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第4章 ショコラの想い
夏祭り
しおりを挟む夏まつりの日。
夕方。
「似合ってますよ」
そわそわするショコラを見て、リリィが微笑んだ。
「ほ、本当ですか?」
「ええ、とっても」
ショコラは全身鏡の中に映った自分を見た。
今日は見たことのない衣装「浴衣」というものを着ている。
お祭りには浴衣を着ていくのが定番なそうだ。
ショコラはひらひらと袖を揺すってみた。
それから腰にまかれた太い帯を振り返る。
あれだけ硬い帯だったのに、リリィは見事に綺麗なリボンを作ってくれた。
「すごい……」
今日は初めてうっすらとした化粧もしてもらい、鏡の中にいる自分は、まるで別人だと思った。
鏡に映るのは白地に鮮やかな朝顔の模様の浴衣を着た獣人の女の子。
髪は後ろに流したまま、ほんの少しだけ頭のサイドに編み込みをくわえ、花飾りがつけられている。
カラコロと音を立てる、履きなれない下駄は、赤い鼻緒。
何もかもが初めてで、特別で、ショコラは鏡から目が離せなかった。
「さ、行きましょうか」
準備を終えたリリィに、ショコラは頷いて、ついていった。
◆
ショコラの浴衣姿を、館の住人たちはみんな褒めてくれた。
今日は男性陣も、浴衣を着ている。
ミルとメルは子供用の浴衣で、帯はふわふわとした可愛らしいものだった。
「ショコラは何を着てもかわいいね」
ラグナルはショコラを見ると目を細めた。
褒められたショコラは、ぽっと頬を赤くする。
ラグナルは藍色の浴衣を着ていた。
なんだかそれが色っぽいような気がして、ショコラはラグナルを直視できない。
「いこ?」
ラグナルがごく自然に手を差し出した。
ショコラは少し戸惑ったのち、こくりと頷いてその手をとったのだった。
◆
「わぁ」
目の前に広がるキラキラとした景色に、ショコラは目を輝かせた。
夕闇の中、川のすぐそばに、屋台がずらりと並んでいたのだ。
香ばしいタレの香りや、カステラを焼く甘い匂い。子供たちがはしゃぎまわり、屋台の中では大人たちがせわしなく食べ物を作ったり、射的の的を調整したりしていた。
ミルとメルはさっそくはしゃぎまわって屋台に突撃していく。
見たことのないものがたくさんあって、ショコラもそわそわとしてしまった。
しっぽをは勝手にぶんぶんと揺れ、あまりにも楽しいのか、体は小刻みに震えている。
「迷子にならないように、手、離さないでね」
ラグナルがきゅ、とショコラの手を握った。
ショコラはこくこくと頷く。
珍しく、今日はラグナルが保護者で、ショコラが子供のように見えた。
「じゃあ、花火の時に合流しましょうか」
そういって、館の住人たちはみなバラバラにまつりの雑踏の中に消えていった。
「僕たちも行こう?」
ラグナルがショコラの手を引く。
ショコラはこくこくと頷いて、その後についていった。
焼きそばにたこ焼き、甘いタレの焼きとうもろこし。チョコにひたされたチョコバナナ、ベビーカステラ。それからふわふわの綿あめ。
ラグナルはショコラがびっくりするほどいろんなものを買った。
もちろん一人で食べる気はなかったらしい。
それらを二人で分けっこして食べることになった。
初めて食べるものばかりで、ショコラは幸せな気分になって、しっぽを振った。
ショコラが特に気に入ったのはかき氷だ。
ラグナルがずっと前に教えてくれたもの。
どんなものなのか、ずっと気になっていたのだ。
氷には甘いイチゴのシロップがかけられていて、ショコラは一口氷を食べるために、きぃーんと頭が痛くなった。けれどそれでさえ、かき氷の美味しさを邪魔することはないのだった。
「これがかき氷だったんですね」
ベンチに座り、雑踏を眺めながら、ショコラは呟いた。
すっかりあたりは暗くなって、屋台の明かりが夜の中にぼんやりと滲んでいた。
「おいしかった?」
「はい。ショコラはかき氷を気に入りました」
ショコラはにっこり笑った。
「ご主人様が以前に教えてくださってから、ずっと気になっていたんです」
「ちゃんと覚えてたんだ」
「当たり前ですよ」
ショコラはラグナルを見た。
「ご主人様が教えてくれることは、素敵なことばっかりです」
「……」
「だから、そういうの全部、覚えておきたいんです」
ラグナルに引き取られてからのことを思い出す。
ショコラにとって、いろんな初めてがあった。
美味しい食べ物、便利な道具、綺麗な景色。
たくさん勉強して、いろんな世界を知った。
全部ラグナルがショコラにくれた、キラキラした宝物だ。
「ショコラは……ご主人様と一緒にいると、とっても幸せです」
ラグナルが目を見開く。
「だから……全部全部、覚えておきたいです」
そう言って恥ずかしそうに笑うショコラ。
ラグナルはその顔に釘付けになっていた。
「……そっか」
ラグナルはショコラの頬を撫でた。
「それならよかったよ」
そう言って、立ち上がる。
「ちょっと待ってて。僕のおすすめ、もう一つあるから」
そう言って、ラグナルはパタパタと雑踏の中へ駆けていった。
ショコラはその後ろ姿をじっと眺めていた。
すごくすごく、幸せな日だった。
けれど、どうしてだろう。
なぜか、ショコラの頬をつう、とあたたかい何かが伝った。
ぽろぽろと、涙が止まらない。
ショコラはその涙を拭わなかった。
その代わり、ゆっくりとベンチから立ち上がると、まつりの喧騒とは全く別の、夜の闇の方へ歩き出した。
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