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第三章 魔族にもいろいろあるようです。
後宮の厨房で働きはじめました
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「ウララ、芋は煮えたのかい?」
昼なお暗い――――わけもなく、朝が来れば日が昇り、ちゃんと明るい魔界の後宮。
その厨房の一角に、しわがれたおばちゃん魔族の声が響く。
「ハイ! オ皿、盛ッタ。OK!」
「そーかい。体はタプタプしているが、仕事は早いね。……次は、魚だよ」
白い三角巾で角を隠した一つ目のおばちゃんが、暖に次の仕事の指示をする。
「ハイ!」
言われて暖は、元気よく返事をした。
タプタプって何よ! とは思ったが、おばちゃんのウエストは間違いなく暖より細い。だからそこは涙を呑んで我慢して、パタパタと魚を焼いているグリルの方へ走る。
――――朝の厨房は戦場である。
それは魔界の後宮でも変わらず、何故か暖はそこで働いていた。
(どうしてこうなったのかしら?)
いや、原因は考えるまでもないだろう。
魔王に無理やり転移されられた一昨日、暖を見つけたあの侍女のせいである。
魚の火加減を見ながら、暖はこうなった経緯を振り返る。
一昨日、勘違いのあげく、強引に暖を厨房に連れていった侍女。
厨房の責任者であった一つ目魔族のおばちゃん料理長は、連れて来られた暖を見て、当然のことながら下女として雇うのに難色を示した。
確かに厨房では下女を募集していたが、暖の話なんて何も聞いていないのだから、当たり前である。
その料理長に対し、侍女は抗議し、なんと彼女を説得してしまったのだ。
もちろん、そこに暖の意志の確認はない。
「アノ、私、下女、チガ……」
「こんなに醜い者を貴女たちは放り出すの!?」
なんとか言葉を挟もうと努力する暖を遮り、侍女は大声で叫んだ。
いや、彼女は暖に良かれと思って言ってくれるのは十分わかるのだが、いかんせんその言葉には遠慮がない。
「もしも、ここで雇えないのなら、この者はのたれ死ぬしかないのよ!」
「この体型で、下女以外の働き口があるはずないでしょう!」
「後宮を出されれば、こんな醜い者、皆になぶり殺されるか食料になるしかないわ!」
――――あんまりにあんまりなセリフの連発に、聞いている暖の頭は徐々に垂れていく。
そしてもっと酷いのは、侍女の言葉を聞いた厨房の者たちが「それもそうだ」と納得してしまったことだった。
その場に居た厨房の魔族全員の憐みの視線を暖は受ける。
ついには同情した料理長の一つ目から涙がこぼれ落ち……結果、暖は下女として働くことが決まってしまったのだ。
(まぁ、いきなり後宮に放り込まれて、どうしていいかわからなかったから、そこは良かったんだけど)
安全な立場は得たが、心に負ったダメージが大きすぎる暖である。
おかげで昨日一日、暖はどんよりどよどよ落ち込んでしまった。
――――しかし、そこは元々ポジティブ思考(義弟曰く、能天気)な暖。
こうなれば、このまま下女として後宮の事情を探るしかないかと、魔界二日目にして開き直る。
(いきなり異世界に素っ裸で温泉の付属物として召喚された時よりも、絶対マシなはずだもの!)
比べる事例が事例だが、とりあえずやるしかないと決意した。
そして、下女として働く今の状況になっているのだが。
(あんまり病気が蔓延しているようには見えないのよね?)
周囲の魔族の同僚に目を配りながら、暖は首を傾げる。
厨房にいるのは全員女魔族。耳が尖っていたり、口が裂けていたり、指が三本だったりはするが、それは元々の身体的特徴なのだそうで、彼女らにとっては異常でもなんでもないこと。
ちなみに全員ウエストは暖より細く、この中で一番醜い魔族はぶっちぎりで暖のようだ。
「角もないし、本当に不憫な娘だね」
慈愛たっぷりの周囲の言葉に、放っといてくれと暖は叫びたい。
ダンケルは、魔族が原因不明の病に苦しんでいると言っていた。
そして魔王がここに暖を転移させたということは、病の中心は後宮なのだろうと思われる。
(腰が病的に細い他は、みんな元気そうに見えるし、……私に何か出来るとは、思えないのだけど)
「ウララ! ボンヤリしているんじゃないよ!」
考え込む暖に、存外人使いの荒い料理長が怒鳴りつけてくる。
「ア、ハイ!」
取り敢えずは、目の前の仕事を片づけるしかなかった。
そう思った暖は、焼いた魚を器に盛る。
それにしても
「……小さい」
暖は思わず呟いた。
芋もそうだったが、魚の一切れがとても小さいのだ。
(料亭の高級料理だって、この小ささはないわよね?)
世に言う高級料理とは、たいへんお上品で一品一品がとても少ないものだというイメージが暖にはある。美味しいものならそれをお腹いっぱい食べたい派の暖にとって高級料理の量は、はっきり言って物足りない。
そんな高級料理に比べても、ここの料理は本当に少ないものだった。
どの料理もほんの一口ずつしか盛られておらず、かといって種類が多いかといえばそれも違うのだ。
主菜が魚、副菜が芋、あとは青汁みたいなおどろおどろしい飲み物が小さな盃一杯にパンの一欠片。それが今日の朝食の全てである。他にも、副菜が芋ではなく別の野菜バージョンもあったが量自体は変わらなかった。
(絶対、足りないわ)
これが一食の量ならば、間違いなく暖は空腹で倒れてしまうだろう。
(他の人だって同じだと思うんだけど?)
それとも魔族の女性ならば平気なのだろうか?
ここは魔族の後宮で、この料理を食べるのは、主に魔王の妃たちだと思われる。
魔族の女性たちから見れば暖は太っているが、ここまで食べる量が違うのは異常だった。
(ウエストは細いし体全体が 華奢だけど、背の高さは魔族の方が高いのよ)
おかげで尚更暖は太って見える。
でも、だからこそ、この量で食事が足りているとはとても思えなかった。
(ひょっとして、この少ない食事の量が病気とか?)
フッと、暖の頭に『拒食症』という言葉が浮かぶ。
拒食症は若い女性に多く見られる心の病だ。
太る事への恐怖が強迫観念化し、文字通り食べることを拒否するようになる。
その結果、極度の低体重となったあげく最終的に命の危険さえある怖い病気だ。
(魔族全体が拒食症とか?)
有り得ない話だが、それでもこの料理の量を見ると疑ってしまう。
(でも、拒食症なんてどうやって治したらいいの?)
専門の精神科医でも治すのが難しい病気を、暖に治せるわけもない。
ダイエットのあげく貧血となったラミアーだって、拒食症ではなかったのだ。
(それに拒食症で魔族全体が滅亡するっていうのも、あんまり考えられないし)
悶々と悩むが、答えは出ない。
(とりあえず、まだ決まったわけじゃないわ)
「ウララ! これを運んどくれ!」
「ハ~イ!」
悩んでいても仕方ない。
今は走り出す暖だった。
昼なお暗い――――わけもなく、朝が来れば日が昇り、ちゃんと明るい魔界の後宮。
その厨房の一角に、しわがれたおばちゃん魔族の声が響く。
「ハイ! オ皿、盛ッタ。OK!」
「そーかい。体はタプタプしているが、仕事は早いね。……次は、魚だよ」
白い三角巾で角を隠した一つ目のおばちゃんが、暖に次の仕事の指示をする。
「ハイ!」
言われて暖は、元気よく返事をした。
タプタプって何よ! とは思ったが、おばちゃんのウエストは間違いなく暖より細い。だからそこは涙を呑んで我慢して、パタパタと魚を焼いているグリルの方へ走る。
――――朝の厨房は戦場である。
それは魔界の後宮でも変わらず、何故か暖はそこで働いていた。
(どうしてこうなったのかしら?)
いや、原因は考えるまでもないだろう。
魔王に無理やり転移されられた一昨日、暖を見つけたあの侍女のせいである。
魚の火加減を見ながら、暖はこうなった経緯を振り返る。
一昨日、勘違いのあげく、強引に暖を厨房に連れていった侍女。
厨房の責任者であった一つ目魔族のおばちゃん料理長は、連れて来られた暖を見て、当然のことながら下女として雇うのに難色を示した。
確かに厨房では下女を募集していたが、暖の話なんて何も聞いていないのだから、当たり前である。
その料理長に対し、侍女は抗議し、なんと彼女を説得してしまったのだ。
もちろん、そこに暖の意志の確認はない。
「アノ、私、下女、チガ……」
「こんなに醜い者を貴女たちは放り出すの!?」
なんとか言葉を挟もうと努力する暖を遮り、侍女は大声で叫んだ。
いや、彼女は暖に良かれと思って言ってくれるのは十分わかるのだが、いかんせんその言葉には遠慮がない。
「もしも、ここで雇えないのなら、この者はのたれ死ぬしかないのよ!」
「この体型で、下女以外の働き口があるはずないでしょう!」
「後宮を出されれば、こんな醜い者、皆になぶり殺されるか食料になるしかないわ!」
――――あんまりにあんまりなセリフの連発に、聞いている暖の頭は徐々に垂れていく。
そしてもっと酷いのは、侍女の言葉を聞いた厨房の者たちが「それもそうだ」と納得してしまったことだった。
その場に居た厨房の魔族全員の憐みの視線を暖は受ける。
ついには同情した料理長の一つ目から涙がこぼれ落ち……結果、暖は下女として働くことが決まってしまったのだ。
(まぁ、いきなり後宮に放り込まれて、どうしていいかわからなかったから、そこは良かったんだけど)
安全な立場は得たが、心に負ったダメージが大きすぎる暖である。
おかげで昨日一日、暖はどんよりどよどよ落ち込んでしまった。
――――しかし、そこは元々ポジティブ思考(義弟曰く、能天気)な暖。
こうなれば、このまま下女として後宮の事情を探るしかないかと、魔界二日目にして開き直る。
(いきなり異世界に素っ裸で温泉の付属物として召喚された時よりも、絶対マシなはずだもの!)
比べる事例が事例だが、とりあえずやるしかないと決意した。
そして、下女として働く今の状況になっているのだが。
(あんまり病気が蔓延しているようには見えないのよね?)
周囲の魔族の同僚に目を配りながら、暖は首を傾げる。
厨房にいるのは全員女魔族。耳が尖っていたり、口が裂けていたり、指が三本だったりはするが、それは元々の身体的特徴なのだそうで、彼女らにとっては異常でもなんでもないこと。
ちなみに全員ウエストは暖より細く、この中で一番醜い魔族はぶっちぎりで暖のようだ。
「角もないし、本当に不憫な娘だね」
慈愛たっぷりの周囲の言葉に、放っといてくれと暖は叫びたい。
ダンケルは、魔族が原因不明の病に苦しんでいると言っていた。
そして魔王がここに暖を転移させたということは、病の中心は後宮なのだろうと思われる。
(腰が病的に細い他は、みんな元気そうに見えるし、……私に何か出来るとは、思えないのだけど)
「ウララ! ボンヤリしているんじゃないよ!」
考え込む暖に、存外人使いの荒い料理長が怒鳴りつけてくる。
「ア、ハイ!」
取り敢えずは、目の前の仕事を片づけるしかなかった。
そう思った暖は、焼いた魚を器に盛る。
それにしても
「……小さい」
暖は思わず呟いた。
芋もそうだったが、魚の一切れがとても小さいのだ。
(料亭の高級料理だって、この小ささはないわよね?)
世に言う高級料理とは、たいへんお上品で一品一品がとても少ないものだというイメージが暖にはある。美味しいものならそれをお腹いっぱい食べたい派の暖にとって高級料理の量は、はっきり言って物足りない。
そんな高級料理に比べても、ここの料理は本当に少ないものだった。
どの料理もほんの一口ずつしか盛られておらず、かといって種類が多いかといえばそれも違うのだ。
主菜が魚、副菜が芋、あとは青汁みたいなおどろおどろしい飲み物が小さな盃一杯にパンの一欠片。それが今日の朝食の全てである。他にも、副菜が芋ではなく別の野菜バージョンもあったが量自体は変わらなかった。
(絶対、足りないわ)
これが一食の量ならば、間違いなく暖は空腹で倒れてしまうだろう。
(他の人だって同じだと思うんだけど?)
それとも魔族の女性ならば平気なのだろうか?
ここは魔族の後宮で、この料理を食べるのは、主に魔王の妃たちだと思われる。
魔族の女性たちから見れば暖は太っているが、ここまで食べる量が違うのは異常だった。
(ウエストは細いし体全体が 華奢だけど、背の高さは魔族の方が高いのよ)
おかげで尚更暖は太って見える。
でも、だからこそ、この量で食事が足りているとはとても思えなかった。
(ひょっとして、この少ない食事の量が病気とか?)
フッと、暖の頭に『拒食症』という言葉が浮かぶ。
拒食症は若い女性に多く見られる心の病だ。
太る事への恐怖が強迫観念化し、文字通り食べることを拒否するようになる。
その結果、極度の低体重となったあげく最終的に命の危険さえある怖い病気だ。
(魔族全体が拒食症とか?)
有り得ない話だが、それでもこの料理の量を見ると疑ってしまう。
(でも、拒食症なんてどうやって治したらいいの?)
専門の精神科医でも治すのが難しい病気を、暖に治せるわけもない。
ダイエットのあげく貧血となったラミアーだって、拒食症ではなかったのだ。
(それに拒食症で魔族全体が滅亡するっていうのも、あんまり考えられないし)
悶々と悩むが、答えは出ない。
(とりあえず、まだ決まったわけじゃないわ)
「ウララ! これを運んどくれ!」
「ハ~イ!」
悩んでいても仕方ない。
今は走り出す暖だった。
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