消えた足音

老若暖炉

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ファイル0 「奇妙な足音」

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「今日もいい一日だった。」
会社からの帰路の途中で俺はお決まりのセリフを呟いた。まだ今日は終わっていないが、つい空を仰ぎ口にしてしまう。満点の星空が一日中の疲れなど忘れさてしまうかのように、キラキラと静かに輝いていた。そしていつも通り、俺は真っ直ぐに家に帰るつもりでいたのだが…。

『コツ、コツ、コツ、コツ…。』
「…。」
小気味の良いハイヒールのような音が後方から聞こえ始めた。俺の靴は底の薄い足に優しいのが売りの物で、勿論ハイヒールのような音は出ない。今まで帰り道にハイヒールを履く人と会った事はないが、ここは公共の道路だ。どんな人間が歩いていても不思議ではない。

『コツ、コツ、コツ、コツ…。』
「…。」
しかし、周りから全く音がしないことからか良く後ろの足音が響く。最初は「俺の繰り返される日常にささやかな潤いが生まれた」なんて素人の詩人的な感想を持ったものだが、だんだんどんな人が後ろを歩いているのか気になってきた。

『コツ、コツ、コツ、コツ…』
「…。」
後数歩で着く交差点を左に曲がり、二百メートル程直進した左側に俺の住むマンションがある。いい加減好奇心をくすぐるレベルから爆発して行動に移したいレベルになった頃、突然ささやかな演奏が場の均衡を切り崩した。
「チャラン~、チャラン~」
「キャッ!」
柄にもない声をつい出してしまった。別段緊張していたわけではないのだが、予想だにしないこの音に対して俺は声を出す以外何もできなかった。ついでに音の主のケータイをカバンから出すついでに後ろを見ると、そこには誰もいなかった。
「あれ…?」
ケータイの音を消したその時になってあのハイヒールの音が消えているが分かった。通りは一本道で人が隠れるところも無く、強いて云えば電柱が点々と続いているのが見えているだけだ。

 奇妙な事もあるもんだ。結局その日の帰り道にハイヒールの音が聞こえてくる事はなかった。
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