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第4章 魔王様は脱力系?
吹雪の夜に
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真っ白な世界の中を、ショコラはゆらゆらと歩いていた。
猛烈な風が行く手を阻む。
薄着に裸足の体では、凍えるような寒さを防ぐことなど、到底できない。
凍え死んでしまうのも時間の問題だろう。
それでも前に進もうとするのは、否、逃げようとするのは、再びあの絶望を味わいたくないからだ。
「ごしゅじんさま……」
ショコラはほとんど無意識のうちに、そう呟いていた。
館で過ごしたあたたかい日々を思い出す。
「ごめんなさい……」
とうとう、足が前に進まなくなった。
ずっと痛みを感じていた足の感覚は、もうない。
それどころか、寒さすらも、なぜか感じなくなっていた。
猛烈に眠い。
けれど唯一残った胸の痛みだけが、ショコラを現実に繋ぎ止めていた。
ショコラは雪の上に倒れた。
(もう一度捨てられるくらいなら、いっそ……)
まぶたが凍りついたように開かない。
吹雪がショコラの存在自体を、白に塗り込めようとしていた。
けれどわずかに開いたショコラの目に、黒いブーツの靴先が見えた。
どこかで聞いたことのあるような声が、吹雪の間を縫って、聞こえてくる。
「見つけた」
その瞬間、ショコラのまわりにあったすべての音が止んだ。
吹雪は消え、雪の冷たさもなくなってしまう。
体にぼんやりとした温かさが、注ぎ込まれているようだった。
どこで見たことのある男が、ショコラを抱き起こし、そして抱きしめた。
──あったかい。
(ご主人様の匂いがする)
その匂いに、体の力が抜け切った。
「ごしゅじんさま……?」
ショコラはうっすらと目を開けた。
ぼんやりとうつるのは、やっぱりどこかで見覚えのある顔。
ショコラはぽろぽろと涙を流した。
それが誰だかわからないままに、心に蟠った言葉を吐き出す。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごしゅじんさま……」
胸がじくじくと痛んだ。
「捨てないで……怖い……ひとりぼっちは、もう嫌……」
一瞬、脳裏に、再びあの女性の後ろ姿が映った。
ショコラを置いていく、あの姿が。
震えながら涙を流すショコラを、男がそっと抱きしめた。
「もう大丈夫だよ、ショコラ。君を迎えに来たんだ」
「……?」
「誰も君をひとりになんかしない。思い出せ、君の帰る場所を」
その声は、優しく、力強く、ショコラに語りかける。
「君には待ってる人がいるだろう」
「でも、もう、こんなんじゃ、嫌われちゃう……」
ショコラは泣きじゃくった。
「いっつも失敗して、迷惑かけてばっかりで、ご主人様のいうこともきけないの。だから捨てられちゃうの」
「そんなことないよ。失敗は誰にでもある。君は、君のご主人様が失敗したら嫌いになるの? 迷惑をかけたら、嫌いになるの?」
「……」
「リリィが、シュロが、ヤマトが、ミルやメルが、ルーチェが迷惑をかけたら、嫌いになるの? 出て行けと思うの?」
ショコラは首を振った。
「だったら、僕も、彼らもそうさ。君を嫌いになったりなんかしない。君を捨てたりなんかしない。君がそれを一番よく知っているはずだ。思い出してよ、ショコラ。僕たちと過ごした日々のことを」
ショコラの脳裏に、今までの記憶が蘇った。
はじめて館に来た日のこと。
リリィとシュロの優しい気遣い。
ヤマトのごはんのおいしさ。
ミルとメルと遊んだ日々。
ルーチェはなんだかんだいって、友達だと思っている。
それに、ラグナル。
なんだか抜けているところもあるけれど、優しくて、穏やかで、一緒にいると安心できる人。
ショコラの大好きな、ご主人様。
「僕たちを信じて、ショコラ」
耳元でラグナルが囁いた。
「君を苦しめる人は、ここには誰もいないから。安心していいんだよ」
ショコラの胸の中に、じわじわとあたたかさが広がり始めた。
それは闇の中で燃える炎のようだった。
孤児院にいたとき、心の中に抱えていた、あのわずかな火とは違う。
偽物の炎とは違う。
もっと力強く、激しく燃え上がる炎だ。
全ての雪を溶かしてしまうほどのそれは、ショコラの心から、闇を振り払っていく。
光を取り戻したショコラの世界には、あの女性はもう、消え去っていた。
代わりに、そこに立っているのは──。
「……ここにいても、いいの?」
ショコラは、ラグナルを見上げた。
「ああ」
「どうして?」
「僕がそう望んでいるからだ。みんながそう望んでいるからだ」
ラグナルは微笑んで、その額をショコラの額にひっつけた。
「君が大好きだよ、ショコラ」
ショコラは目を見開いた。
それから涙を流して、笑った。
「ショコラも……」
安心したのか、体から力が抜けていく。
どんどん景色が遠くなっていき、ラグナルの顔がぼんやりと滲んだ。
「しょこらも、ごしゅじんさま……らぐなるさま、だいすき……」
唇にあたたかくてやわらかいものが触れた気がしたのは、ショコラの気のせいだったのかもしれない。
猛烈な風が行く手を阻む。
薄着に裸足の体では、凍えるような寒さを防ぐことなど、到底できない。
凍え死んでしまうのも時間の問題だろう。
それでも前に進もうとするのは、否、逃げようとするのは、再びあの絶望を味わいたくないからだ。
「ごしゅじんさま……」
ショコラはほとんど無意識のうちに、そう呟いていた。
館で過ごしたあたたかい日々を思い出す。
「ごめんなさい……」
とうとう、足が前に進まなくなった。
ずっと痛みを感じていた足の感覚は、もうない。
それどころか、寒さすらも、なぜか感じなくなっていた。
猛烈に眠い。
けれど唯一残った胸の痛みだけが、ショコラを現実に繋ぎ止めていた。
ショコラは雪の上に倒れた。
(もう一度捨てられるくらいなら、いっそ……)
まぶたが凍りついたように開かない。
吹雪がショコラの存在自体を、白に塗り込めようとしていた。
けれどわずかに開いたショコラの目に、黒いブーツの靴先が見えた。
どこかで聞いたことのあるような声が、吹雪の間を縫って、聞こえてくる。
「見つけた」
その瞬間、ショコラのまわりにあったすべての音が止んだ。
吹雪は消え、雪の冷たさもなくなってしまう。
体にぼんやりとした温かさが、注ぎ込まれているようだった。
どこで見たことのある男が、ショコラを抱き起こし、そして抱きしめた。
──あったかい。
(ご主人様の匂いがする)
その匂いに、体の力が抜け切った。
「ごしゅじんさま……?」
ショコラはうっすらと目を開けた。
ぼんやりとうつるのは、やっぱりどこかで見覚えのある顔。
ショコラはぽろぽろと涙を流した。
それが誰だかわからないままに、心に蟠った言葉を吐き出す。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごしゅじんさま……」
胸がじくじくと痛んだ。
「捨てないで……怖い……ひとりぼっちは、もう嫌……」
一瞬、脳裏に、再びあの女性の後ろ姿が映った。
ショコラを置いていく、あの姿が。
震えながら涙を流すショコラを、男がそっと抱きしめた。
「もう大丈夫だよ、ショコラ。君を迎えに来たんだ」
「……?」
「誰も君をひとりになんかしない。思い出せ、君の帰る場所を」
その声は、優しく、力強く、ショコラに語りかける。
「君には待ってる人がいるだろう」
「でも、もう、こんなんじゃ、嫌われちゃう……」
ショコラは泣きじゃくった。
「いっつも失敗して、迷惑かけてばっかりで、ご主人様のいうこともきけないの。だから捨てられちゃうの」
「そんなことないよ。失敗は誰にでもある。君は、君のご主人様が失敗したら嫌いになるの? 迷惑をかけたら、嫌いになるの?」
「……」
「リリィが、シュロが、ヤマトが、ミルやメルが、ルーチェが迷惑をかけたら、嫌いになるの? 出て行けと思うの?」
ショコラは首を振った。
「だったら、僕も、彼らもそうさ。君を嫌いになったりなんかしない。君を捨てたりなんかしない。君がそれを一番よく知っているはずだ。思い出してよ、ショコラ。僕たちと過ごした日々のことを」
ショコラの脳裏に、今までの記憶が蘇った。
はじめて館に来た日のこと。
リリィとシュロの優しい気遣い。
ヤマトのごはんのおいしさ。
ミルとメルと遊んだ日々。
ルーチェはなんだかんだいって、友達だと思っている。
それに、ラグナル。
なんだか抜けているところもあるけれど、優しくて、穏やかで、一緒にいると安心できる人。
ショコラの大好きな、ご主人様。
「僕たちを信じて、ショコラ」
耳元でラグナルが囁いた。
「君を苦しめる人は、ここには誰もいないから。安心していいんだよ」
ショコラの胸の中に、じわじわとあたたかさが広がり始めた。
それは闇の中で燃える炎のようだった。
孤児院にいたとき、心の中に抱えていた、あのわずかな火とは違う。
偽物の炎とは違う。
もっと力強く、激しく燃え上がる炎だ。
全ての雪を溶かしてしまうほどのそれは、ショコラの心から、闇を振り払っていく。
光を取り戻したショコラの世界には、あの女性はもう、消え去っていた。
代わりに、そこに立っているのは──。
「……ここにいても、いいの?」
ショコラは、ラグナルを見上げた。
「ああ」
「どうして?」
「僕がそう望んでいるからだ。みんながそう望んでいるからだ」
ラグナルは微笑んで、その額をショコラの額にひっつけた。
「君が大好きだよ、ショコラ」
ショコラは目を見開いた。
それから涙を流して、笑った。
「ショコラも……」
安心したのか、体から力が抜けていく。
どんどん景色が遠くなっていき、ラグナルの顔がぼんやりと滲んだ。
「しょこらも、ごしゅじんさま……らぐなるさま、だいすき……」
唇にあたたかくてやわらかいものが触れた気がしたのは、ショコラの気のせいだったのかもしれない。
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