目覚める、図書塔の姫 ~十年の眠りから覚めた私を待っていたのは、かつて手を焼いた生意気生徒でした~

虎戸リア

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3:手を握ってくれたのは

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 あれからどれだけの時間の経ったのだろうか。私には分からない。

 私は上下が逆さまになった図書塔の、床となった天井から伸びるランプへと腰掛け、本を読んでいた。

「このまま眠り続けるのかしら。でもまあ、なぜか読書も出来るしいいわね。平和で……静かで」

 あのうるさい王子の教師役をやらなくてもいいしね。

 でも、少しだけ……ほんの少しだけ、それが寂しいと感じる自分がいた。

 そこへ赤い人影が現れた。

「やっとこの血にも馴染んできた……よもや十年もかかるとはな」

 それは、血にまみれた私だった。私の紫の瞳が、彼女の場合真っ赤に染まっている。

「また来たのね……カウレア」

 私は、赤い私――カウレアをにらみ付けた。あの馬鹿魔術師が喚び出した、邪神カウレア。その正体は不明だけども、古い神々であることだけは知っていた。

 その記録が残っていないということは、きっと残すべき物でなかったのだろう。

「ご挨拶だな。我らは一心同体……仲良くしようじゃないか」
「誰が、邪神なんかと仲良くなるもんですか」
「いつの時代も……人は愚かだな。我を邪神と呼ぶか」

 カウレアが肩をすくめた。その仕草は私らしくなくて、違和感を覚える。

「血を求める神が邪神でなければ何なのよ」
「貴様が生き長らえている時点で、我に慈悲があるとなぜ気付かぬ」
「こうして眠り続けているなら死んでいるのと一緒だわ」
「十年の間、老いぬように時を止めてやっているのに感謝の言葉も無しか」

 ん? 十年?

「待って。十年? まさか私、十年も眠り続けているの!?」
「流石は星屑の末裔よ。馴染むのに随分と手こずった。十年は我でも最長だよ」
「どういうこと?」
「お前をようやく目覚めさせることが、出来ると言っているんだ」

 そう言って、カウレアが近付いてくる。

「だが、我はお勧めしないな」
「なぜ?」
 
 十年。その長さに眩暈がしてくる。一年ぐらいの感覚だっただけに衝撃が大きい。

「起きても碌なことはないぞ……十年という年月はお前が思っているよりずっと長い。それに……」
「……起きなければどうなるの?」
「このままここで心ゆくまで読書を楽しむが良い。お前の命の火が尽きるまでは生かしておいてやろう」

 それは、少しだけ魅力的な提案だった。

 全てを失った私に与えれた物は、あの図書塔だけだ。きっと、老いるまで私はあの図書塔に居続けるのだろう。その人生はなんだか酷くつまらないものように思えた。

 眠る必要も、食べる必要もないこの空間は正直居心地が良い。好きなだけ読書を堪能できる。時々こうして、カウレアがやってきて、少しだけ会話も出来る。もちろん仲良くするつもりはないけど。

「我としてはどちらでもいい。お前が選ぶといい」
「……そうね」

 だけど……ここで読書していると、ふと頭の中で、〝これはユリウスでも読めそうね。この話は噛み砕けば、理解してもらえそう〟なんて考えている自分がいた。

 何より、倒れる直前に見た、ユリウスのあの顔。

 あれから十年だ。

 優しい心を持つユリウスはきっと後悔しているだろう。自分を責め続けているだろう。もう私の事なんかすっかり忘れているかもしれないが、きっとその心のどこかには私という棘がずっと刺さっているはずだ。

 それにうなされ、苛まされる日々もあっただろう。

 それに耐える十年という年月は……想像もできない。

「どうした星屑の姫よ」

 カウレアがニヤニヤと笑う。まるでこちらの心を見透かしているかのようだ。

「ここは心地良いけども……赦しを与えないといけない子がいるわ。私が起きなければきっとあの子は……」
「止めといた方が良いぞ? 目覚めたお前は疎まれ、嫌われ、厄介者扱いされるに決まっている」
「馬鹿ね、貴方。亡き国の姫なんて、みんなそんなもんよ。覚悟の上だわ」

 私がそう言って、本を置いて立ち上がった。

 一度、ユリウスの事を想うと、もう居ても立ってもいられなかった。

 幼いあの子は一体どれだけ苦しんだだろうか。

「お前は何も分かっていない。宿の先にある道は決して平坦ではないぞ?」
「……構わないわ」
「そうか。ならば、我を受け入れよ。それが――目覚めだ」

 そう言ってカウレアが手を広げた。抱擁を求める子供のようなその姿を見て私は思わず笑ってしまった。

「良いわよ、邪神でも何でも飲み込んでやる。だからあんたは……私の中で眠っていなさい!」

 私はカウレアを抱き締めた。その身体が私の中に溶けていく。

 図書塔が崩れていき、上を見上げると、光る水面が揺らいでいた。

 私がゆっくりと浮上していく。だけど、その直前で身体が重くなる。

「なんで……?」
 
 分からない。だけど、そこで私はまた沈み続けた。このまま沈めば……もう二度と上がれない気がした。

 だから私は水面へと必死に手を伸ばした。

 誰か……誰か……助けて。

 そんな叫びにならない叫びが泡となって消える。

 だけど、その時。

 私の手を――誰かが握った。

 力強く、たくましいその手が私を引っ張り上げる。

 それはかつて手を握った父の手でも、兄の手でもなかった。

 きっとその手は――
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