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第六章 連れ去らわれて
45.短剣
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風呂から出るとフランシス様は戸棚から短剣を取り出した。
まさか俺は殺されるのか!?
魔族にあそこを女にされた使用人など、気味が悪くてそばに置いておきたくないと思っているのかもしれない。
フランシス様が鞘から剣を抜いた。部屋の明かりに反射して、剣先がぎらりと光っている。
俺は覚悟を決めて目をぎゅっと瞑った。
フランシス様にとって俺が黙ってドグマ様の元へ行ってしまったこともそもそも裏切りだし、独占欲の強いフランシス様には許せないことなのだろう。
斬るなら斬ってくれ……っ!
歯を食いしばって、覚悟を決めた。
「おい、なぜ目を瞑っている?」
斬りかかってくる気配がなくて、目を開けると、フランシス様が小首を傾げていた。
恐怖に声が裏返りそうになりながら、俺は尋ねた。
「……私を斬るおつもりでは?」
「落ち着け。お前を斬るつもりはない」
フランシス様は両手でこちらに差し出す形で、剣を持っていた。よくよく見るとシンプルな宝石があしらわれた古い短剣だ。それは長年フランシス様のお屋敷へお仕えしていた俺には見覚えのあるものだった。いつも厳重に保管されていたウェルズリー家の家宝クラスの品だ。
「これは我がウェルズリー家に伝わる魔族をも殺せる短剣だ」
俺は圧倒された。使われた形跡がなく、それ自体が装飾品のような存在だったこの剣にそんな力があるなんて。
でもどうして、魔族を殺せる剣を俺に差し出すのか……まさか……。
「僕が森で療養することを心配してお父様がお守り代わりに授けてくれたのだ。まさか本当に使うことになるとは思わなかったが、これで辺境伯を切れ」
「っ……!」
予感は的中した。この剣で俺にドグマ様を殺して来いと言うなんて。
あまりのことに俺はどう答えたらいいかわからず、少しの間口をもごもごさせてからやっと言葉が口から出せた。
「お、お気持ちは大変うれしゅうございます。しかし私のような一使用人が、フランシス様の大事な短剣をお借りするなんてことはできません」
俺が言い返すと思わなかったのだろうか、フランシス様はむっと表情を歪ませた。
僕がいいと言っているのだから、遠慮なく使え、と言われてしまうだろうか……。
「ローレンス、僕はお前を一使用人と思っていないから大事な短剣を使えと言っているんだ。あの辺境伯はお前のそこを女にして何をしようとたくらんでいるのかっ!? ……くそ、もっと早くお前を連れ戻せばよかった。まさかそんな目に遭っていただなんて! お前は僕のものなのに!」
フランシス様はひどく憤っていて、近くにあった丸テーブルを蹴った。上に乗っていたバラの入ったガラスの花瓶が床へ落ちてパリンと音を立てて割れ、絨毯の上へ散らばった。
「……うぅ……」
興奮して息が荒くなっていたフランシス様が胸を押さえてよろけた。
「フランシス様っ!」
倒れそうになったフランシス様を抱きとめた瞬間、フランシス様が口から血を吐いた。
暗い部屋の中、絨毯に広がった赤い水たまりを見て俺は頭が真っ白になった。
「……少し前からあることだ」
動揺する俺に気遣うような声でフランシス様が呟いた。
俺は正気を取り戻して、フランシス様をベッドへ寝かせた。
「医者を呼んでまいりましょうか?」
「……いや、……いい。……こうしていれば、大丈夫だ……」
血を吐くなんて、今まで見たことがなかった。フランシス様の病状は以前よりずっと悪くなっているのだろう。
フランシス様の命は、風が吹けば容易に消えてしまいそうなろうそくの炎のようなものなのだ。誰かが手を添えて風から守ってやらないと些細なことで揺らめいて不安定で今にも消えてしまいそうな……。
「ローレンス……」
「はい、なんでしょうか」
普段から人形のような白い顔がさらに青白く弱々しく見える。
「ローレンス、お願いだ……」
フランシス様の望みは何でも聞いてあげたいと思ってしまう。
「なんでしょうか、フランシス様。何なりとお申し付けください」
「辺境伯を斬って来てくれ」
まさか俺は殺されるのか!?
魔族にあそこを女にされた使用人など、気味が悪くてそばに置いておきたくないと思っているのかもしれない。
フランシス様が鞘から剣を抜いた。部屋の明かりに反射して、剣先がぎらりと光っている。
俺は覚悟を決めて目をぎゅっと瞑った。
フランシス様にとって俺が黙ってドグマ様の元へ行ってしまったこともそもそも裏切りだし、独占欲の強いフランシス様には許せないことなのだろう。
斬るなら斬ってくれ……っ!
歯を食いしばって、覚悟を決めた。
「おい、なぜ目を瞑っている?」
斬りかかってくる気配がなくて、目を開けると、フランシス様が小首を傾げていた。
恐怖に声が裏返りそうになりながら、俺は尋ねた。
「……私を斬るおつもりでは?」
「落ち着け。お前を斬るつもりはない」
フランシス様は両手でこちらに差し出す形で、剣を持っていた。よくよく見るとシンプルな宝石があしらわれた古い短剣だ。それは長年フランシス様のお屋敷へお仕えしていた俺には見覚えのあるものだった。いつも厳重に保管されていたウェルズリー家の家宝クラスの品だ。
「これは我がウェルズリー家に伝わる魔族をも殺せる短剣だ」
俺は圧倒された。使われた形跡がなく、それ自体が装飾品のような存在だったこの剣にそんな力があるなんて。
でもどうして、魔族を殺せる剣を俺に差し出すのか……まさか……。
「僕が森で療養することを心配してお父様がお守り代わりに授けてくれたのだ。まさか本当に使うことになるとは思わなかったが、これで辺境伯を切れ」
「っ……!」
予感は的中した。この剣で俺にドグマ様を殺して来いと言うなんて。
あまりのことに俺はどう答えたらいいかわからず、少しの間口をもごもごさせてからやっと言葉が口から出せた。
「お、お気持ちは大変うれしゅうございます。しかし私のような一使用人が、フランシス様の大事な短剣をお借りするなんてことはできません」
俺が言い返すと思わなかったのだろうか、フランシス様はむっと表情を歪ませた。
僕がいいと言っているのだから、遠慮なく使え、と言われてしまうだろうか……。
「ローレンス、僕はお前を一使用人と思っていないから大事な短剣を使えと言っているんだ。あの辺境伯はお前のそこを女にして何をしようとたくらんでいるのかっ!? ……くそ、もっと早くお前を連れ戻せばよかった。まさかそんな目に遭っていただなんて! お前は僕のものなのに!」
フランシス様はひどく憤っていて、近くにあった丸テーブルを蹴った。上に乗っていたバラの入ったガラスの花瓶が床へ落ちてパリンと音を立てて割れ、絨毯の上へ散らばった。
「……うぅ……」
興奮して息が荒くなっていたフランシス様が胸を押さえてよろけた。
「フランシス様っ!」
倒れそうになったフランシス様を抱きとめた瞬間、フランシス様が口から血を吐いた。
暗い部屋の中、絨毯に広がった赤い水たまりを見て俺は頭が真っ白になった。
「……少し前からあることだ」
動揺する俺に気遣うような声でフランシス様が呟いた。
俺は正気を取り戻して、フランシス様をベッドへ寝かせた。
「医者を呼んでまいりましょうか?」
「……いや、……いい。……こうしていれば、大丈夫だ……」
血を吐くなんて、今まで見たことがなかった。フランシス様の病状は以前よりずっと悪くなっているのだろう。
フランシス様の命は、風が吹けば容易に消えてしまいそうなろうそくの炎のようなものなのだ。誰かが手を添えて風から守ってやらないと些細なことで揺らめいて不安定で今にも消えてしまいそうな……。
「ローレンス……」
「はい、なんでしょうか」
普段から人形のような白い顔がさらに青白く弱々しく見える。
「ローレンス、お願いだ……」
フランシス様の望みは何でも聞いてあげたいと思ってしまう。
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「辺境伯を斬って来てくれ」
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