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6:赦し
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「エステル!」
まるで、犬のようにベッドへと駆け寄ってくるユリウスを呆れたような目でアリアは見ながら、椅子をさりげなく彼へと差し出した。
「エステル……良かった……本当に良かった」
「うん。心配かけましたね。もう少し上手くやれたら……」
上手くやれていたら、こんな騒ぎにはならなかっただろう。あの時、大人しく兵士の到来を私は待つべきだったのだ。
だけど、そうしていたら……ユリウスの命は危うかったかもしれない。あの場で、カウレアの召喚を止めるにはああするしかなかった。
「違う。それは違うぞエステル。君のおかげで、俺は救われた。あれから俺、ずっとここでエステルの顔を見ながら沢山勉強したんだ。魔術についても……あの儀式についても。だから今の俺なら分かる。君があの場にいなければ……俺は死んでいたと思う。そして代わりにあの邪神が降臨し、きっとこの国は滅びていた。あれは決して術者に力を当てるような魔術じゃないんだ。なのに、ワズワースは……」
リーズマリーから聞いたとはいえ、あのユリウスが自ら難解な魔導書を読破したのが信じられない。古代文字の一種であり、読解が非常に難しい竜言語で書かれた魔導書は彼は読破したのだ。それが出来るのは、この国でも……数人だろう。
並大抵の努力ではない。
だから、私はなぜか笑いがこみ上げてきた。
「ふふふ……あははは」
「あれ? 俺なんか変な事言ったか?」
「いえ……少しだけ昔を思い出しまして。あの頃のユリウス様しか知らないから、魔導書を読んでる姿を想像するとなんだかおかしくって」
「っ! あ、あの頃の俺は忘れてくれ! 本当に! 俺は何も知らないクソガキだったんだ! どれだけリーズマリーに怒られたか……」
目を見開いて、真剣な表情でそう訴えるユリウスの様子が更におかしくって私は笑いが止まらなかった。
「リーズマリー先生は厳しそうですもんね。私ではきっとそこまで教えられなかったですよ」
「そんなことはない! 〝未知を恐れろ〟って先生の言葉を実践しただけだ! リーズマリーは色々と教えてくれたが、俺にとっての先生は……エステル、君だけなんだ。だから……怖かった。ずっと眠り続ける君が、俺にとって一番の未知だった」
私はそっと右手を伸ばして、ユリウスの手を握った。その手はあの頃の小さな少年の手ではなく、剣の鍛錬をどれだけ積んだか分かるほど節くれだって、手のひらは、マメが出来ては潰れてを繰り返し硬質化している。
それは決して柔らかくはないけれど、ユリウスの努力が見える、素敵な手だった。
「ごめんなさい、ユリウス様。きっと、ずっと……貴方は自分を責めていたのね」
「俺は……俺は……」
ユリウスが俯き、繋いだ私と彼の手へと顔を押し当てた。
「ユリウス様。私はこうして何事もなく目覚めることが出来ました。それはひとえに、ユリウス様のおかげなんですよ。貴方が……貴方の握ってくれた手が、私を眠りから覚ましてくれた。だからもう自身を責めるのは止めなさい。私は貴方を――赦します」
「ああ……ううう……」
微かな嗚咽を私は聞こえないフリをして、ゆっくりと左手でユリウスのふわふわした銀髪を撫でた。その髪の柔らかさはあの頃のままだ。
そうして私はしばらくの間、ユリウスの髪を撫で続けたのだった。
まるで、犬のようにベッドへと駆け寄ってくるユリウスを呆れたような目でアリアは見ながら、椅子をさりげなく彼へと差し出した。
「エステル……良かった……本当に良かった」
「うん。心配かけましたね。もう少し上手くやれたら……」
上手くやれていたら、こんな騒ぎにはならなかっただろう。あの時、大人しく兵士の到来を私は待つべきだったのだ。
だけど、そうしていたら……ユリウスの命は危うかったかもしれない。あの場で、カウレアの召喚を止めるにはああするしかなかった。
「違う。それは違うぞエステル。君のおかげで、俺は救われた。あれから俺、ずっとここでエステルの顔を見ながら沢山勉強したんだ。魔術についても……あの儀式についても。だから今の俺なら分かる。君があの場にいなければ……俺は死んでいたと思う。そして代わりにあの邪神が降臨し、きっとこの国は滅びていた。あれは決して術者に力を当てるような魔術じゃないんだ。なのに、ワズワースは……」
リーズマリーから聞いたとはいえ、あのユリウスが自ら難解な魔導書を読破したのが信じられない。古代文字の一種であり、読解が非常に難しい竜言語で書かれた魔導書は彼は読破したのだ。それが出来るのは、この国でも……数人だろう。
並大抵の努力ではない。
だから、私はなぜか笑いがこみ上げてきた。
「ふふふ……あははは」
「あれ? 俺なんか変な事言ったか?」
「いえ……少しだけ昔を思い出しまして。あの頃のユリウス様しか知らないから、魔導書を読んでる姿を想像するとなんだかおかしくって」
「っ! あ、あの頃の俺は忘れてくれ! 本当に! 俺は何も知らないクソガキだったんだ! どれだけリーズマリーに怒られたか……」
目を見開いて、真剣な表情でそう訴えるユリウスの様子が更におかしくって私は笑いが止まらなかった。
「リーズマリー先生は厳しそうですもんね。私ではきっとそこまで教えられなかったですよ」
「そんなことはない! 〝未知を恐れろ〟って先生の言葉を実践しただけだ! リーズマリーは色々と教えてくれたが、俺にとっての先生は……エステル、君だけなんだ。だから……怖かった。ずっと眠り続ける君が、俺にとって一番の未知だった」
私はそっと右手を伸ばして、ユリウスの手を握った。その手はあの頃の小さな少年の手ではなく、剣の鍛錬をどれだけ積んだか分かるほど節くれだって、手のひらは、マメが出来ては潰れてを繰り返し硬質化している。
それは決して柔らかくはないけれど、ユリウスの努力が見える、素敵な手だった。
「ごめんなさい、ユリウス様。きっと、ずっと……貴方は自分を責めていたのね」
「俺は……俺は……」
ユリウスが俯き、繋いだ私と彼の手へと顔を押し当てた。
「ユリウス様。私はこうして何事もなく目覚めることが出来ました。それはひとえに、ユリウス様のおかげなんですよ。貴方が……貴方の握ってくれた手が、私を眠りから覚ましてくれた。だからもう自身を責めるのは止めなさい。私は貴方を――赦します」
「ああ……ううう……」
微かな嗚咽を私は聞こえないフリをして、ゆっくりと左手でユリウスのふわふわした銀髪を撫でた。その髪の柔らかさはあの頃のままだ。
そうして私はしばらくの間、ユリウスの髪を撫で続けたのだった。
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