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5:知識が活きる
しおりを挟むジークが群衆の間を抜けて近付くと、酒場の中で、一人の青年が倒れていた。掘りの深い顔に褐色の肌。いかにも色男といった雰囲気だが、その顔は真っ青であり、泡を吹いていた。身体は小刻みに痙攣しており、どう見ても異常だ。
「何が起きたんですか!?」
ジークが隣にいたこの酒場の給仕らしき女性に話し掛けた。
「ついさっき、いきなりあんな感じになって倒れたのよ……飲み過ぎかしら? グレリオ様って馬鹿みたいに飲むから」
「飲み過ぎ……? いや違う。あれは……」
ジークはあの症状について、どこかで聞いた事があった。青い顔……痙攣……。
脳裏に、イルナの声が響く。
〝良いですぁ、ジーク様。既存の毒薬は症状が分かりやすいのですぐにその場で対策を練られてしまう。なので、一流の暗殺者はそんな物は使いません。なので、我々は……じゃなかった暗殺者は、毒を持った生物を使うのです。一般人にも……医者にも知られていない毒を持った生物を……そう例えば――〟
「……ウィドウスパイダーかもしれない」
ジークは酒場の中に入ると、倒れている青年――グレリオへと近付いた。
「な、なんだ君は!?」
グレリオのお付きの者らしき男がジークを見て声を荒げるが、ジークは無視して周囲に注意を払いながらグレリオの様子を観察する。
貴族服を着ている為、露出は少ない。もし、自分の考え通りであれば……
ジークが靴とズボンの裾の間注視する。すると、右足の脛に――小さな噛み痕が二つ付いていた。
「やっぱりだ! 皆さん、気を付けてください! 毒蜘蛛がいるかもしれません!」
「ど、毒蜘蛛!? ひいいいい」
お付きの者達が慌ててジークの側から離れていく。
そしてジークは、床をのそのそと歩く小さな蜘蛛を見つけた。背中が少し赤く、いつかイルナと見た奴と全く同じだった。
「ウィドウスパイダー!」
ジークは落ちていたグラスを蜘蛛に被せて閉じ込めると、急いでグレリオの服を脱がし始めた。
「誰か手伝ってください! すぐに処置しないと間に合いません!」
ジークの言葉に、誰も動かなかったが、先ほど声を掛けた女性の給仕が駆け付けた。
「何をすればいい!?」
「……薬草……ハーブだ……ここが酒場なら……そうだユーリラの葉って置いてあります!?」
「あるけど、あれは香り付け用の物よ!?」
「お湯に入れて持ってきてください! 早く!」
ジークの気迫に押され、女性給仕が慌てて厨房へと走って行く。
その間に彼はグレリアの詰襟を外した。これで呼吸が少しは楽になるはずだ。それからジークは、イルナに聞いた噛まれた際の対処法を実践していく。置いてあった度数の高い酒を噛み痕にぶっかけて消毒。
噛まれた箇所から血抜きする方法もあるが、あれはあまり効果がないことも分かっていた。
「持ってきたわよ」
「ありがとうございます。すぐに飲ませてあげてください。ゆっくりで構いません。医者ではなく、薬師を呼んでください! これはただの毒ではありません、暗殺に使われる毒です!」
そのジークの言葉に、人々がざわめく。
「暗殺?」
「ああ、でもセベール家は色んなところに狙われているからな」
「ってことはすぐ近くにいるんじゃないか?」
「ひいいいい」
群衆が混乱に陥るなか、冷静にジークは処置を続けた。
「ジーク様!」
そこに駆け付けたのは、城勤めの医師兼宮廷魔術師の老人、ラドルだった。彼は歴戦の魔術師であり、また薬学にも精通していた。
「ラドル先生!」
「なぜここにジーク様が!?」
「それはあとにして! 先生、この人はウィドウスパイダーに噛まれたようです! あのグラスの中にその蜘蛛がいます!」
「なんと! あの暗殺蜘蛛か! これは一大事じゃ」
「処置はある程度しましたけど……この人は大丈夫でしょうか」
ラドルは素早く、ジークが何を行ったかを一つずつ確認していく。
それを聞きながら内心で、そのあまりに的確な対処法に驚愕した。
この王子……どこでこんな知識を覚えた?
「あとは儂に任せなさい。ジーク様はすぐに城に戻りなされ」
「……はい」
こうしてセベール家のグレリオは、ジークの機転と正しい対処法によって、奇跡的に一命を取り留めたのだった。
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