まだまだこれからだ!

九重

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第一章 異世界の住人はとても個性的でした。

逆鱗に触れてしまいました(比喩でなく)

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  今日も今日もとて、うららは竜のウロコを磨く。

「アルディア横暴。都合悪クナルト、コッチノ言葉、話サセル」

「アルディア? そんな竜がいたか?」

「竜、違ウ人間。コノ国ノ王子」

「王子? そんな竜は知らんな」

 ギオルは相変わらずで、二人の会話はちぐはぐだ。
 それでも変わった事もあった。


「ウララ」


 ギオルは、はっきりと暖の名を呼んでくれるようになったのである。

「ウララ、そこをもっと強く擦ってくれ」
「ああ、いい気持だな、ウララ」
「ありがとう、ウララ」

 名を呼んでもらえる度に嬉しくて暖は飛び跳ねたくなる。
 当然ウロコ磨きにも一層力が入った。

 ゴシゴシゴシと擦って――――

 そして、暖はついつい一生懸命になり過ぎてしまったのだ。
 ギオルの首の辺りを磨いていた時、暖はそこに他のウロコとは感触の違う部分を見つけた。

「あれ?」

 何か引っかかったような気がして、その場所を覗きこむ。
 見れば、そこの一枚だけ少しウロコの形が違っていた。

(一見同じように見えるのだけど……ひょっとして他のウロコと逆さに生えているんじゃない?)

 首とは言っても顎の下あたりにあるためにあまりよく見えない。
 よいしょっと、暖は顔を近づけた。



 ――――ところで、このお話をお読みくださっている優しい皆さまにお伺いしたい。
 皆さまは『逆鱗げきりん』という言葉をご存じだろうか?
 数多あまたある竜のウロコの中でたった一枚だけある『逆鱗』と呼ばれるウロコ。
 そのウロコに触れられた竜は、たちまち激怒し触れた相手を殺すのだそうだ。
 ある者は噛み殺され、ある者は尻尾で叩き殺された。
 数々の悲劇を生んだそのウロコは竜の顎の下にあり、他のウロコと違い逆さに生えているという。

 決して触れてはならない竜のウロコ――――それが『逆鱗』だった。



 とは言え暖がそんなに不注意だったのかと言えば、それは違う。
 つい先程まで彼女はそのウロコ――――逆鱗のある辺りをゴシゴシ擦っていたのだ。
 その時ギオルは特に変わった反応をしなかった。だから彼女は安心していたのだ。
 まさか逆鱗が、他のウロコと一緒に擦っている間はたいして気にならず、一枚だけに触れた途端、過剰に反応するものだなんてことは、誰にもわかるはずがなかった。
 わかった時は死んでいるのだから。



 暖はペタリと逆鱗に触れた瞬間に、ドン! という衝撃を感じた。
 噛み殺されるか尻尾で叩き殺されるかの二択の逆鱗だが、どうやらギオルは尻尾で叩き殺す方の反応をしたらしい。
 ――――気づけば暖の体は、ギオルの尻尾に弾き飛ばされ宙を舞っていた。

 何が何だか分からないというのが、その瞬間の暖の心情だ。
 ビュンビュンと風が自分の体の周りを吹きすさびクルクルと視界が回る。その視界の中にもの凄く小さな家や木々が時々映ってはすごい勢いで過ぎ去っていった。
 他に見えるものは真っ青な空だけ。
 何も分からないけれど、たった一つ分かることがあった。


(あ、私死んだわ)


 そう思った。
 麦わら帽子をかぶった海賊王志願の少年が、ニッコリ笑って似たような発言をしたシーンを思い出す。
 このままの勢いで飛び続け終いに落下したならば、生きていられるはずがなかった。

(思えば短いけれど、波乱万丈な人生だったわよね)

 自力ではどうすることもできずに、暖は思う。
 よもや自分が異世界で死ぬとは思わなかった。
 ここが暖にとって慣れしたんだ元の世界でないせいか、暖はどこか他人事だった。

(まあ異世界だし、私が死んで困る人もいないわよね……)

 地球に残してきた妹には、憎たらしいくらい頼りになる旦那さまがいる。
 だから大丈夫だと、そう思った途端、――――脳裏に暗い表情のエルフが浮かんだ。

(あ、しまった。今日の約束が守れない)

 暖が行かなければリオールはまた首をつろうとするだろう。
 いつもウルフィアに止めてもらうリオールだが今度は成功するかもしれない。

(それに、アルディアのアレルギーの原因を確かめるのもまだ途中だったわ)

 過去に食べたり近づいたりして具合の悪くなったものなどを中心に、アルディアが何のアレルギーかを調べるのは、この世界では至難のわざだ。わずかでもアレルギーの知識の有る暖がいなくなっては、ますます難しくなるだろう。
 その他にも、毎日のようにマッサージをするディアナやウルフィアの姿が頭に浮かぶ。


「ダメよ!! 私まだ死ねない!」


 暖は、思いっきり叫んだ。


「誰かぁ~ッ! 助けてぇ!」


 腹の底から怒鳴る。

 その時――――暖の体は何かに引っかかった。
 ビョーンと延びて、ビョンビョンと体が前後に揺れる。
 例えるならば横に延びるバンジージャンプか、はたまたバネの効いたトランポリンのような感じだろうか?
 まるで見えないゴムのようなモノに暖は捕まっていた。


「イヤ~ッ!」

(吐く! 吐く! 絶対、吐いちゃう!)


 心の中で叫びながら暖は揺られ続ける。
 ……そんな暖の直ぐ側で、声が聞こえた。

「誰じゃ、わしの警戒網に引っかかったバカは」

 ポンッ! と空中に現れたのはディアナだった。
 何もない空間に浮いた魔女の老婆は不機嫌そうに眉をしかめている。
 暖を見て「なんじゃ、またお前か」と心底呆れたように言った。

 なんと! 暖が引っかかったのは、ディアナがこの場所を守るために張った見えない蜘蛛の巣のような障壁だったのだ。
 巣にかかった蝶のように暖は宙ぶらりんで動けなくなる。

 ディアナは、大きくため息をついた。

「まったく、わしの障壁が壊れてしまったではないか。ああ今日はもう気が乗らぬ。修復は明日じゃ」

 言うなり来た時同様ディアナはパッと消えた。
 暖は、見る見る青ざめる。

「ちょっと待って! 私を助けて!」

 暖の悲痛な叫びが、青空に吸い込まれていった。
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