目覚める、図書塔の姫 ~十年の眠りから覚めた私を待っていたのは、かつて手を焼いた生意気生徒でした~

虎戸リア

文字の大きさ
6 / 13

6:赦し

しおりを挟む
「エステル!」

 まるで、犬のようにベッドへと駆け寄ってくるユリウスを呆れたような目でアリアは見ながら、椅子をさりげなく彼へと差し出した。

「エステル……良かった……本当に良かった」
「うん。心配かけましたね。もう少し上手くやれたら……」

 上手くやれていたら、こんな騒ぎにはならなかっただろう。あの時、大人しく兵士の到来を私は待つべきだったのだ。

 だけど、そうしていたら……ユリウスの命は危うかったかもしれない。あの場で、カウレアの召喚を止めるにはああするしかなかった。

「違う。それは違うぞエステル。君のおかげで、俺は救われた。あれから俺、ずっとここでエステルの顔を見ながら沢山勉強したんだ。魔術についても……あの儀式についても。だから今の俺なら分かる。君があの場にいなければ……俺は死んでいたと思う。そして代わりにあの邪神が降臨し、きっとこの国は滅びていた。あれは決して術者に力を当てるような魔術じゃないんだ。なのに、ワズワースは……」

 リーズマリーから聞いたとはいえ、あのユリウスが自ら難解な魔導書を読破したのが信じられない。古代文字の一種であり、読解が非常に難しい竜言語で書かれた魔導書は彼は読破したのだ。それが出来るのは、この国でも……数人だろう。

 並大抵の努力ではない。

 だから、私はなぜか笑いがこみ上げてきた。

「ふふふ……あははは」
「あれ? 俺なんか変な事言ったか?」
「いえ……少しだけ昔を思い出しまして。あの頃のユリウス様しか知らないから、魔導書を読んでる姿を想像するとなんだかおかしくって」
「っ! あ、あの頃の俺は忘れてくれ! 本当に! 俺は何も知らないクソガキだったんだ! どれだけリーズマリーに怒られたか……」

 目を見開いて、真剣な表情でそう訴えるユリウスの様子が更におかしくって私は笑いが止まらなかった。

「リーズマリー先生は厳しそうですもんね。私ではきっとそこまで教えられなかったですよ」
「そんなことはない! 〝未知を恐れろ〟って先生の言葉を実践しただけだ! リーズマリーは色々と教えてくれたが、俺にとっての先生は……エステル、君だけなんだ。だから……怖かった。ずっと眠り続ける君が、俺にとって一番の未知だった」

 私はそっと右手を伸ばして、ユリウスの手を握った。その手はあの頃の小さな少年の手ではなく、剣の鍛錬をどれだけ積んだか分かるほど節くれだって、手のひらは、マメが出来ては潰れてを繰り返し硬質化している。

 それは決して柔らかくはないけれど、ユリウスの努力が見える、素敵な手だった。

「ごめんなさい、ユリウス様。きっと、ずっと……貴方は自分を責めていたのね」
「俺は……俺は……」

 ユリウスが俯き、繋いだ私と彼の手へと顔を押し当てた。

「ユリウス様。私はこうして何事もなく目覚めることが出来ました。それはひとえに、ユリウス様のおかげなんですよ。貴方が……貴方の握ってくれた手が、私を眠りから覚ましてくれた。だからもう自身を責めるのは止めなさい。私は貴方を――赦します」
「ああ……ううう……」

 微かな嗚咽を私は聞こえないフリをして、ゆっくりと左手でユリウスのふわふわした銀髪を撫でた。その髪の柔らかさはあの頃のままだ。

 そうして私はしばらくの間、ユリウスの髪を撫で続けたのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

王太子殿下が欲しいのなら、どうぞどうぞ。

基本二度寝
恋愛
貴族が集まる舞踏会。 王太子の側に侍る妹。 あの子、何をしでかすのかしら。

生命(きみ)を手放す

基本二度寝
恋愛
多くの貴族の前で婚約破棄を宣言した。 平凡な容姿の伯爵令嬢。 妃教育もままならない程に不健康で病弱な令嬢。 なぜこれが王太子の婚約者なのか。 伯爵令嬢は、王太子の宣言に呆然としていた。 ※現代の血清とお話の中の血清とは別物でござる。 にんにん。

もう我慢したくないので自由に生きます~一夫多妻の救済策~

岡暁舟
恋愛
第一王子ヘンデルの妻の一人である、かつての侯爵令嬢マリアは、自分がもはや好かれていないことを悟った。 「これからは自由に生きます」 そう言い張るマリアに対して、ヘンデルは、 「勝手にしろ」 と突き放した。

エメラインの結婚紋

サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢エメラインと侯爵ブッチャーの婚儀にて結婚紋が光った。この国では結婚をすると重婚などを防ぐために結婚紋が刻まれるのだ。それが婚儀で光るということは重婚の証だと人々は騒ぐ。ブッチャーに夫は誰だと問われたエメラインは「夫は三十分後に来る」と言う。さら問い詰められて結婚の経緯を語るエメラインだったが、手を上げられそうになる。その時、駆けつけたのは一団を率いたこの国の第一王子ライオネスだった――

王子の婚約者は逃げた

ましろ
恋愛
王太子殿下の婚約者が逃亡した。 13歳で婚約し、順調に王太子妃教育も進み、あと半年で結婚するという時期になってのことだった。 「内密に頼む。少し不安になっただけだろう」 マクシミリアン王子は周囲をそう説得し、秘密裏にジュリエットの捜索を命じた。 彼女はなぜ逃げたのか? それは─── ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。

婚約破棄した令嬢の帰還を望む

基本二度寝
恋愛
王太子が発案したとされる事業は、始まる前から暗礁に乗り上げている。 実際の発案者は、王太子の元婚約者。 見た目の美しい令嬢と婚約したいがために、婚約を破棄したが、彼女がいなくなり有能と言われた王太子は、無能に転落した。 彼女のサポートなしではなにもできない男だった。 どうにか彼女を再び取り戻すため、王太子は妙案を思いつく。

【完結】不倫をしていると勘違いして離婚を要求されたので従いました〜慰謝料をアテにして生活しようとしているようですが、慰謝料請求しますよ〜

よどら文鳥
恋愛
※当作品は全話執筆済み&予約投稿完了しています。  夫婦円満でもない生活が続いていた中、旦那のレントがいきなり離婚しろと告げてきた。  不倫行為が原因だと言ってくるが、私(シャーリー)には覚えもない。  どうやら騎士団長との会話で勘違いをしているようだ。  だが、不倫を理由に多額の金が目当てなようだし、私のことは全く愛してくれていないようなので、離婚はしてもいいと思っていた。  離婚だけして慰謝料はなしという方向に持って行こうかと思ったが、レントは金にうるさく慰謝料を請求しようとしてきている。  当然、慰謝料を払うつもりはない。  あまりにもうるさいので、むしろ、今までの暴言に関して慰謝料請求してしまいますよ?

処理中です...