まだまだこれからだ!

九重

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第三章 魔族にもいろいろあるようです。

コルセットで魔界が滅亡しそうです

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 そんな経緯の後、朝からバタバタと働きようやく仕事の終わった夜半すぎ。
 うららは、料理長の部屋に呼ばれる。

「ハイ……何カ?」

 まさか正体がバレたのかと、恐る恐る暖は料理長をうかがった。
 料理長のたった一つの大きな目がぎょろんと暖を見る。
 思わず首を竦めてしまったが、よく見れば料理長の目元はうっすらと赤かった。
 どうやら彼女は仕事上がりの晩酌をしていたようだ。

「あぁ、来たかい。やっとお前にサイズが合うものを見つけたよ。さあ、受け取りな」

 料理長は、ニコニコと何かを差し出してきた。
 暖はその何かを恐々と見つめる。受け取れと言われたからには仕方ないと手も伸ばした。

 それは、何かの皮でできた1枚の布のようなものだった。
 目測で50×30センチくらい。色は黄ばんだ白で、幅の短い方の両端に1列の穴が開き、交互に紐が通った円筒状になっている。

「コレッテ……」

 何か嫌な予感がして、暖はちょっと手を退いた。
 退いた分だけ、料理長は布を押し付けてくる。

「コルセットだよ! これならぎゅうぎゅうにしめればお前でもつけられるだろう?」

 酔っ払い料理長は、とても機嫌が良かった。

「コ、コルセット?」

「そうだよ。そのタプタプの腹具合じゃ、お前はコルセットを使っていないんだろう? これをやるからしっかり絞めてごらん? そうすりゃお前だって、ちっとは見られるようになるから」

 心からの善意で料理長は暖にコルセットをすすめてくれていた。
 暖の顔は見事にひきつってしまう。


「ケ、結構デス」

「遠慮するんじゃないよ」

 遠慮ではなく、心からお断りしたい暖だった。
 生まれも育ちも日本の一般人である暖は、生まれてこのかたコルセットなんてものを身に着けた事がない。卒業式や成人式に着物を着て帯をしめたことはあるのだが、それだってあまりの窮屈さに式が終わった途端脱ぎ捨てたくらいなのだ。

 なのに目の前のコルセットは、そんなものと比べ物にならないくらいキツそうだ。

(だって、幅50センチくらいなのよ?)

 あれで絞められたら、間違いなく死んでしまう確信がある。
 ”窒息死”という言葉が、暖の脳裏に浮かんだ。

 そして、ここが重要なのだが……暖が殺されそうになるということは、問答無用で暖にかけられている防御魔法が発動するということだった。
 コルセットを吹き飛ばす防御魔法が、そのまま後宮どころか魔界全てを吹っ飛ばす可能性は高いだろう。

(ディアナの魔法なら、ありそうよね)

 魔界滅亡の原因がなんて理由では笑えない。
 暖の目覚めも悪すぎる。


「ホント、イラナイ!」


 力いっぱい断るのだが。

「いいから騙されたと思って着けてみな。お前、そのプヨプヨの腹以外は案外見られる容姿をしているんだから。……まあつのが無いのはいまいちだが、それに目を瞑れば見違えるような美女になるかもしれないよ?」

 タプタプだのプヨプヨだの、本当に失礼な料理長である。
 そんな美女になんてならなくてもかまわないと暖は思った。
 必死に首を横に振る暖に、料理長は訝しそうな顔をする。

「お前……まさか、着けかたも知らないのかい?」

 呆れたように肩をすくめると、料理長は立ち上がり暖の方へ近づいてきた。
 そのままコルセットの着け方を教えようとしてくる。

「とりあえず、今着ている服を脱ぎな」

「オ、オ断リシマス!」

「いいから、早く」

「キャア! 近ヅク、ダメ! ……魔界が、滅亡するぅぅぅっ!」

「……何を言っているんだい?」

 暖は必死に逃げ回った。
 二人の間で、コルセットを着ける着けないの、ある意味しょうもない攻防が繰り広げられる。
 しかし、このしょうもない攻防の裏に魔界の存亡がかかっていたとは、誰も思うまい。





 ――――結果、暖はその場でコルセットを着けられることだけは免れた。
 代わりに、コルセットを無理やり押し付けられ、受け取るはめになる。

「ホントに、変わった娘だね。ああ、コルセットの代金はお前の給金から引いておくからね」

 若干息を切らした料理長は、呆れたようにそう言った。

(無料じゃなかったの!)

 心の中で叫ぶ暖だった。





 その後、与えられた五人部屋に戻り暖は大きなため息をつく。
 五人部屋とはいえ今居るのは暖だけだ。
 他の下女たちは、暖が部屋へ入るとわかった途端、出ていった。

「“可哀想過ぎて見ていられない”とか、“悪い病気じゃないか”とか、失礼極まりなかったわよね」

 部屋の下女たちが出ていった時のことを思いだし暖はプリプリ怒る。
 一人部屋は嬉しいのだが、その理由に関してはまったくもって嬉しくない。

「病気なのは、そっちだっていうの!」

 暖は、ムウッと唇を尖らせた。

(でも……つまり後宮の女性は、自分たちが病気だという自覚もないのよね?)

 暖が見た範囲で自分が病気で死にそうだと思っている魔族はいなかった。


「魔族が滅亡しそうな程の病気って、なんなのかしら? ああ、こんなことなら、ダンケルにきちんと聞いておけば良かった」


 後悔先に立たず。
 ここが後宮では、ダンケルに会うことも出来ないだろう。
 連絡方法もわからない暖には、何一つ打つ手がない。


「これが、本当の八方塞がりよね」


 コルセットを手に取り、暖は大きなため息をつく。

 幅50センチもないコルセット。
 はたしてこれが着られるかどうか、とても不安な暖だった。
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