたらこちらに気付いたカレヴィさんが小さく手を振った。



「とりあえず、挨拶しとこうか」
「……そうですね」

 まずは瑠夏さんのご両親に挨拶に行って……そこにはたぶん天使の両親もいた。ふたりともめっちゃくちゃキラキラした金髪碧眼の美形夫婦だった。輝きで目が潰れるとはこういうことなのかと思い知る。
 さすが天使の両親。半端ない。

「本日はお日柄もよく……」

 結婚式の定形の挨拶口上を述べようとしたら、「まあ、カイルのこちらでのお友達ね!」と嬉しそうな天使母が一歩進み出た。

「あなたの服もとても素敵。これはなんていう衣装なの?」
「え? 振袖ですか?」

 成人式に買った振袖を一度しか着ないのは勿体無いと、実家から送ってもらったのだが、正解だったようだ。

「本当にきれい。ドレスとはまた違った美しさがあるわ」

 金糸が使ってあるのねとか、これはどうやって染めるのとかいろいろ訊かれたけれど、半分も答えられない。もうちょっと勉強しとけばよかったな。

「こちらに来てから、新郎の母は黒留袖という衣装を着るものだと聞いたのよ。瑠夏さんのお母様が着ているような、素敵なお祝い用の柄のものを。知ってたらカイルに手配させておいたのに、あの子ったらそういう肝心なことをちっとも教えてくれないんだから。これだから息子は気が利かないわ」

 立て板に水のように流されて、私はぽかんとしてしまう。天使母も黒留袖とか着たがるものなんだ。

「おまけに、こちらじゃ白は花嫁だけに許された色だって言うじゃない? 慌てちゃったわ。うちの教会の礼服って、みんな白が基調なんだもの」

 たしかに、天使母の着ているものは白と青に銀糸の刺繍を施した豪華なものだった。形は天使様御一行のおじさんたちの着ているものに少し似ている。
 後ろに控えた天使父も似たようなものだった。

「ぱっと見に白一色に見えなければ大丈夫だと思いますけど……」
「そうかしら。ルカちゃんに叱られなきゃいいんだけど」
「瑠夏さんならきっと大丈夫ですよ」

 こんなに砕けた調子のお姑さんなら、瑠夏さんの結婚生活も大丈夫だろうなと思えてほっとする。天国といえど、嫁姑問題というものは絶対普遍なのだから。

 それにしても、後ろのミカちゃんがちっとも喋らないことに違和感を覚えて、ちらりと顔を見た。微妙に引き攣っている気がする。いつもの対外営業スマイルは浮かべているけど、引き攣ってるのはわかる。
 天使父も、さっきから口を噤んだまま前に出てこない。どうやらお互いの相性が良くないことをわかっているらしい。

 ここは天使カイル優勢だし、あんまり無理をしても良くないだろう。そこそこに挨拶を切り上げて、私とミカちゃんはカレヴィさんのいるところへ移動した。



「ミカすげえな。あれにあそこまで近寄るとかさすがだわ」

 そばに行くなりカレヴィさんがそんなことを言って笑った。その笑いも結構引き攣っている気がする。

「ねえミカちゃん、やっぱり天使のそばって落ち着かないもの?」
「ええまあ……さすがに生粋の天使は、気配を抑えていてもきついですね」
「そっか、もっと早く離れればよかったね。ごめんね」
「大丈夫ですよ」

 ミカちゃんを見上げると、にっこり笑い返してきた。カレヴィさんが呆れたように鼻を鳴らす。

「そこで大丈夫とか言えるんだもんな。だから古参の吸血鬼ってのは怖いんだよ。俺は無理。近づくと頭からバリバリ食われそうだ」
「えっ、そういうものなの?」

 ミカちゃんはちらりとカレヴィさんに目をやった。驚く私に「だからこれは駄犬なのですよ」と囁いて、ふふんと笑う。
 カレヴィさんは顔を顰めてじろりとミカちゃんを見やる。

「犬は、強いものの前では腹を見せて降参しかできないものですから」
「だから俺は犬じゃねえってば」

 まあまあとふたりを宥めて、「さ、中へ入ろうよ」とミカちゃんの腕を引っ張った。



 私とミカちゃんは天使カイル側の招待客ということになっている。
 瑠夏さん側には親族とか友人がいるけど、天使側はそう多くはないので、バランスを取らなきゃならないということらしい。
 ……そういや、私もそろそろちゃんと考えなきゃいけないんだよな。

「どうしましたか?」

 きょろきょろ周りを見渡す私に、ミカちゃんが小さく首を傾げた。

「ん、自分の時はどうやろうかなあと思って」
「律子さんのやりたいことをやりましょう」

 ミカちゃんが心配するなというように微笑むけれど、私は私がやってみたいなと言ったことをミカちゃんが片っ端からやっちゃいそうなのが怖いなと思う。
 最近のミカちゃんは、律子大甘やかしブームの真っ最中なのだ。油断すると、私が口に出したことを全部叶えようとするから、始末に負えない。

「私のやりたいこと何でもじゃなくて、ちゃんと私とミカちゃんで話し合って決めるんだからね」
「はいはい。律子さんのそういうところが好きですよ」

 うっ、と言葉に詰まってしまう。
 やっぱりミカちゃんは百戦錬磨だ。こういうところでさらっとそんなことを言ってしまえるんだから。

「んもう、そういうのでごまかされないからね」
「別にごまかしていませんよ」

 くつくつ笑うミカちゃんの脇腹に、拳をぐりぐりと力いっぱい押し付けた。



 おごそか……と和気あいあいの中間くらいの雰囲気で披露宴がスタートした。
 新郎新婦が入場して、来賓の代表の、天使カイルの上司の偉い人とかいうのが乾杯の音頭を取り、乾杯用のスパークリングワインの入ったグラスを掲げる。
 皆、どことなく浮き足立っているのは、きっと顔ぶれのせいだろう。瑠夏さんの親族の方も、レストランのスタッフも、ちらちらと天使側の招待客を見ずにいられないのだから。

「いやあ、こちらのフルコース料理というもの、楽しみにしてました」
「あたしもぉ!」

 ヘスカンさんとナイアラが、のんびりとそんなことを言っている。私とミカちゃんは、彼らと同じテーブルだった。ちなみにカレヴィさんもだ。

「そういえば、カイルにあなたから知恵を借りたら良いのではないかと言いましたが、本当に訊きに行くとは思いませんでした」
「え? じゃあ、あの天使カイルが、屈辱感! って顔でミカちゃんに教えを乞いに来たのって、そのせいだったの?」

 ぶふ、とイリヴァーラさんが飲み物を噴き出しそうになって慌ててナプキンで押さえた。カレヴィさんもにやにやと笑っている。
 ヘスカンさんは得意げに鷹揚に頷いている。

「あれ、ヘスカンさんて、たしか宗教の人だったよね。天使とは宗派違い?」
「いえ、宗派ではなく、仕えている神が違うんですよ。私は知識を司る神の教会で、カイルは正義の神の教会なんです」
「え? そうだったの? よく喧嘩しないね」
「喧嘩なんてしませんよ。私たちは自分の神がいちばんですが、同時に他の神々のことも敬っていますから」
「へえ……あ、そうか、異教徒めーなんて否定したりはしないんだ」
「実際に存在し、我々に恩恵を与えてくださる神々を否定なんて、そんな不遜なことはできませんよ」

 あたりまえじゃないですかと笑うヘスカンさんに、さすが天国の住人だと思う。天国には神様がいろいろいるんだな。

 そうやって話す間も粛々と披露宴は進んでいく。祝辞やら余興やら歌やら、こちらのとてもスタンダードな披露宴的進行だ。外国人……天国人? のお客さんが多いから、きっと珍しがられているんじゃないだろうか。
 歓談タイムを狙って瑠夏さんにお祝いを述べに行き、緊張やら何やらで固まり続けている天使を冷やかし、ついでに写真も撮る。

「それにしても、絵面がシュールで面白いよね」

 ちらりと天使側来賓席を見やりながらそう言うと、瑠夏さんがにこっとうれしそうに笑った。

「最初はどうしようかなって悩んだんだけど、どうせならこっちの定番進行でがっつりがいいかなって思って」
「たしかに、来賓のおじさま方も喜んでるみたいだし、いいんじゃないかな」
「そう思う?」

 高砂の瑠夏さんとそんなことを話してくすくす笑う。天使は固まりながらも珍しく、「ここを紹介してもらえて、助かった」と素直に頷いていた。

 瑠夏さんのお色直しタイムには、天使母と天使父までもが酒瓶を持って各テーブルを回り、「うちの息子をよろしくお願いします」をやっていた。なんて順応性が高いんだろう。感心してしまう。
 ミカちゃんとカレヴィさんは「天使にお酌をされる日が来るとは思いませんでした」と、少し呆然としていた。もちろん私も驚いた。
 驚きついでに、天使父母といっしょに写真も撮ってもらった。

「そういえば、瑠夏さんは天使の故郷に引っ越すのかな」
「どうかしら。しばらくこっちなのは間違いないけど」
「え、どうして?」

 イリヴァーラの返答に驚く。
 天使の仕事のことを考えたら、当然引っ越すのだとばかり思っていた。せっかく見つけた同志なのに、少し寂しくなるなと。

「カイルも、留守のたびにルカが大丈夫かって心配したくないだろうし、落ち着くまでこっちに部屋を借りるつもりみたいよ。
 彼ひとりならいつでもこっちと行き来できるし、その方が安心なのね」
「留守番て、そんなに心配なの?」
「こっちほど治安がよくないのよ。ルカは微妙に危機感が足りないから、たしかにひとりで留守番は心配なのよね。かといって連れ歩くわけにもねえ」

 天国の治安は悪い? いまいち想像がつかない。天国といっても、意外に普通の場所だということか。
 なんにせよ、瑠夏さんがまだしばらくこちらにいるのは嬉しいことだ。せっかく見つけた同志なのだから、もっといろいろ語らいたい。

 お色直しの後は、両親への手紙やら挨拶やら、やっぱり定番の進行だ。
 花束贈呈に続く瑠夏さんの両親への手紙には、なぜか天使母までが号泣していた。「息子が頼りにならない時は、絶対、私に言ってくださいね!」なんて瑠夏さんの手を握りながら。
 いつにも増して神妙な天使カイルの謝辞の時には、キラキラのおじさま方がうむうむと頷いていて、たいへんそうだなと思った。



「なんか、おもしろかったな」
「そうですか」

 怒涛の披露宴が終わってタクシーを待ちながら、ぐっと伸びをしてそう言うと、ミカちゃんがくすりと笑った。

「律子さんはずいぶん楽しんでいるようでしたね」
「滅多に見られないもの、いろいろ見たからねえ」
「たしかに、そうかもしれません」
「瑠夏さん、幸せそうでよかったなあ」

 天使は始終緊張し通しだったけれど、瑠夏さんは始終にこにこ笑い通しだった。天使は私の同志ではないが、瑠夏さんは私の同志で大切な友人なのだ。ちゃんと幸せになってほしい。

「それにしても、天使って本当にいるんだねえ」
「私も、結婚式に出席する天の者など初めてお目にかかりました」

 あの、後光が射してるような天使父の姿を思い出してしみじみと呟くと、ミカちゃんも未だに少し驚いてるような声音でそうこぼす。

「へえ? ミカちゃんでも初めてのことなんてあるんだ?」
「それはもちろん、ありますよ」
「わ」

 ミカちゃんが笑っていきなり私を抱き上げた。周りの人の視線が刺さる。

「結婚したいと思ったのも初めてですしね」

 じっと見つめられてそんなことを言われて、ぼんっと顔に血がのぼり、首まで真っ赤になってしまう。

「……もう、ミカちゃんはそうやって不意打ちするんだから!」

 ぺちんと肩を叩いたところで、ようやく到着したタクシーにそのまま載せられた。走り出した車の中で、「帰ったら、私たちのほうも考えましょうか」と囁くミカちゃんに、私は真っ赤な顔のまま頷いた。


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