もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第1章 魔王ラグナル(脱力中)

こぐまくんのおつかい

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「うわあぁっ!?」

 振り返れば、いつの間にそんなところにいたのか、だらーんとラグナルがソファに横になっていた。どうやらショコラはそのお腹に座ってしまったようだった。

「ご、ごしゅじんさま!? も、も、申し訳ございませんッッ!」

 ショコラは真っ青になって、床に突っ伏して謝った。

(どうしよう! なんてことを……!)
 
 元魔王の腹に座ってしまうなんて。

 むくりとラグナルが起き上がった。
 てっきり食べられるんじゃないかと思って、ショコラは耳を手でぺたっと抑えて、頭を抱え込んだ。

「ご、ごめんなさいごめんなさい……食べないでください……!」

「……?」

 ラグナルはこてん、と首をかしげた。
 それから突っ伏したショコラの頭をツンツンつつく。

「ひぃっ」

 ショコラは震え上がった。

「ねえ」

「ごめんなさい~っ!」

「ねえってば」

 いつまで経っても何もされる気配がないので、ショコラは恐る恐る顔を上げた。そこにはじいっとショコラを見つめるラグナルの顔があった。別に怒っていないようだ。

「……汚れちゃうよ」

「え……」

「こっち、おいで」

 思いの外、力強く腕を引かれる。
 ショコラは導かれるまま、絵本を抱いて、ソファにぽふんと座った。
「食べるって、どういう意味?」

 ぶるぶる震えるショコラの顔を、ラグナルが覗き込んだ。
 ショコラは視線を彷徨わせて、何て言おうか迷う。

「しょ、ショコラを……怒って、食べちゃうのかと……」

 混乱しすぎて、本音を言ってしまった。

「……」

 眠そうな目で、ラグナルは思案する。
 それからポツリといった。

「そういう意味じゃ、食べないと思うけど。人の体を食べる人なんているの?」

「い、院長先生が、魔王様はショコラのような鈍くさい子は、すぐに食べられちゃうって」

「え、怖……」

 ラグナルは怯えた。

「僕、そんなことしないよ。普通のものしか食べないし……」

 ショコラは驚いた。

(もしかして、この話も嘘だったの……?)

 また騙されていたのかもしれないと、ショコラはハッと気づいた。
 確かに、人を食べるなんて変だ。
 それに、このぽやっとした人がそんなことをするなんて、思えないし……。

(もしかしてわたし、またとんでもない勘違いを……)

 これが間違いだったなら、ショコラは失礼にもほどがある。
 ショコラは耳をぺたんと伏せて、慌てて謝った。

「すみません、すみません……とんでもない勘違いを……っ!」

 ショコラはずっといじわるをされていて、院長もショコラのことを嫌っていた。だからこうやって、嘘をつかれていたのだ。

「別にいいけど。それより、これ何」

 ラグナルは別に、何も気にしていないようだった。
 それよりもショコラが持っていた本に興味を示しているようだ。
 それに気づいたショコラの頬がぽっと赤くなる。

「あ……これなら、ショコラでも読めるのではないかと思って……その……」

 結局絵を見るだけで満足してしまって、文字の方はあまり読めなかった。
 明らかに幼児向けの本のはずなのに。
 ショコラは頬を染めて、ちらちらとラグナルを見た。

「読めた?」

「う……読めなかったです」

 ラグナルは何も言わずに、ショコラの手から絵本をとった。
 そしてパラパラとめくって、最初のページを見る。

「こぐまくんのおつかい、だって」

「……え?」

「初めておつかいに行く話なんだって」

「そ、そうだったんですね!」

 買い物しているなぁとは思ったけれど、初めてのおつかいのお話だとは気づかなかった。ショコラは絵本のことが気になって、ラグナルの手元を覗き込んだ。ラグナルは綺麗な指で、文字をなぞる。

「『あるひ、こぐまのおかあさんはいいました』」

「!」

 ショコラはびっくりした。
 ラグナルがショコラのために、書いてあることを読み上げてくれたからだ。

(え……? ご主人様、まさか、読んでくれるの……?)

 ショコラがぽかんとしていると、ラグナルはページをめくって、絵本を読み続ける。

「『こぐまくん、おかいものにいってきてくれる?』」

「お、おつかいを頼んだんですね?」

 思わず、ショコラは興奮して、恥ずかしげもなく声を上げてしまった。
 ハッとラグナルを見れば、彼はこく、と小さく頷いただけだった。
 ラグナルは朗読を続ける。

 ショコラは最初は戸惑っていたものの、次第に夢中になって、ラグナルの指先を視線でなぞり、声に耳をすませていた。
 そして真ん中のページまで進んだところで、ふと思う。

(……もしかして、ご主人様って、優しい?)

 昨日のことを思い出した。
 焼き芋を二人で食べたこと。
 涙を拭ってくれたこと。
 そして絵本を読んでくれたこと。

 一度も怒られたことなんてないし、暴力をふるわれたことなどもない。
 院長の言ったことなんて、一度もなかった。

「こぐまくんはりんごをみっつ、かいました」

 落ち着いた声で音読してくれるラグナルを、そろ、と見上げる。
 よく見なくても、彼は綺麗な顔立ちをしていた。
 ちら、と視線があって、ショコラはぽっと頬を染めると、絵本に視線を移した。

(やっぱりわたし、騙されてたんだ……)

 ショコラは自分の分別の無さに、悲しくなってしまった。
 ラグナルはどうやら、少し変ではあるが、悪い人ではないようだった。
 
(わたし、本当に失礼なこと、言っちゃった……)

 ショコラはしばらく、落ち込んでしまった。
 けれどこぐまの絵本を読んでもらっているうちに、内容に集中してきて、ショコラはいつの間にか耳をひょこ、とたてて、物語に集中していくようになった。
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