まだまだこれからだ!

九重

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治癒の力

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「確実にギオルの認知症は、良くなっています」

 手に書類を持ったサーバスが、アルディアに報告する。

「……認知症の竜が治ったという記録はあるか?」

「いえ、そもそも竜でなくとも、別の病気や怪我が病因で起こる認知症以外の症例で治ったという話は聞いた事がありません。……進行を遅くしたり止めたりという事例はありますが」


 治癒魔法のないこの世界。
 地球にはない他の魔法の存在や、エルフや竜等の人外の力を持った生き物がいるせいで、この世界の科学はあまり発展していない。
 それは医学も同じで、彼らの医療レベルは地球に比べれば格段に遅れていた。
 そんな世界で認知症が治るという事態がどれ程の奇跡かおわかりだろうか。
 いつも怠惰でやる気のないサーバスの頬は、興奮のため赤くなっている。

「リオールの自殺未遂も、ウララが関わってからはグッと件数が減っています。それにディアナも最近はかくしゃくと歩いていますし、ウルフィアなどは先日久方ぶりに剣の鍛練をしている姿を見ました。……まあ、おかげで私の所にいろいろ苦情を言いに来たりと困った面もありますが」

 元気な年寄りほどうるさい者はいない。
 しかも彼らの苦情は、国――――すなわち役人であるサーバスに向かうケースが多かった。
 先日もディアナから、ラミアーが増えた分もっと支給する金を増やせと訴えられ困ったサーバスは、思わず顔をしかめる。以前のディアナなら関節痛が痛いからとわざわざ役所へ出向くことなどしなかったはずなのだ。
 まだ暖に関わったばかりのラミアーでさえ、先日わざわざアルディアに余計な噂話を吹き込みに病院まで出向いている。
 これは貧血のだるさでぐったりしていた吸血鬼としては、考えられないアクティブな行動だった。

 暖に関わった者は誰もが症状を快復させているというこの事実に怠け者の役人も興奮する。

 そんなサーバスをアルディアは冷静に見返した。

 ――――サーバスの報告など、受けるまでもなくアルディアにはわかっていたことだった。

(最近、咳の発作の頻度が少なくなっている)

 誰より彼自身の体が暖の影響を感じていた。 
 運悪く発作が出ても、暖に背中を撫でられれば不思議なくらい咳はおさまっていくのだ。
 この事実が示す結論は一つだろう。

 それでも――――

 「あまりことを先走るな。たまたま偶然が重なったとも考えられる。おおごとにしてから違いましたでは話にならないからな」

 アルディアは、あえて慎重論をサーバスに伝えた。
 少し不服そうではあったが元々慎重派の役人は「それもそうですね」と頷く。

 異世界に来てまだ言葉も不完全な暖。
 彼女が、この世界にはないを持っていると知られたら、誰に狙われるかわからなかった。
 最悪、彼女の力を巡って争いが起こる可能性さえある。


 自分に向かって笑う暖の無防備な顔を、アルディアは思い浮かべた。

(あいつはここで、あんな風に間抜けに笑っているのがピッタリなんだ)

 暖が聞けば怒るような事をアルディアは思う。
 少しダルいなと感じたアルディアは、サーバスに迂闊な事を言うなともう一度口止めしてから部屋を追い出した。

 大きくため息をついた王子は間抜けな笑みを思い出しながら眠りにつく。
 その口元が優しくゆるんでいることに気づく者は誰もいなかった。


   ◇◇◇


「疲れたと思ったのなら、もっと体を大事にしてください!」

 耳元で怒鳴る暖の声に、世にも麗しい顔をしかめながらアルディアはため息をつく。

「こっちの言葉で話せ」

「こっちの言葉じゃ思うように怒れないでしょう! アルディアにはこれでいいんです!」

 暖はなおさら怒鳴る。

 ダルいなと思いながら何の対処もせずに寝てしまったアルディア。
 当然の結果として、彼は見事に風邪を引いたのだった。

「子供なの? まったく。調子が悪ければ布団を一枚余計にかけるとか栄養価の高い物を食べるとか、いくらでもやれる事はあったでしょう?」

 正論である。正論だからこそアルディアはムッとした。
 誰のせいで疲れて寝入ってしまったと思っているのかと言い返したくなる。
 しかし、暖はそもそもサーバスとのやり取りを知らないのだから言ってもムダだった。何よりその話を暖には知られたくない。
 アルディアは、ムスッとしたまま布団に潜り込んだ。


「咳は出ない?」

 心配そうに暖が聞いてくる。
 こんな態度を取る自分に対しても優しい暖に、アルディアはもっとイライラした。

「平気だ。お前はさっさと帰れ」

「アルディアが、何か食べて薬を呑んで寝てくれたら帰ります。おかゆを作ってみたのよ。食べられそう?」

 幸いな事にこの国にはお米があった。
 柔らかく煮た粥を暖はすすめてくる。


「……いらぬお節介という言葉を知っているか?」

「この場合アルディアは実際病気なんだから、いらぬお節介ではないわ」

「お前でなくとも、私の世話をする者は他にいる」

「アルディアみたいなワガママ王子、私でなければ言うことを聞かせられないでしょう」

「誰が、ワガママ王子だ!」

 当然、アルディアだった。
 ああ言えばこう言う暖。
 怒鳴りつけようと開いた口にお粥をすくったレンゲを突っ込まれて……アルディアは降参した。


「寄こせ! 自分で食べる!」


 暖からお粥の入った碗ごと受け取って、もくもくと食べはじめるアルディア。
 暖はクスリと笑う。

「もう大丈夫そうね。じゃあ私帰ります」

 あっさりと、そう言った。
 自分で帰れと言っておきながら、いざ暖が帰ると言い出せばアルディアは少しムッとする。

(私は天の邪鬼だからな……)

 絶対それ以外の理由でなどないと、アルディアは自分で自分に言い訳する。
 彼の内心の葛藤など知らず、暖は立ち上がった。
 慌てて、せめて礼ぐらい言わなければと焦るアルディア。
 そんな彼に――――


「サーバスからまた別な人の世話を頼まれちゃったから、いろいろ準備しなくっちゃ」


 予想外のことを、暖は言った。
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