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1章:グラスフェアリー編
7話:雄鶏の尾羽
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Barナインテール。
私はカウンターの中に入って、ライムを切っていた。シャットと呼ばれる半月の形に切り分けて、すぐに絞れるようにタッパーに入れて行く。
既に、お店は開店しているが、まだ時間が早いのかお客さんはいない。
「久遠さん」
「どうしたんだい?」
「えっと……いえ、なんでもないです」
隣で、氷を割っている久遠さんに飛田さんの事を聞こうかと一瞬思ったけど、変な顔されるのは目に見えていたのでやめた。甚兵衛に青髪の男を知っていますか? ともし私が聞かれたら怪訝な顔をするだろう。
「ん? うん、ライムシャット作るの上手だね。料理とか結構してる?」
「はい。といってもそんな本格的な物は無理ですけど」
久遠が優しく微笑んで褒めてくれた。
「うん、それが終わったらジントニックの作り方を教えてあげよう」
「え、もうカクテル作って良いんですか? てっきり洗い物とかそんなんだけだと」
私がそう言うと、久遠が静かに首を横に振った。
「バーカウンターに立ったら、誰もがバーテンダーなんだ。だからアルバイトだろうが何だろうが、カクテルの一つぐらい作れるて当然……がうちのオーナーの口癖でね。だから、バーテンダーが一番最初に習って、そしておそらく一番多く作るだろうカクテルの王様――ジントニックをまず教える」
「おお……」
「ふふふ、簡単だけど、奥が深いカクテルだよ。ああ、そういえば、カクテルの語源を知っているかい?」
「カクテルですか? そういえば何でしょうか。混ぜるって言葉はミックスだし」
「カクテルは元々、雄鶏の尻尾、から生まれた言葉なんだ」
「なぜ雄鶏の尻尾なんですか?」
「昔は雄鶏の尻尾に生えている羽根で、お酒を混ぜていた、からだよ」
「なるほど……あ、だから、カウンター席の裏の棚に羽を飾っているんですね」
そう言って、私は棚へと視線を移した。そこには、飾りと思われる雑多な物が置かれていた。
何かの羽根。良く分からない動物の標本骨格。古く、ラベルが読めない何か液体の入った瓶……などなど。そこだけがやけにバーの雰囲気から離れていて、違和感があった。掃除をしようとしたら、久遠さんにそこは触らなくていいと注意されたのを思い出す。
「だけどね、それも本当かどうか分からない。他にも、メキシコのお姫様の名前だとか、飾りとして雄鶏の羽根を使ったからとか、説が沢山あるんだ」
「へえ……じゃあ本当は何だったのか分からないんですね」
「そう。だけどね、真実がなんだったか、なんてのはさして重要ではないだ。大事なのは、目の前に何があるか、なんだ。牧草が硝子に変わることだってあるんだ」
「はあ……」
「おっと、話が逸れたね。バーテンダーはついつい喋り過ぎるのが欠点だね」
そう言って、久遠さんがジントニックの作ってくれた。
「タンブラーにまず氷を入れる」
タンブラー……それは背の高いグラスだ。いわゆる私達がコップと呼ぶようなやつだ。
「そして、ジンを静かに注ぐ。今は、どの種類のジンを使うかは覚えなくて良いよ」
久遠さんが繊細な手付きで、緑色のボトルを傾けた。無色透明の液体がタンブラーへと注がれた。
「そして、トニックウォーターを注ぐ」
黄色のラベルが貼られた小瓶からシュワシュワした炭酸のような液体がその上に注がれる。
「最後にさっき鳥居さんが切ってくれたライムシャットを絞って、ステア」
真剣な表情でライムを搾る久遠さん。そして持ち手が長く、螺旋状になっているバースプーンをタンブラーの底まで差し込むと、一度だけ氷を持ち上げて、そのままスッとバースプーンを抜いた。
「え、それだけ? 混ぜないんですか?」
「そう。炭酸を入れた時点で、中は撹拌されるし、そもそもジンは40度近くあるお酒だから、比重が軽いんだよ」
「あ、つまりトニックウォーターを入れると、自然と底に沈んでいたジンは浮いてくるって事ですね」
「正解! だから、ガチャガチャかき混ぜる必要はないんだ。そうすれば、炭酸も抜けない。さあ、飲んでみて」
そう言って、久遠さんが作った物に私は口を付けた。
まず鼻に柑橘類の爽やかな香りが届く。その後、爽やかな苦みと炭酸、酒精が口の中でシュワシュワと溶け合っていく。そして柔らかい甘みが後にほんのりと残った。
それは、私がこれまでに飲んだ事があるどのお酒より美味しかった。
「美味しい……凄い……」
「ふふふ、ジントニックを飲めば、大体そのバーテンダーの技量が分かる。それぐらいに簡単だけど難しいカクテルなんだ」
「私も頑張ります!」
そうして私も何杯か作ってみたが、全然美味しくなかった。なぜだ。
「まあ、最初はこんなもんだよ。また今度コツを教えてあげよう」
久遠さんが私の作ったカクテルを飲んで、微笑を浮かべた。
その後、私は午後9時になった同時に制服から私服に着替えて、店を出た。結局――その間、お客さんは誰も来なかった。
私はカウンターの中に入って、ライムを切っていた。シャットと呼ばれる半月の形に切り分けて、すぐに絞れるようにタッパーに入れて行く。
既に、お店は開店しているが、まだ時間が早いのかお客さんはいない。
「久遠さん」
「どうしたんだい?」
「えっと……いえ、なんでもないです」
隣で、氷を割っている久遠さんに飛田さんの事を聞こうかと一瞬思ったけど、変な顔されるのは目に見えていたのでやめた。甚兵衛に青髪の男を知っていますか? ともし私が聞かれたら怪訝な顔をするだろう。
「ん? うん、ライムシャット作るの上手だね。料理とか結構してる?」
「はい。といってもそんな本格的な物は無理ですけど」
久遠が優しく微笑んで褒めてくれた。
「うん、それが終わったらジントニックの作り方を教えてあげよう」
「え、もうカクテル作って良いんですか? てっきり洗い物とかそんなんだけだと」
私がそう言うと、久遠が静かに首を横に振った。
「バーカウンターに立ったら、誰もがバーテンダーなんだ。だからアルバイトだろうが何だろうが、カクテルの一つぐらい作れるて当然……がうちのオーナーの口癖でね。だから、バーテンダーが一番最初に習って、そしておそらく一番多く作るだろうカクテルの王様――ジントニックをまず教える」
「おお……」
「ふふふ、簡単だけど、奥が深いカクテルだよ。ああ、そういえば、カクテルの語源を知っているかい?」
「カクテルですか? そういえば何でしょうか。混ぜるって言葉はミックスだし」
「カクテルは元々、雄鶏の尻尾、から生まれた言葉なんだ」
「なぜ雄鶏の尻尾なんですか?」
「昔は雄鶏の尻尾に生えている羽根で、お酒を混ぜていた、からだよ」
「なるほど……あ、だから、カウンター席の裏の棚に羽を飾っているんですね」
そう言って、私は棚へと視線を移した。そこには、飾りと思われる雑多な物が置かれていた。
何かの羽根。良く分からない動物の標本骨格。古く、ラベルが読めない何か液体の入った瓶……などなど。そこだけがやけにバーの雰囲気から離れていて、違和感があった。掃除をしようとしたら、久遠さんにそこは触らなくていいと注意されたのを思い出す。
「だけどね、それも本当かどうか分からない。他にも、メキシコのお姫様の名前だとか、飾りとして雄鶏の羽根を使ったからとか、説が沢山あるんだ」
「へえ……じゃあ本当は何だったのか分からないんですね」
「そう。だけどね、真実がなんだったか、なんてのはさして重要ではないだ。大事なのは、目の前に何があるか、なんだ。牧草が硝子に変わることだってあるんだ」
「はあ……」
「おっと、話が逸れたね。バーテンダーはついつい喋り過ぎるのが欠点だね」
そう言って、久遠さんがジントニックの作ってくれた。
「タンブラーにまず氷を入れる」
タンブラー……それは背の高いグラスだ。いわゆる私達がコップと呼ぶようなやつだ。
「そして、ジンを静かに注ぐ。今は、どの種類のジンを使うかは覚えなくて良いよ」
久遠さんが繊細な手付きで、緑色のボトルを傾けた。無色透明の液体がタンブラーへと注がれた。
「そして、トニックウォーターを注ぐ」
黄色のラベルが貼られた小瓶からシュワシュワした炭酸のような液体がその上に注がれる。
「最後にさっき鳥居さんが切ってくれたライムシャットを絞って、ステア」
真剣な表情でライムを搾る久遠さん。そして持ち手が長く、螺旋状になっているバースプーンをタンブラーの底まで差し込むと、一度だけ氷を持ち上げて、そのままスッとバースプーンを抜いた。
「え、それだけ? 混ぜないんですか?」
「そう。炭酸を入れた時点で、中は撹拌されるし、そもそもジンは40度近くあるお酒だから、比重が軽いんだよ」
「あ、つまりトニックウォーターを入れると、自然と底に沈んでいたジンは浮いてくるって事ですね」
「正解! だから、ガチャガチャかき混ぜる必要はないんだ。そうすれば、炭酸も抜けない。さあ、飲んでみて」
そう言って、久遠さんが作った物に私は口を付けた。
まず鼻に柑橘類の爽やかな香りが届く。その後、爽やかな苦みと炭酸、酒精が口の中でシュワシュワと溶け合っていく。そして柔らかい甘みが後にほんのりと残った。
それは、私がこれまでに飲んだ事があるどのお酒より美味しかった。
「美味しい……凄い……」
「ふふふ、ジントニックを飲めば、大体そのバーテンダーの技量が分かる。それぐらいに簡単だけど難しいカクテルなんだ」
「私も頑張ります!」
そうして私も何杯か作ってみたが、全然美味しくなかった。なぜだ。
「まあ、最初はこんなもんだよ。また今度コツを教えてあげよう」
久遠さんが私の作ったカクテルを飲んで、微笑を浮かべた。
その後、私は午後9時になった同時に制服から私服に着替えて、店を出た。結局――その間、お客さんは誰も来なかった。
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