もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

文字の大きさ
19 / 101
第2章 ショコラと愉快な仲間達

フルーツサンド

しおりを挟む
 今日は天気がいい。
 朝は寒かったが、昼になるとちょうどいいくらいの気温になった。
 風も気にならない。

 ラグナルとショコラは、二人で手をつないで、緩やかな山道を歩いていた。
 迷子になってはいけないから、とラグナルが手を離してくれないのだ。さすがに迷子にはならないと思うが、振り払うこともできないので、ショコラはおとなしく繋がれていた。

 最初はそわそわしていたショコラだったが、そもそもここには人があまりいないことを思い出した。たとえ自分が変だったとしても、それを笑う人自体がいないので、なんだか気が楽になった。

 それよりも、ゆっくりと景色を眺めながら二人で散歩をするのは、楽しかった。空は綺麗だったし、落ち葉が地面に不思議な模様を描いている。ショコラたちが住む館や村は、山の麓にあるのだが、山は紅葉して鮮やかに色づいていた。

「葉っぱが綺麗ですねぇ」

 ショコラがしっぽをぶんぶん振りながらそう言うと、ラグナルも頷いた。

「あそこ、トンボが飛んでる」

「あ、本当です! 大きいですよ、ラグナル様!」

 しっぽを振って、はしゃぐショコラ。
 そこにはなんの屈託もなく、本当に心の底からこの散歩を楽しんでいることがわかった。
 ショコラは無意識だったのだが、道端に花を発見するたび、ラグナルを引っ張っていた。そして見て見てとラグナルと一緒に観察した。

「これはなんでしょう?」

 小さな青い花がぽつぽつと生えていた岩陰で屈んで、ショコラが指をさしてラグナルに聞いた。まさか知っているとは思わなかったのだが、ラグナルはちょっと考えてから言った。

「……アオノユメクサ。魔界にしかない花」

「へええ! そんなのがあるんですか?」

「うん。枕元にこの花を置くと、夢を見られるんだって」

「夢?」

「ちょっと悲しい夢」

「悲しい夢……」

「みたい?」

 それは嫌だ、とショコラが首をふると、ラグナルは笑った。

「じゃあ置かないほうがいいよ」

「はい」

 ショコラもくすりと笑った。
 二人はしばらく山道を歩いた。
 山道と言っても、たまに紅葉を見る観光客でもいるのか、ちゃんと舗装されていて、ほとんど平地と変わらない。
 ショコラは楽しげに、ラグナルの隣を歩き続けた。

 ◆

 しばらく歩いて、二人は開けた場所でお昼ご飯を食べることにした。
 シートをしいて、ラグナルの世話をする。

 バスケットを開けると、ヤマトが作ってくれた美味しそうなごはんがぎっしりと入っていた。急にお弁当を頼んだ割に、結構な量だった。ポットにはオレンジジュースが入っている。

 海苔の巻かれたおにぎりに、甘い卵焼き、ウィンナー、からあげ。サンドイッチやフルーツサンドもあった。
 
 歩いた後に食べるごはんは美味しい。
 二人は紅葉を満喫しながら、ごはんを食べた。

「……君は、こういうのが好きなんだね」

「へ?」

 ショコラがデザートのフルーツサンドを頬張っていると、不意にラグナルがそう言った。

「野にある花や、草や、虫や、自然にあるものを愛でるんだね」

 ショコラを見つめるその瞳は、なぜか少し嬉しそうだった。
 ショコラはぽっと頬を赤くする。

「ど、ドングリ、ひろわない方がよかったですか?」

 さっき、ドングリを拾ってこっそりポシェットに入れていたのだ。
 偉い人の付き人はそんなことをしないのだろうとようやく気づいて、ショコラは恥ずかしくなる。
 けれどラグナルは首を振った。

「僕もドングリ好き。小さいころ、ここでたくさん拾ったよ」

「!」

 ショコラは驚いた。

「ご主人様は、小さいころはここで暮らしていたんですか?」

 ラグナルは少し考えてから、口を開いた。

「母さんの実家が所有していた、別荘だったんだよ。小さいころ、ここで遊んでたこともあるから、エルフの里の人たちとは昔からの知り合い」

「そうだったんですか?」

「うん」

 そういえば、前にリリィが話していたことを思い出した。ラグナルの両親は、ラグナルが幼い頃に亡くなったのだと。

 だから小さな弟の面倒を見ながら、魔王として人のために尽くし続けた。
 そして今は、弟に魔王としての仕事を任せていると。
 ショコラは話の流れで聞いてみた。

「あの、ご主人様。聞いてもいいですか?」

「なに?」

「ご主人様はどうして、魔王様をやめちゃったんですか?」

 思い切ってそう聞いてみると、ラグナルは眠そうな目でぽやっと考えてから、色づく木々のほうに視線を移した。
 立てた膝に、肘をついて、ぼやっと遠くを見ている。

「……食べ物がおいしくなくなったから」

「え?」

「食べ物が美味しくなくなって。好きだったものから、興味が失せた。それからどうでもいいことで怒って、疲れて。朝起きたら、お腹痛くて、動くのが億劫になった」

 だからやめた。

 ラグナルは眠そうな顔で、そう言った。
 ショコラは眉を下げて、手元のフルーツサンドに視線を下ろす。

「……ご主人様はきっと、疲れちゃったんですね」

 具体的に何があったのかはわからない。
 けれどラグナルの口ぶりから、ずいぶん疲弊していたことがうかがえた。

「……そう。どうしようかなって考えて、好きなことして、好きなものを食べて、好きな子といて、いっぱい寝たいなって思ったから、今そうしてる」

 ラグナルはそういうと、ちょっと笑った。

「飛ぶのが疲れたなら、木に止まって休めばいい。今だと思う風が吹いたら、もう一度飛べるかもしれないね」

「……」

「だから今は、人生の休憩中」

(あれ? ご主人様って……)

 魔族は基本的に寿命が長い。
 女性がないがしろにされないのも、妊娠や出産、子育てなど、人生のほんのわずかな期間でしかないからだ。男も女も、仕事を十年や二十年休むことなど、ざらにあるらしい。

(もしかして、また魔王様に、戻るのかな?)

 本当のところは、ラグナルにしか分からない。
 けれどショコラはそんなことを感じた。

「好きな子と一緒にいるって意味、わかる?」

「?」

 唐突にそう聞かれて、ショコラは首をかしげた。

「好きな子って、誰かわかる?」

「え……」

 ラグナルは姿勢を崩すと、なぜかショコラのほうへ手を伸ばす。
 頬に手を当てられ、顔が近づいてきて、ショコラはびく、と固まった。

「それって、どういう……」
 意味ですか?
 そう聞く前に、ショコラの影と、ラグナルの影が重なった。

「っ」

(えっ!?)

 頬をぺろ、と舐められる感覚。
 ショコラは衝撃で一瞬固まった。

「クリーム、ついてるけど」

 ラグナルは何事もなかったかのように、唇をぺろりと舐める。

(ひょえええええ!?)

「ご、ご、ご主人様!?」

 ショコラは混乱して、ラグナルの言った質問など、すっかり忘れてしまった。

「な、なんでこんなことするんですかぁ!」

「……甘いの、食べたかったから」

「ここにいっぱいありますよ!」

 ショコラは心臓がドキドキして、頬が真っ赤になってしまった。

「ご主人様は、やっぱり変わってます、食べたいなら、ちゃんと普通に食べてください!」

「ごめんね」

「ほらもう、ちゃんとこっちを食べてください」

 そう言って、ショコラはフルーツサンドをラグナルの手に持たせる。

(本当に変な人!)

 ショコラがドキドキを落ち着かせていると、それを見ていたラグナルがにこ、と笑った。

「甘くて、美味しかった」

「……?」

 頭がおかしくなったのかと今度は心配になって、ショコラはラグナルのそばに寄り添った。
 ラグナルは何事もなかったかのように、フルーツサンドをもぐもぐと食べていた。

(まったく、本当に何を考えているんでしょう、ショコラのご主人様は……)

 ショコラは呆れながら、ラグナルの世話をしたのだった。
 
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いて欲しい!

カントリー
恋愛
「懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。」 でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。 大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きな小太した女子高校生。 今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。 ダーク 「…美味そうだな…」ジュル… 都子「あっ…ありがとうございます!」 (えっ…作った料理の事だよね…) 元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが… これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。 小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」から20年前の物語となります。

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。 ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。 ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。 竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。 *魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。 *お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。 *本編は完結しています。  番外編は不定期になります。  次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

【完結】精霊獣を抱き枕にしたはずですが、目覚めたらなぜか国一番の有名人がいました

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
「あなたに会いたかったの、ずっと」 秘め続けていた思いを告げ、リセの胸は高鳴っていた。が、それは人ではなく、五年程前に森でさまよっているところを助け出してくれた、リセにとって恩人(恩獣?)の精霊獣だった。 リセは助けてくれた精霊獣に並々ならぬ思い入れがあり、チャンスがあれば精霊獣を誘拐……運ぼうと鍛え抜いていた筋力で傷ついた精霊獣を寝室に担ぎ込み、念願の抱き枕を手に入れる。 嫌がる精霊獣だったが、リセは治癒能力を言い訳にして能力濫用もはばからず、思う存分もふもふを満喫したが、翌朝……。 これは精霊なら自然体でいられる(むしろ追いかけていく)のに、人前では表情が固まってしまう人見知り令嬢と、自分の体質にちょっとお疲れな魔術師の、不器用な恋の話。 *** 閲覧ありがとうございます、完結しました! ラブコメ寄り? コメディとシリアス混在の恋愛ファンタジーです。 ゆるめ設定。 お気軽にどうぞ。 全32話。

聖女の力は「美味しいご飯」です!~追放されたお人好し令嬢、辺境でイケメン騎士団長ともふもふ達の胃袋掴み(物理)スローライフ始めます~

夏見ナイ
恋愛
侯爵令嬢リリアーナは、王太子に「地味で役立たず」と婚約破棄され、食糧難と魔物に脅かされる最果ての辺境へ追放される。しかし彼女には秘密があった。それは前世日本の記憶と、食べた者を癒し強化する【奇跡の料理】を作る力! 絶望的な状況でもお人好しなリリアーナは、得意の料理で人々を助け始める。温かいスープは病人を癒し、栄養満点のシチューは騎士を強くする。その噂は「氷の辺境伯」兼騎士団長アレクシスの耳にも届き…。 最初は警戒していた彼も、彼女の料理とひたむきな人柄に胃袋も心も掴まれ、不器用ながらも溺愛するように!? さらに、美味しい匂いに誘われたもふもふ聖獣たちも仲間入り! 追放令嬢が料理で辺境を豊かにし、冷徹騎士団長にもふもふ達にも愛され幸せを掴む、異世界クッキング&溺愛スローライフ! 王都への爽快ざまぁも?

婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました

六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。 「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」 彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。 アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。 時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。 すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。 そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。 その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。 誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。 「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」 「…………え?」 予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。 なぜ、落ちぶれた私を? そもそも、お会いしたこともないはずでは……? 戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。 冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。 彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。 美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。 そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。 しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……? これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。

処理中です...