もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第2章 ショコラと愉快な仲間達

ムンバ先輩

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 次の日。
 ショコラが朝から廊下の掃除をしていると、廊下の端から、おかしな音が聞こえてきた。

「?」

 振り返れば、丸くて平たい円盤のようなものが、床を滑るようにしてショコラに近づいてくるではないか。

「え、なに!?」

 ぎょっとしたショコラに構わず円盤はすい~っと近づいてくる。
 そしてショコラの足元で止まった。

 ピコー。

「!?」

 円盤はおかしな音を発する。

「な、なんでしょう、これは」

 ショコラが後ずさると、肩にへばりついていたミルティアとメルティアが、ひょこっとショコラの足元を覗き込んだ。

「あーっ、ムンバ先輩なの」

「ムンバ先輩、おはようごいざますなの~」

「えっ、ムンバ先輩?」

 ショコラが混乱するようにそう言うと、ムンバ先輩とやらは、再びピコーと音を鳴らした。

「ムンバ先輩はすごいのよ」

「お掃除の名人なのー」

「?」

 ショコラは混乱しつつも、先輩らしいので挨拶をする。

「む、ムンバ先輩さん、おはようございます」

「コンニチハ、ムンバデス」

「!?」

「アナタノイエヲ、キレイニシマス」

「えええっ!?」

(喋った!)

 ショコラが慄いていると、ムンバ先輩はすいーっと再び動き始めた。

「コンニチワ、ムンバデス」

 ピコーという音を発しながら、ムンバ先輩は館の影へと消えていった。

 ◆

「あはは、ムンバ先輩は自動お掃除魔道具なんですよ。自動で館の中をお掃除してくれるんです」

「そ、そうだったんですか。魔界にはすごいものがあるんですね」

「あまりにも掃除がうますぎて、私たちはムンバ先輩って呼んでるんです。この館、この人数しかいない割に、まだキレイな方でしょう?」

「確かに」

 ショコラは食堂でリリィと休憩しながら、ムンバ先輩のことを聞いていた。そばではミルティアたちがクッキーをむさぼっている。

(本当に、魔界にはいろんなものがあるし、技術が発展しているのね)

 文字通り、人間界と魔界は別世界だ。
 表と裏。
 同じ場所にあって、それぞれが違う次元にある場所。
 そう説明するのが、一番しっくりくるのかもしれない。

 テレビや車のときも驚いたけれど、まだこんなに驚くことがあったのかと、ショコラは息をついた。

「段差も障害物もなんのその。魔力も勝手にチャージして、家中どこでも掃除してくれるんです。あといくつか買ってもいいかもしれませんねー」

 ラグナル様に聞いておこうかしら、とリリィは頬に手を当てた。
 ショコラはそういえば、と昨晩ミルたちが言っていたことを思い出した。

「あの……」

「はい?」

「わたし、本当にご主人様のことを知らなくて……その、できれば、教えてもらうことはできますか?」

 そう言うと、リリィは目をパチパチと瞬かせた。
 それから嬉しそうに笑う。

「まあまあまあ、ラグナル様に興味が湧かれましたか!?」

「え、えっと、自分の仕えるご主人様のことを全然知らないのは、さすがに無礼だと思って……」

 そう説明すると、リリィは嬉しそうに何度も頷いた。

「興味を持っていただけたなら、なんでもいいんです、なんでも」

「?」

「それで、どのようなことを?」

 ショコラはちょっと考えてから言った。

「あの……どうしてご主人様は、魔王様をやめちゃったんですか?」

 見た所、ラグナルはまだかなり若い。魔王を止める年齢ではないと思う。
 そうたずねると、リリィはあー、という声を上げた。

「私たちも言い方が悪かったんですけど、魔王様ってやめらるものじゃないんです。ただ、休憩中というか……うーん……魔王業に疲れてしまった、というか、なんというか」

「? そうなんですか?」

「ええ。まあ、そんなところです」

 そう言って、リリィはラグナルの生い立ちを説明してくれた。
 もともと、長らく魔王の座についていたのは、ラグナルの母だったらしい。

 長らく平和な時代が続いていたが、あるとき、魔王夫妻は事故に巻き込まれて死んでしまった。

「事故? 事故ってなんですか?」

 ショコラは驚いた。
 ラグナルの両親が亡くなっていたとは、思わなかったからだ。
 ショコラが眉をひそめると、リリィは曖昧に笑ってごまかした。

「まあ、ちょっと大きな爆発事故というか……」

(爆発事故? 一体なんの?)

「それよりも、ショコラさんは、『魔王の器』というものをご存知ですか?」

 話を濁されたことに違和感を覚えたが、質問されたので、ショコラはぽつぽつと答えた。

「なんとなくは、わかるんですけど、詳しくは……」

 魔王の器。
 ショコラはその存在を知っていたし、感じていた。
 けれど詳しいことはわからなかったので、首を横に振った。

「『魔王の器』っていうのはですね、簡単にいうと……」

 魔界と人間界は、二柱の夫婦神によって作られた。
 一人一人が強く、魔力と言われるエネルギーを生まれながらにして持つ魔族の住む世界が、『魔界』である。
 女神によって創生されたこの世界は、個々の力を競い合って殺し合いが勃発する、争いの絶えないひどい世界だった。
 魔界はひどく荒れ果てた世界で、力を持たない弱い種族は、人間界に逃げ込むしかなかった。ショコラたち獣人もその種族の一つだ。

 あるとき、女神は荒れ果てた世界に嘆き、北、南、西、東、合わせて四つの大陸から一人ずつ魔族を選出し、自らの血肉を分け与えた。

 これがいわゆるラグナルたち『魔王』である。

 魔界に住む魔族たちには、自然と創生神を敬う本能が備わっている。
 それゆえ、魔族たちは女神の血とエネルギーを与えらた『魔王』を敬うようになった。そして魔族たちは争い合うのをやめ、それぞれの大陸に君臨する『魔王』に付き従い、尽くすようになったのである。

「と、こんな感じです。ここまでは知ってますよね?」

「はい。聞いたことがあります」

 この話は人間界にも伝わっているほど、有名な話だ。

「で、魔王の器についてなんですけれど……」

 リリィは手に持っていたティーカップを、ショコラの前に持ってきた。

「たとえば、この紅茶がこぼれずにこの空間にとどまっていられるのは、このカップがあるからですよね」

 ショコラはきょとんとしたが、こく、と頷いた。

「このカップがなかったら、こぼれ落ちてしまう。『魔王の器』というのは、それと同じなんですよ」

「ティーカップと?」

「ええ。ラグナル様……魔王は、普通の魔族の体と、作りは同じなんです」

 女神が魔王に与えた力は、あまりにも強大だった。
 身が壊れてしまうほどの、莫大なエネルギー。
 だから、その力を止めておくためには、器が必要だったのだ。

「その器こそが、『魔王の器』です」

 女神は器にエネルギーを満たして、魔族にプレゼントしたわけである。

「魔王となる者は、親から『魔王の器』の素質を受け継ぎます。『器』は一つしかないので、一人にしか受け継がれません」

 リリィはぴ、と人差し指をたてた。

「魔王が死んだ時、次代の『魔王の器』は完成し、エネルギーが譲渡されます。だから前魔王様が亡くなったとき、ラグナル様はたった十五歳で即位することになったんです」

「十五歳……」

 ショコラは驚いて何も言えなくなってしまった。
 今のショコラと同じ年齢のときに、ラグナルは魔王になったのだ。

「それから二百年間、ラグナル様は弟君を親のように育てつつ、この『西の大陸』をよくまとめられて来られました。っていっても、政治なんか別に動かす人がいるんですけどね。まあ、いろいろなことがあったし、疲れてしまったというのは本当です」

「……そうだったんですか」

 改めて聞くと、ショコラはとんでもない人に仕えているのだと思った。
 あんなに脱力系で、ゆるふわしている人が、魔王だなんて、本当に信じられない。

(でも確かに、ご主人様にとても強く惹かれるというか、好意を持つ感じはわかる……)

 ラグナルに逆らおうとは思えなかったし、尽したいという気持ちが強い。
 それはやはり、本能から来るものなのだろう。

「今は休暇中ということで、魔王としての業務を弟君にたくしておられます。ですが『魔王』という本質が無くなったわけではないのです」

「……」

「魔王が休暇なんてのも、歴史を紐解けば、何度もあったみたいですよ。そもそも、仕事を全くされなかった代もあったみたいですし」

 ショコラはなんともいえない気持ちになった。
 ラグナルを尊敬すると同時に、もう少し態度を改めて、丁寧に接しようとも思った。
 けれど、あのぐでっとしたラグナルのことを思い出すと、やっぱり気が抜けてしまう。

(本当に魔王様、なんだよね……)

 あのぐでっとした感じさえなければ、もっと緊張感を持って、ショコラも働いている気がするのだが……。
 
「でも、ラグナル様って、本当は強くてかっこいいんですよ」
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