愛は○より出でて

ぎんげつ

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貪欲なお願い

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「おや、ストー。戻ったとは聞いてましたが」
「マチェイ」 

 穏やかに会釈をしたのは、あの日一夜を共にしたマチェイだった。

「あの……その、あの日は急にいなくなってごめんなさい」
「いえ。さすがに慌てましたが、司教猊下の占術であなたが無事だということはすぐにわかりましたから」
「だったらよかった」

 おずおずと頭を下げるわたしに、マチェイは笑って返す。
 ずっと引っかかっていた懸念が解けてほっとしたわたしから、あからさまに安堵したことが伺えてか、マチェイはおもしろそうに見ていた。

「故郷に戻っていたそうですね」
「そうなの。目が覚めたら実家の自分の部屋で寝てるから、びっくりしちゃった。また女神の仕業なの? って」
「麗しき女神は気まぐれなお方ですからね」

 マチェイはひとしきり笑って、わたしの連れていたひじりに視線を移す。

「それで、この子が、エセキセルの?」
「そうなんです」
「たしかに目の色がそのままですね。顔立ちも似ています」

 腰を落としてまじまじと見つめて、マチェイがふんわりと微笑む。
 聖の頬を撫でて「こんにちは」と言うと、聖は急に人見知りしたのか、わたしの後ろに隠れてしまった。

「似てるでしょう? 目が開いて初めて色がわかった時、思わず笑っちゃったの。これは絶対エセキセルの子だ、って」
「笑ったんですか?」
「似てるっていうよりも、あまりにもそのままの色なんだもの」

 思い出し笑いで肩を震わせるわたしに、マチェイはやれやれと肩を竦める。ちらちらと私の後ろからマチェイを伺う聖を見て、「エセキエルは“神混じりエンジェリック”ですからね」とまた笑った。

「“神混じり”?」
「知らなかったんですか? 人間と他種族の混血は目に色が出やすいと言いますし、だからこそのこの色の目に生まれたんでしょう」
「えっと……その、“神混じり”って?」

 さらさらと流れるようなマチェイの言葉に、わたしは困惑してしまう。だって、見た目はまったく一緒なのだ。
 多少キラキラした印象の金髪の美形でしかなかったし、今までなんの疑いもなく、エセキエルは人間なんだと思っていたから。

「もしかして、はじめてですか? たしかに田舎ではほとんど見ませんし、知らない者もいるとは聞きますが……エセキエルは、遠く祖先に天使エンジェルの血が混じった“神混じり”という種族です。外見は人間とほぼ変わりませんけど、天の聖なる光を帯びた色ですぐにわかります」
「え、ええ……ほんとに?」
「はい。町中には少ないですが、麗しき女神のような善き神々に仕える司祭や聖騎士には多いですよ。この神殿にも、エセキエルの他に数人います」

 ぽかんと口を開けるわたしを、マチェイはくすくす笑う。
 ここは、天使の子孫なんてものまで存在する世界だったのか。

「じゃ、まさか、この子も、そうなの?」
「混血の子は両親の種族のどちらかに寄ると聞きますが……」

 マチェイはじっと聖の顔を覗き込む。

「ヒジリは目の色がわりあいはっきり出ていますし、もしかしたら聖なる力の一部を受け継いでいるかもしれませんね。
 エセキエルがいますから、今後ヒジリが何かしらの力を発現するようになっても、あまり心配はいらないと思います」

 不思議そうにわたしを見上げる聖をまじまじと見つめて、これだけ可愛いのも天使の血のおかげか、などと納得する。

「すごいねえ、聖。パパは天使の子孫なんだって」
「でも、パパの背中に天使のはねはないよ?」
「パパのずーっと昔のおじいちゃんにはあったかもよ。聖もパパの子だから、天使の子孫ってことになるね」
「ぼくも翼ないよ?」

 わたしと聖のやりとりを眺めて、マチェイがやっぱりおもしろそうに笑う。

「あなたもそうしていると、立派な母ですね」
「まあね。普通にできてるかどうかはわからないけど、さすがに聖の母はわたししかいないんだし、ちゃんとやらなきゃとは思ってるの」
「ヒジリに麗しき女神の祝福と恵みを――ヒジリ、母は好きですか?」

 こくんと頷く聖に、マチェイは嬉しそうに目を細めた。

「では、父のことは?」
「えと、大好き」
「そうですか」

 にこにこと笑顔を浮かべるマチェイに、聖もようやく慣れてきたのか、おずおずとわたしの後ろから出てきた。
 その頭を、マチェイがまたそっと撫でる。

「“普通”がどうかなどと考えるだけ無駄です。愛に決まった形はなく、母の愛だってどんな形を取り得るものですよ。何より、ヒジリはあなたの愛を受けて育っていると、全身で示しているではないですか。あなたの母の愛に問題はありません」
「なんか……そう言われると、嬉しい」

 思わぬ賛辞が照れ臭い。
 何だかんだ、父親不明な混血児を産んだシングルマザーに、世間の風当たりは冷たかったのだ。
 そんなに若くて世間知らずのくせに子供なんて育てられるのか、などと言われたこともある。
 昔ほどじゃなくたって、偏見も差別もやはり多い。何かやらかせば、「そら見ろ」と嘲られることも当たり前だった。

「そうですか?」
「マチェイって、前よりもずいぶん落ち着いたよね」
「私も歳を取りましたし、それに、父になるからかもしれませんね」

 思わぬマチェイの言葉に、わたしは目を丸くする。

「そうなの? いつ? そういえば、結婚して町に住んでるんだっけ?」
「ええ。三年ほど前ですが、彼女に会って、ひとりに定める愛というのも良いものだと思えまして」
「そっか、いい人に会えたんだね」
「はい」

 マチェイが柔らかく微笑む。その笑みは、以前は見たこともないように甘く、わたしまでもがつられて笑顔になってしまうようなものだった。

 なんとなく、ほっこりと心が暖かくなる。
 よく見れば、マチェイの目尻や口元には細かい皺が増えていた。そりゃ、あれから七年も経ってるのだ。当たり前だろう。

「今度、聖を連れて会いに行ってもいいかな?」
「もちろん。彼女も喜びます」
「じゃあ、ぜひ、そのうちに。奥さんの都合のいい時に、寄らせてね」
「はい」


 * * *


「ねえ、パパ」

 聖とエセキエルと三人で、食堂で夕食を取りながら聖が口を開いた。

「ん?」
「今日ね、マチェイさんていうひとと、お話ししたの」
「どうだった?」
「マチェイさんも、パパになるって言ってた」
「そう。そういえば、あと三月みつき四月よつきくらいと聞いていたかな」
「そのくらいって言ってたね」

 相槌を打ちながら、急にどうしたんだろうと聖をみると、眉を寄せて何事かをウンウン考えているようだった。

「――あのね、あのね、ぼく、前にママに妹が欲しいってお願いしたら、今はパパがいなくて難しいからごめんねって言われたの。
 でも、今ならパパがいるから、ぼくの妹、お願いしてもいいよね?」

 エセキエルの目が丸くなる。
 その驚いた顔がおもしろくて笑ってしまったわたしをジロリと見やり、エセキエルはにっこりと笑った。

「ヒジリに妹を迎えるなら、アオイと一緒に麗しき女神に頼まないとといけないな。それに、一度のお願いだけでは、女神もなかなかお聞き届けくださらないだろう。何度かお願いをしなければならない。
 もうひとつ、お願いは夜でないといけないんだ。ヒジリは、夜、ひとりでちゃんと寝られるかい?」
「女神様にお願いすれば、妹ができるの?」
「ああ。ただ、もしかしたら弟かもしれないけどね。麗しき女神にお願いする者は多いから、女神がうっかり間違えてしまうことはよくあるんだ」
「大丈夫だよ! ぼく、弟も欲しいし、ちゃんとひとりで寝られるよ!」

 目を輝かせる聖に、エセキエルはもっともらしく頷いてみせた。その大仰な仕草に、わたしはつい噴き出してしまう。

「では、さっそく今夜からお願いしてみようか……アオイ、どうだい?」

 エセキエルの説明にわたしの笑いがなかなか止まらない。どうにか目尻に浮かんだ涙を拭って、わたしは「ええ」と頷いた。
 聖は満面の笑顔で大喜びだ。エセキエルを相手に、妹ができたらあんなことやこんなことをとまで話し始めている。そんな聖の頭を撫でながら、エセキエルは聖の子供らしいおねだりを喜んでいるように見えた。

 わたしたちがここに来てから、彼は、意外にも、きちんと父親役をこなそうとしてくれている。
 もう少し面倒がられるかと思っていたのに、嬉しい誤算だ。エセキエルは、聖の「パパと寝たい」という願いを聞いてくれたり、剣の素振りを教えてくれたり……聖の、わたし相手ではできない男の子らしい遊びにも、嫌な顔ひとつせず、楽しんで付き合っているようでもあった。



 夜、エセキエルの部屋の“次の間”で、聖を寝かしつけた。
 さすがに、ここから離れたわたしの部屋にひとりきりで寝かせるわけにはいかない。エセキエルの部屋にこの小さな部屋が付いててよかったと思う。
 もっとも、ほとんど物置同然のここを片付けるのは大変だったけれど。

「寝たのか?」
「うん、今日は寝つきが悪かったけど、さすがにもうぐっすり」
「そう」

 くすくす笑いながら伸ばされた手を取って、引かれるままに倒れ込む。
 抱きかかえられて、顔中にキスを降らせるエセキエルに応えながら、互いの衣服を緩めていく。はだけた胸元に手のひらを滑らせると、首を啄ばまれて……舌で筋肉を辿るように移動して、次は胸の尖りを齧られた。

「ん、あっ」
「すっかり女性らしくなったね」
「聖産んで、ちょっと太ったから……」
「今のほうがいいよ」

 確かめるように腰や腹のあたりを撫でられて、少し恥ずかしい。二十五を過ぎての体型維持は、さすがに十代のようにはいかないのだ。
 筋肉だって、ずいぶん減ってるはずだ。

「以前の君はまるで少年のようにも見えたけれど、今は見間違えようがない」
「そういう、理由?」
「そういうわけじゃない」

 するりと滑り込んだ指が、ゆっくりと秘裂をなぞった。
 そこはすでにとろとろに蕩け切っていて、ほんの少し触れられただけでぴくりと震えてしまうくらいには敏感になっている。
 くちゅ、と音が立って、確かめるように指がそっと潜り込む。あちこちを擦ったり押したりしつつ奥へと潜り込み、そっと掻き混ぜた。もどかしい刺激に、わたしの中はもっとたくさん欲しいとひくひく蠢いている。

「とても柔らかく動いているね」
「ん……っ、だって、経産婦だもの。前のように狭いままってわけにはいかないと思うの」
「狭いからいいというものでもないさ。
 それに、君のここは指をひとつ入れただけで、こんなにしっかりと包み込んで動いている。ここにわたしを入れたらと想像するだけで昂まるよ」

 ぐちゅ、と音を立てて指がもうひとつ入ってくる。そのままバラバラに指を動かし、大きな音を立てながら掻き混ぜられて、大きく腰が揺れる。

「ね、エセキエル……もう……」
「もう? まだ始まったばかりじゃないか」
「ん、でも……あっ」
「ひさしぶりなのだし、もう少しゆっくりと楽しんでもいいはずだよ」

 あ、と声を上げるわたしの唇に、エセキエルが蓋をする。
 ぬるりと入った肉厚の舌でねっとりとわたしの舌を絡め取って、背中をぞくぞくと震える身体をそっと押し倒した。

「ただ愛を交わすだけではなく、君に私の種を植え付けるためでもあるのだと考えると、とても興奮する」
「ん……わたし、も」

 はあ、と漏れる吐息が熱い。
 楽しむだけではないセックスが、こんなに興奮するなんて思わなかった。
 身体中が熱くて、視線までが熱に蕩けているようだ。押し付けられたいきり勃つものを腰を浮かせて迎え入れて、また熱のこもった吐息を漏らす。

「は……あん、ん……」
「アオイ」

 ぐちゅ、ぐちゅ、とゆっくり抜き挿ししながら、エセキエルがキスをする。胸を捏ね回しながら奥を突かれて、中がうねるように動いていることがわかる。締め付ければ締め付けるほど自分の快楽も増して、喘ぐことしかできない。

「あ……いい、感じる……あ、あっ、すごいの……」

 エセキエルの汗が滴り落ちる。気がつけば彼もわたしも汗だくだった。濡れて滑る肌の擦れ合う場所までが気持ちよくて、声を上げずにいられない。

 ひさしぶりが、こんなにいいなんて。
 やはり、身体の相性が良いということなのか。

 乳首を強く摘まれて、腰が跳ねる。
 もっともっと、熱いものが欲しい。
 角度を変えて強さを変えて抉るように動かされて、あまりの気持ち良さに歯を食いしばってしまう。突き出した舌を吸われながら肉芽をぐりぐりと捏ねられて、中がびくびくと痙攣する。
 あっという間に頭の中が光に満たされて、瞼の裏でチカチカと明滅が始まる。

「あ、あ……だめ、も、だめ……いっちゃ……ああ、いっちゃう……っ!!」

 エセキエルの喉から小さな呻きが溢れた。
 腰をしっかりと抱えて、ガツガツと貪るように打ち付ける彼に必死で脚を絡めてしがみついて、もっともっとと奥をねだる。熱と情欲に煙る青と紫の入り混じった目がわたしを見つめ、きつく抱き締める。

「く、っ」
「あ、あ、あ……」

 しっかりと押し付けて背を震わせるエセキエルを、わたしの中がぎゅうぎゅうに締め付けた。

 どくんと脈打つ彼の全部を搾り取ろうと、わたしの中も貪欲に抱き付いて蠢いている。まるで、今与えられたものでは足りないと言ってるみたいに。
 息を整えながら何度もキスをして……けれど、エセキエルはなかなか出ていこうとしなかった。

「アオイ、このままもう一度、いいかな?」

 未だ情欲に煙ったまま、上気した顔のエセキエルを見上げて、わたしもとろりと微笑み返す。

「もちろん。朝告鳥が鳴くまで、まだまだ時間はあるでしょう? わたしもお願いしようと思っていたところよ」
「アオイはやっぱり貪欲だ」

 エセキエルは笑って深くキスを落とすと、またゆっくりと動き始めた。
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