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幕間2
魔界最低の王子
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話は変わるが暖のおかげで最初に生理が戻った下女を、みなさま覚えておいでだろうか?
後宮を出て無事婚約者の元へ戻った彼女は、暖からダンケルへの無事を伝える伝言を頼まれている。
暖がモノアの説得に一生懸命だった頃――――
下女の婚約者は、未来の妻の恩人の望みを叶えようと彼なりに努力していた。
とはいえ彼は王宮の警備兵の一人。王子であるダンケルに理由もなく接触するのは、実はそれほど簡単ではない。いくら貴族といってもそうそう王子と話す機会なんてないのである。
下女は爬虫類の目を持っていた。
婚約者の彼は、立派なリザードマンだ。
子を産めなくなった婚約者をギリギリまで待っていた事実からもわかる通りの誠実な男で、腕力には自信がある。
しかし、天は二物を与えなかった。
彼は、あまり難しい事を考えるのが、得意ではなかったのだ。
結果、下女の婚約者はダンケルに話しかけるよい方法も考えつかないまま、今日も王宮で警備の仕事をしていたりする。
彼にとって不運なことに、ここ最近ダンケルはあまり表に姿を見せていなかった。
後宮にいる暖を心配し、ダンケルなりに何かできないかと苦心惨憺しているのである。
そして、不運は重なった。
少しでいいから顔をのぞかせてくれないかと、ダンケルの部屋の近くをうろついていた婚約者の側をブラットが通りかかったのだ。
――――念のためお伝えしておくが、ブラットとはダンケルの弟である。
暖を『子豚』呼ばわりし、七転八倒した食いしん坊の餓鬼だ。
「おや? 下級兵士がこんなところにいるのは珍しいね。ダンケルに何か用事かい?」
目ざとくリザードマンを見つけたブラットは、彼に声をかける。
末子とはいえ王子に声をかけられた婚約者は、直立不動になった。
「はい! いいえ!」
「……どっちだい?」
緊張のあまり肯定と否定の返事を一緒にした警備兵に、ブラットは首を傾げる。
焦りながらリザードマンは考えた。
――――彼が伝言を届けたいのはダンケルだ。
しかしダンケルの弟であるブラットへ、兄への伝言を頼んでも良いのではないだろうか?
もしも彼がもう少し敏い男であれば、こんなバカなことは考えつかなかっただろう。
魔王の子らは王座を狙う敵同士。事実ダンケルとブラット以外の王子は、権力争いの果てに全員死んでいる。
ダンケルが生き残ったのは彼がもっとも優秀な王子だったからで、ブラットが生き残ったのは彼が競争相手にもならぬほど最低な王子だったから。
天と地ほども差のある二人の王子だが、それでも彼らが敵同士なのは変わらなかった。
ダンケルが失脚すれば魔王の座はブラットの元に転がり込んでくるのである。
つまりブラットはいつだってダンケルの足を引っ張ろうと虎視眈々なのだ。
王宮の常識ともいえる事実だが、善良で誠実なリザードマンは……知らなかった。
かてて加えて彼の兄弟仲は良好だ。彼には弟が二人いるのだが、二人が二人とも兄に似た脳筋――――元へ、善良なリザードマンで、後宮へ入った婚約者を諦めずに待つ兄を心から応援するくらいに仲の良い兄弟だった。
兄弟ならば助け合って当たり前。伝言を届けることなど頼まれなくたってやるのが、リザードマン一家の常識だ。
結果として彼は、勇気を出してブラットへ話しかけることにする。
「すみません。ダンケルさまにご伝言を御願いできますか?」
「伝言? 俺からダンケルに?」
ブラットは意表を突かれたようだった。何かの罠ではないかと赤い目を厳しく眇める。
「はい。……『ウララさまは、ご無事でおられる』と!」
そんなブラットの様子には少しも気づくことなく、ビシッと直立不動を崩さずにリザードマンは話した。
ブラットは「ウララ?」と呟き、考えるように目を瞬く。
――――実は、暖のことなどすっかり忘れているブラットである。
「はい! 私の、その、……つ、妻は、ウララさまのおかげで後宮から帰ってこられたのです。この度、私が無事、結婚できるのも全てウララさまのおかげです! ウララさまには、感謝してもしきれないと思っています」
婚約者をはじめて「妻」と他人に対し話したリザードマン。
彼は照れまくり相変わらずブラットの様子には気づかない。
「後宮? 帰ってきた?」
「はい! 私も彼女も、もうダメだと思っていいたのですが……ウララさまの治療を受け、彼女は私と結婚できる体に戻れました」
婚約者の恩人に対する感謝の気持ちを表したいと、リザードマンは懸命にブラットに事情を話す。
ブラットは少し考え込むように目を閉じた。
なんとか暖を思い出したようで「ひょっとして、あの時の……」と、小さく呟く。
やがて、開いた真紅の目をキラリと光らせた。
「そう……それは良かったね。ちょっと詳しく教えてくれる?」
「はい!」
リザードマンは、聞かれるままに自分の婚約者と暖のことを知る限りブラットに話した。
「へぇ~? あの子豚ちゃんに、そんな能力がね」
口笛を吹きそうな勢いでブラットは感心する。
「はっ? 子……?」
『子豚』と聞こえたリザードマンは聞き間違いかと驚く。
「あぁ、なんでもないよ。……愛称みたいなものかな?」
軽い感じで、ブラットは笑った。
「あ、ああ、愛称。……そうですか。ブラットさまは、ウララさまを愛称で呼ぶほど親しくていらっしゃるのですね!」
ブラットの言葉を聞いたリザードマンは、やっぱり彼に伝言を頼んで正解だったとホッとした。
「うん。あぁ、俺はウララを、食べちゃいたいくらい気に入っているよ」
にこやかなブラットの返事に、リザードマンも笑う。
「お手数をおかけします! よろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げ、リザードマンは帰っていった。
後に残ったブラットは、ダンケルの部屋とは正反対の方向へと歩き出す。
「……ふ~ん。食料でもない人間をわざわざ父上に会わせるなんて言い出すから変だと思っていたけれど……そういうわけか。あの子豚ちゃん、治癒魔法の使い手だったんだ。あの後すっかり姿を見ないから、てっきり食べられたんだろうと思っていたけれど……後宮にいるってことは、ダンケルに反発している後宮で成果を上げて、次期魔王の地位を確実にしようってわけかな? まったく我が兄ながら抜け目がなくて嫌になるよな。……ああでも、わざわざあんな下っ端に伝言を頼むくらいだ。ダンケルと子豚ちゃんの連絡は、取れていないってことかな?」
ブツブツ呟きながら歩くブラット。
彼は、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「だったら、まだ俺にも打つ手はあるかな? ダンケルばかり一人勝ちじゃつまらないからな。子豚ちゃんを手に入れて、手柄を横取りするか……手に入らないんなら、消すのもいいかもしれない」
最低王子のブラット。
それゆえ彼は現在魔界が抱える深刻な問題に何の関心もなかった。
別に魔王になんてなれなくてもかまわないが、ダンケルだけがいい思いをするのは面白くないと単純に考える。
「もちろん、消える先は、俺の腹の中だけど」
舌なめずりをしながら、ブラットは呟く。
のど元過ぎれば熱さを忘れる彼の頭の中からは、暖に苦しめられた記憶はすっかり消えていた。
魔界最低の王子は、楽しそうにクツクツと笑う。
自分の行動の結果が魔界にどう影響を与えるかなんて思ってもみないブラットだった。
後宮を出て無事婚約者の元へ戻った彼女は、暖からダンケルへの無事を伝える伝言を頼まれている。
暖がモノアの説得に一生懸命だった頃――――
下女の婚約者は、未来の妻の恩人の望みを叶えようと彼なりに努力していた。
とはいえ彼は王宮の警備兵の一人。王子であるダンケルに理由もなく接触するのは、実はそれほど簡単ではない。いくら貴族といってもそうそう王子と話す機会なんてないのである。
下女は爬虫類の目を持っていた。
婚約者の彼は、立派なリザードマンだ。
子を産めなくなった婚約者をギリギリまで待っていた事実からもわかる通りの誠実な男で、腕力には自信がある。
しかし、天は二物を与えなかった。
彼は、あまり難しい事を考えるのが、得意ではなかったのだ。
結果、下女の婚約者はダンケルに話しかけるよい方法も考えつかないまま、今日も王宮で警備の仕事をしていたりする。
彼にとって不運なことに、ここ最近ダンケルはあまり表に姿を見せていなかった。
後宮にいる暖を心配し、ダンケルなりに何かできないかと苦心惨憺しているのである。
そして、不運は重なった。
少しでいいから顔をのぞかせてくれないかと、ダンケルの部屋の近くをうろついていた婚約者の側をブラットが通りかかったのだ。
――――念のためお伝えしておくが、ブラットとはダンケルの弟である。
暖を『子豚』呼ばわりし、七転八倒した食いしん坊の餓鬼だ。
「おや? 下級兵士がこんなところにいるのは珍しいね。ダンケルに何か用事かい?」
目ざとくリザードマンを見つけたブラットは、彼に声をかける。
末子とはいえ王子に声をかけられた婚約者は、直立不動になった。
「はい! いいえ!」
「……どっちだい?」
緊張のあまり肯定と否定の返事を一緒にした警備兵に、ブラットは首を傾げる。
焦りながらリザードマンは考えた。
――――彼が伝言を届けたいのはダンケルだ。
しかしダンケルの弟であるブラットへ、兄への伝言を頼んでも良いのではないだろうか?
もしも彼がもう少し敏い男であれば、こんなバカなことは考えつかなかっただろう。
魔王の子らは王座を狙う敵同士。事実ダンケルとブラット以外の王子は、権力争いの果てに全員死んでいる。
ダンケルが生き残ったのは彼がもっとも優秀な王子だったからで、ブラットが生き残ったのは彼が競争相手にもならぬほど最低な王子だったから。
天と地ほども差のある二人の王子だが、それでも彼らが敵同士なのは変わらなかった。
ダンケルが失脚すれば魔王の座はブラットの元に転がり込んでくるのである。
つまりブラットはいつだってダンケルの足を引っ張ろうと虎視眈々なのだ。
王宮の常識ともいえる事実だが、善良で誠実なリザードマンは……知らなかった。
かてて加えて彼の兄弟仲は良好だ。彼には弟が二人いるのだが、二人が二人とも兄に似た脳筋――――元へ、善良なリザードマンで、後宮へ入った婚約者を諦めずに待つ兄を心から応援するくらいに仲の良い兄弟だった。
兄弟ならば助け合って当たり前。伝言を届けることなど頼まれなくたってやるのが、リザードマン一家の常識だ。
結果として彼は、勇気を出してブラットへ話しかけることにする。
「すみません。ダンケルさまにご伝言を御願いできますか?」
「伝言? 俺からダンケルに?」
ブラットは意表を突かれたようだった。何かの罠ではないかと赤い目を厳しく眇める。
「はい。……『ウララさまは、ご無事でおられる』と!」
そんなブラットの様子には少しも気づくことなく、ビシッと直立不動を崩さずにリザードマンは話した。
ブラットは「ウララ?」と呟き、考えるように目を瞬く。
――――実は、暖のことなどすっかり忘れているブラットである。
「はい! 私の、その、……つ、妻は、ウララさまのおかげで後宮から帰ってこられたのです。この度、私が無事、結婚できるのも全てウララさまのおかげです! ウララさまには、感謝してもしきれないと思っています」
婚約者をはじめて「妻」と他人に対し話したリザードマン。
彼は照れまくり相変わらずブラットの様子には気づかない。
「後宮? 帰ってきた?」
「はい! 私も彼女も、もうダメだと思っていいたのですが……ウララさまの治療を受け、彼女は私と結婚できる体に戻れました」
婚約者の恩人に対する感謝の気持ちを表したいと、リザードマンは懸命にブラットに事情を話す。
ブラットは少し考え込むように目を閉じた。
なんとか暖を思い出したようで「ひょっとして、あの時の……」と、小さく呟く。
やがて、開いた真紅の目をキラリと光らせた。
「そう……それは良かったね。ちょっと詳しく教えてくれる?」
「はい!」
リザードマンは、聞かれるままに自分の婚約者と暖のことを知る限りブラットに話した。
「へぇ~? あの子豚ちゃんに、そんな能力がね」
口笛を吹きそうな勢いでブラットは感心する。
「はっ? 子……?」
『子豚』と聞こえたリザードマンは聞き間違いかと驚く。
「あぁ、なんでもないよ。……愛称みたいなものかな?」
軽い感じで、ブラットは笑った。
「あ、ああ、愛称。……そうですか。ブラットさまは、ウララさまを愛称で呼ぶほど親しくていらっしゃるのですね!」
ブラットの言葉を聞いたリザードマンは、やっぱり彼に伝言を頼んで正解だったとホッとした。
「うん。あぁ、俺はウララを、食べちゃいたいくらい気に入っているよ」
にこやかなブラットの返事に、リザードマンも笑う。
「お手数をおかけします! よろしくお願いいたします!」
深々と頭を下げ、リザードマンは帰っていった。
後に残ったブラットは、ダンケルの部屋とは正反対の方向へと歩き出す。
「……ふ~ん。食料でもない人間をわざわざ父上に会わせるなんて言い出すから変だと思っていたけれど……そういうわけか。あの子豚ちゃん、治癒魔法の使い手だったんだ。あの後すっかり姿を見ないから、てっきり食べられたんだろうと思っていたけれど……後宮にいるってことは、ダンケルに反発している後宮で成果を上げて、次期魔王の地位を確実にしようってわけかな? まったく我が兄ながら抜け目がなくて嫌になるよな。……ああでも、わざわざあんな下っ端に伝言を頼むくらいだ。ダンケルと子豚ちゃんの連絡は、取れていないってことかな?」
ブツブツ呟きながら歩くブラット。
彼は、ニヤリとした笑みを浮かべる。
「だったら、まだ俺にも打つ手はあるかな? ダンケルばかり一人勝ちじゃつまらないからな。子豚ちゃんを手に入れて、手柄を横取りするか……手に入らないんなら、消すのもいいかもしれない」
最低王子のブラット。
それゆえ彼は現在魔界が抱える深刻な問題に何の関心もなかった。
別に魔王になんてなれなくてもかまわないが、ダンケルだけがいい思いをするのは面白くないと単純に考える。
「もちろん、消える先は、俺の腹の中だけど」
舌なめずりをしながら、ブラットは呟く。
のど元過ぎれば熱さを忘れる彼の頭の中からは、暖に苦しめられた記憶はすっかり消えていた。
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