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第◯章**楽しいより楽でいたい

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雷におびえた木曜日。
篠原くんを想って落ち着かなかった胸を、玉木くんが穏やかにしてくれた。
でも、あんなことするから、結局眠れなかった。
篠原くんを思い出しても、玉木くんを思い出しても、心臓が痛くて。次の日、いつ篠原くんが図書室にくるか、ビクビクしてた。 
目を、合わせられない気がする。うぅん。気がするんじゃなくて、絶対。
意識しちゃうのが、恥ずかしい。
そんなハズないって、からかってるだけだって思っても、一瞬だけ握られた指が、本当かもって訴えてる。 
本当に、卒業したらお食事に誘うつもりかもって。
ちょっとは、気持ちがあって、あんなキキキ、キスをしたのかもって。
そんな風に勘違いしちゃいそうな自分が恥ずかしい。
でもでも、本当に、何かしら思うところがあるんだとしたら…私、一番ひどいことをしてる。 
だって、知ってるもの。
気づかれないんじゃなくて、バカにされるんでもなくて、なかったことにしちゃいたいって、そう思われる気持ち。
見ないふりをされる、かわいそうな想い。
私が、そうされてきたから。
『そういうのとは違うんだよ』って。 

別に、太ってるからっていじめられることはなかった。
山間の小さな学校で育ったし、高校は女子校だった。
大学生なんて、もう結構大人だから、容姿やちょっと変わってるって理由じゃいじめなんかないし。
そんな幼稚なことがあるのは、子供の時だけ。嫌ならつき合わなければいいだけだ。
だから、周りでも、孤立してる人はいてもいじめられたりはなかった。
孤立だって、サークルに入ってたから無縁だった。
ただ、恋愛だけは…
好きな人なんかいなかったけど、ちょっとステキだなって思う人くらいいたし、けっこう仲が良かったりした。
ちゃんと『女の子なんだから』って扱ってくれるけど、もちろん恋愛とは別。
でもきっと、だからこそ私がちょうどいいんだ。
恋愛には発展しないのに、気軽に相談したり頼み事ができるから。

わかってるの。ずっとそうだったから。 
ちょっと密着したりして、私が赤くなったりすると『そんなんじゃないんだよ』ってあわてたりする。
だからって、手放してはもらえない。
結局、私のちょっといいなって思う、小さな小さな恋のカケラを、見ないふりをする。 
『そんなんじゃないんだよ』って。『なっ!?』って念を押して。
次の日には、平気で恋の相談なんかしてくるの。
そう考えると、私…今までの男友達と、同じことを篠原くんにしちゃってる?
ちがう。だって、篠原くんは、モテるに決まってる。
たとえ同級生だったとしても、私に声をかけるほど不自由してないのは一目瞭然だ。
ましてや、こんなに年が離れてるのに。
一緒なハズない。立場が逆なんだから。
普通に恋愛経験を積んでいる男友達や男の先輩達なら、それが皆無の私を牽制するのはわかるもの。 
でも、逆はおかしいでしょう?
篠原くんが、私にちょっとでも特別な気持ちをもってるなんて…ない、でしょ?
だから、からかってるんだと思うのに。
思った…のに。

見てしまったの。
突然、水を飲みに行くってきびすを返した瞬間、真っ赤になった頬と耳とを。
その前に見せた、真剣な眼差しと、玉木くんに嫉妬してるんだといったその言葉と、真っ赤な、真っ赤な頬。そして、耳。
もしかしてって思う。もしかして、本当なの?本当に…気に入ってくれてるの?
だからって、それが、一時期の感情だってわかってるけど。
 そう、わかってる。
お気に入りのおもちゃを手放したがらない、そんな子供のような独占欲だって。

でも、からかってるんじゃないんだったら、もうちょっと気を使わないといけない?
だって、そんな余裕、ない!
なんだか不機嫌なときがあるの、ちゃんと知ってる。 でも、なんでかなんてわかんない。私が、無神経だから?
しっ、嫉妬してるって、そう言ってた。
わからなくなる。それに、なんて答えたらいいの?
篠原くんは、簡単に私を困らせたり、ドキドキさせたりする。 
生徒なのに。そう…生徒の、くせに。
私の心を乱す。
本当は、そんな生徒の気まぐれや一時の感情を、うまくかわせないなんて、私が一番子供だってわかってるけど。
知らないフリを、していたかった。その方が、楽だから。
時々不機嫌になる篠原くんに、いつもは何とか素知らぬそぶりをしてる。勘違いしそうな自分が恥ずかしいのもあって、そんなはずないって、見ないふり。
でも、今日はさすがに、しらんぷりは無理だった。 

だって、赤い耳のふちが…なんだかとっても可愛かったの。
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