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今日はじめて着るパジャマの話、あるいは【3】
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「…でもまじめにさ、オレも。あのひとに憧れて、あんなふうになりてえって、思ってるよ。技術って、髪をいじることだけじゃねーなって」
相手に合ったスタイリングをイメージし、最高のかたちで実現することは最低条件。実際に接客に入ったら、眼を合わせる頻度。話題の選び方。黙る時間。からだの距離。
最高の美容師は相手の反応やまとう空気を丁寧に読み取って、気持ちの良いさわり方しかしない。
一時間から二時間程度、そこにはふたりだけの濃い時空間が生まれる。なんかもう、ほとんどそれはセラピーとか、もっと突き詰めて誤解を恐れずに言ってしまうと、セックスじゃん。
「ひととひととのふれあい、会話でも、実際にからだに触れることでも、そういうものの中には、お互いにうまく交渉して眼を合わせあって寄り添いあえば、しぬほどきもちよくなれる可能性が秘められてると、思う」
「…そうか」
短い返答に我に返って、オレはどっと恥ずかしくなった。
「あっ、えっと、まだオレそんなえらそーなこと言える段階じゃないんだけどね!あはっ、ほんと、そーゆーことはちゃんとした技術を身につけてから言えってのって、な?」
意味もなく飛び跳ねるように歩く。あせあせしちゃってみっともねえ。
「…いや。べつに。いいんじゃねーの」
短く返された言葉が、じわりと染み通った。
「…んぇえ~」
「なんだ急に奇声をあげるな」
「碧ってなんでそんなやさしーのぉ?」
「は?」
「やっぱおにーちゃんだから?」
「何言ってんだお前」
碧は本気で怪訝そうにこっちを見てくる。わけわかんないって顔、レアだ。
「俺は親切でも寛容でも共感性が高いわけでもないぞ」
「オレにとってはじゅーぶん優しいの!」
手足をばたつかせて主張するけどいまいちピンときてない。
「…どこが」
「んーと飯くれるとことか!」
「ふはっ」
あ、また笑った。思わずじっと見入ってしまう。大きな手で軽くあごを掴むようにして、ひらいた口を覆ってる。眼尻はやわらかに崩れる。笑うとなんか、可愛いんだな。
「そんなもんでいいのかよお前は」
全然「そんなもん」じゃないし、そんだけじゃない。だけどオレのすくないボキャブラリーではうまく説明できそうになくて、んぎーってなった。
好きなひとと同じ家で暮らしてるって、何度もはっとするから何度も言うけど本当にやばい。
冷静に考えたら料理するとこも片づけるとこも歯磨きするとこも見てるってめちゃくちゃ特別じゃないですか。そんなもん他のおっさんのだって見たことあるけど、こんなん知らねーもん。
いまだけは碧はオレだけのなんだって感じがする。
勝手にそう、思ってるだけだけど。
碧はモテるだろうし定期的に会ってる女のひとがいるのも知ってる。
「碧さあ、オレが邪魔だったりしないわけ」
ラグの上でごろごろしながら、ソファで本を読んでる碧に尋ねる。
「なんで」
「なんでって。女のひと連れ込めねーじゃん」
ベージュのカーテンの裾の、襞の起伏を眼でなぞる。頭上後方で、碧が身じろぐ音がした。
「何お前、散々俺に抱いてくれって言っておいて、俺がここに女連れ込めないの気遣ってくれるんだ?」
なんとなく、からかうような調子の声が硬かった。オレ、どうやら気に障ることを言ったみたいです。
いやまあ、普通そうか。オレに言われたかねえよな。碧の勝手だよな。
「べつにぃ」
ラグの上にたぶんオレのせいでこびりついた米粒を今度はいじりながら、オレは語尾をのばす。
「邪魔んなったら、追い出していーからね」
オレは演技派なんだ。普段よく考えもせずぽんぽん喋る奴は、こころにもないことも笑えない冗談も誹謗中傷も、その場のノリで抵抗なく口から出す。
「でも抱いてもらうまでは出てかない」
「どっちだよ」
「オレ溜まってるんだよね」
碧の顔が見えない。カーテンの襞ばかり見ているから脳直で喋りやすい。
本気かどうか、わからないままでいい。本気で言ってるのに拒絶されたら、オレが耐えられないから。
「そうか」
碧の返答は短かった。
「後始末までしろよ」
会話、終了。沈黙が垂れこめた。わかってたことだった。本当に。
好きなひとと同じ家に住んでるのがやべえのは、ことあるごとにさわりたくなるし、さわってほしくなるから、って、いうのも、あって。
どうしよう。恋をすると、うれしくなったり悲しくなったりいそがしい。そしてぜんぶが苦しい。
相手に合ったスタイリングをイメージし、最高のかたちで実現することは最低条件。実際に接客に入ったら、眼を合わせる頻度。話題の選び方。黙る時間。からだの距離。
最高の美容師は相手の反応やまとう空気を丁寧に読み取って、気持ちの良いさわり方しかしない。
一時間から二時間程度、そこにはふたりだけの濃い時空間が生まれる。なんかもう、ほとんどそれはセラピーとか、もっと突き詰めて誤解を恐れずに言ってしまうと、セックスじゃん。
「ひととひととのふれあい、会話でも、実際にからだに触れることでも、そういうものの中には、お互いにうまく交渉して眼を合わせあって寄り添いあえば、しぬほどきもちよくなれる可能性が秘められてると、思う」
「…そうか」
短い返答に我に返って、オレはどっと恥ずかしくなった。
「あっ、えっと、まだオレそんなえらそーなこと言える段階じゃないんだけどね!あはっ、ほんと、そーゆーことはちゃんとした技術を身につけてから言えってのって、な?」
意味もなく飛び跳ねるように歩く。あせあせしちゃってみっともねえ。
「…いや。べつに。いいんじゃねーの」
短く返された言葉が、じわりと染み通った。
「…んぇえ~」
「なんだ急に奇声をあげるな」
「碧ってなんでそんなやさしーのぉ?」
「は?」
「やっぱおにーちゃんだから?」
「何言ってんだお前」
碧は本気で怪訝そうにこっちを見てくる。わけわかんないって顔、レアだ。
「俺は親切でも寛容でも共感性が高いわけでもないぞ」
「オレにとってはじゅーぶん優しいの!」
手足をばたつかせて主張するけどいまいちピンときてない。
「…どこが」
「んーと飯くれるとことか!」
「ふはっ」
あ、また笑った。思わずじっと見入ってしまう。大きな手で軽くあごを掴むようにして、ひらいた口を覆ってる。眼尻はやわらかに崩れる。笑うとなんか、可愛いんだな。
「そんなもんでいいのかよお前は」
全然「そんなもん」じゃないし、そんだけじゃない。だけどオレのすくないボキャブラリーではうまく説明できそうになくて、んぎーってなった。
好きなひとと同じ家で暮らしてるって、何度もはっとするから何度も言うけど本当にやばい。
冷静に考えたら料理するとこも片づけるとこも歯磨きするとこも見てるってめちゃくちゃ特別じゃないですか。そんなもん他のおっさんのだって見たことあるけど、こんなん知らねーもん。
いまだけは碧はオレだけのなんだって感じがする。
勝手にそう、思ってるだけだけど。
碧はモテるだろうし定期的に会ってる女のひとがいるのも知ってる。
「碧さあ、オレが邪魔だったりしないわけ」
ラグの上でごろごろしながら、ソファで本を読んでる碧に尋ねる。
「なんで」
「なんでって。女のひと連れ込めねーじゃん」
ベージュのカーテンの裾の、襞の起伏を眼でなぞる。頭上後方で、碧が身じろぐ音がした。
「何お前、散々俺に抱いてくれって言っておいて、俺がここに女連れ込めないの気遣ってくれるんだ?」
なんとなく、からかうような調子の声が硬かった。オレ、どうやら気に障ることを言ったみたいです。
いやまあ、普通そうか。オレに言われたかねえよな。碧の勝手だよな。
「べつにぃ」
ラグの上にたぶんオレのせいでこびりついた米粒を今度はいじりながら、オレは語尾をのばす。
「邪魔んなったら、追い出していーからね」
オレは演技派なんだ。普段よく考えもせずぽんぽん喋る奴は、こころにもないことも笑えない冗談も誹謗中傷も、その場のノリで抵抗なく口から出す。
「でも抱いてもらうまでは出てかない」
「どっちだよ」
「オレ溜まってるんだよね」
碧の顔が見えない。カーテンの襞ばかり見ているから脳直で喋りやすい。
本気かどうか、わからないままでいい。本気で言ってるのに拒絶されたら、オレが耐えられないから。
「そうか」
碧の返答は短かった。
「後始末までしろよ」
会話、終了。沈黙が垂れこめた。わかってたことだった。本当に。
好きなひとと同じ家に住んでるのがやべえのは、ことあるごとにさわりたくなるし、さわってほしくなるから、って、いうのも、あって。
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