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エピローグ
あなたに恋をする
しおりを挟むショコラは臆病ものだ。
だからこうやって、いつもいつも、暗闇の方へ自分から逃げてしまう。
幸せになるのが怖い。
この幸せが壊れるのが怖い。
怖くて怖くてたまらないのだ。
ショコラはお祭りから少し離れた薄暗い川辺で、しゃがみ込んでいた。
月と星の輝きが、うっすらと水面に反射している。
ショコラはくすん、と鼻を鳴らした。
ぽろぽろと涙が溢れてきて、川面に波紋を作ってゆく。
「ごしゅじんさま……」
どうしてこうも、ショコラの心は弱いのだろう?
ショコラは自分で自分が嫌になってしまった。
もうほとんど理解しているこの気持ちに向き合うのが、とても怖い。
胸がぎゅうっと苦しくなった。
今日がとても嫌な日だったわけではまったくない。
むしろすごくすごく幸せな日だった。
ラグナルと手をつないで、二人で美味しいものをいっぱい食べて。
いいや、今日だけじゃない。
ここへ来てからの毎日が、ショコラにとっって宝石みたいに輝く、大切な宝ものだった。
だからこそ、ラグナルにそんな想いを抱いていいのかが、ショコラには分からなかったのだ。
水面に、落ち込んだ顔の自分が映った。
耳はぺたんと垂れて、なさけない顔をしている。
けれどふと、ショコラは思い出した。
──別に相手の身分とか、事情とか、そんなものはどうだっていいのよ
ルーチェの言葉だった。
──ややこしい事情があったってさ、あんたがその人のことをどう思うかなんて、自由でいいじゃない。人の気持ちにいいも悪いもないのよ、きっと
「……」
ショコラは水面をじいっと見つめた。
──あるものを、あるがままに受け入れること。
そこにあるショコラの気持ち。
ずっとずっとそこにあって、見て見ぬ振りをして、怖がっていた気持ち。
ショコラはもう、とっくにわかっているのだ。
それがなんなのかということを。
ただ、その気持ちに名をつけるのが怖かっただけ。
これまでは、なんとか見て見ぬふりをすることができた。
けれどもうそろそろ、限界だ。
コップの水はギリギリまで溜まっていて、あと一雫でも水をたらせば、こぼれ落ちてしまいそうなのだ。
あまりも、あまりにもショコラは幸せすぎたから。
もう見て見ぬ振りをすることは無理だ。
けれどそれは、果たして不幸なことなのだろうか?
「わたし、は……」
毎日が楽しくて、仕方がなかった。
ラグナルが大好きで、ずっと一緒にいたくて。
今日も二人で歩くお祭りの雑踏は、キラキラと輝いていた。
幸せだった。
幸せになることは、悪いことじゃない。
それは冬の吹雪の日、あの館を飛び出してから、学んだこと。
自然なままでいい。
気持ちはどうあったって、いいのだ。
「……そうだ」
ショコラはもうそれを知っている。
見たことが、聞いたことが、感じたことが、勉強したことが。
ショコラの心を形作っていくのだ。
空っぽで臆病だったショコラは、もうそこにはいない。
「……帰らなきゃ」
今度は自分の足で。
ショコラはごしごしと涙を拭って立ち上がった。
ショコラは自分の気持ちに折り合いをつけた。
その気持ちを受け入れようと、思った。
もういじめられて、たった一人で泣いているだけのショコラじゃないから。
ショコラは涙を拭いて、歩き出した。
◆
「どこいってたの」
お祭りの喧騒の中へ戻ると、ラグナルがほっとしたように、ショコラに駆け寄ってきた。
眉を寄せて、ショコラの手を握る。
「すごく心配した」
「ごめんなさい……」
ショコラは素直に謝ったのち、お手洗いに行っていたと適当なことを言ってごまかした。
「……大丈夫?」
ショコラの目の端にきらりと光るものがあったからだろう。
ラグナルは眉を寄せて、そう聞いた。
ショコラはこくんと頷いた。
「大丈夫です」
本当のことだ。
ショコラの心は、泣いたおかげか、すっきりとしていた。
前よりもずっと、自分の気持ちがはっきりとわかる。
「……これ、あげる」
ラグナルは深くは事情を聞かなかった。
その代わり、ショコラに不思議なものを渡した。
「これは……?」
「りんご飴っていうの」
ラグナルはにこ、と笑った。
「甘くて美味しいよ」
「りんごあめ……」
ラグナルがショコラに渡したのは、赤いりんごを飴でコーティングした、りんご飴だった。
「きれい……」
ショコラは屋台の光にりんご飴を照らした。
宝石みたいにキラキラ輝いて、それはショコラの目を惹き付ける。
「そろそろ河原に行こうか。花火の時間だ」
ショコラがりんご飴を夢中で眺めていると、ラグナルがショコラの手をひいた。
「あ……花火をやるんですよね」
「やるっていうか、見る」
「見る?」
「あ、そっか。君、打ち上げ花火はまだ知らなかったんだっけ」
ラグナルはぽん、と手を叩いた。
「ねえ、すごいんだよ」
目を輝かせて、ショコラの手を取る。
「見に行こう!」
◆
ショコラとラグナルは、二人並んで河原のなだらかな斜面に座っていた。
近くにはリリィたちもいる。
人がたくさん集まってきて、みんな一様に空を見上げていた。
打ち上げ花火というものが始まるまで、もう少し時間があるらしい。
その間、ショコラは夢中でりんご飴を眺めていた。
宝石みたいにきれいで、食べられなかったのだ。
「ショコラに僕の好きなもの、全部知って欲しくて、買ってきた」
ラグナルは膝をかかえて言った。
「ご主人様の好きなもの……」
それでこれを買ってきてくれたのか、とショコラは納得した。
「あのね、ショコラ」
「?」
ラグナルは言った。
「僕は、君が幸せなのが、一番いいんだ」
「え……?」
唐突な言葉に、ショコラは目を見開く。
「君の願いはなんだって叶えてあげたいよ」
微笑んでラグナルは言う。
「僕の苦しかった心を救ってくれたのは、君だから」
「ご、ご主人様……」
「僕ね、毎日毎日、楽しいよ。朝起きるのも、ごはんを食べるのも、のんびりしすぎって怒られるのも」
ラグナルは目を伏せた。
「前はね、目がさめることが怖かったんだ。それなのに、夜遅くまで眠れなかったり、朝早くに動悸で目が覚めたり」
苦しそうだった。
ショコラはきゅ、とりんご飴を握った。
「でも君のおかげで毎日朝寝坊できる」
ラグナルは今度は笑った。
幸せそうな笑顔だった。
「君は僕にもらったものを宝物だというけれど、それは僕も同じさ。君とまったく、同じなんだ」
まっすぐに、ショコラの瞳を射抜く視線。
「君と過ごす毎日は、僕の宝物だよ」
ラグナルがそれをどういうつもりで口にしたのか、ショコラにはわからなかった。
けれど確かに悪い言葉ではなくって。
むしろ、ショコラにとっては、とても嬉しい言葉だった。
キラキラ宝石みたいに光る、りんご飴。
ショコラの幸せな毎日。
──ああ、そうか
ショコラは唐突に理解した。
「見て、花火が始まるよ」
ラグナルは目を輝かせて、空を見上げた。
けれどショコラは、ラグナルから視線を外せなかった。
しゅるる
パァアアン!
弾けるような音が空に響き渡り、一瞬、夜空が明るくなる。
大輪の打ち上げ花火が空に咲いた。
キラキラと火花が零れ落ちる。
何発も何発も花火は打ち上がり、空にたくさんの光を放った。
それはどれほど美しい光景だっただろう。
けれどショコラが初めて見た打ち上げ花火は、ラグナルの青い瞳に映った煌めきだった。
空を見上げるラグナルを、ショコラはぽうっと眺めていた。
そして、ショコラは心にじんわりと沁みるように、ごく自然にそれを理解した。
コップに注がれた水が、ついに溢れ出したのだ。
わたしはご主人様が好き。
大好き。
──わたしはこの人に、恋をしているんだ
今、少女の心に新たな感情が生まれた。
ようやく受け入れたその感情を、人は「恋」と呼ぶ。
ショコラの真っ暗だった心に光を散らせた新しい感情。
ようやく受け入れられたことを祝福するかのように、空には大輪の花火が咲き乱れていたのだった。
第二部
もふもふメイドはゆるふわ魔王に恋をする
END.
最後までおつきあいいただきましてありがとうございました!
二部はこれにて終了になります。今のところ、三部で完結になるかな?という感じです。たくさん応援やコメントをいただき、ありがとうございました!
三部再開まで、また時間をしばらくいただきたいと思います。二部が始まるまで5ヶ月ほどかかってしまったので、今度はもう少し短くできれば(願望)!
それでは、三部でまたお会いしましょう!
応援ありがとうございます!
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三部はまだでしょうか?
待ち遠しいです……。是非更新お願いしますm(_ _)m
一気読みしてしまいました😳
もう私にドストライクの小説でした!
ショコラちゃんすき!魔王様すき!!
もう全員好きです笑!!
第三部始まるのをきままに待ちます😳
。。。いつか、魔王さまの手紙は読めますか?
(いや、簡単にでもいいんですが!)
ただ、院長のくずさが見えてしまうかな。
でも、字を覚えたらいつか、読み返してみようと思いそうな気もしなくもないかも。