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13:星の光(スカーレット視点)
しおりを挟む王宮内にいくつかある大広間の一つ。そこは、活気と喧騒に包まれていた。いるのはそれぞれが目一杯着飾った若者達であり、酒や料理が立食式に用意されている。奥には楽団が控えており、陽気な音楽をかき鳴らしていた。
酒と香水と微かな汗の匂いが漂う、そんな大広間の一角に、女子達が集まっていた。その中心には繊細な柄が刺繍されたワインレッド色のホルターネックドレスを着て、その豊満な胸の胸元を大胆に晒している、金髪が美しい少女――スカーレットがいた。
彼女の取り巻きの女子達が興奮気味に、まくし立てる。
「ねえねえスカーレット様! 今からユリウス様が連れてくるそのエステル? とかいう方はどういう方なのかしら!?」
「なんか昔に帝国に滅ぼされた国から逃げてきた子らしいわよ? 十年以上前の話だけど……そんな子がいたなんて知らなかったわ」
違う女子がそれに答えるも、スカーレットは無言のまま大広間の入口をジッと見つめていた。
「今まであったパーティーにそんな子いたかしら?」
「知らなーい。でもスカーレット様によると、化粧もしないし髪も整えない猿みたいな女だって」
「なんでそんな子のためのわざわざユリウス様がパーティーを主催したのかしら?」
「快気祝いって話だし、ずっと床に伏せていたのじゃない? だったら辻褄が合うわ。だってユリウス様は優しいもの! どこの田舎者しか知らないけど、親か何かに開催するように頼まれたんじゃない?」
「ああ、なるほどー」
そうやって女子達がさえずり合っていると、入口付近が静かになった。
「……ちょっとどいて」
ここで初めてスカーレットが口を開き、そのまま入口へと向かっていく。ザワつくなら分かる。だけど、静まりかえっているというのは、良くない。スカーレットは嫌な予感を抱きながら進んでいく。
「スカーレット様?」
取り巻きの女子達がその後を追う。
そして、入口に立つユリウスとその隣に立つ存在を見て、スカーレットは一切表情を変えないように努力した。
なぜなら周囲にいる女子も、何より男子達が言葉を失って、呆けたようなマヌケな表情を浮かべていたからだ。
そこに立っていたのは、照明の当たり方によっては、薔薇色に輝く美しい金髪を後頭部で編み込んでアップにした少女――エステルだった。派手では決してないが、元の素材を十二分に行かした化粧が施された顔は、女であるスカーレットでさえ、一瞬見蕩れてしまうほど美しく、少し紅潮した頬がやけに色っぽい。
薄い金に近い青色のドレスは奇しくも、自身が纏うドレスとどことなく似ており、自分ほどではないにせよ、その豊かな胸が男性陣の目線をくぎ付けにしていた。以前あった時には気付かなかったが、どうやら着痩せするタイプのようだ。
何より全体として線が細く、どこか儚げな印象を受ける。なのに、しっかりと光を放っており、なるほど、古い言葉である〝星の光〟の名に恥じない美しさを纏っていると、スカーレットは認めざるを得なかった。
どちらかと言えば派手であり、分かりやすい美を表現していると自分とは、ある意味対極の存在かもしれない。
つまり、どうしようもなくエステルは――敵であると、改めて彼女は認識したのだった。
その姿に、先ほどまでみっともなく騒いでいた男子達が、まるで凍り付いたかのように静まりかえっているのが、何よりの証拠だ。
「みんな、紹介しよう! 俺の先生であり、そして命の恩人でもあるエステルだ! 彼女は十年の間、俺を守る為に邪神の呪いによって時を止められたまま眠っていたが先日目を覚ました! 今後は我がヘイルラントの客人としてこの国に住むことになる。みんな、仲良くしてやってほしい」
「ご紹介にあずかりました、エステル・エルライカです。皆様、本日私の快気祝いの為にお集まりいただき感謝しております。どうか……よろしくお願いいたします」
エステルが淀みなくそう言うと同時に、洗練されたお辞儀をした。そのやり方はヘイルラント貴族のやり方とは少々異なっていたが、それが余計に少し浮世離れした彼女の容姿に良く似合っていた。
それと同時に、周囲が沸き立った。
「うわあ……綺麗!」
「エステル様素敵だわ!」
「え? あれが例の? 全然話が違うじゃないか!」
「なんだあの美人は……」
「お、俺ちょっとダンス誘ってくる!」
「馬鹿野郎、ユリウス王子より先に誘う奴があるかよ!」
取り巻きの女子達が、一瞬声を上げかけるも、スカーレットの雰囲気を見て口をつぐんだ。
「良し、みんなパーティーを続けよう! もう少ししたらダンスタイムだ! ん? ああ、いたいた。スカーレット!」
上機嫌なユリウスがこちらを見つけて、声を上げた。
普段なら喜ばしい出来事だが、隣にいるエステルが、ユリウスがご機嫌である理由なのを分かっているスカーレットは複雑な気分になりながら、笑みを浮かべた。
「ユリウス様。主催者がパーティーを抜け出すなんて、いけませんわ」
「すまない。どうしてもエステルを自分の手で連れてきたかったんだ。二人は面識あるんだってね! だったら紹介は不要だな。絶対に二人は気が合うと思うから仲良くしてやってくれ」
そんなユリウスの能天気な言葉を聞き流しながら、隣にしずしずと付いてきているエステルをスカーレットは一瞥すると、声すらも掛けずユリウスへと話し掛ける。
「ふふふ……そういえばユリウス様は昔からパーティーから抜け出すのが得意でしたもんね。一年前の成人の儀の時だって、私を連れて抜け出したんですから。あの夜はとっても楽しかったですわ」
スカーレットがわざとそんな話を繰り出す。
「まあ。十年前はパーティーにすら出席しなかったけども、つい最近もそんなことをしていたのねユリウス様は」
エステルが負けじと話題を変えた。
「いやあ……あの頃は俺も子供だったからさ。最近は一応出席はするよ。まあ飽きたら抜け出すけども」
「ふふふ、今ではすっかり人気者ですわね。こんなに沢山の方が集まるのですもの」
エステルが微笑みながらユリウスと会話を始める。ちらりとこちらを見るその紫色の瞳には、勝負なら受けて立つと言わんばかりの気持ちが入っているようにスカーレットは感じた。
良い度胸じゃない。
「エステル様、ユリウス様は皆様への挨拶に忙しいでしょうから、私達とお喋りしましょ?」
スカーレットがそう言ってにこやかに笑う。それに対しエステルも微笑みを浮かべた。
「光栄ですわ。ゆっくりとお話ができる良い機会ですもの」
二人の間で火花が散っていることに気付いているのは、スカーレットの背後にいた、リュスカという少女だけだった。
「……何も起こらないといいなあ」
リュスカのその呟きはしかし、叶う事なかった。
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