愛は○より出でて

ぎんげつ

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そのに

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 ひんやりとした空気に頬を撫でられて、もぞもぞとシーツを引き上げた。ぼんやりと夢うつつのまま、こんなに寒いなんてストーブのタイマーを入れずに寝てしまったのかと考えて、今度はシーツと毛布を巻きつけるように引っ張った。
 とたんに、暖かいものにきゅっと包まれて、ほっと息を吐く。まるで、誰かに抱き締められているかのようだ。

 ――誰かに、抱き締められて?

 パッと開いた目に飛び込んだ肌色に、一瞬で眠気は飛んだ。
 頬にあたっているのは誰かの肌で、確かに誰かの腕が自分を抱き締めていて、しかも、直接肌が触れあっていて……。

 いっぱいに目を見開いて愕然とする。驚愕のあまり声も出ない。

 白い滑らかな肌に、よく鍛えた筋肉のついた腕。かといって、ボディビルダーみたいなやり過ぎた感じのある筋肉のつき方でもなく……。
 身長は高そうだ。腕でわたしをすっぽりと包めてしまうほど、体格もいい。

 けれど……これはいったいどういうことなのか?

 ぐるぐると考えて、すぐに昨夜のことに思い至った。とたんに、身体の奥がずくんと疼くように引き攣れる。
 まさか、あれは夢じゃなかった?
 こんな状況だし、そもそも、未経験の自分があんなに細部まで生々しい夢を見られるのか、とても疑わしい。
 でも、たしかに自分の部屋の自分のベッドに入ったはずなのに、どうしてこんなところにいるのか。

 不意に背中をするりと撫でられて、「あ」と声が出てしまった。昨夜の記憶がフラッシュバックのように蘇って、どきんと心臓が跳ねる。
 背中を這う手は止まる気配がない。
 背骨の上をゆっくりと辿る指先がとても……とてもエロティックと言うほかない感覚で、嫌が応にも昨夜のことを思い出させられる。
 ぴくり、ぴくりと身体が勝手に反応して、小さく声が漏れてしまう。

 さらに、もう片手が尻から前へと滑り、くちゅっと小さな音を立てた。んっ、と身体を震わせると、くすりと笑う気配がした。
 横向きのまま頭にキスをする。日本人平均に少し届かないくらいの体格は、抱き枕でも抱えるかのように軽々と引き寄せられた。

「君の名前を聞かせてくれるかな?」
須藤すとう……あっ」
「ストー? 変わった名前だね」

 蕩けるように甘く甘く、低過ぎない声で男が囁く。
 その間も、身体中を愛撫する手は止まらない。つい反射的に名字を言ってしまい、名前は“あおい”だと続けようとして……でも、できなかった。
 与え続けられる刺激にはあはあと息が荒くなっていく。

「君はどこから来たのかな?」
「と、とうきょ、の……あ、あっ……あなた、は」
「トウキョ? 私のことは、エセキエルと呼べばいい」

 男……エセキエルの指がぬるりと入り、掻き混ぜる。とたんに、得も言われぬ快感が昇り、ひくひくとわなないてしまう。
 押し付けられた腰に、熱く固いものが当たる。

「――兵士でもないのに、こんなに髪を短くしている女の子なんて初めて見たよ。なかなかにいいものだね。君の細くて華奢な首が、とても魅力的だ」
「え、あっ」
「まるで、まだ声変わりを迎えていない幼い少年を抱いてるようにも感じて、少々の背徳感すら湧き上がってくる」
「ああっ」

 熱くて固くて太いものが、たいした抵抗もなく潜り込んでくる。ぬるぬると中を擦られて、また、頭の中が白く染まり始める。

「あ、あ、や……も、朝なのに、ど、して」
「まだ夜だ。朝告鳥は鳴いていない」
「ん、あっ」

 ゆっくりと、けれど大きく突き上げられて、昨夜の官能が戻ってくる。
 はじめては痛いばかりで感じるようになるには時間がかかると聞いていたのに、どうしてこんなに気持ちよくなってしまうのか。
 短く喘ぎながら、わたしは潤んだ目を上に向けた。
 少し長めの明るい金の髪の間から、紫と青が入り混じったような不思議な色合いの目が、笑みを湛えてじっと見つめていた。

「ふっ、んう」

 唇を塞がれて、舌を絡め取られて……だんだんと、意識が押し上げられていく。お腹の底から湧き上がる快感と、口を通して与えられる快感と、這い回る手が送り込む快感で、何もかもがぐちゃぐちゃになって……。

「あ……ああああああっ!」

 ひときわ高い声を上げて、また、わたしは意識を飛ばしてしまった。


 * * *


 次に目覚めた時は、もう太陽が高みにまで昇っていた。眩しい陽光が部屋の中を明るく照らしている。
 窓から吹き抜ける風はほんのりと湿気を帯びていて、まるで夏の木陰のように熱をはらんでいて……。

 するりと手を滑らせると、身体は相変わらず裸のままで……けれど、シーツにしっかり包まっていた。
 ぼんやりとあたりを見回して、自分が眠っていたのがキングサイズよりも大きなベッドだったことに気づいてぎょっとする。
 よく見れば、石を組んだ壁も板を貼った床も太い木のはりが横切る天井もまったく見覚えのないもので、横に置かれたスツールやサイドテーブルもまったく知らないもので……明らかに自分の部屋とは違う光景に、わたしは大きく目を見開く。

「目が覚めた?」

 ここはどこだろうと考えながら、ゆっくりと起き上がったところへ不意に声が掛かって、わたしの心臓が跳ね上がる。ぎくりと肩を揺らして振り返ると、朝、すぐ目の前にあった金髪の……エセキエルがにっこりと笑っていた。

「君はどうやってここに来たの?」
「え……」

 いきなりの質問に、わたしはおろおろと視線を巡らせてしまう。そんなの、わたしにだってわからない。

 いくら考えても、昨夜は普通に自分のベッドで寝たはずなのだ。どうしてこんな見も知らぬ場所で、しかも男と一緒……いや、一緒どころか、同衾して“はじめて”を済ませることになってしまったのか、わたし自身が訊きたいくらいなのに。

「――君の肌も髪もきちんと手入れのされているものだった。君の着ていた夜着だって、少し変わってはいても生地は柔らかく縫製もしっかりしたものだった。だから、この神殿に滞在中のお嬢さんが火遊びに潜り込んだのかと思ったんだよ。
 どうやらそうでもなかったようだけど」
「あの……神殿?」

 おずおずと尋ねると、エセキエルの眉がぴくりと上がった。

「君がどこの誰かは、正直、どうでも良いことだったんだ。君が女神の信徒で、ここへ女神を拝しに来たのなら」
「女神……女神、って」
「それだ」

 エセキエルの言う意味がわからなくて、わたしは思わずシーツを引き上げた。口元まで覆うようにしっかり身体に巻きつけて……もう一度考えてみてもやっぱりわからなくて、あちこちに目を泳がせる。
 けれど、エセキエルはそんなわたしに、容赦なく言葉を畳み掛けた。

「君は自分を迷子だと言うつもりかい? 夜中、薄い夜着一枚というあられもない姿のまま、この“愛と情熱の女神”の聖騎士エセキエルの部屋に迷い込んだ……という言い訳でもしようと?」
「愛と情熱……?」
「そう。ここは、愛と情熱を司る麗しき女神の神殿だ」
「あの、わたし、よくわからなくて……」
「よくわからない?」

 呆れた顔をされても、わからないのだから仕方ない。ほんとうにわからないことを、答えられるわけがない。
 エセキエルが、不意に笑みを浮かべる。

「よくわからないというのに、昨夜はずいぶん積極的だったね」
「そっ、それは!」

 わたしの顔にカッと血が昇る。耳までが熱くなり、言葉が出てこない。

「あんなに乱れて、とても情熱的だった。もしかして、君は麗しきお方がこの神殿に寄越した聖なる巫女とでも名乗るつもりかな?」

 そんな、そんなの――

「しっ、知らない! 寝てるわたしにエッチなことしたのはそっちでしょ!」

 エセキエルは驚いたように眉を上げる。この後に及んで、いったい何を言い出すのかという顔だ。

「わたし、わたし……好きでもない人にはじめてを奪われたのはわたしなのに、どうして責められなきゃならないの!?」
「何を言ってる?」

 エセキエルが、呆れた顔で口を開く。

「君こそが私のところに現れて、“愛して欲しい”と言ったんじゃないか」
「え?」

 ぽかんと口を開けたわたしに、エセキエルはくすりと笑った。

「――麗しき女神は、“愛は与えるもの”だと説く。だからわたしは、求めるものには惜しみなく与えると誓っている」

 いきなり何のことなのか。誰が、何だと言ったのか。
 小さく首を傾げて考えて、エセキエルの言う“求めるもの”がようやくわたしのことだとようやく呑み込んで、わたしは大きく目を瞠る。

「それ、わたし? わたし、そんなこと本当に言ったの?」
「そうだよ。それも忘れてしまったのかい?」
「だって、だって……」

 にわかには信じられない。なんで、わたしがそんなことを言って見知らぬ男に迫るなんて、ありえない。きゅっとシーツを握り込むと、いつのまにかそばに寄っていたエセキエルの手が、わたしの顔をするりと撫でた。

「君は愛に飢えて迷っていたから、麗しき女神に呼ばれてここへ現れた。なら、この女神の御許でゆっくり、愛し愛することだけを考えればいい」

 ここが夢の中なのか現実なのか、やっぱりよくわからない。エセキエルの言うように、その女神とやらがわたしをここに呼んだのだろうか。なら、女神の聖騎士だというエセキエルに、自分の身の振り方を委ねるしかないのか。
 それに、“愛し愛する”とはどういう意味なのか。昨夜のようなことを、エセキエルを相手に毎日やれと言うのか。

 ――それが、“愛し愛される”? ものすごく一面的に思えるのだけど?

「わたし、ここがどこで、自分がどうやってここに来たのか全然わからないの。昨夜はたしかに自分のベッドに入って寝たはずなのに」
「ならやはり、君は麗しき女神の御手に導かれたのだな」

 エセキエルはあくまでも軽く肩を竦める。
 “女神に導かれた”――なんて、あやふやな言葉でごまかせると思われているのかとも思ったけれど、エセキエルの顔は真剣だった。
 少なくとも、彼は本気でそう考えてるのだろう。
 つまり、これは女神の手による神隠しと言いたいのだろうか。
 わたしは寝ている間に神隠しに遭ってしまい、“愛の女神の神殿”とかいうこの変な場所に連れてこられてしまったのだろうか。
 そんなこと、本当にあり得るのだろうか。
 わけのわからないことばかりで、何から考えていいのかわからない。

「わたし……帰れるのかな」
「帰る道がわからないのか?」

 ぽつりとこぼした言葉に、エセキエルが首を傾げる。

「君はトウキョという土地から来たのだったか。ここは“城壁の町”だ。大陸の、ひとの住む最南端の地域でたしかに辺境だが、北方との行き来は十分にある。少々手間は掛かっても、帰れないということはないだろう」

 けれど、あくまでも軽い言葉に、わたしはがっかりしてしまう。
 そんな名前の町なんて聞いたことない。
 おまけに、“大陸”?
 ここは何大陸かを聞いたところで、わたしの知ってる五大陸のどれでもないに決まってるという予感しか感じない。

 つまり、帰れる気がしない。

「何にせよ、君は女神の導きを必要とする者なのだろう? なら、神殿は君を受け入れる」

 俯いて小さく溜息を吐くわたしの頭に、ポンと乗せられたエセキエルの手は、思ったよりも優しいと感じられた。
 ほかにどうしたらいいのかなんてまるでわからない。わたしができるのは、彼を頼りにここに留まることだけだった。

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