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3話:初めて重力を攻撃に使いました
しおりを挟む王都の外に広がる荒野にその塔はそびえ立っていた。
ダンジョンと王都の間を往復する冒険者用の乗り合い竜車に乗ったヘカティの横で、一人の冒険者がその塔を見て、興奮気味に語った。
「【絶塔クスラ・ティリス】、通称【塔】だ!! 高さ不明。階層数も不明の超巨大な塔型の迷宮さ。その規模と攻略難易度の高さ、そして発掘される物の質の良さから、史上最高の迷宮とまで言われているんだ!」
あまりに巨大で、遠近感が狂っているかのように錯覚させる建造物だ。巨大な樹と人工物が融合したような外観でずっと見ていれば首が痛くなるほど上まで続いている。
近くで見ると、そのあまりの巨大さに眩暈がしそうなほどだ。
「大きいですねえ」
ヘカティはそう言って、眩しそうに塔を見つめた。塔の麓に着くと、そこには粗末なバラック小屋が並んでおり、商人達が冒険者相手の露店を広げている。
へカティの耳にも、商人と冒険者達の声が届く。
「昨日塔から掘り出された逸品! 今話題の魔導剣だよ!」
「おい、もうちょい安くならないか? 俺ら絶対踏破するから出世払いで」
「お、旦那、良い剣装備してるねえ! よしじゃあ1000ユールでどうだ!」
ヘカティは興味深そうにそれらを見ながらも、財布が軽いことを思い出し、しょんぼりしながら素通りした。
塔の入口へと向かうと、兵士からギルドカードの提出を求められた。
「……ん? 君、ソロか? それにその制服……魔術師か」
「はい。ヒーリングカズラの実の採取依頼で」
「ああ。だったら、1Fの東部を探すといいよ。北部は強い魔物がいる事が多いから、出来れば入口のある南部から反時計回りに行くのがオススメだ」
「はい! ありがとうございます!」
「気を付けてな!」
ヘカティは親切な兵士に手を振って別れを告げると、ベアルから貰った地図を片手に塔の中へと続く通路を進んでいく。周囲にいる冒険者達はほとんどが三~六人程度のパーティを組んでおり、装備もしっかりとしていた。
自分はというと、学院の制服の上に革のローブという軽装に、武器は小型の万能ナイフのみだ。なんだかひどく場違いなように感じられた。
「お金が貯まったらもっとちゃんとした装備をしよう……」
そう決意して通路を抜けた先には――
「……綺麗な場所」
――森が広がっていた。崩れた石の門や遺跡がところどころにあり、その寂寥感と森の生命力が上手く調和している。どこからか鳥のさえずりが聞こえ、辺りは土と草の匂いで満たされていた。
上を見上げれば天井は遠い上に、どういう理屈か太陽光のような物が降り注いでいる。噂によると、天候が変わり、雨が降る事もあるとか。
建物の中だというのが感じられないほどにその空間は広大だった。
「これが上に何十と続いているんですね……凄いなあ」
ヘカティは思わず独り言を呟いてしまった。
「初依頼……頑張ろう!!」
そう言って、ヘカティは気合いを入れ直すと、地図を見ながら森の中を進んでいく。やる気も気力も十分だった。
☆☆☆
「全然ないんですけど……」
地図を見ながら、兵士に言われた通り東部へと進んだヘカティは、ヒーリングカズラを一生懸命探すも、全く見つからなかった。
「なんでないの!?」
それから数時間、散々探して……いい加減足が棒になってきた時に、ようやくヒーリングカズラの小さな群生地を見付けた。
ここまでの道中で何度も、一角ウサギや、ラージワームなどの魔物に遭遇したが、ヘカティはいつものように【重力】魔術でそれらの魔物の身体を重くして、攻撃されないように防いでいた。
「そういえば……倒した証拠を持って帰ったらお金貰えるんだったっけ……?」
そんな事をベアルが言っていたような気がした。ただいずれにせよ攻撃手段がないので、とりあえず今は依頼に集中しよう。
へカティはヒーリングカズラになっている実を丁寧にもいでいき、採取用の革袋へと詰めていく。
プチっともげるその感触が癖になり、夢中で採取を行っていると――
「はあ……はあ……くそ! クソ! なんでこんなとこに!!」
血みどろになった一人の冒険者が突如、茂みから飛び出してきた。
見れば、片腕が千切れており、無事な方の手に持つロングソードも半ばから折れていた。
「……っ!! お前、逃げろ!!」
冒険者が暢気に採取をしているヘカティの姿を見て、警告を放った。
「え?」
驚いて、ヘカティが振り向くと同時に――咆吼が響き渡った。
「ギャルアアアア!!」
「クソ……! 早く逃げろってば!」
「その怪我! どうされたんですか!?」
その冒険者がヘカティを連れて逃げようとすると同時に、その問いに対する答えが姿を現した。
それは巨大な獣だった。トカゲと熊を合わせたような四足歩行の獣で、背中には半ばで折れたロングソードだけでなく、槍や矢などの武器が剣山の如く突き刺さっている。
立ち上がれば、おそらく3mはあるだろうその体躯は、見る者を圧倒した。長い凶悪な爪も、牙も、太く長い尻尾を覆う鱗も全て血にまみれている。
そしてその巨体でヒーリングカズラの群生地を踏み潰していた。
「ああ! まだ全部採ってないのに!」
ヘカティの悲痛な叫びが響く。しかし彼女はその凶悪な姿を見てなお、冷静に採取とこの怪我だらけの冒険者についてどうしようか考えていた。
冒険者は歩くのも辛そうに見えるので、まずは【重力】魔術で身体を浮かせて……医者か回復術士に渡してからもう一度戻ってきて、無事な実を探す。よし、それでいこう。
考えがまとまったところで、ヘカティが笑顔を冒険者へと向けた。
「安心してください! 私が貴方をダンジョンの出口まで運びますよ」
「馬鹿野郎!! いいからお前だけでも逃げろ!! お前みたいな駆け出しなんてすぐにやられる!! あれはレックスベアといって二階層の魔物なんだよ!!」」
冒険者がそう叫んだと同時に、レックスベアが地面を蹴って、ヘカティ達の方へと突進してくる。その動きで更にヒーリングカズラの実が潰れていく。
「ああ!! 散々苦労して……ようやく見付けた群生地なのに!! ……それに人を傷付けるなんて……許せません!」
ヘカティはそう言って目の前に迫るレックスベアを睨んだ。
珍しく彼女は怒っていた。その巨体の四肢に潰れたヒーリングカズラの実が付着しているのを見て、さらに怒りが沸いてくる。
あとちょっとで袋が一杯になるところだったのに! 彼女はそこで初めて――自身に掛けていた【重力】を解除した。
ヘカティは常に成人男性ですら立っていられないほどの加重を自身に掛けていた。
ラッセン先生に常に魔術を自身に掛けておくようにと言われたせいだ。最初は身体を軽くする事を考えたのだが、身体が軽すぎると日常生活に支障が出たので、加重の方に切り替えたのだ。
最初はまともに動かなかったので少しずつ加重を増やしていく方法でやった結果――今では常人が立っていられないほどの加重でも普通に生活できるようになっていた。
ゆえに、それを解放した瞬間から――彼女は戦闘経験をほぼ積んでいないのに関わらず……レックスベアの動きを完全に見切っていた。世界の速度が緩まり、全てが遅延しているような感覚。
だからこそここで、近接戦闘術を習っていた経験が生きる。
ヘカティは身体の動くままに目の前に迫るレックスベアの頭へと――右足で蹴りを叩き込んだ。
そして蹴りがレックスベアに当たった瞬間に、脚部のみに超加重を加える。
それは――彼女が初めて攻撃の意志を持って魔術を使った瞬間だった。
いつか、聞いた言葉を思い出したのだ。
衝撃の強さは――速度と重さで決まってくると。
身体に掛かる加重を解放させ、前衛職も真っ青の、雷撃の如き速度の蹴りに、インパクトの瞬間に掛ける超加重。
鉄すらも弾くと言われたレックスベアの頭部が――あっけなく破砕されたのも無理はないだろう。
ヘカティが足を戻すと同時に、頭部を無くしたレックスベアの死体が、べちゃりと地面へと落ちた。
「まじかよ……」
目の前で起こった光景に……その冒険者は、そう言う他なかった。
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