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episode2
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中庭を出たあと、俺と百合川は、ほとんど言葉を交わさずに校舎へ戻った。
昼休みの終わりを告げるチャイムが、遠くで鳴っている。
(……何してんだ、俺)
百合川と並んで歩いているだけで、胸の奥がざわつく。
ただ、誰かと一緒に並んで歩いているという事実が、こんなにも居心地が悪い。
竹本や他の人には感じたことのない、なんともいえない違和感がそこにはあった。
教室に入ると、さっきの騒ぎが嘘だったように、みんな何事もなかったように座っていた。
とは言っても、視線はチラチラと百合川を追っている…気がする。
百合川は、自分の席に静かに座る。
俺も、何事もなかったように席に着く。
竹本がこっそり振り向いた。
「大丈夫だったか?」
「……ああ」
「百合川、泣いてなかった?」
「……ああ」
「そっか!ならよかった!お前があんなんするの珍しーからびっくりしたわー」
竹本がニヤニヤしていたが、俺は知らん顔して机に顔を突っ伏した。
授業が始まり教師の声が聞こえるが、俺の意識は、百合川の背中に向いていた。
(……なんで、気になる)
ーー放課後。
帰り支度をしていると、百合川が、少しだけこちらを見た。
目が合う。
「……あの」
「なんだ?」
「……さっきの場所……」
百合川の視線が泳ぎ、一瞬だけためらうのがわかった。
「……また、行っても……いい?」
「……」
(ダメだ)
そう言いたい。ーー本当は。
それなのに。
「……勝手にしろ」
口から出たのは、それだけだった。
百合川は、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
***
なんともいえない空気が流れているところに、明るい声が飛んできた。
「おーい!俺部活行くけど、下駄箱まで一緒に行こうぜー!」
ーー竹本だ。
竹本は、三年生が引退してから、サッカー部の主将をしている。
(こんな能天気なやつが主将だなんて大丈夫なんだろうか)と思うが、
実はコイツ、サッカーの才能はめちゃくちゃあるらしく、すでに大学からも声がかかっているんだそうだ。
しかも、部活中は別人のように真剣なんだとか。そのギャップが、コイツの良さだったりもする。
「ああ」
「百合川も一緒に行こうぜー!」
「……え、いいの?」
「いや、逆になんでダメなんだよw」
そう言って竹本が笑うと、百合川は嬉しそうにしていた。
「じゃあ、俺部活行ってくるわー!二人とも、また明日なー!」
竹本は嵐のように去っていった。
「…ごめんな、なんかあいつ騒がしくて」
俺は(なんで俺が謝ってるんだ)と思いながらも、謝る。
「……ううん。すごく明るくていい人だね」
百合川は優しく微笑んだ。
「ああ、いいやつではあるよ」
そう、竹本は本当にいいやつだ。
あの時だってーー。
「……どうかした?」
俺がぼーっとしていると、百合川が声をかけてきた。
「いや、なんでもない」
外に出ると、校門の外で記者らしき人だかりができていた。
記者の一人が、校門の柵越しにこちらへ気づいた。
「……あ、いたぞ!」
一斉に、視線とレンズがこちらに向く。
「IORIさん!お話聞かせて下さい!」
「芸能界にはいつ復帰されるんですか?」
「ファンの方に一言ください!」
“IORI”
その名前を聞いた瞬間、百合川の指先がぎゅっと握られる。
(やっぱりコイツ芸能人なんだな……)
百合川は、まるで何かに取り憑かれたかのように、その場から一歩も動けなくなっていた。
肩が、わずかに震えている。
「……百合川?」
「……行くぞ」 俺は、百合川の手首を掴んだ。
「……え……」
「……いいから」
俺が声をかけると、依織はびくりと反応して、ゆっくりこちらを振り返った。
瞳が、どこか焦点を失っている。
後ろで、
記者の声が遠ざかっていく。
「IORIさーん!」
「一言だけお願いしますよー!」
俺は絶対に振り返らない。
なぜなら今、ここにいるのは、“IORI”じゃなくて、“百合川依織”だから。
角を曲がり、塀の陰に入ったところで、ようやく俺は手を離した。
百合川は、その場にしゃがみ込む。
「……ごめんなさい……」
「なんでお前が謝るんだよ」
「……迷惑……かけてばかりで…」
「お前のせいじゃないことでいちいち謝んな」
依織は驚いたように少しだけ顔を上げ、俺を見上げる。
「……俺……こういうの……」
何かを言いかけて、結局、口を閉じる。
その仕草が、やけに幼く見えて、胸の奥がざわついた。
助けてほしいのか、放っておいてほしいのか、本人ですらわかっていない顔だ。
「……立て」
俺は、手を差し出さずに言った。
「ここでしゃがんでても……どうにもならねぇだろ」
百合川は一瞬迷ってから、ゆっくり立ち上がる。
俺は息をついて、空を見上げた。
薄く伸びた雲が、夕焼けに溶けている。
「……お前さ……」
言いかけて、やめる。
聞きたいことは山ほどあるけれど、今はまだ聞くべきじゃないと思った。
「お前家どこらへん?」
「…え?」
「いいから早く」
「えっと…駅前のマンションです」
「了解。俺んちも近いから送ってやるよ」
「…え…でも…」
「いいから、早く行くぞ」
「……はい……」
そう小さく答えて、依織は俺の半歩後ろに並んだ。
ついてくるというより、置いていかれないように歩幅を合わせてくる感じだ。
(……なんで俺こんなにコイツに世話焼いてんだろ)
住宅街へ向かう細い道に入ると、さっきまでの喧騒が嘘みたいに遠ざかる。
風に揺れる電線の音と、どこかの家の夕飯の匂いだけが漂っていた。
「……あの……」
依織が、背中越しに声をかける。
「……ごめんなさい……」
「またそれかよ」
「……でも……本当に……」
言葉が途中で切れて、足音だけが続く。
「……僕…嬉しくて…」
百合川は、視線を地面に落としたまま言った。
「……こういうの……慣れてなくて……」
「こういうのって?」
「……普通に人と話すのが…」
百合川の声がかすかに震えているようだった。
「……カメラの前だと…仕事だから…大丈夫だったんですけど……その…」
俺は振り返らずに、歩き続ける。
「……だったら……」
口を開きかけて、やめる。
“なんで活動休止してんだよ”なんて、簡単に言えるほど、俺は無神経じゃない。
「……さっき……」
依織が続ける。
「……手」
「手?」
「……掴まれたとき」
一拍置いてから、続ける。
「……ちょっと……安心しました……」
その一言が、胸に刺さる。
――やめろ。
誰かにとっての安定剤になれるほど、俺はまともじゃない。
そんなことできる人間じゃないんだ。
「……そういうの、俺に期待すんな」
俺は、少しだけ声を低くする。
百合川は、きょとんとしたようにこちらを見る。
「……え……?」
「……俺、そんなに優しくないから」
言葉を探すみたいに、視線を逸らす。
嘘じゃない。
そのせいで紫苑だってーー。
「……でも……」
百合川は、少しだけ困ったように笑う。
「……それでも……今日……助けてくれました……」
「今日だけだ」
百合川は、しばらく迷ってから、ぽつりと言った。
「……僕、ここに来てよかったです」
「……は?」
「……学校……正直怖かったし…行ったこと…少し、後悔しかけたけど……」
「……」
「……桐生君が……いたから……」
(やめろ)
息が、詰まりそうだ。
駅前のマンションが見えてくる。
ガラス張りのエントランスの前で、百合川は足を止めた。
「……ここです」
「ああ」
「……今日は……本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「……また……」
言いかけて、止まる。
「……学校で……」
「……ああ」
百合川が、エントランスの向こうに消えていくのを、俺はその場で見送った。
ガラスの向こうで、彼は一度だけ振り返って、小さく手を振った。
俺は、その姿から、目を逸らした。
耳の奥で、紫苑の声が聞こえてくる気がした。
『朔は、俺がいなくても平気なんだね』とーー。
ーーそれが、ひどく、怖かった。
***
俺は、駅前の明かりを背にして、住宅街の方へ歩き出した。
夕暮れのオレンジが、団地の壁を鈍く染めている。
(……ほんと何やってんだ、俺)
さっきの百合川の声が、耳の奥に残って離れない。
『安心した』
そんな言葉、聞く資格は俺にはない。
紫苑の顔が、勝手に浮かぶ。
俺がしっかりしていればーー。俺がもっとちゃんと、あいつのことを見ていればーー。
――違う。
今は、思い出すな。
団地の階段を上ると、見慣れた場所に、二つの影があった。
「おせーよ、朔」
そう言って、手すりにもたれていたのは、藤白 時雨<しぐれ>だった。
その横で、フェンスに腰をかけているのが芹沢 蓮。
二人は幼稚園の頃からの幼馴染で、腐れ縁だ。
「どこいってたんだよ~?」
「…関係ないだろ」
「そんな言い方ないだろ~」
時雨が、ちらりと俺の顔を覗き込む。
「なんかあった?」
「……別に」
その一言で済ませると、時雨が軽く鼻で笑った。
「へぇ。朔が“別に”って言うときは、大体別にじゃないんだよな~」
「うるせぇな」
三人の間に、妙な沈黙が落ちる。
紫苑がいなくなってから、
こうして揃うこと自体が、どこか不自然になった。
「…で?」
蓮が、静かに切り出す。
「転校生きたんだってな、どんな奴なんだ?」
「……普通」
「嘘つけ」
時雨が即座に突っ込む。
「学校中で噂になるわ記者に囲まれるわ……そんでもって、朔が連れて逃げるなんて“普通”なわけあるかよ」
俺は、答えなかった。
団地の向こうで、子供の騒ぐ声がする。
平凡な日常の音が、なぜだかひどく遠いものに感じる。
「……なぁ、朔」
蓮が、少しだけ声を落とす。
「そろそろ文化祭だな」
俺の指先が、わずかに震えた。
「……だから?」
「そうやってまた逃げるの?」
時雨の視線は、どこか鋭い。
蓮が、小さくため息をついた。
「……お前、まだ自分を責めてんのか?」
「……」
「……なあ、あの時、お前は…」
「やめろ!!」
俺は大声を出したことに気づいて、二人を見る。
「……悪い」
「……いや、俺こそごめん」
昼休みの終わりを告げるチャイムが、遠くで鳴っている。
(……何してんだ、俺)
百合川と並んで歩いているだけで、胸の奥がざわつく。
ただ、誰かと一緒に並んで歩いているという事実が、こんなにも居心地が悪い。
竹本や他の人には感じたことのない、なんともいえない違和感がそこにはあった。
教室に入ると、さっきの騒ぎが嘘だったように、みんな何事もなかったように座っていた。
とは言っても、視線はチラチラと百合川を追っている…気がする。
百合川は、自分の席に静かに座る。
俺も、何事もなかったように席に着く。
竹本がこっそり振り向いた。
「大丈夫だったか?」
「……ああ」
「百合川、泣いてなかった?」
「……ああ」
「そっか!ならよかった!お前があんなんするの珍しーからびっくりしたわー」
竹本がニヤニヤしていたが、俺は知らん顔して机に顔を突っ伏した。
授業が始まり教師の声が聞こえるが、俺の意識は、百合川の背中に向いていた。
(……なんで、気になる)
ーー放課後。
帰り支度をしていると、百合川が、少しだけこちらを見た。
目が合う。
「……あの」
「なんだ?」
「……さっきの場所……」
百合川の視線が泳ぎ、一瞬だけためらうのがわかった。
「……また、行っても……いい?」
「……」
(ダメだ)
そう言いたい。ーー本当は。
それなのに。
「……勝手にしろ」
口から出たのは、それだけだった。
百合川は、少しだけ笑った。
「……ありがとう」
***
なんともいえない空気が流れているところに、明るい声が飛んできた。
「おーい!俺部活行くけど、下駄箱まで一緒に行こうぜー!」
ーー竹本だ。
竹本は、三年生が引退してから、サッカー部の主将をしている。
(こんな能天気なやつが主将だなんて大丈夫なんだろうか)と思うが、
実はコイツ、サッカーの才能はめちゃくちゃあるらしく、すでに大学からも声がかかっているんだそうだ。
しかも、部活中は別人のように真剣なんだとか。そのギャップが、コイツの良さだったりもする。
「ああ」
「百合川も一緒に行こうぜー!」
「……え、いいの?」
「いや、逆になんでダメなんだよw」
そう言って竹本が笑うと、百合川は嬉しそうにしていた。
「じゃあ、俺部活行ってくるわー!二人とも、また明日なー!」
竹本は嵐のように去っていった。
「…ごめんな、なんかあいつ騒がしくて」
俺は(なんで俺が謝ってるんだ)と思いながらも、謝る。
「……ううん。すごく明るくていい人だね」
百合川は優しく微笑んだ。
「ああ、いいやつではあるよ」
そう、竹本は本当にいいやつだ。
あの時だってーー。
「……どうかした?」
俺がぼーっとしていると、百合川が声をかけてきた。
「いや、なんでもない」
外に出ると、校門の外で記者らしき人だかりができていた。
記者の一人が、校門の柵越しにこちらへ気づいた。
「……あ、いたぞ!」
一斉に、視線とレンズがこちらに向く。
「IORIさん!お話聞かせて下さい!」
「芸能界にはいつ復帰されるんですか?」
「ファンの方に一言ください!」
“IORI”
その名前を聞いた瞬間、百合川の指先がぎゅっと握られる。
(やっぱりコイツ芸能人なんだな……)
百合川は、まるで何かに取り憑かれたかのように、その場から一歩も動けなくなっていた。
肩が、わずかに震えている。
「……百合川?」
「……行くぞ」 俺は、百合川の手首を掴んだ。
「……え……」
「……いいから」
俺が声をかけると、依織はびくりと反応して、ゆっくりこちらを振り返った。
瞳が、どこか焦点を失っている。
後ろで、
記者の声が遠ざかっていく。
「IORIさーん!」
「一言だけお願いしますよー!」
俺は絶対に振り返らない。
なぜなら今、ここにいるのは、“IORI”じゃなくて、“百合川依織”だから。
角を曲がり、塀の陰に入ったところで、ようやく俺は手を離した。
百合川は、その場にしゃがみ込む。
「……ごめんなさい……」
「なんでお前が謝るんだよ」
「……迷惑……かけてばかりで…」
「お前のせいじゃないことでいちいち謝んな」
依織は驚いたように少しだけ顔を上げ、俺を見上げる。
「……俺……こういうの……」
何かを言いかけて、結局、口を閉じる。
その仕草が、やけに幼く見えて、胸の奥がざわついた。
助けてほしいのか、放っておいてほしいのか、本人ですらわかっていない顔だ。
「……立て」
俺は、手を差し出さずに言った。
「ここでしゃがんでても……どうにもならねぇだろ」
百合川は一瞬迷ってから、ゆっくり立ち上がる。
俺は息をついて、空を見上げた。
薄く伸びた雲が、夕焼けに溶けている。
「……お前さ……」
言いかけて、やめる。
聞きたいことは山ほどあるけれど、今はまだ聞くべきじゃないと思った。
「お前家どこらへん?」
「…え?」
「いいから早く」
「えっと…駅前のマンションです」
「了解。俺んちも近いから送ってやるよ」
「…え…でも…」
「いいから、早く行くぞ」
「……はい……」
そう小さく答えて、依織は俺の半歩後ろに並んだ。
ついてくるというより、置いていかれないように歩幅を合わせてくる感じだ。
(……なんで俺こんなにコイツに世話焼いてんだろ)
住宅街へ向かう細い道に入ると、さっきまでの喧騒が嘘みたいに遠ざかる。
風に揺れる電線の音と、どこかの家の夕飯の匂いだけが漂っていた。
「……あの……」
依織が、背中越しに声をかける。
「……ごめんなさい……」
「またそれかよ」
「……でも……本当に……」
言葉が途中で切れて、足音だけが続く。
「……僕…嬉しくて…」
百合川は、視線を地面に落としたまま言った。
「……こういうの……慣れてなくて……」
「こういうのって?」
「……普通に人と話すのが…」
百合川の声がかすかに震えているようだった。
「……カメラの前だと…仕事だから…大丈夫だったんですけど……その…」
俺は振り返らずに、歩き続ける。
「……だったら……」
口を開きかけて、やめる。
“なんで活動休止してんだよ”なんて、簡単に言えるほど、俺は無神経じゃない。
「……さっき……」
依織が続ける。
「……手」
「手?」
「……掴まれたとき」
一拍置いてから、続ける。
「……ちょっと……安心しました……」
その一言が、胸に刺さる。
――やめろ。
誰かにとっての安定剤になれるほど、俺はまともじゃない。
そんなことできる人間じゃないんだ。
「……そういうの、俺に期待すんな」
俺は、少しだけ声を低くする。
百合川は、きょとんとしたようにこちらを見る。
「……え……?」
「……俺、そんなに優しくないから」
言葉を探すみたいに、視線を逸らす。
嘘じゃない。
そのせいで紫苑だってーー。
「……でも……」
百合川は、少しだけ困ったように笑う。
「……それでも……今日……助けてくれました……」
「今日だけだ」
百合川は、しばらく迷ってから、ぽつりと言った。
「……僕、ここに来てよかったです」
「……は?」
「……学校……正直怖かったし…行ったこと…少し、後悔しかけたけど……」
「……」
「……桐生君が……いたから……」
(やめろ)
息が、詰まりそうだ。
駅前のマンションが見えてくる。
ガラス張りのエントランスの前で、百合川は足を止めた。
「……ここです」
「ああ」
「……今日は……本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「……また……」
言いかけて、止まる。
「……学校で……」
「……ああ」
百合川が、エントランスの向こうに消えていくのを、俺はその場で見送った。
ガラスの向こうで、彼は一度だけ振り返って、小さく手を振った。
俺は、その姿から、目を逸らした。
耳の奥で、紫苑の声が聞こえてくる気がした。
『朔は、俺がいなくても平気なんだね』とーー。
ーーそれが、ひどく、怖かった。
***
俺は、駅前の明かりを背にして、住宅街の方へ歩き出した。
夕暮れのオレンジが、団地の壁を鈍く染めている。
(……ほんと何やってんだ、俺)
さっきの百合川の声が、耳の奥に残って離れない。
『安心した』
そんな言葉、聞く資格は俺にはない。
紫苑の顔が、勝手に浮かぶ。
俺がしっかりしていればーー。俺がもっとちゃんと、あいつのことを見ていればーー。
――違う。
今は、思い出すな。
団地の階段を上ると、見慣れた場所に、二つの影があった。
「おせーよ、朔」
そう言って、手すりにもたれていたのは、藤白 時雨<しぐれ>だった。
その横で、フェンスに腰をかけているのが芹沢 蓮。
二人は幼稚園の頃からの幼馴染で、腐れ縁だ。
「どこいってたんだよ~?」
「…関係ないだろ」
「そんな言い方ないだろ~」
時雨が、ちらりと俺の顔を覗き込む。
「なんかあった?」
「……別に」
その一言で済ませると、時雨が軽く鼻で笑った。
「へぇ。朔が“別に”って言うときは、大体別にじゃないんだよな~」
「うるせぇな」
三人の間に、妙な沈黙が落ちる。
紫苑がいなくなってから、
こうして揃うこと自体が、どこか不自然になった。
「…で?」
蓮が、静かに切り出す。
「転校生きたんだってな、どんな奴なんだ?」
「……普通」
「嘘つけ」
時雨が即座に突っ込む。
「学校中で噂になるわ記者に囲まれるわ……そんでもって、朔が連れて逃げるなんて“普通”なわけあるかよ」
俺は、答えなかった。
団地の向こうで、子供の騒ぐ声がする。
平凡な日常の音が、なぜだかひどく遠いものに感じる。
「……なぁ、朔」
蓮が、少しだけ声を落とす。
「そろそろ文化祭だな」
俺の指先が、わずかに震えた。
「……だから?」
「そうやってまた逃げるの?」
時雨の視線は、どこか鋭い。
蓮が、小さくため息をついた。
「……お前、まだ自分を責めてんのか?」
「……」
「……なあ、あの時、お前は…」
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「……悪い」
「……いや、俺こそごめん」
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