【完】グランディール学院の秘密

伊藤クロエ

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(……ああ、もう限界だ)
 アリスティドは筆頭監督生だ。明らかに異国の血を色濃く映す髪と目を持つ、男らしいという言葉からはほど遠い顔をした。
(このままでは駄目だ。いつかとんでもない失態を犯してしまう)
 誰にも侮られてはいけない。付け入る隙を与えてはいけない。
 この、学院という名に守られた場所での競争や駆け引きなどたかが知れている。問題はここを卒業した後、何よりも名と伝統を重んじるこの国の貴族社会で生き抜くためにアリスティドはどんな些細な過失も起こすわけにはいかないのだ。
(せめてもっとありふれた顔をした、ごく平凡な家に生まれていれば)
 この外見もルノーという異国の家名もあまりに目立ちすぎる。だからこそアリスティドは常に完璧であらねばならない。それには浅ましい肉欲に心を囚われて他が疎かになっている今の状態をなんとかしなければ。それも今すぐに。
 こうなったら手立ては一つしかない。

 アリスティドは懐から生徒が必ず携帯している黒革の手帳を取り出すと、辺りに人のいない一瞬をついて身を寄せた柱の影で白紙のページに文字を殴り書き、乱暴な手つきでそれを破り取った。

『アードラー寮 三階9号室』
『今すぐ』

 そして寮監だけが鍵を持っている目安箱に通りすがりにメモをねじ込むと、急いで階段を上がって自分の部屋へ戻った。そして制服のままベッドに倒れ込む。何から何まで、普段のアリスティドならば絶対にしないことばかりだ。そんな自分に苛立ちながらも、顔を埋めた敷布にハァ……ッと熱の籠った息を吐き出す。
(……誰かに見られただろうか)
 奉仕委員の噂を知っている者は大勢いるだろうが、委員の訪問を依頼する方法が寮監が管理している目安箱にメモを入れることだということまで把握している者はほんのわずかだろう。だがこのアードラー寮にもアリスティド以外に奉仕委員を呼ぶ資格を持つ成績優秀者やスポーツや剣技などで名を馳せている者は必ずいるはずだ。彼らが今のアリスティドの醜態を目にしたらすぐに自分が何をしたのかを悟るだろう。
(とんでもないスキモノだと思われるだろうな)
 氷のプリンスが聞いてあきれる、と先ほど副総代のウィリアムが言っていたくだらないあだ名を引き合いに出しては自嘲する。

(さあ、果たして誰が来るのか)
 詳しく聞いたわけではないが、特別奉仕委員は各寮に複数名いるらしい。なぜかアリスティドのところには毎回あの男がやって来るが、さすがに山中を半日駆けまわって杭を打ったり綱を張ったりして回った後にわざわざそんな役目を負いたがる者はいないだろう。きっと今頃は疲労した身体を温かい湯で癒し食堂で夕食にありついているはずだ。
 本当ならアリスティドこそ筆頭監督生として食堂できちんと食事をし、アードラー寮や他寮の監督生たちからオリエンテーリングに向けて何か問題や懸念はないか、生徒たちの自主練の効果は上がっているのかなどを聞き出さねばならないというのに、こんな暗い部屋のベッドにうつ伏せて身を苛む熱に必死に気づかない振りをしている。

(……本当に、誰が来るんだろう……)
 アリスティドは奉仕委員会というものがどういう方法で運営されていて、どうやって派遣する委員を決めているのかまるで知らない。寮監のフロックからは、自ら立候補した者が大半で、そうでない者たちもちゃんと納得してやっていることだ、としか聞かされていない。だから委員の派遣を依頼するのに変な遠慮はいらない、という意味なのだろう。それでもいくら委員の仕事とはいえ、こんな肌寒い秋の夜にいきなり呼び出されて災難なことだ、とまるで他人事のように思う。

「…………女子、だよな」
 アリスティドは顔を埋めた枕に言葉を漏らした。
 なにせやるコトがコトだ。普通男子生徒には女子が派遣されるものではないだろうか。あの男が来たのはあくまでなんらかのイレギュラーで、そうでもなければどう考えたっておかしい人選だ。
(だってあいつは、馬鹿な上級生を、問答無用で殴り倒すようなやつで)
(とても誰かの前に跪くことを良しとするような人間ではなくて)
 そして、アリスティドと同じ、男だ。
 その時、外でドアの閉まる音がした。
(ああ、隣、戻ってきたのか)
 筆頭監督生であるアリスティドの部屋は個室だが、それ以外の部屋は二人部屋だ。隣の8号室には先ほど会った監督生のテオとその小間使いファグである下級生がいる。
(そう、彼の同室は、確か三学年の、名は……エイリーク=ヨハンソンだったか)
 浮かんだその名にアリスティドは目を開けた。
 今日の訓練で特にやる気を見せて縦横無尽に駆けまわっていたのはそのエイリークと、食堂でいつも彼と一緒にいるトムだった。
 エイリークはアリスティド以上に他国の血を感じさせる名と外見をしていて、だから少しだけ親近感を覚えている。けれど当の本人は至って飄々としていて、自分がこの王国、そしてこの学院で圧倒的な少数派であることをなんとも思っていないように見えた。
(……今回、彼は良い成績を残せそうな気がするな……)
 いつも人とは違う何かを見ているような、抜けるような青い目を思い出しながらふと思った。
(……今日これから来るのが本当に女子であれば、私はその子と、そういうことをするのか)
 これまで何度もアリスティドがあの男とこの部屋でしてきたようなことを。

 一瞬、ゾクリ、と背中が震える。ただそれがいわゆる期待なのか、それとももっと別の何かなのかは自分でもよく判らなかった。
(……いや、だって、それが普通なんだ)
 扉の向こうから響いてくる忙しない足音。くぐもった人の話し声。ドタドタと部屋に上がる足音と何かを出し入れするような物音。
 アリスティドはぼんやりとそれらを聞きながら、暗闇を見つめて考える。

 もうすぐ部屋にやってくる奉仕委員。監督生であるアリスティドなら顔と名前くらいはわかるかもしれない。だが深い人となりまでは知らないだろう。大した言葉を交わしたこともないに違いない。
 あと三十分か、一時間か。それとももっと早いのか。
 この、人の気配の絶えぬ合宿中の慌ただしい寮の一室で、自分はその子とそういう事をして、一体どんな気持ちになるのだろう? 
 アリスティドはベッドに顔を埋めて目を閉じる。

 あの男よりも長い髪がアリスティドの足に触れ、アリスティドが知っているものよりもずっと小さな口が舐めて、しゃぶって、ずっと細くて柔らかい指にぬちぬちと肉棒を扱かれ先端をこねられ、吸われてイかされる。そして――――

 ずくん、とまた下腹の奥が熱く疼く。アリスティドがわずかに身じろぐと、布団に押し付けたペニスに刺激が走り、アリスティドはため息をついた。
(……はやく、はやく)
 早くもっとめちゃくちゃに扱いてこの熱を吐き出してしまいたい。けれどそんな欲求とは裏腹に、もっと強くアリスティドを責め苛む場所がある。
「………………っん……っ」
 もぞ、とまたアリスティドは動く。目の前のシーツを握りしめ、ベッドにうつ伏せになったまま腰を揺らし、後腔に力を籠める。
「…………っは…………っ、っあ」
 我慢できず、アリスティドはぎゅっとソコを閉じ、そして緩めて、またきつく締め付ける。
(……まさか、こんなとこ、……っ)
「っは、あ、う、……っ」
(だって、そんな)
 勃ち上がりかけたペニスを敷布に押し付けながらくぱくぱと後腔を蠢かす。すると前の夜に触れられた場所がきゅうううっつ、と切なく引き攣れた。
(だめだ、こんなこと)
「…………っふ…………っ」
 腰を動かし、今や完全に勃起したペニスをベッドに擦りつける。みっともないとわかっていても止めることができない。
「ああ、もう、はやく、はやく…………っ!」

 その時、ドアの開く音がしてアリスティドはごくり、と唾を呑み込んだ。ギシ、と床の軋む音がして誰かが入って来る。うつ伏せのまま息を潜めじっと相手の気配を窺うアリスティドの背に声が落ちて来た。
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