最初に好きになったのは…声

高宮碧稀

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第6章*もっと…笑ってみせて?

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残暑か厳しい盛りの頃と比べて、夕方は過ごしやすくなった。
冷水器の水に冷やされ、落ち着いてくると、ふと風を感じた。
このところ、夏が名残惜しく跡をつけるようにして、連日夕立を降らせている。一雨来るかもしれない。

犬みたいにプルプルと頭を振って水を散らしてから空を窺った。
通りかかった女子がタオルを出して声をかけてきた。
「あの…これよかったら」
タオル…なるほど。いいこと教えてくれた。
マルにタオル借りようっと。
「いや、いーよ」
そういうと、目に見えてがっかりした顔をした。
ぎゅっとタオルを握る手元が見えて、ちょっとかわいそうになる。
「でも…ありがと。気持ちだけもらっとく」
軽く笑いながら礼をいうと…いいえとか、ごめんなさいとかをモゴモゴいいながら、顔を赤くして走り去っていった。
めずらしい。普通っていうか、どっちかっていうと地味っぽい子で、普段ならあんまり俺に声をかけてこないタイプだ。
まぁ、別にいいけど。

気を取り直して、マルにタオルかハンカチを借りる算段をつける。
今はドキドキして話せないかもしれないから…いい口実。
なんか俺、日に日に情けなくなってくような気がするけど、そこは考えないようにした。
階段をのぼって…再び想い人に会うために戻る。
図書室のドアは、教室と同じ引き戸だ。
カラカラと、なんだかいつもよりも弱気な音が響いた。

それを聞いて、マルが準備室から出てきた。
俺が口を開くより前に、マルの声が耳に届く。
「おかえりなさい」
………イイッ!!
“こんにちは”よりも格段に!!
一気に心拍数が上がったけど…
ただいまを言う前に、マルが次いで口を開いた。
「ちょっ…と!!篠原くん?」
たまに聞く、マルが俺を責める時の声音。
久々のその響き。心がすっげぇ浮き立った。
「まだ雨は落ちてきてないようだけど!?」
あ…そっか。頭がずぶ濡れだった。
こういうのは怒られるわけか…と内心で確認しながらも、気にかけてもらってることがうれしい。
「タオルかなんか、借りようと思って」
そういうと、あわてた様子で図書準備室に引っ込んでいった。
身近なイスに腰掛ける。

準備室から微かにファスナーを開ける音がした。
バックからタオルを出しているんだろう。
マルの私物を貸してくれるようだ。
ニヤケる頬を引き締める方法ってないかな。
コツコツと、足音が聞こえてきた。
わかってても振り向かない。
声をかけて欲しいから。
大好きな声を、1回でも多く聞きたいから。
足音が後ろでとまる。“はい”とか、“持ってきたよ”とか、“どうぞ”とか。

何でもいい。声が聞きたい。
でも、なかなかマルの声が降ってこない。
気になって、つい上を振り仰ごうとした時…ふわっと、マルの香りが鼻をくすぐった。
マルが、自分のタオルを俺の頭にかけたのだ。
そのまま、タオル越しにマルの両手を感じる。
髪を、拭いてくれてる。…幸せ。
「どこでこんなにずぶぬれになったの!?」
優しい手つきとは裏腹に、口調はめずらしくちょっと強め。
“もう!!”っと小さくつぶやきながらも、そっとタオルを俺に押しあてる。

うれしくて、こそばゆくて、何にもいえなくて…本当は、礼を言うべき所なんだけど、その前に。
「ただいま」
先にその言葉を届けた。
マルの手がとまる。
「あと…自分で、してね?」
そういって、離れる足音がした。
マルも、照れてるのかな?
俺も、タオルとれないんだけど。
せっかく、ずぶぬれになってまで冷やした頬が、また赤くなってるのを自分で感じた。
「マル」
タオルをかぶったまま、マルを呼び止める。
足音がとまるのを待って小さく“ありがと”とお礼を言った。

「うん。今日の本を取ってくるね」
準備室の扉が閉まる音がしてから、ベチャっとテーブルに突っ伏した。
顔…熱い。
『おかえりなさい』
『ただいま』
…だって。
ちょっと間はあいたけど。バカみたいにうれしくて、何かわからない気持ちがこみ上げる。
今日、俺眠れないかも…なんて、マルの気配が近づくのを待ちながら思った。




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