人を愛するのには、資格が必要ですか?

卯月ましろ@低浮上

文字の大きさ
17 / 64

第17話

しおりを挟む
 時は過ぎて、あと数か月でいよいよ結婚か――というところまで来た。義理の両親になる2人と絆を深めて、当然ゴードンとも繋がりが強まった。あとは彼が18の誕生日を迎えるのを待つだけだ。

 相変わらず実の両親はカガリに夢中で、私の存在については煙たがっている節がある。そしてもうすぐ8歳になるカガリは、やや難しい年頃に入った。

「――ねえねえ、私もお姉ちゃんと一緒に商会で働きたい! 働いたらお金がもらえるんでしょ?」

 少しずつ夜更かしできるようになったカガリは、私の帰りが遅くても寝落ちする回数が減った。私が戻るまで待って、商会でどんなことをしているのか、大人たちに囲まれてどんな話をするのかなど、外の話を根掘り葉掘り聞きたがるのだ。
 どうも彼女は最近、家で両親に囲われて大事に育てられること自体を窮屈に感じ始めたらしい。初等科学校に通い始めてから1年以上経つし、いい加減同年代の子供との違いも思い知った頃合いだろう。

 幼い頃から両親の腕で運ばれて育ったせいで、カガリは極端に運動が苦手だ。まず体力がなくて、ただ歩いているだけで息切れを起こす。しかも免疫まで育っていないのか、風邪をひきやすい。
 いつも親の手で飲食していたから食事マナーも良いとは言えない。周りと比べて体は細く小さいし、まだ「可愛いから」と多少ワガママでも許されているようだが――それも、いつまで続くか分からない。

 まず、今までは大人たちに囲まれて可愛い、可愛いと、まるでこの世に唯一の子供であるかのように甘やかされてきたのだ。近所の子供たちと会ったとしても「カガリが一番可愛い」と言われて、殊更大事にされてきた。
 しかし、それが学校に通い始めるといくらでも子供が居て、毎年下に小さくて可愛い後輩が入学してくる。年下の子には親切にしなさいと教師に促されて、「なんで私が? だって一番可愛いんだよ?」と首を傾げているという話を聞かされた時には、乾いた笑いが漏れたものだ。

 常にカガリを中心に世界が回る訳ではないと知った今、そのストレスはどれほどのものだろうか。もしかすると、どうしてもっと早くを教えてくれなかったのかと、家族に不満を抱いている可能性すらある。
 私としては正直「ほら、やっぱりカガリが困ったことになったじゃない」という気持ちだった。けれど今更それを言ったところで、彼女の今が変わる訳ではない。家庭内で親と揉めるのを嫌がって、ワガママ三昧の妹を放置した私にも責任はある。

「何を言い出すのよカガリ、まだ7歳でしょう? 子供は働けないわよ」
「もうすぐ8歳だもん!!」

 クスクスとおかしそうに笑う母に、カガリは頬をパンパンに膨らませた。父もまた笑って、彼女のご機嫌を取ろうと宥め始める。

「良いかいカガリ、働きに出られるのは高等科学校を卒業する18歳からだよ。お前はまだ、あと10年待たないといけないね」
「……嘘つき! お姉ちゃんはしっかりしてたから、もっと小さい時から商会で赤ちゃんの面倒を見てたって、近所のおばさんが言ってたわ! それに、私を妊娠したママと入れ替わりで商会に入ったって……その時まだたったの15歳だったのに、って!」

 その言葉を聞いた途端に、食卓の空気が凍り付いた。
 母は手にしたスプーンをかちゃりと皿に置くと、ひとつも笑っていない目でカガリを見つめる。「どこのおばさん? 誰がカガリにそんな意地悪を言ったの――?」と問う母の声には、抑揚がない。私は人知れず細い息を吐き出した。確実に、後で八つ当たりされるに違いないと思ったから。

「どのおばさんが言ったかなんて関係ないでしょ? とにかく、いつまでも私のことを子ども扱いするのはやめてったら! ずっとこの家に居たら、1人じゃあ何もできなくなるじゃない……もし私が学校の皆に笑われたらママとパパのせいだからね!? お姉ちゃんと一緒に居た方が早く大人になれるわ!」

 既に学校で嫌な思いをしたのかなんなのか、カガリのご機嫌は相当悪かった。自分も働きたいと言って聞かないカガリに、一言も話さなくなってしまった母。父も困り果てている。
 私はカガリが寝入った後のことを憂鬱に思いながら、口を開いた。

「――働いてお金を稼いで、何か欲しいものでもあるの?」
「そ、そうじゃないけど……でも、お姉ちゃんができたなら私にもできるでしょ? 私だけダメっていうのは変じゃない、家に居たくないの!」
「今ね、商会は人手に困っていないから新しい職員を募集していないのよ。だから難しいわ」
「ええ~!? でも、それじゃあ私、いつまで経っても子供のままじゃない! 早くお姉ちゃんみたいになりたいのに――学校にね? 昔お姉ちゃんに面倒を見てもらったんだって子がたくさん居るのよ! 皆から「良いなあ」って羨ましがられるの、ちょっと自慢なんだから! だからお姉ちゃんと一緒が良い、ママもパパも何もさせてくれないからイヤ!」

 笑顔のカガリと話しながらちらと母の顔を盗み見ると、悔しげに唇を噛み締めて俯いている。
 もう本当に勘弁して欲しい、私は私で好きにするから、こっちはこっちで好きにやって欲しいのに――「家に居たくない」のは私なのだ。両親から求められているカガリには、そんな贅沢を言わないで欲しかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。

112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。  ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。  ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。 ※完結しました。ありがとうございました。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

『すり替えられた婚約、薔薇園の告白

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢シャーロットは幼馴染の公爵カルロスを想いながら、伯爵令嬢マリナの策で“騎士クリスとの婚約”へとすり替えられる。真面目なクリスは彼女の心が別にあると知りつつ、護るために名乗りを上げる。 社交界に流される噂、贈り物の入れ替え、夜会の罠――名誉と誇りの狭間で、言葉にできない愛は揺れる。薔薇園の告白が間に合えば、指輪は正しい指へ。間に合わなければ、永遠に 王城の噂が運命をすり替える。幼馴染の公爵、誇り高い騎士、そして策を巡らす伯爵令嬢。薔薇園で交わされる一言が、花嫁の未来を決める――誇りと愛が試される、切なくも凛とした宮廷ラブロマンス。

皇帝の命令で、側室となった私の運命

佐藤 美奈
恋愛
フリード皇太子との密会の後、去り行くアイラ令嬢をアーノルド皇帝陛下が一目見て見初められた。そして、その日のうちに側室として召し上げられた。フリード皇太子とアイラ公爵令嬢は幼馴染で婚約をしている。 自分の婚約者を取られたフリードは、アーノルドに抗議をした。 「父上には数多くの側室がいるのに、息子の婚約者にまで手を出すつもりですか!」 「美しいアイラが気に入った。息子でも渡したくない。我が皇帝である限り、何もかもは我のものだ!」 その言葉に、フリードは言葉を失った。立ち尽くし、その無慈悲さに心を打ちひしがれた。 魔法、ファンタジー、異世界要素もあるかもしれません。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

処理中です...