もふもふメイドは魔王の溺愛に気づかない

美雨音ハル

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第1章 ハッピーライフ

魔王の弟

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「では、今日は今までの復習をしましょうか」

 館のある一室。
 移動式の黒板の前で、普段はかけないメガネをかけたリリィが、くい、とメガネを持ち上げた。

「はい、リリィ先生」

「「はぁい、リリィせんせー!」」

 リリィの前では、ショコラとミルメルがそれぞれ椅子に座って、小さな机に鉛筆を持って、向き合っていた。
 まるで学校の授業のような風景である。
 そもそもこれは、人間界で育ち、亜人迫害のせいで教養を得られなかったショコラのために開かれている勉強会なので、授業といっても差し支えはないだろう。

 ショコラはラグナルの世話が仕事だが、肝心のラグナルは昼過ぎまで起きてこない。なので午前中、暇な時間を見つけては、こうして勉強をするようになったのだ。

 講師は大体リリィだが、授業内容に応じてシュロだったり、ヤマトだったりする。地理や歴史、計算、国語など。ショコラは魔界がどうやって動いているのかを知らないため、現代社会の勉強にも力を入れている。

(魔界と人間界は全然ちがうから、ちゃんと勉強しておかないと大変です)

 この田舎屋敷でさえ、文明の利器がたくさんあって戸惑ってしまう。例えば人間界での移動は馬車と呼ばれる馬を利用したものが主だが、魔界では車と呼ばれる魔導具が用いられる。このあたりではトラックと呼ばれる荷物を運ぶ車を多く見かける。

 さらに車だけでなく、なんと空を飛ぶ魔導具などもあるので、移動手段はしっかりと勉強しておかなければならない。この田舎でさえこれなのだから、王都にいけばどうなるのだろうと、ショコラはいつも思うのだった。

「ではショコラさん、魔王についてお尋ねします」

「魔王様について、ですか?」

「ええ。この世界の成り立ちと、魔王の誕生について、ショコラさんの知っていることを私に教えて下さい」

「魔王様っていうのは、えっと……」

 ショコラはたどたどしく、リリィに説明した。
 内容は要するに、以下のようなものである。

 魔界と人間界は、二柱の夫婦神によって作られた。
 一人一人が強く、魔力と言われるエネルギーを生まれながらにして持つ魔族の住む世界が、『魔界』である。
 女神によって創生された魔界は、個々の力を競い合って殺し合いが勃発する、争いの絶えないひどい世界だった。
 魔界はひどく荒れ果てた世界で、力を持たない弱い種族は、人間界に逃げ込むしかなかった。ショコラたち獣人もその種族の一つだ。

 あるとき、女神は荒れ果てた世界に嘆き、北、南、西、東、合わせて四つの大陸から一人ずつ魔族を選出し、自らの血肉を分け与えた。

 これがいわゆるラグナルたち『魔王』である。

 魔界に住む魔族たちには、自然と創生神を敬う本能が備わっている。
 それゆえ、魔族たちは女神の血とエネルギーを与えらた『魔王』を敬うようになった。そして魔族たちは争い合うのをやめ、それぞれの大陸に君臨する『魔王』に付き従い、尽くすようになったのである。

「こ、こんな感じでしょうか?」

「そうそう! よくできましたね」

 ショコラは褒められて、ちょろりとしっぽを振った。

 この話は人間界にも伝わっているほど、有名な話だ。

「では、『魔王の器』とはなんでしょうか?」

「えーと……」

 女神が魔王に与えた力は、あまりにも強大だった。
 身が壊れてしまうほどの、莫大なエネルギー。
 だから、その力を体に止めておくためには、器が必要だったのだ。

「その器っていうのが『魔王の器』です」

 女神は器にエネルギーを満たして、魔族にプレゼントした。

「魔王様となる人は、親から『魔王の器』の素質を受け継ぎます。『器』は一つしかないので、一人にしか受け継がれません」

「ええ」

「魔王様が死んだ時、次代の『魔王の器』は完成し、エネルギーが譲渡される……というのが、魔王の器の仕組み、です」

「そうですね、素晴らしい説明でした」

 リリィは小さく拍手をした。
 ミルとメルも、全く何も理解していないようだが、わーきゃーと拍手しまくっている。

「ラグ様はすごい魔王様なの!」

「小さいときから、ずっとずっと魔王様!」

「そうですね。ラグナル様はお父上が亡くなられてから、齢十五で即位されました。弟君であらせられるロロ殿下を育てつつ、今日まで魔界を治められてきたのです」

 あのように常にとろけているラグナルだが、彼は実はかなりの苦労人だった。
 ショコラは実際には見ていないけれど、以前はもう少し怖い人だったらしい。魔王という職業柄、どうしても優しいままではこなせない業務もあったそうだ。

「ロロ様は小さいときやんちゃでしたから、教育にもかなり苦労されていましたね」

 リリィが、懐かしそうにそう呟いた。
 目を細めて、遠い昔を思い出しているようだ。
 ふと、ショコラは思った。
 今まであまりラグナルの弟であるロロの話を聞いたことはなかった。
 現在魔王の業務を肩代わりしている魔王の弟とは、どういう人物なのだろうか。

「リリィさん、ロロ様って、どういう方なのでしょうか?」

 ショコラがそう質問すると、リリィはそうですねーと顎に手を当てた。
 回答に少し悩んでいるらしい。

「まあ、ラグナル様にそっくりって言えば、そっくりなお方だと思います」

 ショコラの頭の中に、ほわんほわんと想像が膨らんでいく。
 ラグナルの少し小さい版といった感じの、ゆるふわな男性が、もぐもぐとお菓子を食べている……。

「そ、そうなんですか……」

「ええ。けれどラグナル様第一主義とされるくらい、かなりのブラコンで、ちょっと面倒くさいというか……」

「ぶらこん?」

「お兄ちゃん大好きって意味です」

「へえ」

 ショコラはラグナルの小さい版が、ラグナルに抱きついている図を想像した。
 
「仲良しなことは、とってもいいことですね」

 ショコラはちょろりとしっぽを振った。
 ショコラには家族がいない。
 想像でしかないけれど、家族はとても大切で、あたたかくて、愛おしい存在なのだと思っている。
 だから兄弟で仲がいいのは、本当にすばらしいことだと思った。
 ショコラにはきっと、これから先もその絆は手に入らないものだろうから。

「でも、その……ちょっと行き過ぎなところがあるというか……」

 リリィはなんだか言いずらそうに、言葉を濁した。

「?」

「今は大丈夫だと思いますけど。まさか、ねぇ……」

 リリィの態度から、おそらくロロも、ラグナルのように少し変わった人なのだろう、とショコラは思ったのだった。

 ◆

「っくしゅん!」

 ショコラたちのいる館から、ずっと離れた場所にある王宮の一室。
 机に向かっていたその男は、小さなくしゃみを一つした。

「あら……風邪ですか」

 男のそばに侍っていた流麗な女性が、ぴく、と眉をひそめて男を見る。

「いや……誰かに何か、また噂されているような気が……」

 男はくすん、と鼻をすすると、気だるげな顔で窓の方を見た。
 何かに思いを馳せているようだった。

「それよりコレット、俺、もう限界かもしれない」

「……またですか」

「今度は本当に本当」

 そう言って、男は深いため息をついたのだった。
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