まだまだこれからだ!

九重

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第一章 異世界の住人はとても個性的でした。

エルフの花冠は受け取れません

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 この村の住人のほとんどは老人である。
 しかも病人で仕事もなく、一日の大半を何もせずに過ごしている者が多い。
 当然ながら彼らは、……噂話が大好きだった。
 しかも、自分が縁遠くなったためなのかどうか恋愛ゴシップが大好物だったりする。

 第二王子と異世界の娘との浮かれた噂が、小さな村を駆け巡った後――――

「おめでとう!」
「頑張りなされよ!」
「身分違いなど、気にすることはないぞ」
「そうじゃ、そうじゃ! あたしもあと十年若かったなら――――」
「ばあさん、お前が十年若くても78歳じゃろうが」
「なんの、歳の差など!」
「身分差プラス歳の差か……萌えるのぉ~」
「――――なんにしても、わしらはお前さんを応援しとるからな!」

 うららは、村内を歩くたびあちこちから祝福と応援の声をかけられるようになった。
 元気な声に、本当に彼らは病人なのかと頭を捻る暖だ。


「誤解ナノニ……」

 焦って言い訳しようとすればするほど上手く話せず、結果「異世界人は奥ゆかしい」などと言われてしまう。
 いつも通りギオルの世話をしながら暖はブツブツくどいていた。


「なんと、誤解なのか?」

「ギオル、ウララは既に何回もあなたに誤解だと話していますよ」

 最近一緒にいる事が増えたリオールが不機嫌そうにギオルに注意する。

「そうだったのか?」

「そうですよ!」

 噂が立った日から、何故かリオールは機嫌が悪かった。

(あの日はサーバスの誤解を解くのに時間がかかって、リオールの所に行くのが遅れちゃったものね)

 それが原因だと暖は思っている。
 一方、ギオルはリオールを見ながらニヤニヤと笑う。
 からかうような視線を向けられて――――


「絶対わざとでしょう!」


 リオールが怒鳴った。
 それから竜とエルフは、”独占欲” がどうの”種族の違い” がどうのという、まだ言葉を完全には覚えていない暖には難しい話をはじめてしまう
 しかも、ほとんど聞き取れないレベルの早口だった。 

(でも、リオール元気そう。ギオルも話そうと思えばあんなに早く話せるのね)

 竜のウロコを磨きながら、暖はそんなことを思う。
 どうにもならない噂話は棚に上げることに決めていた。
 調子に乗ってフンフンと鼻歌まで歌い出しそうになってきたのだが――――


「ともかく! ウララは無防備にアルディアに近づかないでください!」


 突然リオールに怒鳴られ、びっくりした。

「エ? ワタシ?」

 いったいいつの間に二人の話は、自分の話になっていたのだろう?
 暖は首を傾げる。 

「デモ、言葉ガ……」

 日本語が通じるのはアルディアだけだ。喘息の治療もあるし暖が彼に近づかないでいるのは無理だろう。
 そう言って断ればリオールは悲しそうな顔をした。

「やっぱり、暖は私なんかよりアルディアの方が好きなのですね……」

(え? いやいや、それはないから!)

 暖は心の中で全否定した。
 アルディアは俺さま何さまの暴君王子で、リオールは気は弱いけど優しく親切な紳士である。
 どっちが自分に良いなんて比べるまでもない。

 暖は、ブンブンと勢いよく首を横に振った。
 リオールは、パアッと顔を明るくする。


「ではウララ、私の花冠かかんを受け取ってくれますか?」


 勢いこんでリオールは言ってきた。

「おい!」

 ギオルが珍しく慌てた様子で口を挟んでくる。
 普通花冠と言えば、文字通り花で編んだ冠を指すだろう。女の子であれば一度や二度くらいは作った事があるものだ。現に暖も小さな頃は妹と一緒に作った覚えがある。
 なのに何故ギオルはそんなに慌てているのか?


「ソレッテ、特別ナ意味アル?」

 流石の暖も多少警戒して確認した。

「いいえ。エルフが好意を向ける相手に当たり前に贈るものです。そこに特別な意味は有りません」

 リオールはニッコリと笑って、そう言った。
 その後、横目で何か言いたそうなギオルを睨む。

「黙っていてくださいギオル。私は嘘は言ってません」

 静かにそう言った。

 ――――好意を向ける人に贈る花冠。
 その話だけ聞けば特別に問題は無さそうだったが……暖は考え込んだ。
 ギオルの方をそっと見る。
 竜は、長い尻尾を小さく横に振っていた。
 犬であれば尻尾を振るのは喜んでいるしるしだが――――

(絶対違うわよね)

 暖はそう思った。
 その証拠に、リオールがギオルの方を向けば竜は尻尾を振るのをピタリと止める。

 暖は、小さくため息をついた。

「花冠イラナイ。ソンナモノ貰ワナクテモ、私ハ、リオール好キ」

 リオールはひどく複雑な表情で肩を落とした。

「ウララ……」

「リオール、好キ! 大好キ! … ソレジャ、ダメ?」

 リオールは綺麗な目をパチパチと瞬かせた。
 目じりに涙がにじむ。


「……ダメじゃありません」


 うつむきながら呟いた。




 後日聞けば、エルフの花冠には種々さまざまな意味があり、リオールの言うように仲の良い友に気軽に贈るものから、一生を添い遂げようと決めた相手に捧げる重要なものまであるのだそうだ。
 その種類は本当に多岐に渡るそうで、中には自分の命を相手に捧げるというような重大な誓いの花冠まで有るという。

「リオールのことだ、きっと最上級の花冠をウララに渡すつもりだっただろう」

 そんな花冠を作るには超貴重な材料と膨大な魔力がいるのだそうだが、リオールなら可能だろうとギオルは話す。

「ソンナノ受ケ取レナイ!」

「だから危険なのだ。エルフの花冠は相手が拒否した場合、最悪ささげた者が命を落とす」

 聞いた暖は体を震わせた。
 本当に死にたがりのエルフだと思う。
 しかし――――
「そうではあるまい」とギオルは言った。

「花冠の意味を知れば、優しいウララは間違いなくリオールの花冠を受け取っただろう? ああ見えてエルフは計算高い。あやつらは勝ち目のない勝負をしない種族だ」

 困った奴だとギオルは呟く。
 何にしろ断れて良かったと暖は思った。



 ――――それにしてもと、暖は思う。

「ギオル、凄イ物知リ。何デモ知ッテル!」

 竜の知識は奥深い。長い年月を生きる竜であれば当たり前かもしれないが、しかしギオルに関して言えば今までそれをあまり感じることはなかった。
 認知症なのだから仕方ないと思っていたのだが、ここ最近のギオルは本当に以前と何かが違っていた。

(私の名前を間違えなくなったのは、流石にこれだけ長く一緒にいるんだから当然だとは思うんだけれど……他の事もほとんど忘れなくなったわよね?)

 アルディアとの噂に関しては、何度も繰り返し聞かれたが、どうやらあれはリオールの反応を楽しむためにわざとしていたようだ。

(まあでも、認知症が治るのは良いことよね!)

 単純に暖は喜ぶ。
 何より同じ昔話ばかり繰り返して聞かされる事がなくなったのは嬉しかった。
 最近のギオルは、新しい話を聞かせてくれるようになったのだ。

(前の話も面白いけれど、新しいのも楽しみなのよね!)

 上機嫌に話を聞く暖は、それがどれ程凄い事なのか、まったく気づかなかった。
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