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12:どの星よりも輝いて
しおりを挟む夕刻。
まるで着せ替え人形のように、私は鏡台の前でアリアによってあれやこれや着させられていた。
妙に嬉しそうなアリアが鏡越しに映る。
「なんだか楽しそうね」
「それはそうですよ。エステル様はこんなに綺麗な髪を持っていらっしゃるのに、普段は手入れもさせてくれないのですから。それに一切化粧っ気もないですし! まったく……町娘じゃないんですから」
なぜかアリアに怒られた。だって本読むのにドレスもアクセサリーも化粧も要らないし……。
「本と結婚なさる気ですか?」
「それが出来たら楽なんだけどね」
半分本気でそう言うと、それが伝わったのか、アリアが呆れたような声を出した。
「もう……エステル様は、素材は誰よりも素晴らしいのですから。まあ良いでしょう。そう言っていられるのは今日までですよ。その辺りの貴族令嬢なんて目じゃないぐらいのレディにしてみせますからね。今日のパーティーに出席する男性陣を全員陥落させるのが第一目標です。そうすればきっとエステル様も、男性を虜にする快感を味わうことが出来ます!」
「目標が高すぎるわよ!?」
「若者だけとはいえ、初社交界デビューです。デビューは鮮烈であればあるほど良いというのが、私の持論ですから」
アリアが鼻息荒く語るので、私はもう何も言わなかった。この子、侍女としては素晴らしく有能だけど、最近だんだん自己主張が激しくなっている気がする。まあそっちのが私は気楽で良いのだけど……。
「ユリウス様が気絶するほどの美しさにして差し上げますとも」
「ほどほどにね……」
なんて冗談を言い合っているうち――夜がやってきた。
図書塔の入口がノックされる。
「ユリウス様がいらっしゃいましたよ!」
「ふう……じゃあ行きましょうか」
アリアがそう呼び掛けてくるので、私は大きく息を吸って自室を出て、入口の正面にある階段を降りていく。
階段の下、入口の前には黒の燕尾服に白い手袋、ステッキ代わりとなる儀礼用の剣を握っているユリウスが立っていた。
だが彼は私を見るなり、呆けたような顔のままで固まってしまっている。その様子に、私は一抹の不安にかられる。もしかして……気合い入れすぎた……?
確かに、ちょっとドレスも飾りも衣装もアリアと一生懸命考えた結果、派手ではないにしろ、かなり大胆な選択をした気がする。
「や、やあ、エステル! む、迎えに来たよ!」
ユリウスは妙に表情も動きも硬かった。もしかしたら、ただの身内のパーティーだというのに化粧もお洒落も気合い入れすぎた私を見て、呆れているのかもしれない。
考えれば私の快気祝いとはいえ、主催はユリウスだ。なのに、私は勘違いして……。
「え、ええ……。ありがとうございます……ユリウス様」
「で、では行こうか!」
ユリウスがくるりと背中を向けて、大股で歩き出す。
「あ、ちょっと待ってください」
私はそれを急いで追い掛けた。慣れないヒールの高さが煩わしい。
「アリア、留守をよろしくね!」
「はい。エステル様――大丈夫ですよ。今日の貴方は、どの星よりも輝いています。ふふふ……ユリウス様の反応を見れば分かりますよ。素のままのエステル様でいれば何も問題はありません」
不安そうな私の顔を見て、アリアが自信満々にそう言い切った。どうやら、アリアにはユリウスの反応が好意的に見えたようだ。
私にはそうは思えないけど……。だけど、少しだけ元気が出た。
上を見上げると、無数の星々が静かに、でも確かに光をたたえていた。
「綺麗な星空」
そう思わず呟いた私の言葉を聞いて、先を行くユリウスが立ち止まり同じように星空を見上げた。
「ん? ああ、ほんとうだ」
「うん。なんか久々に夜空を見上げた気がする」
私がユリウスに追い付くと、彼はようやく自然な表情で微笑んでくれた。
「……ごめん。俺、なんか急に緊張しちゃって。なんていうか、そのエステルが……」
「私が?」
「いや! なんでもない!」
「ふふふ……言っておきますけど、私の方が緊張していますからね? パーティーなんて幼い頃以来なんですから」
私が笑みを浮かべると、ユリウスがまっすぐにこちらを見つめてくる。
「――エステル、行こうか」
そう言って、ユリウスがまるで紳士のように、手を私へと差し出した。
「もう。そういうのは玄関でやるものですよ、ユリウス様」
私は怒ったふりをしてその手を取った。ユリウスがそれを優しく握り返す。
「急ごう。みんな、主役の登場を今か今かと待っているよ」
このまま、二人でどこかに行ってしまいたい。なんて想いがほんの少しだけ脳裏をよぎるも、そんなこと言えるわけもなく。私はユリウスと手を握ったまま、会場に向かったのだった。
まさかそれが……あんな騒ぎになるとは……。
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