勇者と魔王のはしご酒

虎戸リア

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5杯目「東の国の吟醸酒 後編」

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「辻斬り?」
「うむ。そう聞こえたな」

 勇者がそう魔王に確認した。

「ちっ最近物騒になりやがったな。アイツも巻き込まれてなきゃいいが……」

 大将が調理場に戻ろうとすると、外から更に声が聞こえた。

「凄いぜ! 辻斬りとなんかやたら強いねーちゃんが戦っているらしいぜ! 岡持ち片手に切った張ったよ!」
「……岡持ち?」

 大将がその言葉に反応し、もう一度外に出ようとする。
 しかし、それを遮るように通りから一人の男が慌てて飛び込んできた。

「大将! 大変だ! あんたんとこの子が!」
「やっぱりあいつか! 全く!」

 どうやら顔馴染みらしいその男の言葉に大将が怒りを滲ませていた。
 既に勇者と魔王は席を立っていた。

「あー大将、とりあえず現場行きません?」
「うむ。従業員が心配だろう。我らも、同行しよう」
「すまねえなお客さん! あとで一杯奢るよ。あんた、ちょいと店見といてくれ!」
「え? ちょ、大将!」

 大将と二人が飛び出し、顔馴染み男が一人店に残された。

「ったく! 道草食わずに何があっても帰ってこいって言ったのにあのトンチキが……」
「しかし辻斬りか……」

 通りを走る三人。先には野次馬が集まりつつある広場が見えてきた。
 【花見小路 華駒市場】と呼ばれる場所で、昼はちょっとした市場になっていて夜には屋台が出て、賑やかな場所だった。

「あれだ!」

 大将が指差す先。広場の中央で、黒いフード付きローブを纏った血の滴る剣を携えた者と、岡持ちと割烹着を着た女性が立っていた。

「やっぱりだ! あの馬鹿野郎が!」
「……おいまーちゃん」
「……うむ……」

 勇者と目を合わせず魔王が明後日の方向へと顔を向けた。

 黒ローブはフードを深く被っており顔は見えないが、体格的には男だろう。
 反対に女性は華奢な身体で、長い黒髪を後頭部で縛っていた。
 どこか冷たさを感じる眼差しだが、顔といい佇まいといい、凜としたという言葉が似合う美女だった。

「あれ……まーちゃんの部下だろ。元部下か?」
「うむ……斬鬼衆筆頭【風斬のひな】だ。まだ生きていたとはな」
「ああ、そういう名前だったな……ってまたまーちゃん絡みじゃねえか」
「……うむ。ヒナならばまあ心配しなくてよかろう」

 勇者と魔王が会話しているうちに動きがあった。

 黒ローブが剣を構え、岡持ちの美女——ヒナへと疾走。

「へえ……まあまあじゃん」

 その動きを勇者がそう評した。

 黒ローブの横薙ぎをヒナはバックステップで避けた。

「あれじゃあ……中の天丼が……」

 大将がため息をついた。

「……それよりもあの子の心配をしないのか大将よ」
「ああ……あいつは……。負けるとか怪我するとかそういう心配は一切しちゃいねえ」

 大将がそう言い切った。

「まあ、そうだろうな」
「うむ、ヒナは我の部下の中でも一番の腕利きだった。たかが辻斬りに遅れを取るまい」

 見ると、ヒラヒラとヒナは黒ローブの剣を避けていた。

 よく見れば、岡持ちは常に水平を維持しており、手や腕で避ける際の衝撃を殺し、一切揺らしていない。

「器用な事するなあ……とりあえず止めるか? 流石にあれじゃあ負けはしないだろうが倒すのは無理だろ。あの黒ローブまあまあ強いぞ」
「では、任せたぞゆー君」
「おい、まーちゃんの部下だろうが」
「我は……あやつが苦手だ……」
「……ああ……まあ分かる……じゃあいってくるわ」

 そう言って、勇者が姿を消した。

「あの兄ちゃん大丈夫か?」

 大将が心配そうにそう聞いてきたので、魔王はゆっくりと首を縦に振った。

「こころ一帯どころか……この世界でトップの強さを誇る奴だ。まあ我の下ではあるが」
「おい! なにいい加減な事を言いやがる! 俺の方が強い!」

 飛び出した勇者が魔王の言葉に反応して、戦っている二人に背を向けて大声を出した。

「飛び入りだ!」
「いいぞ兄ちゃん!」
「ねーちゃんも頑張れ!」

 周りからの野次を気にせず魔王を睨む勇者。

「あれ……あいつは……」
「……ちっ」

 何かを思いだしかけているような表情のヒナ。舌打ちを打った黒ローブの男が、勇者へと標的を変更。
 無防備に晒した背中へと剣を振った。

「まーちゃん、覚えておけよ! 俺の方が上だってあとでじっくり分からせてやる——って邪魔」

 ぎゃーぎゃー怒鳴る勇者に迫る凶刃はしかし、その背に届くことなかった。
 くるりと振り向いた勇者がまるでハエを払うかのよう素手でその剣を弾く。同時にもう片方の手で黒ローブの男のみぞおちへと拳を叩き込んだ。

「ぐはっ……」

 そのまま黒ローブの男は地面へと落ちた。

「おおおお! 強いな兄ちゃん!」
「すげえええ!!」
「……あの動き……まさか……?」

 それを一部始終見ていたヒナが、勇者へと歩み寄る。その瞳が、段々赤く染まっていく。

「おー……久し振り? か?」

 勇者が、疑問形で挨拶をヒナにしたが、彼女はそれを無視して、岡持ちを丁寧に地面へと置いた。そしてその代わりに黒ローブの男の剣を拾い、顔を上げた。

「あ、やば」

 その顔は、まさに鬼だった。赤く光る目。先ほどまではなかったはずの角。牙が唇から覗いている。

「勇者は殺す勇者は殺す勇者は——ぶっ殺す!」

 この群衆の中で無造作に放たれたその剣閃を見切れたのは、勇者と魔王だけだった。
 音すらも置き去りに、風すらも斬り伏せるヒナの一閃。

「おっと!」

 流石に素手は分が悪いようで、勇者が剣を腰から抜いた。

「おお……」
「美しい……」
「はあ……まるでお月様みたい……」

 その剣はシンプルなロングソードだ。しかし、優しく白い光を放つその刃は、見る者全てを魅了する美しさを備えていた。

 その剣の名は【月光】

 勇者が月の女神から授かった……この世界に二つと無い剣である。

「生意気生意気生意気!!!」

 月光で自分に迫る一撃を器用に受け流す勇者にヒナが呪詛にように呟きながら、手首を返し、更にもう一太刀浴びせた。

「あーストップストップ! おい! まーちゃん! 止めろ!」

 飛燕のような連撃をいなしながら、勇者は傍観している魔王へと助けを求めた。

「殺す殺す殺す殺すコロース!!!」
「ふむ……致し方なし……ヒナ! 闘争をやめよ!」

 魔王の大音声で、ヒナの動きがピタリと止まり、剣を落とした。

「その尊きお声は……まさか……」
「もう良い。闘争は既に終わっている。その男は既に我らの敵ではない」
「……ですが!」
「ヒナよ……生きていて重畳であった」
「魔王様……!」

 膝をつき、頭を垂らすヒナに魔王が大仰に頷いた。

 周りの群衆は祭りが終わったとばかりに皆散っていく。何人かの男が黒ローブの男を担いでどこかへと連行していく。

 残ったのは剣を収めた勇者と、感動の再会を行っている魔王とヒナと、それをどう反応したらいいか分からず見つめる大将の4人だけだった

「とりあえず……店に戻るぞ」
「あ、大将、出前まだで——」
「そんな振り回したもん客に出せるか! 作り直しだ!」
「あ、でも、揺らしてないんでバッチリ大丈夫で——」
「馬鹿野郎! 冷めちまった天丼なんざ誰が食うか!」
「なるほど!」
「だからお前は本当に……はあ……すまないねお客さん……戻ろうか」
「うむ。話は店で」

 こうして4人は店に戻ったのだった。

☆☆☆

「いやあ、すまねえ。お詫びに一杯飲んでくれ。ヒナ! おめえはもういい! そんな土埃纏ったまま調理場に入ろうとすんな!」
「はい……すみません……あ、魔王様お隣よろしいですか!?」
「……良いか大将?」
「ああ、構わねえ。迷惑かけるんじゃねえぞ!」
「もちろんです!」

 カウンターに、勇者、魔王、ヒナの順に並んで座った。

「大将、金は払うからヒナにも一杯だしてやってくれ」
「そりゃあ構わねえが……」
「魔王様好き!」

 角も目も元に戻ったヒナが魔王に抱き付こうとするが、それを魔王が片手で止めた。

「ええい、くっつくな!」
「いちゃつくなよ」
「黙れ勇者! 魔王様の温情でのうのうと生き延びた貴様に発言権はない!」

 打って変わってまた鬼の形相になるヒナにため息をつく勇者と魔王。

「ヒナぁ! 客になんて口を利いてやがる!」
「た、大将! これにわけが!」

 大将に怒鳴られてオタオタし出すヒナに大将がこんこんと説教しはじめた。

「相手が誰だろうが金を払ってる以上は客だ。昔に何があったが知らねえが、俺の前で席に座った以上は、全員が客だ。お前もここで働いている以上は俺に従え」
「は、はい!」
「……まーちゃんより大将の方がこいつの扱いが上手い」
「うむ……我もまだまだ未熟……」
「さあさあ、恥ずかしいもん見せちまったな。ほれ、ぐぐいっと」
「うっし、じゃあ乾杯!」
「うむ、乾杯」
「ちっ……あ、乾杯でーす」

 杯を掲げた3人が酒を飲む。

「ふあーやっぱりうめえ酒だ」
「うむうむ」
「桜都最高! いやあしかしこの街に来て正解でした! 魔王様の魔力を感じて復活したのですが、見付からなくて……それで行き倒れたところを……」
「俺が助けてやったんだ。宿も金もねえって言いやがるし、この街で女独り身は危ねえと思って住み込みで働かせているんだが……とんだ杞憂だった」
「あはは……大将には感謝しています」

 にこやかにヒナがそう言って笑顔を大将に向けた。それを見て大将がため息をついた。

「接客もできねえ、出前もできねえ、すぐに客に喧嘩売るわ、猫を拾ってくるわ、その癖包丁さばきだけは一流だ」
「刃物の扱いは得意です。あと
「そんなもんよりお前は常識とかを学べ!」
「はい……すみません」

 その話を聞き、魔王が改めて大将に向かって頭を下げた。

「我の元部下が迷惑をかけた」
「あ、いや、お客さんを責めてるわけじゃねえんだ! 一応、仕込みとか掃除とかはしてくれて助かってはいるんだ……」
「ならば良いが……ヒナよ、しっかりと働くのだぞ。もう——戦いは終わったのだ」
「……はい。ところでなにゆえ魔王様はそのクソガキ……失礼勇者と共に?」
「駄目女にクソガキって言われたかないね」
「んだと? 三枚に下ろすぞ?」
「2人ともやめろ」

 剣呑な雰囲気を出す勇者とヒナをいさめる魔王。その顔には諦観の表情が浮かんでいる。

「ヒナ、これはお前が責任もって食え。揚げなおして、ご飯も温めた。出前先にはあとで謝りにいっておく」
「え、いいんですか! やったー」

 ヒナの前に天丼が置かれた。あのデスファンギィの天ぷらも乗っており美味そうな香りを漂わせていた。

「お客さんらには、これを」

 そういって、大将が出したのは、白身魚の刺身だった。

「これは?」
「こいつは、【河霊馬ケルピー】の刺身だ。この辺りで中々手に入らないんだがたまたま今日は市場に出回っていたんでな」
「おお、ケルピーって食えるのか!」
「我も初めてだ」
「美味しそう……」

 綺麗に、花のような形に盛り合わされたケルピーの刺身は、透き通るほど薄く、脇には醤油と呼ばれる桜都の調味料が添えてあった。

「あとは、こいつはお客さんに教えてもらった奴なんだが……この刺身にがある」
「カクテルですか!?」
「ほお! 我らカクテルには目がなくてな!」
「おー大将例のアレですね」
「そうだ。なら二杯作ろうか」

 そう言って、大将は氷の入った背の低い代わりに口が広いグラスを2人の前に置いた。

「ここにまず吟醸酒を注ぐ」
「へー氷か」
「んで、これが、料理用に使うスダチという柑橘類だ。まあライムみたいなもんだ。これの絞り汁にちょいと砂糖を入れて、混ぜる」

 そういって、大将は柑橘の良い香りを漂わせながら、砂糖の入ったスダチ汁を完成させた

「これをグラスに注いで、ゆっくりと混ぜれば完成だ」

 吟醸酒の入ったグラスでモヤのように揺らめいたスダチ汁が、混ぜ合わされ、渾然一体となる。

「これが吟醸酒を使ったカクテル……【サムライ】だ。良い名前だろ?」
「ほお! 古の桜都の剣士の名称だったな!」
「流石魔王様……博識!」
「俺も知ってるぞ」
「あっそ」

 またにらみあう勇者とヒナを咳払いで納めると、魔王がグラスを傾けた。
 吟醸酒の香りに清涼感が加わり、先ほどよりも薄まった酒精感だが、その代わり、甘みと酸味のほどよいバランスが味全体を複雑にしており、更にもう一段階上の味に仕上がっていた。

「……なるほど! これは確かにカクテルだ!」
「……っ! これは確かに合うな! まーちゃん、刺身を醤油につけて食べてから飲んでみろ!」
「ふむ……おお! 醤油とケルピーの油がまた合う……そしてその余韻をこの【サムライ】がさっぱりと流してくれる……素晴らしい」
「あ、あたしも一口だけ……」
「ほれ」

 そう言って、勇者が刺身の入った皿をヒナへと差し出した。目線は違うところに向けている。

「……ありがと」
「うむうむ、仲良くするが良い。貴様ら2人はお似合いだ」
「誰が!」
「お似合いだ!」

 こうして、3人は結局夜通しそこで飲んだという。


 朝。日が昇る前の、曖昧な暗さの中で、勇者と魔王とヒナが店の前に立っていた。

「魔王様。今日は2000年ぶりにお会いできて光栄でした」
「うむ。我も嬉しかったぞ! ちょっと残念な再会もあったが……終わり良ければ全て良しだ」
「しかし懸念はあるぞまーちゃん」

 すこし顔が赤くなった勇者が魔王にそう真剣な表情で答えた。

「明らかにまーちゃんの部下達が復活して、この街に集まりつつある。みんながヒナみたいな奴とは限らない。というかほとんどがあの虫野郎と同じ考えだろうさ」
「……うむ」

 勇者と魔王は、今日、魔王の為にこの街を滅ぼそうとした元魔王軍の魔族の事を思い出していた。
 もし2人が彼を倒さなければ、この街は滅んでいたかもしれない。

「…あたしも懐かしい魔力をいくつか感じました。もし魔王様が戦いを望まれないのであれば……止めないと」
「ふむ。我の責任であるな。ならば彼らを探し出し、止めるしかなかろう」
「……しゃあねえなあ。付き合ってやるよ。完全に息の根を止めなかった過去の俺の甘さのせいでもある」
「流石ゆー君だ」
「あ、あたしも手伝います! 大将には恩義があるから、離れるわけにはいかないけど、出前やら何やらで情報集めておきます」
「うむ、しっかりと大将の下で学ぶが良い」
「はっ!」

 傅くヒナに頷いた魔王。

「じゃあ帰るか。まーちゃんの元部下についてはまた明日の夜考えよう……酒を飲みながら」
「うむ。どうするか議論しようぞ……酒を飲みながら」

 こうして2人は朝靄の中、帰路につくのであった。
 問題は多少あれど、2人のはしご酒は続くのであった。
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