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11:訓練
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「エステル」
「……」
「なあ、エステル――痛っ!」
パシンという爽快な音と共に、私は握っていた木剣でユリウスの手をはたいた。彼は声を出したわりには平気そうにしているが、剣を構える様子はない。
「真剣にやってくれないと練習にならないですよ、ユリウス様」
図書塔の前の庭。私は、一ヶ月後の竜学院の試験に向けて、午後からユリウスから剣術の訓練を受けていた。しかし、彼はどうも最初から訓練に身を入れていない。
「……何を怒っているんだよ、エステル。顔がオーガみたいになっているぞ」
「何も怒っていません」
「いーや、怒ってるね。眉間にシワが入ってる。もしかして……今夜のパーティーのこと?」
「てい!」
私が見様見真似で踏み込むと、木剣をユリウスの胸へと突き出した。彼は全く構えていない状態なのに、まるで流れるような動作で剣を跳ね上げると、私の木剣を弾いた。
「踏み込みと鋭さは及第点だけど、やっぱり力が足りてないね。ちゃんと食べてる?」
更に連撃を重ねるも、ユリウスはそれを全て片手持ちのまま防いでいく。
剣なんてロクに握ったことのない私が言うのもおこがましいが、私の感覚ではついこないだまで少年だったユリウスに歯が立たないのはなんとなく悔しかった。
「ちゃんと食べてます! なんならちょっと肥えてきたぐらいです!」
「うーん、俺からしたら痩せすぎだけどなあ……」
「騎士と比較しないください」
「それもそうか。動き自体は、女子にしては悪くない」
「むっ、女子にしては、とか褒めてない」
「すまない。初めてにしては、と言い換えよう」
それからしばらく無言で剣を打ち合うも、体力が続かず、私は身体を芝生の上へと投げ出した。
汗一つかいていないユリウスが私の横に座ると、汗拭き用の布を渡してくれた。こっちは汗だくで息も切れているというのに、なんというかズルい。
「気は済んだ?」
「……少しだけ」
どうやらユリウスは、私が不機嫌だったことが気になって、身が入っていなかったようだ。
「悪かったよ、勝手にパーティーを決めたことは謝る。でも俺、早くエステルのことをみんなに紹介したくて」
ユリウスがまっすぐに私の目を見つめた。その直視に耐えられず、すぐに私は目を逸らす。ううむ……やっぱり何度見ても格好良く見えてしまうので困る。
「……そういうのが嫌いだって散々言っていたのに」
顔を逸らしながら、自分で思っている以上に、拗ねたような声が出てしまった。そもそもそれを言ったのも十年前の話だ。ユリウスが覚えていないのも無理はない。
「でも、いつまでも嫌いだから行かない……では通らないよエステル。君も貴族令嬢なんだし」
「亡国の皇女なんて、あってないようなものだわ。ただの侍女扱いの方がよっぽど気楽よ」
「それは侍女達に対して失礼だよ。決して楽な仕事じゃないんだから」
「……そうね。ごめんなさい、アリア」
丁度私へと水を入れたコップを持ってきてくれたアリアを見て、私は謝った。少し軽率な発言だった。
「気にしないでください、エステル様。ですが、ユリウス様の言う通り今後は嫌でもそういうお誘いがありますから。今夜のような身内だけのパーティーで慣れさせようという、ユリウス様のお気遣いをそう邪険にしてはいけません」
……アリアの言う通りだ。
「ごめんなさい、ユリウス様。私、少し貴方に八つ当たりしていたみたい」
「構わないよ。剣術を教えて欲しいって気持ちが嘘じゃないのは剣筋を見れば分かる。体力と非力さは病み上がりだから仕方ないにしても、剣術の才能はあると思うよ」
ユリウスが笑って私を許してくれた。うーん、なんだか大人になったなあ……。
「せいぜい護身術程度にしかならなさそうですけどね」
「十分だよ。少なくとも、今夜来る女子達の中ではエステルが一番才能あるよ。あ、いや、スカーレットも中々だな。ああ、スカーレットっていうのは俺の従姉妹で、剣の師匠が一緒だから言うなれば妹弟子で――」
「ふーん……スカーレットね。存じ上げておりますわ」
再び自分の声が硬くなっていく。私は決して自分を乙女だなんて思ってはいないけども、それはそれとして、この男は乙女心を何にも分かっていないことが、よーく理解できた。
「あれ? 面識あったかな? あいつ、変な奴でさ。剣なんて全く興味なさそうだったのに、俺がやり始めたら、自分もやるって言いだしてな。良い子だからきっとエステルとも仲良くやれるよ。今日のパーティーにも来るから紹介する」
そのユリウスの脳天気な言葉を聞いて、控えていたアリアが盛大にため息をついた。スカーレットとの確執についてはもちろんユリウスには話していないし、アリアにも言わないように口止めしている。
ゆえに、アリアの精一杯の意思主張が、その大きなため息なのだろう。
「はあ……スカーレットが浮かばれないわね。でも、ありがとうございますユリウス様。俄然、剣術と今夜のパーティーに対するやる気がみなぎりましたわ」
私は身体を起こすと、アリアの手を借りて立ち上がった。私はこう見えて結構負けず嫌いなのだ。
「ユリウス様、剣術の訓練を続けましょう。それとアリア、バネッサ王妃に用意していただいていた化粧道具とドレス、用意しておいて」
「……はいっ!!」
アリアがそれはそれは嬉しそうにお辞儀すると、珍しく走って図書塔へと戻っていく。
「なんか分かんないけど、やる気が出たのなら良かった。今夜が楽しみだよ」
「ええ……それはそれは」
こうして、私は夕方になるまでユリウスとみっちり訓練をしたのだった。
「……」
「なあ、エステル――痛っ!」
パシンという爽快な音と共に、私は握っていた木剣でユリウスの手をはたいた。彼は声を出したわりには平気そうにしているが、剣を構える様子はない。
「真剣にやってくれないと練習にならないですよ、ユリウス様」
図書塔の前の庭。私は、一ヶ月後の竜学院の試験に向けて、午後からユリウスから剣術の訓練を受けていた。しかし、彼はどうも最初から訓練に身を入れていない。
「……何を怒っているんだよ、エステル。顔がオーガみたいになっているぞ」
「何も怒っていません」
「いーや、怒ってるね。眉間にシワが入ってる。もしかして……今夜のパーティーのこと?」
「てい!」
私が見様見真似で踏み込むと、木剣をユリウスの胸へと突き出した。彼は全く構えていない状態なのに、まるで流れるような動作で剣を跳ね上げると、私の木剣を弾いた。
「踏み込みと鋭さは及第点だけど、やっぱり力が足りてないね。ちゃんと食べてる?」
更に連撃を重ねるも、ユリウスはそれを全て片手持ちのまま防いでいく。
剣なんてロクに握ったことのない私が言うのもおこがましいが、私の感覚ではついこないだまで少年だったユリウスに歯が立たないのはなんとなく悔しかった。
「ちゃんと食べてます! なんならちょっと肥えてきたぐらいです!」
「うーん、俺からしたら痩せすぎだけどなあ……」
「騎士と比較しないください」
「それもそうか。動き自体は、女子にしては悪くない」
「むっ、女子にしては、とか褒めてない」
「すまない。初めてにしては、と言い換えよう」
それからしばらく無言で剣を打ち合うも、体力が続かず、私は身体を芝生の上へと投げ出した。
汗一つかいていないユリウスが私の横に座ると、汗拭き用の布を渡してくれた。こっちは汗だくで息も切れているというのに、なんというかズルい。
「気は済んだ?」
「……少しだけ」
どうやらユリウスは、私が不機嫌だったことが気になって、身が入っていなかったようだ。
「悪かったよ、勝手にパーティーを決めたことは謝る。でも俺、早くエステルのことをみんなに紹介したくて」
ユリウスがまっすぐに私の目を見つめた。その直視に耐えられず、すぐに私は目を逸らす。ううむ……やっぱり何度見ても格好良く見えてしまうので困る。
「……そういうのが嫌いだって散々言っていたのに」
顔を逸らしながら、自分で思っている以上に、拗ねたような声が出てしまった。そもそもそれを言ったのも十年前の話だ。ユリウスが覚えていないのも無理はない。
「でも、いつまでも嫌いだから行かない……では通らないよエステル。君も貴族令嬢なんだし」
「亡国の皇女なんて、あってないようなものだわ。ただの侍女扱いの方がよっぽど気楽よ」
「それは侍女達に対して失礼だよ。決して楽な仕事じゃないんだから」
「……そうね。ごめんなさい、アリア」
丁度私へと水を入れたコップを持ってきてくれたアリアを見て、私は謝った。少し軽率な発言だった。
「気にしないでください、エステル様。ですが、ユリウス様の言う通り今後は嫌でもそういうお誘いがありますから。今夜のような身内だけのパーティーで慣れさせようという、ユリウス様のお気遣いをそう邪険にしてはいけません」
……アリアの言う通りだ。
「ごめんなさい、ユリウス様。私、少し貴方に八つ当たりしていたみたい」
「構わないよ。剣術を教えて欲しいって気持ちが嘘じゃないのは剣筋を見れば分かる。体力と非力さは病み上がりだから仕方ないにしても、剣術の才能はあると思うよ」
ユリウスが笑って私を許してくれた。うーん、なんだか大人になったなあ……。
「せいぜい護身術程度にしかならなさそうですけどね」
「十分だよ。少なくとも、今夜来る女子達の中ではエステルが一番才能あるよ。あ、いや、スカーレットも中々だな。ああ、スカーレットっていうのは俺の従姉妹で、剣の師匠が一緒だから言うなれば妹弟子で――」
「ふーん……スカーレットね。存じ上げておりますわ」
再び自分の声が硬くなっていく。私は決して自分を乙女だなんて思ってはいないけども、それはそれとして、この男は乙女心を何にも分かっていないことが、よーく理解できた。
「あれ? 面識あったかな? あいつ、変な奴でさ。剣なんて全く興味なさそうだったのに、俺がやり始めたら、自分もやるって言いだしてな。良い子だからきっとエステルとも仲良くやれるよ。今日のパーティーにも来るから紹介する」
そのユリウスの脳天気な言葉を聞いて、控えていたアリアが盛大にため息をついた。スカーレットとの確執についてはもちろんユリウスには話していないし、アリアにも言わないように口止めしている。
ゆえに、アリアの精一杯の意思主張が、その大きなため息なのだろう。
「はあ……スカーレットが浮かばれないわね。でも、ありがとうございますユリウス様。俄然、剣術と今夜のパーティーに対するやる気がみなぎりましたわ」
私は身体を起こすと、アリアの手を借りて立ち上がった。私はこう見えて結構負けず嫌いなのだ。
「ユリウス様、剣術の訓練を続けましょう。それとアリア、バネッサ王妃に用意していただいていた化粧道具とドレス、用意しておいて」
「……はいっ!!」
アリアがそれはそれは嬉しそうにお辞儀すると、珍しく走って図書塔へと戻っていく。
「なんか分かんないけど、やる気が出たのなら良かった。今夜が楽しみだよ」
「ええ……それはそれは」
こうして、私は夕方になるまでユリウスとみっちり訓練をしたのだった。
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