3 / 13
3、色のない世界
しおりを挟む
次の日、僕の見ているすべてのものの色がなかった。そして、聞こえてくる音も、どこか遠くのほうにあるようで、ぼやけて耳に届くだけだった。
窓の外の青も、木の緑も、教室の机の茶色も。はっきりとした色はなく、ぼんやりとそこにあるだけ。教室のざわめきも、授業中の先生の声も、一枚の膜で隔てられているようで、遠くのほうから聞こえてくるようだった。
すべてが遠く、霧の中のようで、見えない気がした。
死の宣告は、これほどまでに僕の世界を変えてしまった。
「おい、爽太。今日の部活さ、外周だぜ。あー、もうおれやだよ、死んじゃうわ」
龍人が短髪をかきながら笑って話しかけてきた。
龍人は、いい奴だ。冗談が面白いし、バスケも上手い。しかも上手くいかない奴らにも根気よく教えてやれるタイプだ。きっと次の部長になるだろう。にっと笑った顔が爽やかで、女子からも人気だ。
だから僕も、龍人のことが好きだ。彼と一緒に同じコートでプレーした時は最高だった。
でもこの時、僕はこいつとは二度と話したくない、そう思った。……死んじゃうわ。その言葉が僕の胸に刺さったのだ。自分が消えるからといってそういうことを考えるなんて、身勝手な事だろう。それでも、その言葉が許せなかった。
「そうだな」
笑ったつもりだが、顔が引きつってうまく笑えたからわからない。そのとき、また一つ、僕の世界が変わった。龍人の顔が見えなくなった。視覚的にはもちろん見えている。でも、そうじゃない、もっと大事なところで僕は龍人のことが見えなくなってしまった。
龍人が何かを言う。体調悪いのか、と聞いたのだろうか。それもはっきりと分からない。見えているのに、周りの物や人が、全部どこかへ行ってしまったかのような、色を失ったような、そんな世界になっていた。
僕がこのまま消えたって、何も変わらないよな。
このまま、死んじゃっても、いいのかもな。誰も気づかないよな。
そんな考えがよぎったとき。
鉛筆の落ちる、乾いた音がした。
「落ちたよ、鉛筆」
低い声で誰かが鉛筆を拾った。森沢瑞穂だ。昨夜なぜか彼女のことが頭に浮かんだことを思い出して、僕は急に恥ずかしくなった。
「…………」
鉛筆を落とした女子は、何も言わない。ただそれが、僕には最も恐ろしいように思えた。
「はい、どうそ」
森沢さんは、何も言わない女子にかまわず鉛筆を差し出した。こちら側に背を向けているため、顔は分からない。できれば、どんな表情をしているのか、知りたくない。
いやそうに、汚そうに鉛筆を受け取った女子は、森沢さんの背中を睨み付け、鉛筆にふっと息を吹きかけて、はたいてから筆箱にしまった。
そのとき、森沢さんは振り返った。
よかった。森沢さんはそういうように笑った。
黒い艶のある髪に、まっすぐ遠くを見つめる凛とした瞳。白い肌がセーラー服からしなやかに伸びていて、綺麗だ。
ああ、そうか。
僕は昨日、森沢さんの姿が頭に浮かんだ理由がわかった気がした。
森沢さんとは今年、初めて同じクラスになった。でも、彼女の噂だけは僕も耳にしていた。
森沢瑞穂は、美人だけど、変わり者で性格が悪い。
彼女と同じ中学の人が言い出したのだと思う。中学時代に何があったかは分からないが、森沢さんについてのいい噂は聞いたことがない。
噂が一人歩きしているせいか、彼女は誰とも群れず、つるんでいる友だちもいない。
でも決して寂しそうには見えないし、誰かをうらやむようにも見えない。自分と他人の線をはっきり持っており、その中に誰かを入れることはしなかった。
多分、そこが僕の目に魅力的に見えたのだ。
鮮やかな彼女の姿は、色を失っていた僕の世界に驚くほど自然に舞い込んできた。妄想めいた考えだが、本当にそう思う。
でも、僕は彼女に話しかけることはないだろう。人には干渉しない、それがこれからの僕に最も必要な事なのだから。
その日、僕はまっすぐ家に帰ることができなかった。
今日、家を出るときの母さんの心配そうな顔が頭から離れない。
「大丈夫? 爽太、無理して学校へ行かなくてもいいのよ」
僕は大丈夫だよ、そういった。いつものように、いってきます、といった。腫れた瞼で不安げに見つめてくる母さんを見たとき、僕はそういうしかなかったのだ。ただ学校にいざ来ると、どうしようもない悲しみがつっと突き上げてくる。恨めるのなら、恨みたい。でも、僕にも母さんにも、恨む対象がないのだ。
だから家に帰って、「どうだった? 学校」と、血の気のない顔で聞かれたとき、うまく答える自信がなかった。そんなのでは、もう家には帰れない。僕は体を引きずるようにして、昔父さんと来た、公園にやってきた。ここで、よくキャッチボールをしたり、虫取りをした。でも、あたたかな思い出はもう、夕闇に沈んで思い出せない。
「父さん、どうすればいい?」
かつてそうしたように、芝生に寝転がって、空を見た。春は、星が見えにくい。夏や冬のように、明るく輝く星はあまりないのだ。
「僕は、どうすればいい?」
声が震えて、涙があふれてきた。
生ぬるい春の風が涙に濡れた?茲を撫でて、少し痛い。
死ぬのが、いやなのだろうか。
死ぬことを分かったまま生きることが、つらいのだろうか。
父さんは、どうだったのだろう。最期のあの瞬間、何を思い出したのだろう。何も、思い出さなかったのかもしれない。
父さんと話したかった。母さんに言えないようなことを、二人で話したかった。思いを抱えたまま黙っているのは、つらい。
僕は父さんが死んだ時、母さんを支えて一緒に生きるって、約束したんだ。握り返してくれない冷たい手父さんの手を握りしめて、母さんに背を抱かれながら、約束したんだ。
でも、父さん……、
「ごめん、できそうにないや……」
心の中で、僕は必死に父さんに話しかけた。僕が死んだら母さんはどうなっちゃうの? とか、僕はどうすればいいの? とか。でも、父さんは答えてくれない。色褪せつつある思い出の中で、何も言わずに穏やかに微笑んでいるだけだ。
悲しみが虚ろな何かに変わったとき、不意に携帯電話が鳴った。放っておこうと思っていたのに、一度コールが止んでも再び鳴り出す。僕はなんとなく出なきゃいけないような気がして、仕方なく電話に出た。
「もしもし」
電話の相手は、母さんだった。
「爽太? 今どこにいるの?」
その声を聴いた瞬間、無性に苛立ち、何かがばちんと音を立ててはじけたような気がした。
「今、学校帰り」
短く答える。母さんは何も悪くない。でも、自分を案じるその声が、煩わしく思えた。ほうっておいてほしかった。
「夕飯どうする?」
「……食べてくるよ」
嘘だった。ただ食べ物がのどを通る気がしなかった。昨日はまだ、何を思う暇もなかったが、今になって、医者の言った言葉がずっしりと心に沈んで来たのだ。
「わかったわ。遅くならないうちに帰ってきなさいね」
「うん」
短く答え、電話を切った。うすら寒い風が通り過ぎるようだった。ごめんなさい、僕は小さくつぶやいて、しばらく芝生に座っていた。
家に帰ると、母さんはもう自分の部屋へ行ったのか、居間には誰もいなかった。
「あ……」
冷蔵庫に二つ、僕が好きだった海苔巻きやらお寿司やらのお弁当が置いてあった。……豪華なお弁当だった。
そのぽつんと置かれている二つのお弁当を見たとき、悲しみと愛おしさと罪悪感が、同時に胸に押し寄せた。
母さんは、独りで待っていたのだろうか。夕飯はいらないといったからそれはないのかもしれない。でも、二つあるってことは、母さんはご飯を食べていないのかもしれない。
目頭が熱くなり、僕は唇をかんだ。自分の幼さが恥ずかしくて仕方ない。
さみしいのは、自分だけではないのだ。
二人分のお寿司を買って、母は何を思ったのだろう。帰ってこない僕を、どう思ったのだろう。きっと、僕に電話した時には、もしかしたら買ってきていたのかもしれない。僕は弁当を見つめ、唇をかみしめながら必死に涙をこらえていた。
「この病気はこれから、ゆっくりと爽太君の体力を奪っていきます」
母さんが小さく頷いた。
「でも体力を奪い、だんだん眠くなっていくだけで、痛いとか苦しいとかの症状はあまりないと思いますよ」
小さな病院だろうが、大きな病院だろうが、医者と話す場所はいつも同じだ。鼻を刺す消毒液の臭いがする、白い無機質な壁に囲まれた、色のない世界。
六月になって……余命宣告を受けて一か月半たったとき、僕は初めてその病気の正体を知った。
「端的に言うと、体力を奪う病気です」
なぜ僕がその病気にかかったのか、医者にも分からないらしい。ただ、もうすぐ死ぬということだけは、はっきりしていた。病気は免疫や体力を司る器官を徐々に壊していく。それだけが、甲斐田先生にも今診てもらっている先生にも分かっていたのだ。
「この病気の進みは何とも言えません。ただ、血を吐いてしまったら、覚悟してください。今までこの病気に侵された人は最期を迎えるとき、必ず血を吐いています。ただの血ではありません。真っ黒な血を吐きます」
だんだん眠くなって本当の最期は、血を吐く。治療法は、薬を飲み続けることだけで、飲み続けてもどうにもならない可能性がある。体力だけがどんどんなくなっていく……。
そんなことで死ぬのか、と思う。ちらりと母さんを見れば、母さんはやつれた顔で頭を下げていた。
あと一か月半で僕は消える。
今まで過ごした一か月半は、からっぽの毎日だった。これがあと一か月半続くと思うと、かえってそちらのほうが恐ろしい。死よりも、生きることの方が恐ろしかった。
ただ、空っぽの日々の節々で、頭に森沢さんのことが浮かぶことが多くなった。
自分の生死について考えると、どうしても彼女のことが浮かぶ。凛とした目の先に何を映しているのか、何を感じているのか、気になって仕方なかった。
窓の外の青も、木の緑も、教室の机の茶色も。はっきりとした色はなく、ぼんやりとそこにあるだけ。教室のざわめきも、授業中の先生の声も、一枚の膜で隔てられているようで、遠くのほうから聞こえてくるようだった。
すべてが遠く、霧の中のようで、見えない気がした。
死の宣告は、これほどまでに僕の世界を変えてしまった。
「おい、爽太。今日の部活さ、外周だぜ。あー、もうおれやだよ、死んじゃうわ」
龍人が短髪をかきながら笑って話しかけてきた。
龍人は、いい奴だ。冗談が面白いし、バスケも上手い。しかも上手くいかない奴らにも根気よく教えてやれるタイプだ。きっと次の部長になるだろう。にっと笑った顔が爽やかで、女子からも人気だ。
だから僕も、龍人のことが好きだ。彼と一緒に同じコートでプレーした時は最高だった。
でもこの時、僕はこいつとは二度と話したくない、そう思った。……死んじゃうわ。その言葉が僕の胸に刺さったのだ。自分が消えるからといってそういうことを考えるなんて、身勝手な事だろう。それでも、その言葉が許せなかった。
「そうだな」
笑ったつもりだが、顔が引きつってうまく笑えたからわからない。そのとき、また一つ、僕の世界が変わった。龍人の顔が見えなくなった。視覚的にはもちろん見えている。でも、そうじゃない、もっと大事なところで僕は龍人のことが見えなくなってしまった。
龍人が何かを言う。体調悪いのか、と聞いたのだろうか。それもはっきりと分からない。見えているのに、周りの物や人が、全部どこかへ行ってしまったかのような、色を失ったような、そんな世界になっていた。
僕がこのまま消えたって、何も変わらないよな。
このまま、死んじゃっても、いいのかもな。誰も気づかないよな。
そんな考えがよぎったとき。
鉛筆の落ちる、乾いた音がした。
「落ちたよ、鉛筆」
低い声で誰かが鉛筆を拾った。森沢瑞穂だ。昨夜なぜか彼女のことが頭に浮かんだことを思い出して、僕は急に恥ずかしくなった。
「…………」
鉛筆を落とした女子は、何も言わない。ただそれが、僕には最も恐ろしいように思えた。
「はい、どうそ」
森沢さんは、何も言わない女子にかまわず鉛筆を差し出した。こちら側に背を向けているため、顔は分からない。できれば、どんな表情をしているのか、知りたくない。
いやそうに、汚そうに鉛筆を受け取った女子は、森沢さんの背中を睨み付け、鉛筆にふっと息を吹きかけて、はたいてから筆箱にしまった。
そのとき、森沢さんは振り返った。
よかった。森沢さんはそういうように笑った。
黒い艶のある髪に、まっすぐ遠くを見つめる凛とした瞳。白い肌がセーラー服からしなやかに伸びていて、綺麗だ。
ああ、そうか。
僕は昨日、森沢さんの姿が頭に浮かんだ理由がわかった気がした。
森沢さんとは今年、初めて同じクラスになった。でも、彼女の噂だけは僕も耳にしていた。
森沢瑞穂は、美人だけど、変わり者で性格が悪い。
彼女と同じ中学の人が言い出したのだと思う。中学時代に何があったかは分からないが、森沢さんについてのいい噂は聞いたことがない。
噂が一人歩きしているせいか、彼女は誰とも群れず、つるんでいる友だちもいない。
でも決して寂しそうには見えないし、誰かをうらやむようにも見えない。自分と他人の線をはっきり持っており、その中に誰かを入れることはしなかった。
多分、そこが僕の目に魅力的に見えたのだ。
鮮やかな彼女の姿は、色を失っていた僕の世界に驚くほど自然に舞い込んできた。妄想めいた考えだが、本当にそう思う。
でも、僕は彼女に話しかけることはないだろう。人には干渉しない、それがこれからの僕に最も必要な事なのだから。
その日、僕はまっすぐ家に帰ることができなかった。
今日、家を出るときの母さんの心配そうな顔が頭から離れない。
「大丈夫? 爽太、無理して学校へ行かなくてもいいのよ」
僕は大丈夫だよ、そういった。いつものように、いってきます、といった。腫れた瞼で不安げに見つめてくる母さんを見たとき、僕はそういうしかなかったのだ。ただ学校にいざ来ると、どうしようもない悲しみがつっと突き上げてくる。恨めるのなら、恨みたい。でも、僕にも母さんにも、恨む対象がないのだ。
だから家に帰って、「どうだった? 学校」と、血の気のない顔で聞かれたとき、うまく答える自信がなかった。そんなのでは、もう家には帰れない。僕は体を引きずるようにして、昔父さんと来た、公園にやってきた。ここで、よくキャッチボールをしたり、虫取りをした。でも、あたたかな思い出はもう、夕闇に沈んで思い出せない。
「父さん、どうすればいい?」
かつてそうしたように、芝生に寝転がって、空を見た。春は、星が見えにくい。夏や冬のように、明るく輝く星はあまりないのだ。
「僕は、どうすればいい?」
声が震えて、涙があふれてきた。
生ぬるい春の風が涙に濡れた?茲を撫でて、少し痛い。
死ぬのが、いやなのだろうか。
死ぬことを分かったまま生きることが、つらいのだろうか。
父さんは、どうだったのだろう。最期のあの瞬間、何を思い出したのだろう。何も、思い出さなかったのかもしれない。
父さんと話したかった。母さんに言えないようなことを、二人で話したかった。思いを抱えたまま黙っているのは、つらい。
僕は父さんが死んだ時、母さんを支えて一緒に生きるって、約束したんだ。握り返してくれない冷たい手父さんの手を握りしめて、母さんに背を抱かれながら、約束したんだ。
でも、父さん……、
「ごめん、できそうにないや……」
心の中で、僕は必死に父さんに話しかけた。僕が死んだら母さんはどうなっちゃうの? とか、僕はどうすればいいの? とか。でも、父さんは答えてくれない。色褪せつつある思い出の中で、何も言わずに穏やかに微笑んでいるだけだ。
悲しみが虚ろな何かに変わったとき、不意に携帯電話が鳴った。放っておこうと思っていたのに、一度コールが止んでも再び鳴り出す。僕はなんとなく出なきゃいけないような気がして、仕方なく電話に出た。
「もしもし」
電話の相手は、母さんだった。
「爽太? 今どこにいるの?」
その声を聴いた瞬間、無性に苛立ち、何かがばちんと音を立ててはじけたような気がした。
「今、学校帰り」
短く答える。母さんは何も悪くない。でも、自分を案じるその声が、煩わしく思えた。ほうっておいてほしかった。
「夕飯どうする?」
「……食べてくるよ」
嘘だった。ただ食べ物がのどを通る気がしなかった。昨日はまだ、何を思う暇もなかったが、今になって、医者の言った言葉がずっしりと心に沈んで来たのだ。
「わかったわ。遅くならないうちに帰ってきなさいね」
「うん」
短く答え、電話を切った。うすら寒い風が通り過ぎるようだった。ごめんなさい、僕は小さくつぶやいて、しばらく芝生に座っていた。
家に帰ると、母さんはもう自分の部屋へ行ったのか、居間には誰もいなかった。
「あ……」
冷蔵庫に二つ、僕が好きだった海苔巻きやらお寿司やらのお弁当が置いてあった。……豪華なお弁当だった。
そのぽつんと置かれている二つのお弁当を見たとき、悲しみと愛おしさと罪悪感が、同時に胸に押し寄せた。
母さんは、独りで待っていたのだろうか。夕飯はいらないといったからそれはないのかもしれない。でも、二つあるってことは、母さんはご飯を食べていないのかもしれない。
目頭が熱くなり、僕は唇をかんだ。自分の幼さが恥ずかしくて仕方ない。
さみしいのは、自分だけではないのだ。
二人分のお寿司を買って、母は何を思ったのだろう。帰ってこない僕を、どう思ったのだろう。きっと、僕に電話した時には、もしかしたら買ってきていたのかもしれない。僕は弁当を見つめ、唇をかみしめながら必死に涙をこらえていた。
「この病気はこれから、ゆっくりと爽太君の体力を奪っていきます」
母さんが小さく頷いた。
「でも体力を奪い、だんだん眠くなっていくだけで、痛いとか苦しいとかの症状はあまりないと思いますよ」
小さな病院だろうが、大きな病院だろうが、医者と話す場所はいつも同じだ。鼻を刺す消毒液の臭いがする、白い無機質な壁に囲まれた、色のない世界。
六月になって……余命宣告を受けて一か月半たったとき、僕は初めてその病気の正体を知った。
「端的に言うと、体力を奪う病気です」
なぜ僕がその病気にかかったのか、医者にも分からないらしい。ただ、もうすぐ死ぬということだけは、はっきりしていた。病気は免疫や体力を司る器官を徐々に壊していく。それだけが、甲斐田先生にも今診てもらっている先生にも分かっていたのだ。
「この病気の進みは何とも言えません。ただ、血を吐いてしまったら、覚悟してください。今までこの病気に侵された人は最期を迎えるとき、必ず血を吐いています。ただの血ではありません。真っ黒な血を吐きます」
だんだん眠くなって本当の最期は、血を吐く。治療法は、薬を飲み続けることだけで、飲み続けてもどうにもならない可能性がある。体力だけがどんどんなくなっていく……。
そんなことで死ぬのか、と思う。ちらりと母さんを見れば、母さんはやつれた顔で頭を下げていた。
あと一か月半で僕は消える。
今まで過ごした一か月半は、からっぽの毎日だった。これがあと一か月半続くと思うと、かえってそちらのほうが恐ろしい。死よりも、生きることの方が恐ろしかった。
ただ、空っぽの日々の節々で、頭に森沢さんのことが浮かぶことが多くなった。
自分の生死について考えると、どうしても彼女のことが浮かぶ。凛とした目の先に何を映しているのか、何を感じているのか、気になって仕方なかった。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる