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祝福されし太陽の神子の役目
18 トシュカトルの祭り
しおりを挟む朝になり、俺は髪を梳かされ、花と貴石で飾られ、煤を練った黒い染料で額と腕に美しい紋様を描かれた。腰には見事な模様がおられた布を巻き、上半身には何も纏わない。役目を果たすためには何もない方がいいからだ。
祭司長がやってきた。冷たく人を見定めるような態度は消え失せ、両手で恭しく杯を掲げて俺に頭を下げる。俺は杯を受け取り白く濁った神の酒を飲み干した。それは今朝のために作られた特別に濃いプルケで、最後の一滴を飲み込むと、ポッと全身に熱が灯る。
頭がぼーっとして視界が少しぼやける。祭司長に促され、今まで過ごした部屋を出るために立ち上がった。その時ふといつも身支度の度に見ていた黒い石の鏡を見た。そこには普段身に着けていた飾りや髪紐が女たちの手で外され、置いてある。その中の一つが目についた。
それは小さな黒い石と木の実らしきものを二つ連ねた首飾りだった。昨夜、アトラは俺を貫いたまま膝に座らせ、最奥をゆるゆると突き上げながらそれを俺の首に掛けた。そして石と木の実を俺の心臓に押し当ててから額に口づけた。
――――祭りのためには心臓の上には何もない方がいい。
誰かが頭の中でそう囁く。そう……確かにそうだ。でもそれをくれた時のアトラの暗闇でも輝く綺麗な目がどうしても忘れられない。
俺は女たちの目を盗んでそれを首に掛ける。外からわっと大きな歓声が聞こえて来た。ついに祭りが始まるのだ。
男たちが担ぐ輿に乗せられ、祭司長の後についていく。外に出ると照り付ける太陽がじりじりと肌を焼いた。篝火が消えた石の広場を通り抜け、神殿を出る。丘の下から神殿まで大歓声を上げる民たちで溢れかえっていた。その中を花と黄金で飾られた輿に乗り、進んで行く。人々は俺に向かって花を投げ、歓喜に満ちた顔で俺がついに最後の役目を果たすのを今か今かと待っていた。
遥か上まで石段が続く麓に輿が下ろされた。ここから先は歩いて行かなければならない。そう、何度も夢で見た通りに。
太陽に焼けた石の上を裸足で一段一段上っていく。照り付ける太陽の熱と濃いプルケのせいで意識は朦朧として、長い間自分の足で歩いてなかったからか足元もおぼつかない。それでも勝手に身体は動いて石段を登っていく。額を汗が伝い落ちる。民たちの歓声が少しずつ遠ざかっていく。
焼けた石に剥き出しの足が焼かれて痛い。本当に空まで続くような石段をひたすら登り続けて身体が悲鳴を上げる。駄目だ、ちゃんと上までたどり着かないと。
そしてついにてっぺんにたどり着いた時、ふと風を感じて俺は後ろを振り向いた。山の斜面に張り付くように建てられた神殿からさらにずっと上ってきた場所から見える景色に思わず息を呑む。
果てのない青い空、はるか眼下に広がる石造りの神殿や町の連なり、そのまた向こうにいくつもの山や崖が見え、降り注ぐ太陽の光は世界のすべてを照らしていた。
「恐ろしく、強大な神にして煙を吐く鏡、我らが偉大なるテスカトリポカよ! ついにこの日がやって来た!」
ずっと下の方から祭司長の声が聞こえてくる。
「偉大なる夜の空、漆黒に輝くテスカトル! この年も《神の現し身》と《夜の従者》が汝の元へと参る! メシカの民よ、歓喜せよ! 彼らこそ第五の月、トシュカトルのための生贄と執行者だ!」
今まで所々わからなかった祭司長の言葉が全部ちゃんと聞き取れる。ああ良かった、ついに俺は完璧になったんだ。
「トナティル! 神に最も愛されし生贄よ!」
「麗しき神への供物、太陽の神子トナティルよ!」
頭の中でトナティルが高らかに笑っている。
そうだ。オレは一年の内でもっとも栄えある第五の月、トシュカトルの祭りのためにたった一人選ばれた者。我らが仕える黒の鏡に捧げられる、もっとも強くもっとも美しい生贄。ああ、こんなにも嬉しく誇らしいことがあるだろうか! 《神に最も愛された器》それがこのオレなのだ!
まるで何かに操られているかのように、身体が勝手に動いて最後の石段を上っていく。そこに《彼》がいた。
鍛え抜かれた褐色の逞しい身体、首の後ろでくくられた長い黒髪は風になびいている。黒くまっすぐな眉に落ち着いた理性的な目。それはあの神の現身・煙る黒い鏡のように輝いていた。
「アトラ」
俺は口の中で彼の名を呼ぶ。すると彼が俺を見て微笑んだような気がした。
やっとこの日が来た! トナティルが歓喜の声を上げる。同時にトナティルが待ちわび続けたこの最後の祭りの意味を、自分が果たすべき役目が俺にもようやくわかった。
この身体は《神に最も愛された器》として大勢の男たちの中からただ一人選ばれた。アトラはその器の中から供物を取り出し、神に捧げる《イツトリ》の役目を持つ。
《イツトリ》とは夜の神々の九柱の一人にして偉大なるテスカトリポカの化身。そして神に捧げる生贄の心臓を取り出すための黒曜石のナイフ。
だから彼の目はあの神の現身と呼ばれる黒い石の鏡にそっくりだったのだ。
「アトラ」
心の中で彼の名を呼ぶ。彼の黒い目に見つめられると心臓がドキドキして身体の奥底が熱くなる。
さあ、準備は整った。役目を果たせ! とトナティルが俺を動かす。
俺はアトラの目を見つめながら纏った衣を脱ぎ、頭に飾られた花を落として生まれたままの姿になる。そしてい石の台に横たわり、ちょうど中天に昇った太陽に目をすがめた。
〈われらは彼の奴隷、ティトラカワン〉
〈我らを生かしている者、イパルネモアニ〉
トナティルが喜んでいる。嬉しい、嬉しい、嬉しい! 彼の興奮と歓喜が俺の心を捕らえて激しく揺さぶり、縛り付ける。
――――そうだ、今からオレは偉大なるテスカトリポカに捧げ物をする。神を讃え、このメシカの地を思って脈打つ心臓を!
共に喜べ! とトナティルが言う。そうだ、俺だって嬉しい。だって俺はオレ、俺はトナティルでトナティルは俺なんだから。
アトラが俺を見下ろしている。その手に光るのはこの日のためにつくられた黒く輝く石のナイフ。
太陽がまぶしくて彼の顔が見えない。アトラは今どんな顔をしている? また頭がぼんやりとしてきて目蓋が重い。いやだ、俺はもっと彼の顔が見たいのに。彼が握るナイフの黒い切っ先が俺の胸を切り裂き、この器の中から脈打つ心臓を取り出すその瞬間まで。
綺麗な黒いアトラの目。トナティルが「その二つ名にふさわしい」と言っていた。
彼の目はまさに黒曜石の鏡。鋭く黒い石の刃。地上でもっとも勇猛果敢な戦士である彼なら、きっと寸分のためらいも狂いもなくこの胸を切り裂き、心臓を神に捧げてくれるだろう。
涙で視界が滲む。おかしいな、嬉しいはずなのに。メシカの男としてこんなにも誇らしいことはないはずなのに。
「アトラ」
我慢できずにまた彼の名を呼ぶ。その時、動いたはずみで何かがころり、と顎に当たった。なんだっけ、ああ、これはアトラがくれた首飾りだ。そうだ持ってきちゃったんだ。怒られるかな。邪魔かな。これがあったらアトラがナイフで綺麗に俺の心臓を取り出せないかな。
アトラが石の台のすぐ横に立つ。そして腰の後ろに挿した黒いナイフを空にかざした。下の方から風に乗ってみんなの興奮した叫びや神を讃える声が聞こえてくる。
俺は自分の心臓の真上に掲げられたナイフを見つめながら、その首飾りを握って唇に押し当てた。
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