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「お、おいエイリーク! いくら『笑わない魔王』なんて呼ばれているお人でも一応人間だからな!? お化けじゃあるまいし、こんなしんどい訓練に自分から参加したがるわけないだろう!」
「……魔王?」
何か違うような、とエイリークは首を傾げる。
「……馬鹿なことを言っていないで、早く寮に戻って衣服を改めたまえ。間もなく夕食の鐘だ」
「え、あ、はい、それでは失礼します! エイリーク、行こうぜ」
「あ、うん」
トムに促されてエイリークも踵を返し走り出そうとする。けれどやはり気になって後ろを振り向いた。するとアリスティドが爪先で何度か土を蹴り、大きく首を回してから息を吐き出したのが見えた。
(……やっぱり、走りたくてたまらないように見えるんだけど)
はるか北方の狩猟民族を祖先に持つエイリークは根っからの王国民であるトムたちと比べると少しばかり迷信深く、また直観や感覚的な判断を重んじている。そんな彼は今、言葉にはしにくい奇妙な気配をアリスティドから感じ取っていた。
確かにトムの言う通り、来年の学院内の地位と力関係を決めるオリエンテーリング大会のための訓練は大層きつく、上級生から下級生に対する指導も相当に厳しい。毎年大会が終わる頃には疲労困憊して地べたに這いつくばりながら『ああ、もう二度と! 金輪際こんな目には!』と吐き捨てる者たちが大勢いる。せっかく前年度の優秀な成績のお陰で今年は免除されたというのに自ら進んで地獄に突っ込もうなどと思う人間がいるとも思えないのは確かだ。なのにアリスティドは深青色のローブの下でまるで動物か何かのように全身の毛並みを逆立て、まだ暴れ足りないとばかりに苛々と唸っているように見えた。
(……ほっといて、いいんだろうか)
このままではしびれを切らしたアリスティドが、意図せず冬眠から目覚めて腹を空かせた熊のように暴れ出すのではないかと、そんな空想まで湧いてくる。だがその時、アリスティドが誰かをじっと見つめていることに気づいた。
(……あれ、ゲオルグ先輩だ)
トムと同室でエイリークより二つ年上のゲオルグは、すでに大人のように大きく逞しい体躯と短い黒髪とですぐにそれとわかる。
彼も昨年のオリエンテーリングで上位入賞を果たしているため今回は不参加だ。アリスティドと同じく運営側に回り、実際に山に入って現地で下級生たちをサポートする役目のようだった。現に彼は恐らく生徒の安全のために山道を整備するために使ったのだろう縄の束や木の杭を担いで裏山から降りてきたところだった。
(なんでアリスティド先輩は、ゲオルグ先輩をあんな風に見てるんだろう)
二人は一学年違いで、片や皆の憧れの的の筆頭監督生。片やあまり人とつるまぬ寡黙な男。とても共通点などなさそうだし、今まで一緒に何かをしているところを見たこともない。
その時、ゲオルグが自分を見ているアリスティドに気が付いた。その瞬間二人の間に目には見えぬ何かが走ったように見えて、エイリークは思わず息を呑む。
(え、あの二人、仲悪かったの?)
ゲオルグと同室であるトムとなんだかんだで仲がいいエイリークは、彼が見た目ほどには怖くないことを以前から肌で感じていた。実際トムの口から彼に対する文句や恨みの類は聞いたことがない。だからゲオルグに対しては、鋭く獰猛な牙を持ってはいるが大層頼りになる猟犬のようなイメージを持っていたが、そんな彼をなぜかひどく熱の籠った目で睨みつけているアリスティドに思わず首を傾げる。
(これは……割って入るとかした方がいいんだろうか……)
まるで互いににらみ合って一歩も引かない狼同士の決闘でも見ているような気分がして、エイリークはごくり、と唾を呑み込んだ。
「どうした? エイリーク!」
エイリークはハッと我に返ってトムを見る。
「なんだよ、まだしんどいのか? そんなんだから体力が足りんって先輩方からどやされるんだぞ!」
トムがフン、と鼻を鳴らして言う。その顔に半目を向けて、エイリークはもう一度アリスティドたちを見た。
(あれ?)
するとアリスティドからは先ほどの猛烈な敵愾心のようなものはさっぱり消えていて、ゲオルグの方も大きな肩に担いだ縄や杭を黙々と片付けている。
(…………なんだったんだろう、今の……)
エイリークは首を傾げたが、その時別の声が自分を呼ぶのが聞こえてきた。
「おーい! トム! エイリークも、早く行こうよ!」
同じ三学年のマークが手を振っているのが見える。エイリークは後ろ髪をひかれつつも、上級生の二人から目をそらした。
「今、行くよ!」
(……だって、正体の知れないモノには近づくな、っておじいちゃんも言ってたし)
そしてまだ何か喚いているトムを一気に追い抜かして、エイリークはその場から逃げ出した。
「……魔王?」
何か違うような、とエイリークは首を傾げる。
「……馬鹿なことを言っていないで、早く寮に戻って衣服を改めたまえ。間もなく夕食の鐘だ」
「え、あ、はい、それでは失礼します! エイリーク、行こうぜ」
「あ、うん」
トムに促されてエイリークも踵を返し走り出そうとする。けれどやはり気になって後ろを振り向いた。するとアリスティドが爪先で何度か土を蹴り、大きく首を回してから息を吐き出したのが見えた。
(……やっぱり、走りたくてたまらないように見えるんだけど)
はるか北方の狩猟民族を祖先に持つエイリークは根っからの王国民であるトムたちと比べると少しばかり迷信深く、また直観や感覚的な判断を重んじている。そんな彼は今、言葉にはしにくい奇妙な気配をアリスティドから感じ取っていた。
確かにトムの言う通り、来年の学院内の地位と力関係を決めるオリエンテーリング大会のための訓練は大層きつく、上級生から下級生に対する指導も相当に厳しい。毎年大会が終わる頃には疲労困憊して地べたに這いつくばりながら『ああ、もう二度と! 金輪際こんな目には!』と吐き捨てる者たちが大勢いる。せっかく前年度の優秀な成績のお陰で今年は免除されたというのに自ら進んで地獄に突っ込もうなどと思う人間がいるとも思えないのは確かだ。なのにアリスティドは深青色のローブの下でまるで動物か何かのように全身の毛並みを逆立て、まだ暴れ足りないとばかりに苛々と唸っているように見えた。
(……ほっといて、いいんだろうか)
このままではしびれを切らしたアリスティドが、意図せず冬眠から目覚めて腹を空かせた熊のように暴れ出すのではないかと、そんな空想まで湧いてくる。だがその時、アリスティドが誰かをじっと見つめていることに気づいた。
(……あれ、ゲオルグ先輩だ)
トムと同室でエイリークより二つ年上のゲオルグは、すでに大人のように大きく逞しい体躯と短い黒髪とですぐにそれとわかる。
彼も昨年のオリエンテーリングで上位入賞を果たしているため今回は不参加だ。アリスティドと同じく運営側に回り、実際に山に入って現地で下級生たちをサポートする役目のようだった。現に彼は恐らく生徒の安全のために山道を整備するために使ったのだろう縄の束や木の杭を担いで裏山から降りてきたところだった。
(なんでアリスティド先輩は、ゲオルグ先輩をあんな風に見てるんだろう)
二人は一学年違いで、片や皆の憧れの的の筆頭監督生。片やあまり人とつるまぬ寡黙な男。とても共通点などなさそうだし、今まで一緒に何かをしているところを見たこともない。
その時、ゲオルグが自分を見ているアリスティドに気が付いた。その瞬間二人の間に目には見えぬ何かが走ったように見えて、エイリークは思わず息を呑む。
(え、あの二人、仲悪かったの?)
ゲオルグと同室であるトムとなんだかんだで仲がいいエイリークは、彼が見た目ほどには怖くないことを以前から肌で感じていた。実際トムの口から彼に対する文句や恨みの類は聞いたことがない。だからゲオルグに対しては、鋭く獰猛な牙を持ってはいるが大層頼りになる猟犬のようなイメージを持っていたが、そんな彼をなぜかひどく熱の籠った目で睨みつけているアリスティドに思わず首を傾げる。
(これは……割って入るとかした方がいいんだろうか……)
まるで互いににらみ合って一歩も引かない狼同士の決闘でも見ているような気分がして、エイリークはごくり、と唾を呑み込んだ。
「どうした? エイリーク!」
エイリークはハッと我に返ってトムを見る。
「なんだよ、まだしんどいのか? そんなんだから体力が足りんって先輩方からどやされるんだぞ!」
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(あれ?)
するとアリスティドからは先ほどの猛烈な敵愾心のようなものはさっぱり消えていて、ゲオルグの方も大きな肩に担いだ縄や杭を黙々と片付けている。
(…………なんだったんだろう、今の……)
エイリークは首を傾げたが、その時別の声が自分を呼ぶのが聞こえてきた。
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「今、行くよ!」
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