サキュバス村の色魔王 〜性欲を魔力へと変える力とスキル【賢者タイム】で無双してたら魔王扱いされたのでちょっと異世界征服してくる〜

虎戸リア

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魔霧の森の賢者

9話「魔蒸魔術師——sideネルス」

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「ね、ネルス様……依然として魔蒸兵はサキュバスの巣には到達できておりません!」

 一人の帝国兵士が、陣地内に作成されたテント内で背中を丸めて水晶を覗く不気味な男——ネルスの背へと声をかけた。
 ネルスはいかにも魔術師然とした見た目で、小さな体躯に曲がりくねった杖、淀んだ川のような色のフード付きローブを纏っている。

「……思ったよりも使だねぇ……サキュバスが武装しているなんて初めて知ったしぃ……黒鉄魔蒸兵を突破できる武器を作る技術があるとはぁ……ふふん、弄りがいがありそうだぁ」

 見た目は老けているが、妙に声が若々しい。語尾を上げる独特の喋り方をするネルスに、兵士は答えなかった。下手に口答えすれば即、殺される事を彼はよく知っていた。

「流石の僕でも500体を一体一体命令しきれないから自律させたけどぉ……とりあえず一番突出している2番隊の10体を直接動かすかぁ……ああ、君、2番隊を動かして防衛線を突破するから後詰めよろしくぅ。あとサキュバスは出来れば全員生け捕りでぇ……やむを得ない場合は死体も全部取っておいてねぇ……ぐふふぅ……早く実験したいなぁ」
「はっ!」

 ネルスの粘っこい視線を受けて兵士は視線を合わせないまま敬礼し、駆け足で去って行った。彼が背中に汗をびっしょり掻いている事にネルスは気付いていないし、ネルスへと伝令に行く事が兵士達の間で罰扱いになっている事も知らない。

 帝国軍魔装大隊所属魔蒸魔術師であるネルスにとって消耗品である人間の兵士なぞ動くゴミぐらいの認識しか持っていなかった。

 一般兵士が100人いても、黒鉄魔蒸兵1体で楽々殲滅出来るのだ。ゴミと同義だろうと彼は考えていた。

「全くぅ……いい加減、軍の兵士なぞ全て殺して魔蒸兵にすればいいのにぃ……」

 そんな事を言いながら、ネルスが杖を掲げた。

 これまで自律させていた2番隊を直接動かす為にネルスは魔力で魔蒸兵へと魔力回路を繋げる。

 魔蒸兵へと接続されたネルスの視界に、10体それぞれの視覚情報が表示される。並の魔術師ならその魔力情報量だけで頭がパンクして最悪死に至るが、ネルスは平然とそれを処理していく。

「精霊魔術に剣術ぅ……ふうむぅ……これは中々厄介だけどぉ……魔蒸兵の真価は直接動かしてから発揮されるのぉ……おやぁ?」

 ネルスの視界から3体の魔蒸兵が消えた。そして残った魔蒸兵達の視界に、が映った。男がにやりと笑い、持っている杖らしき物を掲げている。

「男ぉ? サキュバスの巣にぃ?」

 伝え聞いた話と違う。
 しかし、ネルスはその事に驚く暇はなかった。

 なぜならば次の瞬間に、パリンという澄んだ、薄いガラスか何かが割れる音が聞こえたと同時に全ての魔蒸兵の情報が消えたせいだ。

「っ!! 何が起きたぁ!?」

 慌てて魔力回路を繋げようとするも、反応がない。

「馬鹿なぁ!!」

 500体の魔蒸兵……50体ほどは破壊されたがそれでも残り全ての魔蒸兵の……魔力反応が消えた。

「ありえん!」

 声を上げるネルスはそれでも頭の片隅で冷静に何が起きているかを分析していた。

 さっきのあの澄んだ音は……魔力探知を阻止する防壁魔術が破れた音だ。

 ネルスは、サキュバス達に高度な魔術が使える訳がないと高をくくっていた。だから、魔術を逆探知された際にそれを行った相手を攻撃する防壁魔術を自らに掛けたのは——癖のような物だった。

 魔蒸兵は自律さえさせてしまえば、例え起動させた魔術師を殺そうとも魔蒸が無くなるまで動き続ける。
 しかし現状の魔術理論では、一定範囲内にいる敵を攻撃する、目標地点へと移動するなどといった簡単な命令でしか自律できない。

 なので、ネルスのように複数の魔蒸兵を同時に直接動かせるのは敵にとってはかなりの脅威なのだが——勿論リスクもある。

 それが、魔力回路の逆探知と回路簒奪さんだつだ。

 直接操作する以上は、魔力で繋がる必要がある。複数動かすには当然それぞれに魔力回路を繋げなければいけない。
 それはその数の分だけ魔力回路を敵に晒す事になり、魔力視による視認と魔力回路の逆探知が可能になるということだ。

 逆探知されれば当然居場所はバレる。魔術師にとって、陣地を探知されるのは首元にナイフを突きつけられるのと同義だ。

 更に高度な魔術師ならその魔力回路を自らの魔力で上書きして回路を奪ってしまう事も可能だ。
 これを防ぐ為に、防壁魔術のような罠を張るのがネルスのような魔蒸魔術師にとっては必須なのだが……。

「それすらも破られたぁ? ありえないぃぃ! 帝国の魔術師ですら僕の回路を簒奪するなんて出来ないぃ!」

 ネルスは、さきほど見えたあの男のせいだと直感で分かっていた。だが、彼のプライドがそれを許さなかった。
 こんな辺境にいる魔術師に最先端の魔術理論を実践している自分に勝てるはずがないという思い込みが彼の本来は柔軟であるはずの思考能力を奪っていた。

「ね、ネルス様!」
「うるさいぃ!」
「ま、まま魔蒸兵が! こちらへと攻撃を仕掛けてきました! サキュバス達と連携しており手に負えません!」
「馬鹿なぁ! あれらを奪って沈黙させるならともかく全てを再起動させて動かすなんて無理に決まっているぅ! それに連携だぁ? 馬鹿な報告はほどほどにしろぉ!」
「ですが! もうまもなくここにもやってきます!」
「どけぇ!」

 ネルスが兵士を押しのけてテントを飛び出した。

 そこは、サキュバスの巣があると言われる魔霧の森の外れにある小さな広場だった。
 木々は少なく、広場となったところに大掛かりなその中央にテントを張っていたのだ。

「馬鹿なぁ……」

 ネルスがテントから飛び出た時には、既に森の奥から出てきた魔蒸兵とサキュバスが広場を取り囲んでいた。

「お、あいつがそうじゃねえの? いかにもな格好してるし」
「あいつは……ネルス・ギオルグ。間違いなく今回の魔蒸兵を動かしていた魔術師だ」
「知り合いか?」
「有名な奴。私は嫌い」
「そうかよ」

 ネルスの視界の先に、先ほど魔蒸兵の視界で見たあの真っ白なバスローブに身を包んだ中肉中背の若い男と、見覚えがある——否ネルスが忘れるわけがない……少女がいた。

「リシア様ぁ! ああリシア様ぁ!! ネルスめがお救いに参上いたしましたぁ!」

 ネルスの歓喜の声が森に響いた。
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