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第3章 夏だ!海だ!バカンスだ!
魔王の恋
しおりを挟む「魔王さまの……恋、ですか?」
ショコラはどきりとした。
──恋。
偶然なのだろうが、ちょうどショコラが悩んでいることだったから。
心臓が変な音をたてる。
魔王の恋。
ラグナルの、恋。
「……その昔、僕たちの世界は争いに満ち溢れていた」
しばらく黙ったのち、ラグナルは語り始めた。
いわく。
その昔、魔界は争いに満ち溢れ、混沌とした世界だった。
女神はそんな荒れ果てた世界を嘆き、北、南、西、東、合わせて四つの大陸から一人ずつ魔族を選出し、自らの血肉を分け与えて魔王とした。
魔界に住む魔族たちには、自然と創生神を敬う本能が備わっている。
それゆえ、魔族たちは女神の血とエネルギーを与えらた『魔王』を敬うようになった。そして魔族たちは争い合うのをやめ、それぞれの大陸に君臨する『魔王』に付き従い、尽くすようになったのである。
魔界は魔王を得ることで、とても平穏になった。
けれど本当に大変だったのは、魔族を率いる魔王たちだった。
最初のころ、魔王を得ても、魔界は不安定だった。
ともすれば争いを繰り返しそうになる。
魔王たちはそれを止めてまわり、本当の平和のために奔走した。
けれどそうしているうちに、魔王たちは疲れてしまった。
魔王は自らの肉体に宿る女神の血を、魔王の器を、生きている間守り続けなければならなかったからだ。
魔王は生まれながらにして魔王であり、その仕事をやめることはできない。
魔王としての役目を終えられるのは、死んだときだけだ。
普通の国の王様なら、王位を譲ることができる。
けれど魔王は魔王をやめられないのだ。
そんな魔王たちは、長い間世界を治めていくうちに、少しずつ消耗していった。世界を死ぬまで背負い続けることに、疲れてしまった。
けれどあるとき、世を平和にした魔王たちに、女神さまは褒賞をお与えになった。
女神はたった一人、魔王のための「運命の人」を生み出したのである。
それは魔王の伴侶であり、唯一の拠り所。
魔王のこころを癒す者。
決して裏切らず、魔王とともに道を歩く者。
魔王はその者とともにあれば、心が、体が、癒されていくのである。
魔王は一人だが、その魔王を一番近くでささえるパートナーを女神さまはお与になったということだ。
「……だから魔王はね、一度見初めた者を永遠に愛し続けるんだよ」
「……」
語り終えたラグナルは、ふう、と息をついた。
「この人って決めたら、ずっとその人に恋をし続けるんだ」
女神様が決めた運命のひと。
ショコラの胸は、ドキドキと高鳴っていた。
「ご、ご主人様は、その……運命のひと、に……出会いましたか?」
いやだ。
どうしよう。
答えを聞きたくない。
だって、そうしたらショコラのこころは……。
そんなショコラの葛藤に対して、ラグナルは微笑むだけだった。
その笑みに含まれる意味はよく分からない。
けれどショコラはどうしてだか、安心してしまった。
だってきっと、すでに出会っているのなら、ずっとそばに置いておくはずなのだから。
今の状況を鑑みると、おそらくラグナルはまだ、その運命のひととやらに出会ってないのだろう。
「運命のひとはね、自分で決めるんだよ」
「自分で……?」
「うん。この子がいいって思ったら、その子が運命の子になる」
だから一目惚れじゃなくても、少しずつ運命のひとに変化していく場合もあるのだという。
ショコラは安心してしまった。
(それなら、わたしにも……)
わたしにも、なんだ?
そう思って、ショコラはハッとしてしまった。
今、ショコラは何に安堵した?
わたしにも、何があると思った?
(ち、ちがう……)
ショコラは首を振る。
(これは、ちがう……き、きっと今の生活が壊れてしまうのがいやだから、そう思うだけ……)
ラグナルの側仕えをするのはどれほど楽しいだろう。
だからこそ、この日常を壊したくないと思うのだ。
ラグナルが運命のひとを見つけてしまったら、ショコラはお役御免になってしまうような気がしたから。
ショコラはそうやって、自分の気持ちにあてつけのような理由をつけた。
胸の動悸は、ゆっくりと収まっていく。
「だからね、父さんはきっと、耐えられなかったんだ」
「……?」
ぽつりと言われた言葉の意味がわからなくて、ショコラは首をかしげた。
「母さんは、体がとても弱かった」
その言葉をきいて、ふとショコラは思い出した。
いつも過ごしているあの館は、ラグナルの母が療養するための場所だったのだと。
「ロロを生んですぐに、亡くなってしまってね」
「!」
初めてラグナルの母親のことをきいた。
そしてなんとなく、話の続きがわかったような気がした。
「……父さんは、母さんを追いかけてしまったんだよ」
「ご主人、様……」
ショコラは初めて知った。
ラグナルの父親は、自殺だったのだ。
「すぐにわかったよ。僕の中に器が移った。力が満たされた。僕は僕が魔王になったときのことを、よく覚えているよ」
ああ、そうか。
ショコラはようやく気付いた。
というか、再確認した。
この人はふわふわしているように見えても、相当な苦労の中で生きてきたのだ。
たった一人で、その身に重りを背負って。
だれに肩代わりさせることもなく、きっとこれからも、死ぬまで一生。
ラグナルは月を見上げた。
その顔はひどく疲れているような気がした。
ショコラはラグナルになんて声をかけていいのか、分からなくなった。
人生経験の浅いショコラには、まだラグナルに必要な言葉は見つからないのだろう。
ただただ、静かな時間が流れる。
波が砂浜を削る音。
海風の匂い。
たくさんのものが、二人を包み込んでいた。
「本当はね、きっと最初から、僕の器は壊れていたんだ」
ラグナルは苦笑していった。
「父さんからの継承が、不完全だったんだよ」
「ご主人様……」
魔王の器のことを言っているのだと、ショコラにはわかった。
「君は何度も、僕に魔王の器がどうして壊れたのか、きいたね。答えはこれだよ。最初から壊れかけていた。そして僕のこころが弱いから、とうとうヒビが入ってしまったんだ。きっと」
ラグナルはとても疲れているように思えた。
決定的なできごとはなかったのかもしれない。
積もり積もった疲れが、ラグナルの器を壊してしまったのだろう。
「……ご主人様の器は、どうすれば治りますか?」
ショコラは耳を下げて、そう聞いた。
「さぁね。いつか治る気もするし、治らないような気もする」
「……」
しょんぼりするショコラに、ラグナルは笑う。
「でもさ、こころって、そんなものだろ?」
「!」
「常に同じ状態のものなんて、此の世にはないよ。僕に必要なのはきっと、その状態を分かち合えるひとなんだ」
ラグナルはショコラを見た。
ショコラはなぜか、胸が締め付けられるような気がした。
ラグナルは笑う。
「最近は、とても調子いいような気がするよ」
君と一緒だからかなぁ。
そう言われて、ショコラは赤くなった。
(ああ、どうしよう……)
気づきたくない。
だって、今はこんなにも楽しい。
それにラグナルは、魔王だ。
ショコラの命の恩人でもあり、ショコラが生涯仕えるべき人だ。
敬うべき人だ。
自分のことばかり考えているショコラが、魔王を好きになっていいはずがないじゃないか。
それと同時に、ショコラは思った。
──この人は、神様の血を引く人。
だから本能的に、好いてしまう。
敬ってしまう。
ショコラのラグナルに対する「好き」という気持ちは、その血に惹かれているだけじゃないのか?
分からない。
まだ、分かりたくない。
ショコラはどうしてもこの心地よい感覚を捨てたくなくて、細い糸にすがるように、胸からそっと息を吐き出したのだった。
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