まだまだこれからだ!

九重

文字の大きさ
69 / 102
第三章 魔族にもいろいろあるようです。

生きていればこそだと思います

しおりを挟む
 見れば見るほど細く、壊れそうな魔族の下女。

「オ腹、空ク、ナイノ?」

 うららの声は、心配に曇る。
 下女は、ギョロリとした爬虫類の目を瞬いた。

「……もう、生まれた時から食べないようにしているから、そんな感じはないわ。それより、うっかり食べ過ぎた時の後悔の方が大きいわね」 

 後悔と言って下女は眉間にしわをよせる。

「生マレタ時……」

 小さな子供の内から食を制限しているのかと、暖は驚いた。
 赤ちゃんや子供は成長するためにエネルギーを必要としている。
 健やかな成長に適度な栄養摂取は絶対に必要なことだ。

 いくら魔族といえ、それは本当に大丈夫なのだろうか? と、暖はますます心配になる。

「食べて自分のお腹が醜く出っぱった瞬間、そのお腹をえぐり取りたくなるの」

 目をギョロギョロさせて呟く下女の声は低い。
 食べれば体重が増えるのは当たり前。お腹だってぽっこりしてしまうだろう。
 しかし、それが許せないのだと下女は言う。

「この一口で太るとわかっているのに、それでも食べてしまったなんて……自分の弱さの表れだわ!」

 太ることを許す自分の心の弱さが許せない!
 太っていない自分が何より誇らしい!

 下女の主張には信念が宿っている。
 両手で拳を握り締め胸を張り、下女は堂々と主張する。

 鬼気迫る勢いのその様子に、暖の腰が引けた。


「あ! あなたはいいのよ。あなたは、人間そっくりな種族なんだから」

 暖の様子に気づいたのか、下女は態度を一変。ものすごく憐みのこもった目で暖を見ながら、慌ててそう付け足した。

 目が2つ、鼻が1つ、口が1つに、何のへんてつもない耳が2つ。
 角もなく、エラもなく、牙もなければ毛皮もない。

「あなたは、まるでのようですもの。そんな問答無用の弱い者が、強く美しくある必要はないわ」

 下女は、優しくそう話す。


 …………なんだかビミョーな気持ちに、暖はなった。
 慰められているのだろうが、まったく全然嬉しくない。

「……ソコマデ強クナイ、ダメ?」

 暖はそう聞いてみた。
 確か以前ダンケルは、魔族の女性は「かよわくなよやかで儚い方が好まれる」と言っていたのではなかったか?

(痩せている方がいいとも言っていたけれど……それってかよわさの延長線上の痩せているじゃなかったの?)

「ダメに決まっているでしょう! 魔族は、強さが全てなのよ! より強くあるための努力が出来ないなんて、存在する価値がないわ!」

 なのに大声で下女は言い切った。

 どうやら魔族の男性と女性との間には、大きな齟齬そごがあるようだ。


 下女は、まるで自身に言い聞かせるみたいに叫んだが、目を丸くする暖を見て、ハッと我に返った。

「あ、っと、……でも、ホントにあなたはいいのよ。あなたは、どう努力しても無駄なんだから。どうやったってあなたには、角が生えたり牙が伸びたりしないわ。……まあ、耳くらいなら強く引っ張れば伸ばせるかもしれないけれど?」

 暖の耳を同情いっぱいに見つめながら下女は言う。その手が暖の耳に伸びてきた。

「耳、コレデ、大丈夫!」

 引っ張られそうになって、慌てて両手で耳を隠しながら暖は叫んだ。

「そう? 遠慮しないでいいのよ?」

 ブンブンと首を横に振る。


 いったいなんなのだろう? 彼女のこの思い込みは。

 美しく(あくまで魔族基準)あるために有り得ないほどに食事を制限し、それができないことを忌避し蔑む魔族。


「デモ、コレ以上痩セル、死ヌ、ヨ? ソレデモ?」


「当たり前でしょう? 死を恐れて醜く生き足掻くなんてごめんだわ」


 暖の質問に、胸を張り下女はそう言った。

 暖は、再びダンケルの言葉を思い出す。
 ――――かつて、ダンケルは自分が殺されないために、暖と隷属の契約を結んだ。

「死んだらなんにもならない」
「死ねば負けだ」

 彼は、何の迷いもなくそう言っていた。
 それが、魔族の当たり前の考え方なのだと思ったのだが……
 やっぱり、ダンケルは魔族としては異端なのかもしれない。

(ブラットから、女の趣味の悪さが有名だって言われていたし)

 魔界の辺境で育ったというダンケルは、王宮の者たちとは考え方も随分違うのだろう。
 きっとそれで苦労しているのだと思う。


(でも、その方がずっといいわ)

 そう、暖は思う。
 異端でもなんでも、ダンケルの考え方の方が、暖は好きだ。


 だから――――


「死ヌ、ダメ。死体、美シクナイ。違ウ?」


 暖は下女にそう言った。
 下女は、ギョロリとした目を大きく見開く。

「コンナキレイナ目ナノニ、光、失ウ。悲シイヨ」

 下女の爬虫類の目はエメラルドのような緑で、黒い縦線が入っていた。
 とてもキレイだと暖は思う。

 美しさの基準は人それぞれで、ましてや種族が違えば、まったく違って当然だ。
 でも、どんな基準でも、それは生きていてこそのものだと、暖は思う。

 そう、だから――――


「生キテ、キレイ、目指ソウ?」


 暖の言葉に、下女はエメラルドの目をパチパチと瞬いた。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】僻地の修道院に入りたいので、断罪の場にしれーっと混ざってみました。

櫻野くるみ
恋愛
王太子による独裁で、貴族が息を潜めながら生きているある日。 夜会で王太子が勝手な言いがかりだけで3人の令嬢達に断罪を始めた。 ひっそりと空気になっていたテレサだったが、ふと気付く。 あれ?これって修道院に入れるチャンスなんじゃ? 子爵令嬢のテレサは、神父をしている初恋の相手の元へ行ける絶好の機会だととっさに考え、しれーっと断罪の列に加わり叫んだ。 「わたくしが代表して修道院へ参ります!」 野次馬から急に現れたテレサに、その場の全員が思った。 この娘、誰!? 王太子による恐怖政治の中、地味に生きてきた子爵令嬢のテレサが、初恋の元伯爵令息に会いたい一心で断罪劇に飛び込むお話。 主人公は猫を被っているだけでお転婆です。 完結しました。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

処理中です...