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三首竜の町
なんでこいつが
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カウンターの上には、塩漬け肉やオリーブの油漬、酢漬けの魚にチーズに果物など、さまざまな具材を乗せた一口大の薄切りパンが並んでいる。どれも具材ごとパンに刺した串を摘んで、そのままひと口で食べられるものばかりだ。
ほかにもマッシュした芋を揚げたものや野菜の肉巻きを焼いたものなど、やっぱり刺さった串を摘んでひと口で食べられるような惣菜がところ狭しと並んでいる。
もともとは、忙しい船の荷下し人夫たちが、作業の合間に摘んで空腹を紛らわせられるようにとか、船乗りたちが酒と一緒に摘めるようにしたとか、そんな由来からできたひと口軽食を出す店が、ここだった。
今も、仕事の合間に少し時間のできた厳つい男たちがひっきりなしに訪れては、立ち飲みを基本としたテーブルで軽く酒を引っ掛け、二、三摘んでは去っていく。
ゆえに、もともと貴族が来るような店ではない。港湾部の荷役夫のような少々ガラの悪い平民が客の中心だ。
もっとも、この店は味が評判で使っている食材も良い。周辺の店より少々……銅貨数枚分高めであるためか、客層は比較的穏やかだ。そのため、場にそぐわない身なりの者もちらほらと混じっている。
エルヴィラも、カウンターにいくつも並んだ中から特においしそうなものばかり、じっくりと選びに選んで皿に並べ、戻ったところだった。
代金と引き換えに、料理の乗った皿を酒のグラスと一緒に受け取って、さあお腹いっぱいに食べてミーケルと長い夜を堪能しようと、そう考えていたところだったのに。
「なんでこいつがいるんだ――」
うっ、と目を潤ませ、エルヴィラはぱくりとひとつめを口に入れた。
小さなトマトとチーズにオリーブと香草の風味がほんのりと口の中に広がって、赤いワインにとても合う。
すごく美味しいのに。
美味しくて震えが来そうなくらいなのに。
ミーケルとふたりきりならこれ以上ないくらい幸せだったのに。
なんでこいつがいるんだ。
ふたつめは香草をたっぷり使った魚のフライだ。少し濃いめに付けられた味が、ワインをとても引き立てて止まらないくらい、美味しい。
なのにどうしてこいつがいるんだ。
みっつめもよっつめも、どれもこれも美味しくて、こいつさえいなければ気分も最高だったはずなのに。
うっ、うっ、と涙ぐみながら次々口に放り込んでいくエルヴィラを見つめて、ミーケルが「いい加減、泣くか食べるか飲むかのどれかにしなよ」と呆れた。
その横では、テーブルに乗った栗鼠が「そうそう」と頷きながらチーズを齧っている。
「う……」
エルヴィラはぐしっと目を擦り、グラスを空けるといきなりむんずと目の前の栗鼠を掴み、くるりと振り返った。
「え、ちょっ!?」
そのまま店の入り口へ向かうと扉を開けるなり渾身の力で振りかぶり、手の栗鼠を放り投げる。
「どうせまたすぐ戻ってくるから無駄なのに」
ミーケルはそんなエルヴィラに笑うと、くいとワインを飲んで、次の軽食に手を伸ばした。
「あいつ邪魔だ。あいつがいると、ミケに気兼ねなくくっつけない」
ぼそぼそと呟きながらまたワインをあおるエルヴィラに、ミーケルは苦笑する。自分を棚に上げるという言葉は、エルヴィラのためにあるんだろうと考えながら。
「なあミケ。あいつ殺しても大丈夫かな」
「ん――まあ、たしかにあんまり影響ないと思うけどね」
今度はどうすれば逃さず仕留められるかと真剣に検討し始めるエルヴィラを、ミーケルは「まあまあ」と宥めた。それから、「ほら」と自分のほうを向かせて、軽食をひとつ、その口に突っ込む。
「これも美味しい」
もぐもぐ口を動かすエルヴィラの頭をぽんぽんと叩いて、ミーケルは笑った。
「ちょっとやんちゃなだけで悪い竜ではないと思うよ」
「そうそう。もうあんたのことは馬鹿にしてないし、むしろすげえと思ってる」
いつの間にか戻ってきた栗鼠が、ちゃっかり魚のフライに手を伸ばしながらミーケルの言葉に同意した。
思わずじろりとエルヴィラが見やると、栗鼠はグラスの陰に隠れるようにして引き攣った笑みを浮かべる。
「だいたい、なんでお前が付いてくるんだ。巣と町はどうした」
「だってさ――鯖折りされそうになって逃げたってあんだけ広められたら、ちょっと居られないって。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ」
だから巣も引き払ってきたと、グラスの陰から殊勝げにそんなことまでを言う。
こいつは本当にあのクソ生意気な青銅竜本竜なのだろうか。エルヴィラは未だに信じ難いと溜息を吐く。
「事実だろうが。だったら私の騎竜になればいいのにそれは絶対嫌だと言うし」
「だって、あんたを背中に乗せると……その、折られそうになったの思い出して、変な汗が出て心臓が苦しくなるんだよ。頼むからマジで勘弁して」
拝むように必死で頭を下げる栗鼠に、ミーケルは肩を震わせて笑ってしまった。
ほかにもマッシュした芋を揚げたものや野菜の肉巻きを焼いたものなど、やっぱり刺さった串を摘んでひと口で食べられるような惣菜がところ狭しと並んでいる。
もともとは、忙しい船の荷下し人夫たちが、作業の合間に摘んで空腹を紛らわせられるようにとか、船乗りたちが酒と一緒に摘めるようにしたとか、そんな由来からできたひと口軽食を出す店が、ここだった。
今も、仕事の合間に少し時間のできた厳つい男たちがひっきりなしに訪れては、立ち飲みを基本としたテーブルで軽く酒を引っ掛け、二、三摘んでは去っていく。
ゆえに、もともと貴族が来るような店ではない。港湾部の荷役夫のような少々ガラの悪い平民が客の中心だ。
もっとも、この店は味が評判で使っている食材も良い。周辺の店より少々……銅貨数枚分高めであるためか、客層は比較的穏やかだ。そのため、場にそぐわない身なりの者もちらほらと混じっている。
エルヴィラも、カウンターにいくつも並んだ中から特においしそうなものばかり、じっくりと選びに選んで皿に並べ、戻ったところだった。
代金と引き換えに、料理の乗った皿を酒のグラスと一緒に受け取って、さあお腹いっぱいに食べてミーケルと長い夜を堪能しようと、そう考えていたところだったのに。
「なんでこいつがいるんだ――」
うっ、と目を潤ませ、エルヴィラはぱくりとひとつめを口に入れた。
小さなトマトとチーズにオリーブと香草の風味がほんのりと口の中に広がって、赤いワインにとても合う。
すごく美味しいのに。
美味しくて震えが来そうなくらいなのに。
ミーケルとふたりきりならこれ以上ないくらい幸せだったのに。
なんでこいつがいるんだ。
ふたつめは香草をたっぷり使った魚のフライだ。少し濃いめに付けられた味が、ワインをとても引き立てて止まらないくらい、美味しい。
なのにどうしてこいつがいるんだ。
みっつめもよっつめも、どれもこれも美味しくて、こいつさえいなければ気分も最高だったはずなのに。
うっ、うっ、と涙ぐみながら次々口に放り込んでいくエルヴィラを見つめて、ミーケルが「いい加減、泣くか食べるか飲むかのどれかにしなよ」と呆れた。
その横では、テーブルに乗った栗鼠が「そうそう」と頷きながらチーズを齧っている。
「う……」
エルヴィラはぐしっと目を擦り、グラスを空けるといきなりむんずと目の前の栗鼠を掴み、くるりと振り返った。
「え、ちょっ!?」
そのまま店の入り口へ向かうと扉を開けるなり渾身の力で振りかぶり、手の栗鼠を放り投げる。
「どうせまたすぐ戻ってくるから無駄なのに」
ミーケルはそんなエルヴィラに笑うと、くいとワインを飲んで、次の軽食に手を伸ばした。
「あいつ邪魔だ。あいつがいると、ミケに気兼ねなくくっつけない」
ぼそぼそと呟きながらまたワインをあおるエルヴィラに、ミーケルは苦笑する。自分を棚に上げるという言葉は、エルヴィラのためにあるんだろうと考えながら。
「なあミケ。あいつ殺しても大丈夫かな」
「ん――まあ、たしかにあんまり影響ないと思うけどね」
今度はどうすれば逃さず仕留められるかと真剣に検討し始めるエルヴィラを、ミーケルは「まあまあ」と宥めた。それから、「ほら」と自分のほうを向かせて、軽食をひとつ、その口に突っ込む。
「これも美味しい」
もぐもぐ口を動かすエルヴィラの頭をぽんぽんと叩いて、ミーケルは笑った。
「ちょっとやんちゃなだけで悪い竜ではないと思うよ」
「そうそう。もうあんたのことは馬鹿にしてないし、むしろすげえと思ってる」
いつの間にか戻ってきた栗鼠が、ちゃっかり魚のフライに手を伸ばしながらミーケルの言葉に同意した。
思わずじろりとエルヴィラが見やると、栗鼠はグラスの陰に隠れるようにして引き攣った笑みを浮かべる。
「だいたい、なんでお前が付いてくるんだ。巣と町はどうした」
「だってさ――鯖折りされそうになって逃げたってあんだけ広められたら、ちょっと居られないって。めちゃくちゃ恥ずかしかったんだぞ」
だから巣も引き払ってきたと、グラスの陰から殊勝げにそんなことまでを言う。
こいつは本当にあのクソ生意気な青銅竜本竜なのだろうか。エルヴィラは未だに信じ難いと溜息を吐く。
「事実だろうが。だったら私の騎竜になればいいのにそれは絶対嫌だと言うし」
「だって、あんたを背中に乗せると……その、折られそうになったの思い出して、変な汗が出て心臓が苦しくなるんだよ。頼むからマジで勘弁して」
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