もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

文字の大きさ
51 / 101
第4章 魔王様は脱力系?

吹雪の夜に

しおりを挟む
 真っ白な世界の中を、ショコラはゆらゆらと歩いていた。
 猛烈な風が行く手を阻む。
 薄着に裸足の体では、凍えるような寒さを防ぐことなど、到底できない。
 凍え死んでしまうのも時間の問題だろう。
 それでも前に進もうとするのは、否、逃げようとするのは、再びあの絶望を味わいたくないからだ。

「ごしゅじんさま……」

 ショコラはほとんど無意識のうちに、そう呟いていた。
 館で過ごしたあたたかい日々を思い出す。

「ごめんなさい……」

 とうとう、足が前に進まなくなった。
 ずっと痛みを感じていた足の感覚は、もうない。
 それどころか、寒さすらも、なぜか感じなくなっていた。
 猛烈に眠い。

 けれど唯一残った胸の痛みだけが、ショコラを現実に繋ぎ止めていた。
 ショコラは雪の上に倒れた。

(もう一度捨てられるくらいなら、いっそ……)

 まぶたが凍りついたように開かない。
 吹雪がショコラの存在自体を、白に塗り込めようとしていた。
 けれどわずかに開いたショコラの目に、黒いブーツの靴先が見えた。
 どこかで聞いたことのあるような声が、吹雪の間を縫って、聞こえてくる。

「見つけた」

 その瞬間、ショコラのまわりにあったすべての音が止んだ。
 吹雪は消え、雪の冷たさもなくなってしまう。
 体にぼんやりとした温かさが、注ぎ込まれているようだった。
 どこで見たことのある男が、ショコラを抱き起こし、そして抱きしめた。

 ──あったかい。

(ご主人様の匂いがする)

 その匂いに、体の力が抜け切った。

「ごしゅじんさま……?」

 ショコラはうっすらと目を開けた。
 ぼんやりとうつるのは、やっぱりどこかで見覚えのある顔。
 ショコラはぽろぽろと涙を流した。
 それが誰だかわからないままに、心に蟠った言葉を吐き出す。

「ごめんなさい……ごめんなさい、ごしゅじんさま……」

 胸がじくじくと痛んだ。

「捨てないで……怖い……ひとりぼっちは、もう嫌……」

 一瞬、脳裏に、再びあの女性の後ろ姿が映った。
 ショコラを置いていく、あの姿が。
 震えながら涙を流すショコラを、男がそっと抱きしめた。

「もう大丈夫だよ、ショコラ。君を迎えに来たんだ」

「……?」

「誰も君をひとりになんかしない。思い出せ、君の帰る場所を」

 その声は、優しく、力強く、ショコラに語りかける。

「君には待ってる人がいるだろう」

「でも、もう、こんなんじゃ、嫌われちゃう……」

 ショコラは泣きじゃくった。

「いっつも失敗して、迷惑かけてばっかりで、ご主人様のいうこともきけないの。だから捨てられちゃうの」

「そんなことないよ。失敗は誰にでもある。君は、君のご主人様が失敗したら嫌いになるの? 迷惑をかけたら、嫌いになるの?」

「……」

「リリィが、シュロが、ヤマトが、ミルやメルが、ルーチェが迷惑をかけたら、嫌いになるの? 出て行けと思うの?」

 ショコラは首を振った。

「だったら、僕も、彼らもそうさ。君を嫌いになったりなんかしない。君を捨てたりなんかしない。君がそれを一番よく知っているはずだ。思い出してよ、ショコラ。僕たちと過ごした日々のことを」

 ショコラの脳裏に、今までの記憶が蘇った。
 はじめて館に来た日のこと。
 リリィとシュロの優しい気遣い。
 ヤマトのごはんのおいしさ。
 ミルとメルと遊んだ日々。
 ルーチェはなんだかんだいって、友達だと思っている。
 それに、ラグナル。
 なんだか抜けているところもあるけれど、優しくて、穏やかで、一緒にいると安心できる人。
 ショコラの大好きな、ご主人様。

「僕たちを信じて、ショコラ」

 耳元でラグナルが囁いた。

「君を苦しめる人は、ここには誰もいないから。安心していいんだよ」

 ショコラの胸の中に、じわじわとあたたかさが広がり始めた。
 それは闇の中で燃える炎のようだった。
 孤児院にいたとき、心の中に抱えていた、あのわずかな火とは違う。
 偽物のきぼうとは違う。
 もっと力強く、激しく燃え上がる炎だ。
 全ての雪を溶かしてしまうほどのそれは、ショコラの心から、闇を振り払っていく。
 光を取り戻したショコラの世界には、あの女性はもう、消え去っていた。
 代わりに、そこに立っているのは──。

「……ここにいても、いいの?」

 ショコラは、ラグナルを見上げた。

「ああ」

「どうして?」

「僕がそう望んでいるからだ。みんながそう望んでいるからだ」

 ラグナルは微笑んで、その額をショコラの額にひっつけた。

「君が大好きだよ、ショコラ」

 ショコラは目を見開いた。
 それから涙を流して、笑った。

「ショコラも……」

 安心したのか、体から力が抜けていく。
 どんどん景色が遠くなっていき、ラグナルの顔がぼんやりと滲んだ。

「しょこらも、ごしゅじんさま……らぐなるさま、だいすき……」

 唇にあたたかくてやわらかいものが触れた気がしたのは、ショコラの気のせいだったのかもしれない。
しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

甘い匂いの人間は、極上獰猛な獣たちに奪われる 〜居場所を求めた少女の転移譚〜

具なっしー
恋愛
「誰かを、全力で愛してみたい」 居場所のない、17歳の少女・鳴宮 桃(なるみや もも)。 幼い頃に両親を亡くし、叔父の家で家政婦のような日々を送る彼女は、誰にも言えない孤独を抱えていた。そんな桃が、願いをかけた神社の光に包まれ目覚めたのは、獣人たちが支配する異世界。 そこは、男女比50:1という極端な世界。女性は複数の夫に囲われて贅沢を享受するのが常識だった。 しかし、桃は異世界の女性が持つ傲慢さとは無縁で、控えめなまま。 そして彼女の身体から放たれる**"甘いフェロモン"は、野生の獣人たちにとって極上の獲物**でしかない。 盗賊に囚われかけたところを、美形で無口なホワイトタイガー獣人・ベンに救われた桃。孤独だった少女は、その純粋さゆえに、強く、一途で、そして獰猛な獣人たちに囲われていく――。 ※表紙はAIです

無表情な黒豹騎士に懐かれたら、元の世界に戻れなくなった私の話を切実に聞いて欲しい!

カントリー
恋愛
「懐かれた時はネコちゃんみたいで可愛いなと思った時期がありました。」 でも懐かれたのは、獲物を狙う肉食獣そのものでした。by大空都子。 大空都子(おおぞら みやこ)。食べる事や料理をする事が大好きな小太した女子高校生。 今日も施設の仲間に料理を振るうため、買い出しに外を歩いていた所、暴走車両により交通事故に遭い異世界へ転移してしまう。 ダーク 「…美味そうだな…」ジュル… 都子「あっ…ありがとうございます!」 (えっ…作った料理の事だよね…) 元の世界に戻るまで、都子こと「ヨーグル・オオゾラ」はクモード城で料理人として働く事になるが… これは大空都子が黒豹騎士ダーク・スカイに懐かれ、最終的には逃げられなくなるお話。 小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」から20年前の物語となります。

【完結】精霊獣を抱き枕にしたはずですが、目覚めたらなぜか国一番の有名人がいました

入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
「あなたに会いたかったの、ずっと」 秘め続けていた思いを告げ、リセの胸は高鳴っていた。が、それは人ではなく、五年程前に森でさまよっているところを助け出してくれた、リセにとって恩人(恩獣?)の精霊獣だった。 リセは助けてくれた精霊獣に並々ならぬ思い入れがあり、チャンスがあれば精霊獣を誘拐……運ぼうと鍛え抜いていた筋力で傷ついた精霊獣を寝室に担ぎ込み、念願の抱き枕を手に入れる。 嫌がる精霊獣だったが、リセは治癒能力を言い訳にして能力濫用もはばからず、思う存分もふもふを満喫したが、翌朝……。 これは精霊なら自然体でいられる(むしろ追いかけていく)のに、人前では表情が固まってしまう人見知り令嬢と、自分の体質にちょっとお疲れな魔術師の、不器用な恋の話。 *** 閲覧ありがとうございます、完結しました! ラブコメ寄り? コメディとシリアス混在の恋愛ファンタジーです。 ゆるめ設定。 お気軽にどうぞ。 全32話。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

婚約破棄された没落寸前の公爵令嬢ですが、なぜか隣国の最強皇帝陛下に溺愛されて、辺境領地で幸せなスローライフを始めることになりました

六角
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、王立アカデミーの卒業パーティーで、長年の婚約者であった王太子から突然の婚約破棄を突きつけられる。 「アリアンナ! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄させてもらう!」 彼の腕には、可憐な男爵令嬢が寄り添っていた。 アリアンナにありもしない罪を着せ、嘲笑う元婚約者と取り巻きたち。 時を同じくして、実家の公爵家にも謀反の嫌疑がかけられ、栄華を誇った家は没落寸前の危機に陥ってしまう。 すべてを失い、絶望の淵に立たされたアリアンナ。 そんな彼女の前に、一人の男が静かに歩み寄る。 その人物は、戦場では『鬼神』、政務では『氷帝』と国内外に恐れられる、隣国の若き最強皇帝――ゼオンハルト・フォン・アドラーだった。 誰もがアリアンナの終わりを確信し、固唾をのんで見守る中、絶対君主であるはずの皇帝が、おもむろに彼女の前に跪いた。 「――ようやくお会いできました、私の愛しい人。どうか、この私と結婚していただけませんか?」 「…………え?」 予想外すぎる言葉に、アリアンナは思考が停止する。 なぜ、落ちぶれた私を? そもそも、お会いしたこともないはずでは……? 戸惑うアリアンナを意にも介さず、皇帝陛下の猛烈な求愛が始まる。 冷酷非情な仮面の下に隠された素顔は、アリアンナにだけは蜂蜜のように甘く、とろけるような眼差しを向けてくる独占欲の塊だった。 彼から与えられたのは、豊かな自然に囲まれた美しい辺境の領地。 美味しいものを食べ、可愛いもふもふに癒やされ、温かい領民たちと心を通わせる――。 そんな穏やかな日々の中で、アリアンナは凍てついていた心を少しずつ溶かしていく。 しかし、彼がひた隠す〝重大な秘密〟と、時折見せる切なげな表情の理由とは……? これは、どん底から這い上がる令嬢が、最強皇帝の重すぎるほどの愛に包まれながら、自分だけの居場所を見つけ、幸せなスローライフを築き上げていく、逆転シンデレラストーリー。

「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド  どこにでも居る普通の令嬢レージュ。  冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。  風魔法を使えば、山が吹っ飛び。  水魔法を使えば大洪水。  レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。  聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。  一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。 「その命。要らないなら俺にくれないか?」  彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。  もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!  ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。  レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。  一方、レージュを追放した帝国は……。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...