5 / 13
5:先生と助手と弟子
しおりを挟む「ごめん……なさい」
ベッドに戻してもらった私は、顔が真っ赤になっているのを感じながらユリウスへと謝った。はっきり言って、滅茶苦茶恥ずかしい。
生徒に何をしているんだ私は。
「あっ! いや! 俺は大丈夫だけど!」
ユリウスが照れたように頭をかいて、明後日の方向へと顔を向けた。その仕草が、いつか見た少年のそれと重なって思わず笑ってしまう。
ああ……良かった。私の知っているユリウスがいた。
「ほら、全身の検査するから、野郎は全員ここから出て行きなさい」
医術士がそう言って、ずっと側にいた茶髪の侍女を除いた全員を部屋から追いだした。
「落ち着いた? 私は君の主治医のリーズマリー。よろしく」
そう言って、その赤髪がよく似合う美人医術士――リーズマリーがニカッと私に笑いかけた。
「え、えすてる……です」
「うん。自分の名前も分かるみたいだな。記憶に違和感は? あ、水を飲ませてやって」
リーズマリーがテキパキと私が着ていた薄い寝間着を脱がせて、杖を各部に押し当てていく。多分、検査の魔術か何かだろう。ドクンと一度心臓が高鳴るが、すぐに収まった。
その間に、茶髪の侍女が水の入ったコップを渡してくれた。私はそれを受け取ると一気に飲み干す。
水が喉を落ちていくその爽快な感覚が、気分を晴れやかにしてくれた。
「記憶は大丈夫……です」
「身体も大丈夫そうだな。ちょっとなんか魔力に違和感があるが……十年、成長せずに寝ていたこと自体が異常だからまあ、許容範囲だ許容範囲」
「先生……そんないい加減でよろしいのですか……?」
侍女が呆れたように問いかけるが、リーズマリーは杖を仕舞うと、その長い足を組んだ。
「良いんだよ、元気そうだし。それよりも――お喋りをしようか、エステル。聞きたいこと、沢山あるだろ?」
そう言って、リーズマリーは子供みたいな悪戯っぽい笑みを浮かべたのだった。
それから私は色々な話を聞いた。
私が倒れた後。
あの事件はワズワース独断の犯行と判断された。だが、ユリウスは自分が王宮の倉庫に盗みに入ったことを陛下に告白し、厳しい罰を受けたそうだ。
そしてその日から、ユリウスは人が変わったという。自ら勉学を行い、剣術を鍛錬し、礼儀作法を身に付けた。そして、毎日――そう、毎日彼は、病室へと変わった、この部屋に足を運んだという。
「毎日毎日〝エステルは大丈夫か?〟〝俺の命を使っても構わないから助けてくれ〟とうるさくて仕方なかったわ。途中から、ジャマだったから蹴飛ばして出て行かせたが」
カカカ、と笑うリーズマリーに、私は笑ってはいけないのに笑ってしまった。
「ユリウス様を蹴り飛ばす医術士は貴女だけですよ、先生……」
侍女がため息をつく。
「ああ、そうそう、この子はあたしの助手兼君の世話役をしていたアリアだ。十年ずっとあんたの世話をしていたのだから、お礼を言っておきな」
「あ、ありがとう」
私は慌ててその侍女――アリアに頭を下げた。十年……それはあまりに長い時間だ。
「いえ……それが仕事ですので。頭を上げてくださいエステル様。これは……罪滅ぼしですから……」
そう言ってアリアが俯いた。そういえば、その顔はどこかで見た事がある。
「……隠すことじゃない。彼女は――ワズワースの妹だよ」
リーズマリーがそう言って、懐から煙草を取り出すが、すぐにしまった。
「っ!! そう……貴女が……あいつの」
「兄が……兄が……! 本当に……本当にすみません!」
アリアがそう言って、顔を両手で隠した。
嗚咽が聞こえてくる。
「貴女に罪は一切ないですよ。だから、アリア顔を上げて。ありがとう……本当にありがとう。これからも迷惑を掛けるかもしれないけれど……貴女には側にいて欲しいわ」
私のその言葉を聞いて、アリアは泣き崩れた。多分、ずっと彼女を支えていたものが、急に消えて、押し殺していた感情が溢れたのだろう。
「彼女はさ、エステル、君の世話役を自ら買って出たんだ。見当違いな罪滅ぼしだが、それで気が済むならいいさと、あたしも陛下に進言したのさ。陛下も最初は反対していたけど、ユリウス王子が後押しして、彼女に決まった」
「ユリウス……様が?」
「そう。あいつも必死でな。君を目覚めさせる為に、あたしの実験……もとい研究を手伝ってくれたりしてたんだ。まあ、最初は邪魔だったが根性を買ってな、弟子と呼ぶと怒るんだが、まあ弟子みたいなもんだ。だけど……君がこうして起きれたのは、きっと君自身の力だ。あたしも、あいつの力も無力だった」
リーズマリーがそう言って、遠くを見つめた。
「この十年、出来たことは何もない。何も対処しようがないことが分かっただけだ。だけど、陛下は気にせず賃金を払ってくれた。陛下はよっぽど君がお気に入りのようだ。王妃はあまり良い顔をしなかったがね」
私は、あの気難しいバネッサ王妃の顔を思い浮かべた。彼女は最初から、私をこの国で受け入れることに難色を示していたらしいと聞いた事があった。
だけど、少なくとも私は彼女に悪い印象はない。女なんだから、衣装ぐらいは必要でしょうと、着る予定もない服や化粧道具やアクセサリーを豊富に揃えてくれた。
「ま、とにかくエステル。君は無事に目を覚ます事が出来た。これからのことはゆっくりと考えるがいい。あたしもアリアも、ついでにあの馬鹿王子も手助けしてくれるさ」
「私が目を覚ますことが出来たのはきっと、陛下やリーズマリー先生、アリア、それに……ずっと手を握ってくれていたユリウス様のおかげですよ」
私が心からそう言うと、リーズマリーが微笑んだ。
「かはは……まあそれは本人に直接言ってやりな。さて、あたしは陛下に報告してくる。アリアは着替えを用意してあげな。じきに立てるようになる。筋肉も関節もまるで常人のように柔らかいままだ。十年眠っていたとは思えないほどにね」
リーズマリーが颯爽と去っていく。そして、扉からひょっこり顔を覗かせていたユリウスが、入って良いかどうか迷っている様子だったので、私は小さく笑うと、声を掛けた。
「入っても大丈夫ですよ――ユリウス様」
0
あなたにおすすめの小説
生命(きみ)を手放す
基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。
平凡な容姿の伯爵令嬢。
妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。
なぜこれが王太子の婚約者なのか。
伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。
※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。
にんにん。
もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~
岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。
「これからは自由に生きます」
そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、
「勝手にしろ」
と突き放した。
エメラインの結婚紋
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――
王子の婚約者は逃げた
ましろ
恋愛
王太子殿下の婚約者が逃亡した。
13歳で婚約し、順調に王太子妃教育も進み、あと半年で結婚するという時期になってのことだった。
「内密に頼む。少し不安になっただけだろう」
マクシミリアン王子は周囲をそう説得し、秘密裏にジュリエットの捜索を命じた。
彼女はなぜ逃げたのか?
それは───
✻ゆるふわ設定です。
気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。
婚約破棄した令嬢の帰還を望む
基本二度寝
恋愛
王太子が発案したとされる事業は、始まる前から暗礁に乗り上げている。
実際の発案者は、王太子の元婚約者。
見た目の美しい令嬢と婚約したいがために、婚約を破棄したが、彼女がいなくなり有能と言われた王太子は、無能に転落した。
彼女のサポートなしではなにもできない男だった。
どうにか彼女を再び取り戻すため、王太子は妙案を思いつく。
【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜
よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。
夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。
不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。
どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。
だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。
離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。
当然、慰謝料を払うつもりはない。
あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる