消えた足音

老若暖炉

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ファイル1 「消えない足音」

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 あの日から毎日気がつくと帰り道に足音が聞こえてくるようになった。
毎日だ。毎日だ。毎日だ。

 正直気が狂いそうだ。2、3日辺りは「おいおい、やめろよ~。」と、誰かからかっているだと思っていた。しかし、4、5日とんで一週間となると気味が悪くなった。始まりも終わりもいつも唐突で決まりがない。振り向いても誰もいない。しかし、確かに音は聞こえる。自分が止まれば音も止まることから足音はついてきているのだろうか。距離にしてしまえば数歩の時から、帰路のほぼ全てで家のドアを開けるまで続く時もある。そのときになると奇妙をとっくに通り越して恐怖が全身を包み…、いや、怖いという事しか思い出せない程消耗し始めていた。

俺はオカルトというものを信じていない。しかし、こんな現象が続くと今まで自分の築きあげてきた価値観はあてにならない。藁にもすがる気持ちで俺は連絡帳からその方面に強い友人を探し出し、解決策はないか相談する事にした。

「マジかよ、マジかよ、マジかよ…。」
電話を終えた後俺は「マジかよ」を言う機械と化していた。誰か俺の心の説明書を寄越してくれ!友人との話し合いの結果は「どうにもならない」という残酷なものだった。彼が言うことが正しいのならば俺は何者かに取り憑かれたとのことことだ。それならばお祓いやら祈祷やらグッズやらでなんとかなるものだと思ったがそうでもないらしい。
 詳しい説明は省くが彼は相当のオカルトマニアである。オカルトな物事に対しての努力は眼を見張るものがあり、彼の住むアパートを訪ねた時は別世界に迷い込んだと思わせるほど壁一面にお札やらお面やらのグッズの山が俺を圧倒していた。その様は呆れを越して感心させた程だ。その彼が言うのだから本当にどうにもならないのだろう。
 曰く、正体不明な相手に対して変わった行動は絶対に禁物とのことだ。彼の知識を総動員しても似たような事例はあれどどれとも当てはまらず、結論だすのに少なくとも丸一日時間が欲しいとのことだ。

「ふざけるなよっ!!!」
受話器に向かって怒鳴り、勢いで通話を終了してしまった。非情にも「ツーツー」という音が嫌に耳へと響く。我に返りかけ直そうとするが、ささやかな最後のプライドと七連勤の疲れがリダイヤルの気力を霧散させ、結局その日何もする気にならずすぐに寝てしまった。

 全然眠れずに例の足音が聞こえてから8日目を迎えた。身体中が重く気分は最悪だ。「今日1日を耐えれば明日には友人がなんとかしてくれるに違いない!」そんな微かな希望を頼りに仕事をこなし、遂に逃げ切れない帰り道へ。

「はあっ、…っ!…はぁ。」
いつくるか、いつくるかと何度も振り向きつつ早歩きで歩を進めた。そして、丁度1日目と同じあの場所で(—妙な既視感)、あの空で(—そういえばここ何日かずっと晴れだ)、誰もいない一本通りに(—なぜ誰もいないんだ!)、遂にあの足音が聞こえ始めた。

『コツコツコツコツコッコッコッコココ…。』
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、ひ!!」
完全に緊張の糸が切れた。気持ちの準備もクソもない。体勢をめちゃくちゃにしつつ俺は走り出した。妙に長い数歩を抜け、絶対に振り向かないように角を曲がり—、そして俺は転んだ。派手に転がり満点の星が残酷に俺の五体をくまなく照らす。ナニカアリエナイないものを見たような…。それは監視してるかの様な奴の目だったり(また、妙な既視感)、宙に浮く二足のハイヒールだったり(—ナンダアレ)、スローで迫る黒い巨体だったりした(こんなことって…)。いずれにせよ、
「終わった…。」
ナゼ自分がこんな目に!ナゼ自分がコンナメニ!最期の抵抗として健気に瞼を伏せたが、何も起こらない。…震えが止まらない体を抱きしめ、冷たい道路に伏し、あまつさえ涙が溢れようかとというところで。

「ブロロロ、キキィー!」
無骨な、音が、静寂を、キリサイタ、ような…
「ダイジョウブカァー…。」
何処かで聞いた声を耳にしつつ、限界を超えた"私は"意識を失った。
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