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第17話
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時は過ぎて、あと数か月でいよいよ結婚か――というところまで来た。義理の両親になる2人と絆を深めて、当然ゴードンとも繋がりが強まった。あとは彼が18の誕生日を迎えるのを待つだけだ。
相変わらず実の両親はカガリに夢中で、私の存在については煙たがっている節がある。そしてもうすぐ8歳になるカガリは、やや難しい年頃に入った。
「――ねえねえ、私もお姉ちゃんと一緒に商会で働きたい! 働いたらお金がもらえるんでしょ?」
少しずつ夜更かしできるようになったカガリは、私の帰りが遅くても寝落ちする回数が減った。私が戻るまで待って、商会でどんなことをしているのか、大人たちに囲まれてどんな話をするのかなど、外の話を根掘り葉掘り聞きたがるのだ。
どうも彼女は最近、家で両親に囲われて大事に育てられること自体を窮屈に感じ始めたらしい。初等科学校に通い始めてから1年以上経つし、いい加減同年代の子供との違いも思い知った頃合いだろう。
幼い頃から両親の腕で運ばれて育ったせいで、カガリは極端に運動が苦手だ。まず体力がなくて、ただ歩いているだけで息切れを起こす。しかも免疫まで育っていないのか、風邪をひきやすい。
いつも親の手で飲食していたから食事マナーも良いとは言えない。周りと比べて体は細く小さいし、まだ「可愛いから」と多少ワガママでも許されているようだが――それも、いつまで続くか分からない。
まず、今までは大人たちに囲まれて可愛い、可愛いと、まるでこの世に唯一の子供であるかのように甘やかされてきたのだ。近所の子供たちと会ったとしても「カガリが一番可愛い」と言われて、殊更大事にされてきた。
しかし、それが学校に通い始めるといくらでも子供が居て、毎年下に小さくて可愛い後輩が入学してくる。年下の子には親切にしなさいと教師に促されて、「なんで私が? だって一番可愛いんだよ?」と首を傾げているという話を聞かされた時には、乾いた笑いが漏れたものだ。
常にカガリを中心に世界が回る訳ではないと知った今、そのストレスはどれほどのものだろうか。もしかすると、どうしてもっと早く常識を教えてくれなかったのかと、家族に不満を抱いている可能性すらある。
私としては正直「ほら、やっぱりカガリが困ったことになったじゃない」という気持ちだった。けれど今更それを言ったところで、彼女の今が変わる訳ではない。家庭内で親と揉めるのを嫌がって、ワガママ三昧の妹を放置した私にも責任はある。
「何を言い出すのよカガリ、まだ7歳でしょう? 子供は働けないわよ」
「もうすぐ8歳だもん!!」
クスクスとおかしそうに笑う母に、カガリは頬をパンパンに膨らませた。父もまた笑って、彼女のご機嫌を取ろうと宥め始める。
「良いかいカガリ、働きに出られるのは高等科学校を卒業する18歳からだよ。お前はまだ、あと10年待たないといけないね」
「……嘘つき! お姉ちゃんは私と違ってしっかりしてたから、もっと小さい時から商会で赤ちゃんの面倒を見てたって、近所のおばさんが言ってたわ! それに、私を妊娠したママと入れ替わりで商会に入ったって……その時まだたったの15歳だったのに、可哀想って!」
その言葉を聞いた途端に、食卓の空気が凍り付いた。
母は手にしたスプーンをかちゃりと皿に置くと、ひとつも笑っていない目でカガリを見つめる。「どこのおばさん? 誰がカガリにそんな意地悪を言ったの――?」と問う母の声には、抑揚がない。私は人知れず細い息を吐き出した。確実に、後で八つ当たりされるに違いないと思ったから。
「どのおばさんが言ったかなんて関係ないでしょ? とにかく、いつまでも私のことを子ども扱いするのはやめてったら! ずっとこの家に居たら、1人じゃあ何もできなくなるじゃない……もし私が学校の皆に笑われたらママとパパのせいだからね!? お姉ちゃんと一緒に居た方が早く大人になれるわ!」
既に学校で嫌な思いをしたのかなんなのか、カガリのご機嫌は相当悪かった。自分も働きたいと言って聞かないカガリに、一言も話さなくなってしまった母。父も困り果てている。
私はカガリが寝入った後のことを憂鬱に思いながら、口を開いた。
「――働いてお金を稼いで、何か欲しいものでもあるの?」
「そ、そうじゃないけど……でも、お姉ちゃんができたなら私にもできるでしょ? 私だけダメっていうのは変じゃない、家に居たくないの!」
「今ね、商会は人手に困っていないから新しい職員を募集していないのよ。だから難しいわ」
「ええ~!? でも、それじゃあ私、いつまで経っても子供のままじゃない! 早くお姉ちゃんみたいになりたいのに――学校にね? 昔お姉ちゃんに面倒を見てもらったんだって子がたくさん居るのよ! 皆から「良いなあ」って羨ましがられるの、ちょっと自慢なんだから! だからお姉ちゃんと一緒が良い、ママもパパも何もさせてくれないからイヤ!」
笑顔のカガリと話しながらちらと母の顔を盗み見ると、悔しげに唇を噛み締めて俯いている。
もう本当に勘弁して欲しい、私は私で好きにするから、こっちはこっちで好きにやって欲しいのに――「家に居たくない」のは私なのだ。両親から求められているカガリには、そんな贅沢を言わないで欲しかった。
相変わらず実の両親はカガリに夢中で、私の存在については煙たがっている節がある。そしてもうすぐ8歳になるカガリは、やや難しい年頃に入った。
「――ねえねえ、私もお姉ちゃんと一緒に商会で働きたい! 働いたらお金がもらえるんでしょ?」
少しずつ夜更かしできるようになったカガリは、私の帰りが遅くても寝落ちする回数が減った。私が戻るまで待って、商会でどんなことをしているのか、大人たちに囲まれてどんな話をするのかなど、外の話を根掘り葉掘り聞きたがるのだ。
どうも彼女は最近、家で両親に囲われて大事に育てられること自体を窮屈に感じ始めたらしい。初等科学校に通い始めてから1年以上経つし、いい加減同年代の子供との違いも思い知った頃合いだろう。
幼い頃から両親の腕で運ばれて育ったせいで、カガリは極端に運動が苦手だ。まず体力がなくて、ただ歩いているだけで息切れを起こす。しかも免疫まで育っていないのか、風邪をひきやすい。
いつも親の手で飲食していたから食事マナーも良いとは言えない。周りと比べて体は細く小さいし、まだ「可愛いから」と多少ワガママでも許されているようだが――それも、いつまで続くか分からない。
まず、今までは大人たちに囲まれて可愛い、可愛いと、まるでこの世に唯一の子供であるかのように甘やかされてきたのだ。近所の子供たちと会ったとしても「カガリが一番可愛い」と言われて、殊更大事にされてきた。
しかし、それが学校に通い始めるといくらでも子供が居て、毎年下に小さくて可愛い後輩が入学してくる。年下の子には親切にしなさいと教師に促されて、「なんで私が? だって一番可愛いんだよ?」と首を傾げているという話を聞かされた時には、乾いた笑いが漏れたものだ。
常にカガリを中心に世界が回る訳ではないと知った今、そのストレスはどれほどのものだろうか。もしかすると、どうしてもっと早く常識を教えてくれなかったのかと、家族に不満を抱いている可能性すらある。
私としては正直「ほら、やっぱりカガリが困ったことになったじゃない」という気持ちだった。けれど今更それを言ったところで、彼女の今が変わる訳ではない。家庭内で親と揉めるのを嫌がって、ワガママ三昧の妹を放置した私にも責任はある。
「何を言い出すのよカガリ、まだ7歳でしょう? 子供は働けないわよ」
「もうすぐ8歳だもん!!」
クスクスとおかしそうに笑う母に、カガリは頬をパンパンに膨らませた。父もまた笑って、彼女のご機嫌を取ろうと宥め始める。
「良いかいカガリ、働きに出られるのは高等科学校を卒業する18歳からだよ。お前はまだ、あと10年待たないといけないね」
「……嘘つき! お姉ちゃんは私と違ってしっかりしてたから、もっと小さい時から商会で赤ちゃんの面倒を見てたって、近所のおばさんが言ってたわ! それに、私を妊娠したママと入れ替わりで商会に入ったって……その時まだたったの15歳だったのに、可哀想って!」
その言葉を聞いた途端に、食卓の空気が凍り付いた。
母は手にしたスプーンをかちゃりと皿に置くと、ひとつも笑っていない目でカガリを見つめる。「どこのおばさん? 誰がカガリにそんな意地悪を言ったの――?」と問う母の声には、抑揚がない。私は人知れず細い息を吐き出した。確実に、後で八つ当たりされるに違いないと思ったから。
「どのおばさんが言ったかなんて関係ないでしょ? とにかく、いつまでも私のことを子ども扱いするのはやめてったら! ずっとこの家に居たら、1人じゃあ何もできなくなるじゃない……もし私が学校の皆に笑われたらママとパパのせいだからね!? お姉ちゃんと一緒に居た方が早く大人になれるわ!」
既に学校で嫌な思いをしたのかなんなのか、カガリのご機嫌は相当悪かった。自分も働きたいと言って聞かないカガリに、一言も話さなくなってしまった母。父も困り果てている。
私はカガリが寝入った後のことを憂鬱に思いながら、口を開いた。
「――働いてお金を稼いで、何か欲しいものでもあるの?」
「そ、そうじゃないけど……でも、お姉ちゃんができたなら私にもできるでしょ? 私だけダメっていうのは変じゃない、家に居たくないの!」
「今ね、商会は人手に困っていないから新しい職員を募集していないのよ。だから難しいわ」
「ええ~!? でも、それじゃあ私、いつまで経っても子供のままじゃない! 早くお姉ちゃんみたいになりたいのに――学校にね? 昔お姉ちゃんに面倒を見てもらったんだって子がたくさん居るのよ! 皆から「良いなあ」って羨ましがられるの、ちょっと自慢なんだから! だからお姉ちゃんと一緒が良い、ママもパパも何もさせてくれないからイヤ!」
笑顔のカガリと話しながらちらと母の顔を盗み見ると、悔しげに唇を噛み締めて俯いている。
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