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1章:グラスフェアリー編
間話:路地を見る男
しおりを挟む一人の背の高い男が、夕暮れの木屋町通りを四条通り側から北上していた。南北に伸びる木屋町通りは小さな川と平行しており、川沿いには桜並木が立ち並び、普段なら通りがかる人や観光客が皆写真を撮っているが、今は地元の人以外は誰も歩いていない。木屋町通りの東側は雑居ビルが立ち並び、飲食店や、男性向けの店の看板やネオンがひしめいている。
少しずつ人が増えていく時間帯。観光客はいなくなったものの、地元の学生達や社会人の中で、その男はかなり特徴的だった。いわゆる甚平という物を着ており、足元は下駄。それだけならば京都ではよくとはまではいかないものの、決して珍しくはない姿だが、真赤なサングラスをかけており、青く染めた短髪、耳には銀色のピアス。両手の指にも指輪を複数はめており、右手にはなぜか虫取り網をもっていた。口元には火の付いていない煙草が咥えられている。
すれ違う人々は、男を二度見するが、明らかに関わってはいけない人種のような雰囲気に飲まれ、何も言わず、しばらく離れてからヒソヒソと話していた。
男は、雑居ビルの間にある無数の路地の前を通るたびに、キョロキョロと何かを探るように覗いていた。
「路地っつったってなあ……木屋町と先斗町の間にいくつあると思ってるんだが」
男はぼやきながら、路地を一本ずつ丁寧に覗いていく。木屋町通りの東側には平行して先斗町と呼ばれる花街がある通りがあって、その二つの通りを繋ぐ細い路地が何本もあった。どの路地にも小さなお店がひしめき合っており、少しアンダーグラウンドな空気を醸し出している。
「ん?」
男は、蛸の絵が書かれた看板の脇にある小さな路地の前で立ち止まった。男は、右耳のピアスに触れた。
「微かに、反応が残っている?」
男は少し逡巡すると、その路地へと踏み入った。ビルとビルの間の、人がやっと通れる程の道。両側には店が並んでいるが全て閉まっていた。
男が路地を進んでいく。頭上には配線が張り巡らされ、空は遠い。夜であれば明かりがなければ真っ暗になるだろう。丁度、路地の真ん中辺りだろうか、そこは南側のビルが凹んだ形をしており、少し広くなっていた。
男は、そこで立ち止まった。右耳のピアスが微かに震えているように見える。
「ここか。はん、なるほどなるほど」
男はビルの壁面を注視した。しばらく見つめた後、男は急に左耳を抑えた。
「? なんだ?」
男は、自分が来た方と反対側へと素早く振り向く。右手に持つ虫取り網を強く握っていた。
「だーかーらーあたしの計算によると、ここなんだって」
「ただの勘でしょ?」
「そうとも言う」
男の視線の先に、二人の女性が居た。背の高い女と低い女。楽しそうに会話をしながらこちらに向かってきている。
男は素早く、南側のビルの凹んだ部分にある階段を上がった。そして、右の薬指につけていた指輪を咥えていたタバコで弾いた。
火の付いていないはずの煙草から微かに細い煙が出て、男を包む。
男の存在が、次第に世界から薄れていった。
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