【完】グランディール学院の秘密

伊藤クロエ

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「今年のアードラー寮はどうだ、アリスティド」
 今年の学院総代であるアーサーに聞かれて、アリスティドは視線だけをそちらに向けた。
「答えませんよ。総代とはいえ貴方はプレストン寮、いわば敵だ」
「手ごわいな。だがどうせ我々評議会の者ザ・ナインはオリエンテーリングには参加不可でいわば蚊帳の外だ。少しくらいならいいだろう」
「それでもだ」
 そう言ってアーサーの横顔から視線を戻すと、アリスティドは学院生たちの主戦場となる山を見上げて言った。
「今回、難易度の高いチェックポイントは西側の斜面に集中している。あの辺りは特に見通しの悪い山道が多い。方位機の扱いを誤ると道を外れてしまう可能性が高いのが一番の不安要素だろうか」
「対策は」
「特に危険な場所にはあらかじめ綱を張り生徒が迷い込まないようにしている。当日はアードラーとロザラム寮の参加免除者が現地に入る。あくまで自力による走破を目指すという本来の目的からは外れるが背に腹は代えられない。万が一にも事故や遭難が起こってはいけないからな」
「なるほど」
 アーサーは満足そうに頷いた。
 学生の自主自立が重んじられているグランディールでは行事ごとに評議会の中から中心となる者が選出されるが、今回のオリエンテーリングはアードラー寮のアリスティドとロザラム寮のセーラ=ウインストンが担当している。セーラは主に裏方の、アリスティドは山でのの安全対策と当日の運営を担う予定だった。
「しかし、毎年のことながらオリエンテーリング担当は大変だ。うちじゃなくて良かったよ」
 そう言って笑ったのは副総代でハンター寮のウィリアムだ。だが彼はふと前を見て頷く。
「ああ、そうか。アードラーにはゲオルグ=ラングレンがいるんだな」
「……知っているのか」
 予想外の名前が飛び出してきて、思わずアリスティドは聞き返した。
「ああ、うちのいとこが五学年生で彼と同じ選択授業を取っているらしくてね。寡黙で取り付く島もないが、なかなか真面目で頼りになる男だそうだ」
 くす、と笑ってウィリアムが答える。
「ほう。確か昨年のオリエンテーリングでは上位十位に入っていたかな?」
 アーサーが尋ねるのに、アリスティドは渋々「……だから今回は運営側として参加している」とだけ答えた。
「おやおや、自分の寮の者が褒められているというのに随分と冷たいな、アリスティド」
 面白そうな顔でアーサーが言う。
「それともああいう男は好きではないか?」
「…………好きじゃない? 彼を?」
 アリスティドはわざと薄く冷たい笑みを浮かべてアーサーを見た。
「さあ、そう思っているのは恐らく向こうの方だろうな」
 するとアーサーとウィリアムが一瞬あっけにとられたような顔をして肩をすくめる。
「おやおや」
「君を嫌いと言える人間がグランディールにいるとでも? 麗しの『笑わない氷のプリンス』を」
「そんなくだらない揶揄いで私が動揺してハンター寮に遅れを取るとでも思っているのなら随分と浅はかだと言わざるを得ないな。ウィリアム=キャンベル」
 アリスティドは「失礼」と言ってアーサーたちに一つ頷くと、寮へと戻るために踵を返す。ヒュウ、と背後から聞こえてきたアーサーの口笛を無視して、それ以上の嫌味はいつも通り腹の底に飲み込んだ。
(ああ、まったく。なんてことだ)
 思わぬ名前を聞かされて再び蘇った苛立ちを氷のような鉄面皮の下に押し込み、アリスティドは寮の廊下を歩いていく。
 学院の一大イベントの一つでもあるオリエンテーリングまであと数日しかない。伝統の馬術や剣技競技会、最上級生女子によるデビュタントのための舞踏会や聖降誕祭など数ある行事の中でも最も過酷でその分事故や怪我人が多く出る催しだ。だからこそ行事の監督役のトップである学生評議会の一員として気を引き締めて当たらなければならないというのに、アリスティドはずっとろくでもないことに心を乱され続けていた。
(まただ。身体が熱くて熱くてたまらない)
 一度知ってしまった快楽というものは、ここまで執拗に肉体だけでなく精神までをも捕らえて離さないのか。
(これではまるで麻薬のようだ)
 そうと知っていれば決してうかつに手を出したりしなかったのに。そう思ってももう後の祭りだ。
 まさか筆頭監督生のアリスティドがそんな退廃的な悩みを抱えているとは誰も思いもしまい。だからこそ決して人に知られるわけにはいかず、だからこそアリスティドは一人で悩み続けていた。
(本当に、なんてことだ)
 もう自分で慰めたって到底満足できない。ならばまた奉仕委員を呼べばいいと思いつつも、それを自分に許してしまえば何かとてつもなく大事な一線を越えてしまいそうな気がして今一歩踏み出せない。
 元々が一途で生真面目なアリスティドは、思い悩むあまりここ数日ろくに眠れていなかった。だからあんなアーサーやウィリアムのくだらない揶揄にうっかり真正面から返してしまう失態を犯してしまったのだ。
(まだあの程度のことで済んで良かったと思うべきか)
 そう考えて唇を引き締めたその時、勢いよく歩いていたアリスティドは廊下の角から出てきた誰かと激しくぶつかってしまった。
「あ、すまない!」
 同じアードラー寮の監督生でアリスティドと同学年のテオが慌てて謝って来る。だがろくに注意も払わずにズカズカと歩いていたのはアリスティドの方だ。
「いや、私の方が悪かった。少し考え事をしていたものだから」
 急いでそう言うと、驚いたようにテオが瞬きをする。
「珍しいな。君ほどの人がそんなにも考え込むような問題が? やはり今度のオリエンテーリングのことかい? どうも当日は天気が悪くなりそうという話だが」
「あ、ああ。そうらしいな。だが天候の変化にいかに対応するかも判断力や応用力を試す設問の一つだからな」
「確かに。僕たちの時だっていきなり雨が振り出して困ったしな。けれど下級生たちが怪我をしないかだけは心配だよ」
 テオがそう言って眉を曇らせた。彼は実直で人が良く、いつも穏やかなところが付き合いやすい男だが、今日ばかりは彼の口調がやたらのんびりしているように感じられて苛立つ。
「……すまない、少々急いでいるもので」
「え、ああ。それは引き留めて済まなかった」
 もっといい言い方があったに違いないが、それに気を配る余裕もない。いささか戸惑ったような顔のテオを置いて歩き去りながら、アリスティドは自分自身に舌打ちをしたい気分だった。
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