3 / 101
第1章 魔王ラグナル(脱力中)
勘違いの始まり
しおりを挟むショコラは全身をモコモコの泡に包まれていた。
「あ、あの、自分で洗えるので……」
「いえいえ、遠いところからお疲れでしょう? このリリィにおまかせくださいな。耳の先からしっぽの先まで、ショコラ様をピカピカのもふもふにして差し上げますわ」
「……」
広い浴室に、リリィと名乗るメイドの鼻歌が響く。
ショコラはリリィにされるがまま、どうしてこんなことになってしまったのかと困惑していた。
◆
「えーっ!? 本当に歩いてここまで来たんですか!?」
「なんと」
「……」
館の裏庭。
少年──魔王ラグナルを含めた四人は、焚き火のそばで、それぞれに困惑した表情を浮かべていた。
メイド服を着た女性、リリィは、心底心配そうにショコラを見ている。
執事服を着た優しそうな老人、シュロは、ふむふむと顎に手を当てていた。
魔王ラグナルはぼうっと芋を手に持っている。
そしてショコラは、衝撃から抜け出せないまま、ラグナルを見て震え上がっていた。
「あ、あ、あの、ご、ご主人様、申し訳ございません、ショコラはなんて無礼なことを……」
ショコラは庭師だと思って、一緒に並んで焼き芋などを食べた自分を呪った。
なんて無礼なことをしてしまったのだろうか。
(もしかして私、食べられちゃう……?)
ここに来る前に、孤児院の院長に聞いた言葉を思い出して、ショコラはぶるぶると震えた。
──ショコラ、この手紙にはね、ショコラを魔王様の召使としてこき使うために呼ぶと書いてあるのですよ。
魔王様は冷酷で無慈悲な人ですから、ショコラのように鈍臭い子は、すぐに機嫌をそこねて食べられてしまうらしいですね。
まあせいぜい、長く生き残れるように頑張りなさい。
そう言ってバカにしたように笑った院長の顔を思い出す。
(も、もしかしてここに人がいないのは、ご主人様にみんな食べられてしまったから……?)
そうだとすれば、このようにうらぶれた場所に魔王が住んでいるというのも納得ができる。この少年のような魔王は、その見た目からは考えられないほどに残虐なのかもしれないと、ショコラは真っ青になった。
しかしショコラとは正反対に、ラグナルは芋を持ったまま、きょとんとした様子でショコラを見つめていた。
「もう、ラグナル様もどうしてショコラ様をちゃんとお迎えされなかったんですか?」
リリィが呆れたように言った。
「……だって僕、ご主人様って名前じゃないし……」
リリィはガクッとなった。
「相変わらずマイペースなんですから!」
「ほっほっほ、まあいいではないですか。ショコラ様も無事到着されたようなのですし」
「シュロ、笑い事ではありませんよ。先日だって、うちの料理人がワイバーンに襲われて入院中したばかりじゃないですか。ここ、瘴気が濃いからモンスターも多いし、ショコラ様がお怪我をされなかったのは奇跡ですよ!」
リリィにそう言われて、ショコラはここまでの道のりを思い出していた。
野犬に追われて木の上で眠ったこと。
スライムにブーツの端っこを溶かされたこと。
食べるものがなくて、その辺に生えていた雑草をむしって食べてみたら、お腹がゆるくなってしまったこと。
確かにここまで来るのは、大変だった。
しかしモンスターと呼ばれる危険な生き物にはあまり合わなかったし、親切な人に『トラック』という魔道具を使って近くまで連れてきてもらったので、それほど危ないことはなかった。
鼻の下にある典型的な形をした白いヒゲを撫でながら、シュロはショコラを見た。
「本当にお疲れになったでしょう。わざわざ人間界からここまで来るのは」
「だ、大丈夫です。孤児院の院長先生に魔界に送ってもらった後は、親切な人に近くまで送ってもらいましたから。魔界の人はみんな親切です」
手をブンブンを振りながら、どれほど魔界の人が親切なのかをショコラは力説した。
それからぺこりと頭をさげる。
「きょ、今日から一生懸命働かせていただきます。いっぱい頑張ります! 不束者ですか、宜しくお願いします!」
しばし、沈黙が落ちる。
ショコラは何かまずいことでもしてしまったかと、思わず顔を上げた。
「……え? 働く?」
ショコラの言葉を聞いて、リリィはきょとんとした。
それから「何を言ってるんですかぁ」と苦笑しながら、手を振る。
「ショコラ様はここでのんびり、ラグナル様と一緒に過ごしてくださればいいのですよ」
「そんなにやることもないですしなぁ」
「むしろこのお話を受けてくださったのが驚きなくらいなんです。それにここまでいらしてくださるなんて……」
(のんびり?)
ショコラはなんだか話が噛み合っていないような気がして、首をかしげた。
「何もないし、人も全然いませんが、しばらくはみんなで楽しくのんびり暮らしましょう! あ、料理人のヤマトが今入院してるので、ちょっと歓迎会とかはあとになってしまって、申し訳ないんですけど……」
リリィは先ほどの心配そうな表情から一転して、とても楽しそうな表情になっていた。
(あれ? 私、召使いとしてここで働きなさいって言われてるんじゃ……)
なんだかおかしな雰囲気に、ショコラは首をかしげた。
空気と化していたラグナルは、相変わらずショコラを見つめたままだ。
そんなラグナルに、ショコラは思わず聞いてしまった。
「あの……ご主人様、私、召使として、ここに呼ばれたのですよね?」
そう声をかけると、その場の空気が固まった。
「ご主人様のためにいっぱい働きたくて、それで……」
ショコラがオロオロしていると、ラグナルがやっと声を上げた。
「手紙」
「え?」
「僕の手紙。持ってる?」
あ、とショコラは声を上げ、ポケットをごそごそと探る。
何度も見返したせいか、ボロボロになってしまっていた。
「持ってます!」
「見せて」
ショコラはラグナルに手紙を渡した。
ラグナルはそれを受け取り、手紙を広げる。
リリィとシュロも、手紙を覗き込んだ。
一通り目を通すと、なぜかリリィもシュロも涙ぐんでいた。
「ああ……素晴らしいお手紙ですわ、ラグナル様」
「ラグナル様にもようやく春がやってくるのですなぁ」
シュロは、ハンカチで目元の涙をぬぐいはじめた。
その様子にショコラは困惑してしまう。
(もしかして、手紙には何か違うことが書いてあった……?)
ショコラは真っ青になった。
何やら感動している様子の二人。
ラグナルはただ、まっすぐな瞳でショコラを見つめていた。
全部、見透かされているみたいだと思って、ショコラはワンピースのすそをぎゅ、と握った。青かった顔は、今度は赤く染まっていく。
「あ、あの……」
ショコラは耳をぺたんと垂らして、おそるおそると言ったように、声を上げた。しっぽも垂れ下がっている。
「ごめんなさい……」
「え?」
いきなり謝り出したショコラに、リリィが目を瞬かせた。
「そこに、召使いになりなさいって、書いてるのだと思って……」
「ええ!?」
リリィとシュロは、目を見開いた。
けれどラグナルは静かにショコラを見つめていた。
「ショコラは……も、文字が、読めなくて……」
(恥ずかしい……)
「あの……ちょっと、人間の世界では、獣人は変だったみたいで……あまり、みんなとうまくいかなくて……手紙、読んでもらったんですけど、もしかしたら、別のこと、言われてたのかも……ごめんなさいっ!」
ショコラはそう言って、頭を下げた。
ボロボロのワンピースに、やせ細った小枝のような体。孤児院では奴隷のようにこき使われ、勉強もさせてもらえなかった。
魔王に仕えるには、自分はあまりにも分不相応だ。
ショコラは自分が場違いな存在なのだと思って、震えた。
けれど優しい声がショコラを包んだ。
0
あなたにおすすめの小説
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
【完結】精霊獣を抱き枕にしたはずですが、目覚めたらなぜか国一番の有名人がいました
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
「あなたに会いたかったの、ずっと」
秘め続けていた思いを告げ、リセの胸は高鳴っていた。が、それは人ではなく、五年程前に森でさまよっているところを助け出してくれた、リセにとって恩人(恩獣?)の精霊獣だった。
リセは助けてくれた精霊獣に並々ならぬ思い入れがあり、チャンスがあれば精霊獣を誘拐……運ぼうと鍛え抜いていた筋力で傷ついた精霊獣を寝室に担ぎ込み、念願の抱き枕を手に入れる。
嫌がる精霊獣だったが、リセは治癒能力を言い訳にして能力濫用もはばからず、思う存分もふもふを満喫したが、翌朝……。
これは精霊なら自然体でいられる(むしろ追いかけていく)のに、人前では表情が固まってしまう人見知り令嬢と、自分の体質にちょっとお疲れな魔術師の、不器用な恋の話。
***
閲覧ありがとうございます、完結しました!
ラブコメ寄り? コメディとシリアス混在の恋愛ファンタジーです。
ゆるめ設定。
お気軽にどうぞ。
全32話。
無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いて欲しい!
カントリー
恋愛
「懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。」
でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。
大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きな小太した女子高校生。
今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。
ダーク
「…美味そうだな…」ジュル…
都子「あっ…ありがとうございます!」
(えっ…作った料理の事だよね…)
元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが…
これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。
小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」から20年前の物語となります。
甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜
具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」
居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。
幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。
そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。
しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。
そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。
盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。
※表紙はAIです
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~
夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力!
絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。
最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り!
追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる