王さまに憑かれてしまいました

九重

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第三巻 児童書風ダイジェスト版

16 王宮へ

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キラキラキラと輝くようなまぶしい光景に、思わずコーネリアは目をパチパチとさせてしまいます。
「まあ、こちらが噂のお嬢さんですのね? ……とても可愛いらしい」
「そうでしょう? 本当にコーネリアったら、とっても清楚で、とっても真面目で、とっても可憐な女の子なのよ」
なにやら「とっても」を連発する前トーレス伯爵夫人が美しく笑います。
その隣には、彼女とはまた違った美しさを持つ赤い髪の女性がいました。
ここは、前トーレス伯爵夫人のお邸。
コーネリアは、女性だけが集まる“女子会”の真っ最中です。
(…………リリアンナ・ニッチだ)
なんだか疲れた様子で、ルードビッヒが美人の正体を教えてくれました。
(えぇっ!)
なんと彼女は、ローディア王国随一の商人であり、美魔女と呼ばれる人物だったのです。
大人の魅力たっぷりの艶やかな笑顔に、コーネリアはたじたじになってしまいます。
しかも、二人の隣には男装の麗人と呼ばれる近衛第二騎士団副団長シモン・ヴェラ・クロル伯爵令嬢の姿もありました。
三者三様の美の競演を前に、眼福なはずのコーネリアの背中には何故か悪寒が走ります。
こういう時の悪寒は、良くないことの前触れと、世間では決まっています。
その予想が当たったのでしょうか? コーネリアの目の前に、平民の彼女にとって全く必要がないと思われる美しいドレスが、沢山並べられはじめました。
「さあ、楽しい着せ替えをはじめましょう」
 少女のような声で、前トーレス伯爵夫人が高らかに宣言します。
「着せ替え?」
「ええ。このドレスはみんな、コーネリア、あなたのために用意してもらったものなのよ」
ズラリと並んだ色とりどりのドレスを、前トーレス伯爵夫人は指し示しました。
コーネリアは、クラクラと眩暈がするようです。
「わ、私、ドレスなんていりません!」
首をブンブンと横に振りました。
「まあ、どうして? 王太后さまの誕生日祝いの式典には、ドレスを着なければいけないのよ。あなたはドレスを持っているの?」
不思議そうに前トーレス伯爵夫人は、首を傾げます。
「持ってはいませんけれど……私は王宮の式典なんかに参加しませんからっ!」
コーネリアは、焦って怒鳴りました。
前トーレス伯爵夫人に、自分の養女になって王宮の式典に参加して欲しいと頼まれたコーネリア。でも、彼女は既に両方のお話をきっぱり断り済みなのです。
コーネリアにはドレスなんか必要ありません。
なのに――――
「あら、そんなことは決まっていないと思うわ。……だって、私はあきらめないし、それに人の心は変わるものでしょう?」
「な……」
コーネリアは、びっくりして開いた口が塞がりませんでした。
前トーレス伯爵夫人は、ニッコリと笑います。
「――――と、いうことで、ドレスを選びましょう。私は、コーネリア、あなたが舞踏会までに気を変えてくれる方にかけるわ。……あっ、大丈夫よ、お金は全部私が払うから。心配いらないわ」
コーネリアは、あれよあれよという間に、ドレッシングルームに放り込まれてしまったのでした。

そんなコーネリアと別れて、幽霊のルードビッヒ陛下は、前トーレス伯爵夫人の邸の中をフラフラと彷徨います。
(女性の身支度は、時間がかかるからな)
残念ながらこれは本当のことです。
皆さんのお母さんやお姉さんだって、お出かけの支度には時間がかかるでしょう?
それを知っているルードビッヒは、とてもつきあっていられないと思ったのでした。
目的もなく、あちらの部屋、こちらの部屋と覗いていくルードビッヒ。
彼が何回目かにすり抜けたドアの向こうには、前トーレス伯爵夫人とリリアンナ・ニッチがいました。
(……関わりたくない)
君主危うきに近寄らずといいます。
ルードビッヒは、そそくさとその場を後にしようとしました。
そんな彼の背後から、少女のような声が響いてきます。
「……それで、宰相の尻尾は掴めたの?」
ルードビッヒは、思わずクルリと振り返りました。
「申し訳ありません。王家の私有財産を流した商人は押さえたのですが、クモールとのつながりの裏付けが取れませんでした」
「そう。それでは宰相を失脚させるには不十分ね。その商人自身はクモールとは無関係なのでしょう?」
「はい。残念ながら」
「そうだと宰相は、『娘に頼まれただけだ』と言い張るわよね」
優雅にお茶を飲みながら、女性二人はそんな話をしています。
ルードビッヒは驚きました。
慌てて二人の側に行き、聞き耳をたてます。
その結果、とんでもないことがわかりました。
なんと、前トーレス伯爵夫人とリリアンナ・ニッチは、王家の私有財産を流出させたのが宰相だと見破り、今度の式典で宰相を捕まえようとしているのでした。
「だったら、舞踏会当日の策を考えましょう。――――宰相が動き、万が一その後ろにクモールや他国がいた場合を想定して対処を考えなくてはならないわね。……そうね、この際だからそういった輩を一網打尽にしてしまいましょうか?」
「まあ、それは良い考えですわね。」
二人の女性は、真剣に話し合いをはじめます。
その様子を見ながら、ルードビッヒはギュッと拳を握り締めました。
(……バカな真似を。そんな重大事を、この二人でやろうというつもりなのか?)
それは、どう考えても無謀としか言いようのないことでした。
直ぐにその場を後にし、ルードビッヒは、コーネリアの元へ取って返します。
(頼む! コーネリア……そなたを、こんな王宮のいざこざに巻き込むべきではないと重々わかっている。……しかし、わしは何としても、二人を止めたいのだ! 何も言わずに「うん」と言ってくれ!)
涙ながらにコーネリアに頼むルードビッヒ。
しかし、コーネリアは
(言えるわけがないでしょう!)
大声で怒鳴りつけました。
だって、ルードビッヒは、なんにも彼女に説明をしていないのですから。
…………断られるのは、当たり前のことでした。

その後、コーネリアに怒られたルードビッヒは、渋々ながら前トーレス伯爵夫人とリリアンナ・ニッチの企みを話します。
(それって、ものすごく危険なことじゃないですか?)
コーネリアは、びっくりしました。
(その通りだ。下手をすれば追い込まれた敵に逆襲されるだろう)
(そんなっ! は、早く、アレクかご領主さまに言って止めていただかなければ……)
(ダメだ。彼女たちの企みの証拠は何もないのだぞ。いったい何と言ってアレクサンデルたちに伝えるつもりだ? 死んだ前国王に教えてもらいましたとでも?……そんな話を誰も信じるはずがない。それに、アレクサンデルやホルテンよりも、彼女らの方が一枚も二枚も上手だ。反対に良いように言い含められるのがおちだろう)
残念ながら、ルードビッヒの言う通りなのでした。
(そんな……)
コーネリアは途方に暮れます。
彼女の前で、ルードビッヒは再び頭を下げました。
(今更、わしに何ができるとも思えない。……しかし、知らないふりでいることも、わしにはできない。――――すまぬ、コーネリア。危険は重々承知だ。その上でお前に頼みたい。……マリア・バルバラの申し出を受けて、舞踏会に参加してくれぬか)
頷く以外ないコーネリアでした。

そういうわけで、王太后さまの誕生日祝いの式典に出席することになったコーネリアですが――――
王宮で開催される舞踏家に出るために、最低限必要なものが三つあることを皆さんはご存知でしょうか?
有名なシンデレラのお話を思い出してください。
まず一つ目はドレスです。
コーネリアの場合、これは前トーレス伯爵夫人が既に用意してくれてあります。
二つ目は“かぼちゃの馬車”――――もちろん、これは比喩で要は王宮へ行くための手段が必要と言うことです。
貴族のご令嬢の場合、王宮へ連れて行ってくれるのはエスコートするパートナーの役目ですので、必要なのはそのお相手です。
これも、前トーレス伯爵夫人が用意してくれることになりました。
「可愛い娘のために、最高のエスコート役を見つけなくっちゃ!」
はりきる前トーレス伯爵夫人に、なんだか嫌な予感のするコーネリアですが、ここはお任せする以外にありません。
誰です? 前トーレス伯爵夫人が魔法使いのおばあさんのようだなんて言う人は?
命が惜しければ、決して、それをご本人の前で言ってはいけませんよ。
…………コホン!
そして、最後のひとつですが、
それは、ダンスが踊れなければならないということでした。
シンデレラは、継母や義理のお姉さんにいじめられて育ったとはいえ、元々は王宮の舞踏会に行けるような家柄の娘です。当然彼女はダンスが踊れました。
しかし、生まれも育ちも平民のコーネリアにダンスは踊れません。
結果、コーネリアは懸命にダンスの練習をすることになったのです。
昼間は、ホルテン侯爵の息子のコスタスとダンスの練習をするコーネリア。
夜は一人で、その復習です。
明るい部屋の照明を落とし、淡いオレンジの光を放つナイトランプの灯りの中、白い夜着の裾を翻してコーネリアは踊ります。
(陛下、ここはこうでしたでしょうか?)
どこか幻想的なその光景が見れるのは、ルードビッヒだけでした。
(フム……そうだな。男の方が下がるから、女性のステップならば前進だろう)
(ありがとうございます)
小さな体が、クルクルと回ります。
その様子を見ながら、ルードビッヒが問いかけてきました。
(……そなたは、それで良いのか?)
(え?)
(本当は出たくなかった舞踏会に出席し、あまつさえダンスまで踊ることになって……そなたは嫌ではないのか?)
コーネリアは――――思いっきり呆れました。
(今さらですか?)
本当に、今さらな質問でした。
グゥッと、ルードビッヒが言葉に詰まります。
コーネリアは、クスリと笑いました。
(大丈夫ですよ、陛下。……確かに舞踏会もダンスも、平民の私にしてみたら、何の役にも立たない面倒ごとでしかありませんけれど、でも、マリア・バルバラさまやリリアンナ・ニッチさまを放っておくわけにはいきません。例え陛下が私に「行かなくてもよい」と仰ってくださったとしても、私は何としても参加するつもりです。……ですからそんなに、お気にやまないでください)
コーネリアの言葉に、ルードビッヒは(そうか)と、ホッとします。
(それに……、私が、舞踏会なんてものに参加できるのは、きっとこれが一生一度の機会だと思います。キレイなドレスを着て踊るなんて、この先、絶対ありません! だったらそれを楽しむのもいいかなって――――)
ニコニコと笑うコーネリア。
それなのに、淡い灯りに照らされて明るいはずの笑顔に、微かな陰りがさしたように、ルードビッヒには見えました。
(……コーネリア?)
問いかけられたコーネリアは、スッと下を向いてしまいます。
(――――私、アレクが王さまになったら、ホルテンに帰ろうと思っています)
そんなことを言い出しました。
(今は、アレクは、王太子だって私に知られていないと思って普通に会ってくれていますけれど……流石に王さまになれば、自分の正体を隠せるとは思わないはずでしょう。王さまがこっそり平民の使用人と会っているなんて、おかしいですよね? そんなことできないし、してはいけないことです。……アレクはきっと、私に会おうとしなくなるでしょう。……会えないのに…… 二度とお話もできないのに、アレクと同じ王宮に居るのは、私……ダメなんです)
コーネリアは、キュッと唇を噛みました。
そのままゆっくりと、顔を上げます。
不安に揺れる瞳が、ルードビッヒに向けられました。
(陛下……陛下は、私と一緒に、ホルテンに帰ってくださいますか? ……王宮を、アレクや、他の、陛下と親しい方々から離れることになっても)
コーネリアは小さく震えていました。
不安で不安で仕方ないのです。
そんな彼女の姿を見たルードビッヒの胸に、熱い想いが溢れます。
目の前の少女を抱きしめようと、手を伸ばしました。
(当たり前であろう! わしは、そなたの命が尽きるまで、そなたに憑いて、共に在あると誓ったのだ!)
ルードビッヒの伸ばした手が、スッとコーネリアの体をすり抜けます。
次の瞬間、ルードビッヒはコーネリアの後ろにいました。
コーネリアは慌てて振り向き、その場に情けない表情で振り向くルードビッヒと目を合わせます。
…………プッ! と
思わず吹き出すコーネリア。
(コーネリア!)
(だ、だって、陛下……)
コーネリアはそのままクスクスと笑い出しました。
せっかく彼女を慰めてくれようとしたのに、最後まで格好のつかないルードビッヒがおかしかったのです。
おかしくて、おかしくて……でも、とても嬉しいと思いました。
そのうち、ルードビッヒも苦笑をもらします。
お互い笑いながら目と目を見交わす二人。触れることは叶わなくても、互いの目の中に互いへの思いが見えました。
(……どれ、コーネリア。そなたのダンスの練習に、わしが付き合ってやろう)
(え?)
(エアダンスだ。相手がいると思って踊ればよい。……その方が練習になるだろう? 安心しろ。わしの足は踏まれても痛くもかゆくもないからな)
フヨフヨと漂いながら、ルードビッヒは透ける体をコーネリアの前に移動してきます。そのまま気取ってダンスのポーズをとりました。
目を丸くするコーネリア。
(わしは、そなたと共におる)
目の前で囁かれ、コーネリアは泣き出しそうに笑いました。
ルードビッヒの触れられない手に、そっと自分の手を重ねます。
(さあ、踊るぞ)
ルードビッヒのリードで二人、スッと動き出します。
淡い淡い光が照らし出す、小さな部屋。
白い夜着の少女が、この上なく幸せそうに笑いながら、ダンスのステップを踏んでいました。

そしてついに舞踏会の日がやってきました。
今日のコーネリアはドレスを着ています。
薄い青色のふわりと裾の広がる美しいラインのロングドレス。
胸の部分とウエストには、小さな花の刺繍が散りばめられ、背中は編み上げになって大きなリボンでまとめられています。
(フム。とてもキレイだぞコーネリア)
ルードビッヒもお世辞抜きで褒めてくれました。
(ホルテンめ、自分がエスコートできないことを泣いて悔しがるであろうな。迂闊にシモンと約束するからだ)
ちょっと意地悪そうにそんなことまで言い出します。
(もう、そんなわけないじゃないですか。私よりシモンさまの方がずっとおキレイに決まっています)
今日ホルテン侯爵は、シモンのエスコートをするのでした。
これは、コーネリアが舞踏会に出ると決める前に決まっていたことです。
このため、コーネリアのエスコ―ト役は、前トーレス伯爵夫人が責任を持って選び、今日ここへ迎えに来てくれるという約束になっていました。
実際誰が来るのか、コーネリアはまだ知りません。
(平民の私のエスコートを引き受けてくださる方などおられるのでしょうか?)
心配しながら待っているコーネリアの耳に、階下から大きな喧騒が聞こえてきます。
そして次の瞬間、
「コーネリア、来てやったぞ!」
ノックもなしに、バン! とドアが開けられました。
現れたのは、なんとオスカー第二王子です。
エスコート役は、王子さまだったのです。
コーネリアはビックリ仰天しました。
(へ、陛下? 王子さまが平民の女性をエスコートするなんて、ありえるんですか!?)
(普通はあるまいな。……こいつは、また安請け合いをしおって)
ルードビッヒは頭を抱え、大きなため息をつきます。頭痛がするかのように、こめかみをグリグリと揉みました。
オスカーは遠慮なくコーネリアの方に近寄ってきます。
目の前に立った王子さまは、少し退こうとしたコーネリアの白く小さな手を素早くつかみました。
そのまま頭を下げ、手の甲にそっと口づけます。
「へっ?」
自分の手に当たる柔らかな感触に、コーネリアは間抜けな声を上げました。
「美しいな。正直ここまでキレイになるとは思っていなかった。……嬉しい誤算だ。さあ、行くぞ」
握ったままの手を引いて、歩き出すオスカー第二王子。
弾むような足取りでエスコートするオスカーに引きずられるように、コーネリアは舞踏会への一歩を踏み出したのでした。

そんなコーネリアとオスカーは、現在二人きりで馬車の中で向かい合っています。
ニコニコと上機嫌なオスカーに対し、コーネリアは何を話したらいいのかわかりません。
困った彼女は、どうせならと以前から気になっていたことを、オスカーにたずねることにしました。
「オスカーさまは、何故“わざと”皆さまに誤解されるような言動を、おとりになっているのですか?」
コーネリアの質問を聞いたオスカーの笑みが、スッと消えます。
そこに、いつもの軽い“王子さま”の雰囲気はありません。
「……わざと?」
「そう“わざと”です。オスカーさまは、今回のことも“わざと”ご自分の評判が下がるようにと、安請け合いをされましたよね? どうしてそんなに軽く見られようとしていらっしゃるのですか?」
「……そんなつもりはないが。お前の考えすぎではないか?」
「違いますよ。だってオスカーさまは、アレックスの日々のわずかな体重変化に気づかれるような方です。そんな注意深い方が、何も考えずに安請け合いなんて、するはずがありません」
コーネリアの言葉に、オスカーは、目を見開きました。
「まさか、あのやりとりからそんな風に見られていたとは、思ってもいなかったな」
少し考えこむオスカー。
コーネリアをジッと見た彼は、最後にはコーネリアに本当のことを話す覚悟を決めたようでした。
「そうだな。……お前には今回の件で迷惑をかけるのだ。言っておくべきだろう。私が自身を偽るのは、私が、父上に――――亡くなった前国王に似すぎているからだ」
どこか忌々しそうに、オスカーはそう話します。
自分に似ているせいだと嫌そうに言われたルードビッヒは、ガ~ンとショックを受けたように、ユラユラと揺れました。
「……コーネリア、お前は兄上を――――アレクサンデル王太子を知っているか?」
「へっ! え、えぇ、まあ。」
突然そう聞かれ、まさか知らないとは言えないコーネリアです。
「見た通り、兄上はご生母である王太后さまに似た優れた容姿の方だ。残念ながら父上にはあまり似ておられない。……そして世の中には、ただそれだけをもって、次期国王には私の方が相応しいなどという戯言を言い出すやからがいるのだ。」
オスカーは、悔しそうにそう言いました。
「それは、宰相さまのことですか?」
宰相はオスカーのおじいさんです。宰相がオスカーを王さまにしたいのは当然のことでしょう。
オスカーは不機嫌な顔のまま頷きました。
「あの男は、私を次期国王とするためならば、なんでもする奴だ」
だから自分が王さまにならないために、普段から軽率な王子を演じているのだと話すオスカー。
「兄上は、弟の私から見ても次期国王に相応しい知識と力、品位と威厳に満ち溢れた素晴らしい方だからな。私は王弟として、力及ばずながらも兄上の治世を支え、共に歩んで行きたいと願っている。……私は、間違っても兄上の即位の障害になどなりたくないのだ!」
アレクを語るオスカーの瞳はキラキラと輝いています。
コーネリアの瞳もキラキラと輝きはじめました。
「わかります! オスカーさま。アレク……サンデルさまは、とってもお優しいお日さまのような方ですよね!」
「フム。そうだな。兄上は太陽のごとく、あまねく人民を照らす輝けるお方だ」
同じお日さまでも、微妙にイメージがずれているのですが、オスカーとコーネリアはそんなことに気がつきません。
二人は熱い瞳を交わし合いました。
「コーネリア、お前は良い奴だな。よし、決めた! 私は今日の舞踏会のファーストダンスを、お前と踊ろう」
その結果、オスカーはそう宣言したのでした。

そんなわけで、ようやく馬車が王宮に着いた時には、コーネリアは既にクタクタでした。
あれから一生懸命オスカーに、なんとかファーストダンスを諦めてくれるようにお願いし続けたのです。
「わかった。お前は心配しなくてもいい。全て私にまかせておけ。」
まかせられるのなら、こんなに疲れやしなかったでしょう。
そう文句を言ってやりたいのに、オスカーはてんで話を聞いてくれません。
そんなことをやっている内に、従者が馬車の扉を開けてしまいました。
これではコーネリアは馬車から降りないわけにはいきません。
オスカーにエスコートされ、降りた彼女の目の前には、一斉に頭を下げた人々が大勢並んでいます。
(へ、陛下……)
(オスカーは第二王子だ。皆が礼をとるのは当然だ)
しかし、それはコーネリアにとっては当然のことではありませんでした。
どうすれば良いのかと迷っている彼女を連れて、オスカーはさっさと王宮の中へと歩き出してしまいます。
ところが、王宮に入ってわずか数メートル進んだか進まないかのところで、コーネリアとオスカーは呼び止められました。
「オスカーさま」
頭を下げながら声をかけてきたのは、いつも財務長官室で会っている伯爵家の三男とルスカ子爵です。
「お呼び止めいたしまして申し訳ありません。オスカーさま、お母君がオスカーさまをお探しです」
そう言ってきました。
オスカーの母というのは、ルードビッヒの第三側妃のことです。
「この後のサンダース嬢のエスコートは、ここに居るルスカ子爵が責任を持って行います。既に前トーレス伯爵夫人にもご了承をいただきました。……どうか私と一緒にお出でください」
かしこまり、深々と頭を下げる伯爵家の三男坊。
そもそもオスカーにコーネリアのエスコートを頼んだ前トーレス伯爵夫人にまで話をつけていると言われては、オスカーも断れませんでした。
「すまない、コーネリア」
「私は、大丈夫です。どうかお気になさらず、行ってください」
むしろ離れてもらってホッとします。思わずコーネリアはオスカーのお母さんに感謝してしまいました。
しぶしぶ離れて行くオスカー。
「コーネリアさん、久しぶりだね。……見違えたよ、とてもキレイだ」
その場に遺ったルスカ子爵が、なんだか疲れたように声をかけてきました。
「ありがとうございます、ルスカ子爵さま。……今日はなんだかご迷惑をおかけするみたいで、申し訳ありません」
「ああ、謝る必要はないよ。君をエスコートできるのは、私には迷惑でもなんでもないし、むしろ嬉しいことなのだけれど――――」
そう言ってルスカ子爵は、コーネリアの頭を上げさせ、顔を見合わせます。
困ったように笑いました。
「――――コーネリアさん、君は、ずいぶん偉いお方と親しかったんだね」
しみじみ呟くルスカ子爵。
確かに第二王子なんて、下級貴族のルスカ子爵にしてみれば、雲の上の人物でしょう。
「オスカーさまとは、レインズの件で――――」
言い訳をはじめるコーネリアに、ルスカ子爵は弱々しく首を横に振りました。
「オスカーさまじゃないよ」
「え?」
オスカーでなければ、いったい誰のことなのでしょう?
(ご領主さまか……前トーレス伯爵夫人のことでしょうか?)
首を傾げるコーネリア。
(一番偉いのは、当然、わしだ)
おかしなところで競争心を発揮するルードビッヒでした。
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