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彼女の片想い*****
ヤダ、絶対。2
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コートを剥ぎ取ろうとしたようだけど、手間取って一瞬で諦めたようだ。
打ち付けられた後頭部は、あまりの痛さにただただ熱かった。
目眩なのか恐怖でなのか、平衡感覚は心許なく、背中の感触が壁なのか、床なのかすら認識できない。
自分が今立っているのか、すでに組み敷かれているのかわからないが、重ね着したインナーをめくりあげようとしているのは感じた。
冷たい外気が、腹部に侵入して……
ヤダ。ゼッタイヤダ。サワラナイデ。
そう……坂本くん以外に触られるなんて。
頭を打ち付けて大人しくなったはずなのに、急に暴れ出したから、男が舌打ちした。
暴れて、暴れて……相手の衣服、肌、壁なのか床なのかわからない固さ。
あとで震えながら回顧すれば、めちゃくちゃにいろんなものに触れたと思う。痛さなんて感じなかった。
そんな中、チャリって音が大きく響いた気がした。
つるりとしたプラスチックの感触。
坂本くんがたくさん贈ってくれたお守り。
バッグについてたものと同じベル。
私の……飼い猫。
その時は、しっかりと認識できていたかは怪しい。
でも、触れたそれを、力を振り絞って引っ張った。
極限の状態で、その大音量は脳を停止させた。
男も一瞬動けなかった。
その時初めて相手をちゃんと見た。黒の、ニットの目出し帽に、改めてガタガタと震える。
その時、大音量の彼方から、坂本くんの声が聞こえた気がした。
私の幻聴かと思ったけど、男もはっとドアを見た。
「くそっ!」
近いから、悪態が大きな電子音の中でも聞こえた。
突き飛ばされるように放されて、床に倒れこむ。
さっきは壁に押さえつけられてたんだとその時知った。
ドアが開いたことで、坂本くんの声が防犯ベルの合間にまた聞こえた。
来てくれた。坂本くんが。
『どうして』とか。『りこちゃんじゃないのに』とか。
そんなことは考えられなくて……ただ、坂本くんが来てくれたことだけが私の体を促した。
「美夜ちゃんっ!美夜ちゃんっ!」
ただただ、私の名前を叫んでる。でも、ベルの電子音で微かにしか聞こえない。
開け放されたドア。廊下の電灯の向こうには早朝とはいえ闇。
出るのは怖かったけど、這いつくばって、廊下に半分身を出した。
坂本くんが男を殴ったのが見えた。目出し帽の男はそれでも逃げようとする。
坂本くんが尚も追い縋ろうとしたけど……さっきまで少しも出なかった声が、今、やっとでた。
「やめてっ!行かないでっ!」
坂本くんが、見たことない顔でこっちをみた。
駆け寄った彼に、手を取られて、自分が手を伸ばしてたってことに気づいた。
取られた手はそのままに、ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
私と一緒くらい、坂本くんも震えていた。
「やっ!だめ!行かないでっ!いっ……行か、ないでっ」
坂本くんの息が耳にかかる。
「……大丈夫。美夜ちゃん、もう大丈夫。どこにも行かないから」
坂本くんの声が、いい含めるように繰り返し耳に忍び込んで、体から力が抜けていく。
「あ、あぶないから……行っちゃ、だ、ダメ!……こ、こわっ、こわい……から、行かないでっ」
呂律が回らないけど、たくさん声が出た。出し続けないと、坂本くんが行ってしまうと思った。
他の部屋から住民が出て来たようで、坂本くんが顔を上げてそれぞれと言葉を交わす。顔を他の人に向けるのだって不安だった。
「やっ、い……行かないで……」
坂本くんがまたこちらを見てくれた。『大丈夫』と繰り返し言ってくれる。
「行かないで……!おね、がい……り、こちゃんを……」
『りこちゃんを、好きでもいいから。行かないで』
誰かが防犯ベルを止めてくれて、聞き取りやすくなった言葉。途切れ途切れで、小さくて、明瞭じゃないそのつぶやき。
それが、坂本くんに届いたかの確認はできないまま、世界は暗転した。
打ち付けられた後頭部は、あまりの痛さにただただ熱かった。
目眩なのか恐怖でなのか、平衡感覚は心許なく、背中の感触が壁なのか、床なのかすら認識できない。
自分が今立っているのか、すでに組み敷かれているのかわからないが、重ね着したインナーをめくりあげようとしているのは感じた。
冷たい外気が、腹部に侵入して……
ヤダ。ゼッタイヤダ。サワラナイデ。
そう……坂本くん以外に触られるなんて。
頭を打ち付けて大人しくなったはずなのに、急に暴れ出したから、男が舌打ちした。
暴れて、暴れて……相手の衣服、肌、壁なのか床なのかわからない固さ。
あとで震えながら回顧すれば、めちゃくちゃにいろんなものに触れたと思う。痛さなんて感じなかった。
そんな中、チャリって音が大きく響いた気がした。
つるりとしたプラスチックの感触。
坂本くんがたくさん贈ってくれたお守り。
バッグについてたものと同じベル。
私の……飼い猫。
その時は、しっかりと認識できていたかは怪しい。
でも、触れたそれを、力を振り絞って引っ張った。
極限の状態で、その大音量は脳を停止させた。
男も一瞬動けなかった。
その時初めて相手をちゃんと見た。黒の、ニットの目出し帽に、改めてガタガタと震える。
その時、大音量の彼方から、坂本くんの声が聞こえた気がした。
私の幻聴かと思ったけど、男もはっとドアを見た。
「くそっ!」
近いから、悪態が大きな電子音の中でも聞こえた。
突き飛ばされるように放されて、床に倒れこむ。
さっきは壁に押さえつけられてたんだとその時知った。
ドアが開いたことで、坂本くんの声が防犯ベルの合間にまた聞こえた。
来てくれた。坂本くんが。
『どうして』とか。『りこちゃんじゃないのに』とか。
そんなことは考えられなくて……ただ、坂本くんが来てくれたことだけが私の体を促した。
「美夜ちゃんっ!美夜ちゃんっ!」
ただただ、私の名前を叫んでる。でも、ベルの電子音で微かにしか聞こえない。
開け放されたドア。廊下の電灯の向こうには早朝とはいえ闇。
出るのは怖かったけど、這いつくばって、廊下に半分身を出した。
坂本くんが男を殴ったのが見えた。目出し帽の男はそれでも逃げようとする。
坂本くんが尚も追い縋ろうとしたけど……さっきまで少しも出なかった声が、今、やっとでた。
「やめてっ!行かないでっ!」
坂本くんが、見たことない顔でこっちをみた。
駆け寄った彼に、手を取られて、自分が手を伸ばしてたってことに気づいた。
取られた手はそのままに、ぎゅうぎゅうに抱きしめられる。
私と一緒くらい、坂本くんも震えていた。
「やっ!だめ!行かないでっ!いっ……行か、ないでっ」
坂本くんの息が耳にかかる。
「……大丈夫。美夜ちゃん、もう大丈夫。どこにも行かないから」
坂本くんの声が、いい含めるように繰り返し耳に忍び込んで、体から力が抜けていく。
「あ、あぶないから……行っちゃ、だ、ダメ!……こ、こわっ、こわい……から、行かないでっ」
呂律が回らないけど、たくさん声が出た。出し続けないと、坂本くんが行ってしまうと思った。
他の部屋から住民が出て来たようで、坂本くんが顔を上げてそれぞれと言葉を交わす。顔を他の人に向けるのだって不安だった。
「やっ、い……行かないで……」
坂本くんがまたこちらを見てくれた。『大丈夫』と繰り返し言ってくれる。
「行かないで……!おね、がい……り、こちゃんを……」
『りこちゃんを、好きでもいいから。行かないで』
誰かが防犯ベルを止めてくれて、聞き取りやすくなった言葉。途切れ途切れで、小さくて、明瞭じゃないそのつぶやき。
それが、坂本くんに届いたかの確認はできないまま、世界は暗転した。
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