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Stay Tuned!【2】
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「風呂はそこ、着替えはいまから出してやる、あ、お前腹減ってねえか。おろしハンバーグあるぞ」
すげーぴかぴかの高そうなマンションの715号室、玄関で靴を脱ぐなり碧は矢継ぎ早に言いながら、ぽかんとしてるオレに向き直った。このひといま、ハンバーグって言った。ハンバーグって。
ちびっこのころの、小さいしあわせのことば。そんなのはからだを対価にこのひとに宿を借りようとしてるいまのオレにはあんまりにもそぐわない。
それで一気にいろいろ、どうでもよくなった。
碧の飯はめちゃくちゃに美味しかった。おろししょうゆのハンバーグは碧の手のひらに合わせて気前よくでっかくて、ぎっしり「肉!」って感じがして、よく炒めてあるたまねぎが、飴ちゃんみたいに甘かった。
一緒に出されたほうれん草のお浸しもたこの酢漬けもあたためなおしたらしい味噌汁も夢みたいに美味しくて、こころのあたりがぽうっとあたたまってくるみたいで、オレは何日も何も食べていなかったみたいにがっついた。
ひさしぶりにちゃんとものを食べた気がした。
「米粒」
碧が自分の頬を指で叩いて示す。綺麗な顔は何を考えているのかよくわかんない。そもそももう結構夜も遅いのに、家に入ってまずすることがオレに飯を食わせることなんかよ。オレのこと、ソウイウ意味でお持ち帰りしたんじゃねーの?
まあハンバーグにつられたオレもオレだけど。最近はカロリーメイトで生きていたから、つい、その料理の名前を聞いて空っぽの胃が反応しちゃったわけだ。
「ぺろってしてくんないの」
しあわせのあとには必ず、惨めなことがあるってわかってる。禍福はあざなえる縄のごとし。でもほんとは違う。しあわせのあとには不幸がくるけど、不幸のあとにしあわせがくるとは限らない。
「なんだわざとだったのか」
「島くんは悪い子だから」
じっとその、アーモンド形の黒い眼を覗き込んで、わらった。
暇だから作ったなんて、何でもないことみたいに言うけど。美味しい料理を作るっていうのは、結構すげえ魔法だと思うんだ。
どうなってもいいな、オレ。今日。
何かの魔法で良い夢見られた、思い出になる。
そんなふうに思えたのは、宿無し生活を始めてからはじめてのことだった。
碧のすらりとしたゆびでさわられるとそこから溶けていきそうだった。ぬるぬるしたあつい舌が這ったところが、ややひやりとした室温で痺れて背すじを電流が走った。
「キスは?してもいい派?」
よくない。よくない派だったのに、キスは好きなひととがよかったのに、試すような色の静かな声に低く、もう触れそうな距離で問われて、どろっどろに溶けた脳味噌では碌な抵抗もできなくて奪われた。
セックスはいっぱいしてたけど、キスは、ひさしぶりだった。オレが嫌がるまでもなく、だれもオレの唇に口をくっつける行為に価値を見出してなかった。
碧のキスがしぬほどきもちいいのは、ひさしぶりだからだ。
じゃないと、こまる。
「んっ…ふ、ぅ…んむ…、っは…」
くるしい。息、どうやってするんだっけ。頭ぼーっとして何も考えらんない。眼の前のどことなくひんやりしたからだにしがみつく。からだの表面はつめたいけれど、口の中は驚くほど熱くてやらかかった。そんなので歯の裏とかなぞられて、舌を合わされて、吸われて、甘く歯を立てられて。
きもちいい。こんだけでいきそう。飛ぶかも。
「キスは好きなひととだけって夢見てるガキに見えたから」
「…そんなのとっくに卒業したっての」
嘘だ。嘘。碧に言わせたらオレは正しくガキなんだろう。
「ねえもっかいやって」
碧の息の中に溺れてたい。早くぐちゃぐちゃにして、ぜんぶ忘れさせて。
朦朧とした中で碧の深い眼がじっと、オレに向けられているのを意識していた。めっちゃ見てる。碧がオレのことめっちゃ見てる。視線でも感じるくらいで碧の指って六本あるんかなとか妙なこと考えてた。
オレのために温めなおされた食事、オレのために張られた湯舟、オレのために出された着替えと、オレのためにいいことしてくれる指。
オレだけに向けられた眼。
とても居心地が悪かった。間違ってTシャツ短パンで三ツ星レストランに入り込んだみたいですごく肩身が狭かった。
同時に、震えるほどきもちよかった。
「あっ、ぃい、りょうほう、すんのしゅきぃっ、もっとっ…ぅあっん、…あ~っ?!」
指だけでいったのって、はじめてかも。背骨を甘い痺れが駆け上がって、全身をまわる毒になって、びくびく痙攣がとまらない。我ながらチョロすぎねえ?
こんなはずじゃなかった。悲しいかな経験値だけは稼いでるつもりなんだ、歳のわりには。
すげーぴかぴかの高そうなマンションの715号室、玄関で靴を脱ぐなり碧は矢継ぎ早に言いながら、ぽかんとしてるオレに向き直った。このひといま、ハンバーグって言った。ハンバーグって。
ちびっこのころの、小さいしあわせのことば。そんなのはからだを対価にこのひとに宿を借りようとしてるいまのオレにはあんまりにもそぐわない。
それで一気にいろいろ、どうでもよくなった。
碧の飯はめちゃくちゃに美味しかった。おろししょうゆのハンバーグは碧の手のひらに合わせて気前よくでっかくて、ぎっしり「肉!」って感じがして、よく炒めてあるたまねぎが、飴ちゃんみたいに甘かった。
一緒に出されたほうれん草のお浸しもたこの酢漬けもあたためなおしたらしい味噌汁も夢みたいに美味しくて、こころのあたりがぽうっとあたたまってくるみたいで、オレは何日も何も食べていなかったみたいにがっついた。
ひさしぶりにちゃんとものを食べた気がした。
「米粒」
碧が自分の頬を指で叩いて示す。綺麗な顔は何を考えているのかよくわかんない。そもそももう結構夜も遅いのに、家に入ってまずすることがオレに飯を食わせることなんかよ。オレのこと、ソウイウ意味でお持ち帰りしたんじゃねーの?
まあハンバーグにつられたオレもオレだけど。最近はカロリーメイトで生きていたから、つい、その料理の名前を聞いて空っぽの胃が反応しちゃったわけだ。
「ぺろってしてくんないの」
しあわせのあとには必ず、惨めなことがあるってわかってる。禍福はあざなえる縄のごとし。でもほんとは違う。しあわせのあとには不幸がくるけど、不幸のあとにしあわせがくるとは限らない。
「なんだわざとだったのか」
「島くんは悪い子だから」
じっとその、アーモンド形の黒い眼を覗き込んで、わらった。
暇だから作ったなんて、何でもないことみたいに言うけど。美味しい料理を作るっていうのは、結構すげえ魔法だと思うんだ。
どうなってもいいな、オレ。今日。
何かの魔法で良い夢見られた、思い出になる。
そんなふうに思えたのは、宿無し生活を始めてからはじめてのことだった。
碧のすらりとしたゆびでさわられるとそこから溶けていきそうだった。ぬるぬるしたあつい舌が這ったところが、ややひやりとした室温で痺れて背すじを電流が走った。
「キスは?してもいい派?」
よくない。よくない派だったのに、キスは好きなひととがよかったのに、試すような色の静かな声に低く、もう触れそうな距離で問われて、どろっどろに溶けた脳味噌では碌な抵抗もできなくて奪われた。
セックスはいっぱいしてたけど、キスは、ひさしぶりだった。オレが嫌がるまでもなく、だれもオレの唇に口をくっつける行為に価値を見出してなかった。
碧のキスがしぬほどきもちいいのは、ひさしぶりだからだ。
じゃないと、こまる。
「んっ…ふ、ぅ…んむ…、っは…」
くるしい。息、どうやってするんだっけ。頭ぼーっとして何も考えらんない。眼の前のどことなくひんやりしたからだにしがみつく。からだの表面はつめたいけれど、口の中は驚くほど熱くてやらかかった。そんなので歯の裏とかなぞられて、舌を合わされて、吸われて、甘く歯を立てられて。
きもちいい。こんだけでいきそう。飛ぶかも。
「キスは好きなひととだけって夢見てるガキに見えたから」
「…そんなのとっくに卒業したっての」
嘘だ。嘘。碧に言わせたらオレは正しくガキなんだろう。
「ねえもっかいやって」
碧の息の中に溺れてたい。早くぐちゃぐちゃにして、ぜんぶ忘れさせて。
朦朧とした中で碧の深い眼がじっと、オレに向けられているのを意識していた。めっちゃ見てる。碧がオレのことめっちゃ見てる。視線でも感じるくらいで碧の指って六本あるんかなとか妙なこと考えてた。
オレのために温めなおされた食事、オレのために張られた湯舟、オレのために出された着替えと、オレのためにいいことしてくれる指。
オレだけに向けられた眼。
とても居心地が悪かった。間違ってTシャツ短パンで三ツ星レストランに入り込んだみたいですごく肩身が狭かった。
同時に、震えるほどきもちよかった。
「あっ、ぃい、りょうほう、すんのしゅきぃっ、もっとっ…ぅあっん、…あ~っ?!」
指だけでいったのって、はじめてかも。背骨を甘い痺れが駆け上がって、全身をまわる毒になって、びくびく痙攣がとまらない。我ながらチョロすぎねえ?
こんなはずじゃなかった。悲しいかな経験値だけは稼いでるつもりなんだ、歳のわりには。
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