恥ずかしいほど愛してる

Enishi

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2章

定時上がり

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そして迎えた定時。
今日が月に2回の全社員、定時上がり日だったことをその時間になって思い出した。
問答無用で電気が消されるので、いくら途中の仕事があっても強制的に終わることになる。
この日は毎回、飲みに行く予定があるのだが、私は先輩たちに「体調が悪い」と伝えて先に帰るよう見せかけ役員室のある階に向かった。
役員専用の受付嬢は既にいなかった。
副社長室へ向かう足が重い。
片思いの相手に1番見られたくない自分の欲を見られたことだけでも消えてしまいたいほどなのに、これから、その相手に謝罪をしにいかないといけない。
もしかすると、弁護士とかがいて訴えられるかも、そう思った瞬間、足が止まってしまった。
このまま逃げてしまおうかと思ったが、スマホは彼が持っている。

「私、自分のことばかりだ……」

副社長は被害者だ。
自分が勝手に欲望の対象になっていたんだから。
私はしっかりと謝罪をして目の前でデータを削除するという今日、何度も考えたシミュレーションをもう1度、頭に浮かべて副社長室の前まで来た。
深呼吸をしてノックをする。

「どうぞ」

毎日聞いている声が聞こえて身体が熱く反応する。
大きく息を吐いてドアノブをひねると副社長が椅子に座って待ち構えていて息を飲んだ。

「失礼します」

中に入ると静まり返った。
とりあえず弁護士は同伴していないようだった。
副社長の完璧な深い紺色のスーツ姿、黒髪に鋭い目。
副社長になった彼はいつ誰から見ても完璧な男だった。
今、その姿をはっきりと目の当たりにして私は息を飲んだ。

「あの……副社長……」
「まあ、そこに座って」

そう言うと丁寧にソファを案内された。

「え、あ、はい」

私が言われるがまま副社長のデスクの前にあるソファに座ると副社長が立ちあがり緊張する。
スマホがソファの前の低いテーブルの上に置かれた。
ガラス製のそのテーブルがガダンと小さく響く。
目の前に真っ暗な画面のスマホが見え、あのアプリが起動されていないことに少しだけホッとした。

「副社長、申し訳ございませんでした」

私は深々と頭をさげた。
そして下げたまま用意してきた言葉を伝える。

「気持ち悪いことをして本当に不愉快な思いをさせてしまって、なんと言っていいのか。退職をした方がよければ退職いたします。視界に入らないように異動でも」

そう言った瞬間、深いため息が聞こえて泣きそうになった。

「とりあえず顔をあげて」

私は顔をあげたけど副社長をまともに見れなかった。

「いくつか質問したい」
「はい……」
「コレは……俺か?」

そう言ってスマホを顎でさした。

「副社長というか……私のタイプを生成したもので」
「なるほど……どうやって作ったの?」
「それは……」

ネットに落ちている副社長の画像を何枚も拾ってきて作りました、と言ったらおしまいな気がして震える。

「取材されている副社長の写真をつかいました」

副社長は息を短く吐いて笑った。
私はその反応に胸が締め付けられて目をぎゅっとつむる。

「声は?」
「……副社長のインタビューをネットから取って……」
「今の技術ってすごいね、10秒の音声データで作れるんだ」
「……はい」

どうやら副社長は仕組みを調べたようだ。
私は涙が込み上がってきて顔を伏せた。

「名前……俺になってるね」
「はい」
「キャラ設定が俺様、ドS、支配系、執着――」
「それ以上、言わないでください!」

私は、あまりの恥ずかしさに耳をふさいで叫んでいた。
息切れしている。

すると副社長が立ちあがったのだがわかった。
そして私の座っているソファがわずかに沈み込んだ。

「え?」

私が両耳を抑えたまま振り向くと副社長が隣に座っていた。
そして私の片方の手首を掴むと耳から引きはがした。

「このゲームのコンセプトってなんだっけ?」

私は血が一気に顔に集まった気がした。

「言って」

首を振って抵抗する。

「言えって」

副社長は意地悪な笑みを浮かべた。

「く、狂う……ほど愛される」

あまりの恥ずかしさに私は視線を反らしたが、副社長は許さないとばかりに私の顎をもち自分の方へ向かせた。

「現実に俺が狂わせてやろうか」
「え……」

自分が一体、何を言われているのかわからず瞠目した。

「や、やめてください! 私はそんなつもりでは!」

私は副社長の手を振り払いソファから飛び跳ねるように立ち上がった。

「本当に?」

副社長は笑みを浮かべる。

「本当です」

私は下唇を噛んだ。

「そうかなぁ」

そう言って副社長は長い脚を組んだ。

「こ、これはただのアプリで。確かに副社長です。でもそれは憧れで」
「へぇ~憧れてくれてるんだ。光栄だな」

私はその瞬間、涙が溢れた。
副社長は私のことなど全く覚えていない。
もしかしたら、あの時の高校生の私を覚えてくれているかもしれないと僅かに期待していたが、見事に打ち砕かれた。

「なぜ、泣いている」
「なんでもないです」

副社長は立ち上がり再び私に近づいて来たので後ずさる。
しかしすぐに壁が背中に当たった。
副社長は指で涙を拭いた。

「俺は怖いのか」
「そうではないです。自分の行動が恥ずかしくて」
「恥ずかしいことではない。欲望をさらけ出すっていうのは恥ではない」

ちらと副社長を見ると射るような瞳をこちらに向けていた。

「AIなんかより俺がいいってわからせるチャンスをくれないか」
「え……」
「試してみる価値はあるだろ」
「試すって何を」
「そんなの会社じゃ言えないことだよ」

そう言うと意地悪な笑みを再び浮かべた。
私はその表情に疼く自分がいた。
怖いし、絶対に断らないといけないとわかっているのにハッキリと言うことが出来なかった。
試してみたい――
この人に狂わされてみたい――
そんなことを心のどこかで臨んでいる。
そんな自分がすごく恥ずかしくて嫌だった。

「今からデートをしよう」
「デート?」
「映画でも見ようじゃないか」
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